それからしばらく後、日没を少し過ぎたあたり、俺は小さな庵の前に立っていた。

 勝手知ったる他人の家、俺は躊躇することなくその家の扉を勢いよく開けて大声をあげた。


「まじない屋! いるんだろ? とっとと出て来い、てめえに話がある!」

「ああ、もう五月蠅い事だね。叫ばなくても聞こえるからとっとと上がっておいでよ」


 言われるがままに家の中に上り込み、俺は寝転がって寛いでいたまじない屋に詰め寄った。


「お節介は無用だっていっただろ?」

「うるせえ、お前だよな。あの雪女小さくしたのはよ」


 初めからわかっていた。

 氷柱は一日中、炎天下に居たわけではない。

 律の装飾品を届けるという仕事は決まって夜であったはずだ。

 それに、彼女には氷室があり、ひと夏も越せないほど雪女という妖怪はそうそう脆くは無い。

 以上から導き出される結論は一つ。

 まじない屋が絡んでいるかもしれない。

 それだけだった。


「とっとと氷柱から巻き上げたあの玉返しやがれ。どうせあいつから巻き上げたのはお前だろ。」

「彼女から口止め料は貰ったよ? 確かに。でも、あれじゃあない。氷柱が初めから持っていた溶けない氷でできた簪を貰ったのさ」

「じゃあ、あれはなんだ」

「少し前に見世物小屋を払った時に少し脅かしたら貰ったんだよ。別口さ」

「でも、氷柱を小さくしたのはお前なんだな?」

「そうだよ? でも勘違いはしないでほしいんだ。氷柱に頼まれてやってるんだから」

「どういうことだ?」


 いつもへらへらしているまじない屋が真剣な顔になる。


「君だってわかっただろう、それくらいの力はあるはずだ。律はもう長くない」

「……ああ」

「氷柱はね、律に自分の命を分け与えようとしているんだよ」


 まじない屋は、そういって立つと麦湯を持ってきた。

 片方の湯飲みを俺に手渡すと自分は座りなおして、口を着けないまま置いた。


「そんなこと可能なのか」

「可能だよ。でも、今回はほとんど不可能と言ってもいい。律ちゃんはもう弱り切ってる、いつ死んでもおかしくは無い。それに氷柱が命を分けてかろうじて繋ぎ止めているんだよ。氷柱の命の供給がなくなれば、律ちゃんはすぐに死んでしまう」

「なんでだ?」

「穴の開いて水が入れた端からこぼれる器に水を入れ続けられるうちはいいが、入れられる水がなくなったらそれまで。そういう事さ」


 俺はまじない屋の顔を見ることができず、俯いて何も言えないままひんやりとした麦湯の湯飲みを握りしめる。

 その湯飲みは冷たく、うっすらと汗をかいていた。


「君もわかっているだろう。もう、どうすることもできない。本人たちの良いようにやるだけさ」

「お前は、お前は……そのままで良いってのか!」


 顔を上げるとまじない屋は困ったような顔をしていた。

 これも普段はあまり見ない顔だ。


「そんな泣きそうな顔をしないでおくれよ、こっちまで悲しくなるじゃないか」

「俺の命を分けることはできねえのか?」

「言っただろう。それをするとずっと命を与え続けなきゃいけない、君だってただじゃすまない。友人を見殺しにするほど薄情じゃないんだ」

「お前……、痩せたよな。夏痩せって感じじゃあないよな」

「バレたかい? ま、考えることは一緒だよ」


 まじない屋は弱々しく笑う。

 おかしなやつだ、俺よりも慣れているはずなのに、こいつはいつもこうだ。


「夕飯はまだか?」

「なんで堂々とたかる気なんだい、君」

「うるせえよ、儲かってるんだろ。それくらい奢れ、袖の下断ってきたから金がねえんだよ」

「やれやれ……。手間のかかる友人だね」


 俺は極力、いつものように砕けた声で言い、まじない屋もいつものようにくつくつと笑った。

 やりきれない思いを隠すように。

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