ピアノマン
西田三郎
第1話 ピアノマン
ビリー・ジョエルはもちろん、世界の酔っぱらいに捧げる~
土曜の夜9時、いつもの客がどやどや店に入ってくる。
おれはカウンターに腰掛けていた。
隣のじいさんが焼酎のお湯割りをちびちびやっている。
じいさんは言った。
「兄ちゃん、ワイはな、あんたくらいの歳のとき、メッチャクチャ女にモテたんや。ほんまやで。ほんま、●●●が乾くヒマもないくらい、女っちゅう女がワイのとこに寄ってきた。そのなかの何人かは、お願いやからうちと結婚して、一生あんたと一緒にいたい、とか、あんたの子供が欲しい、とか、あんたの子供ができたから結婚せえや、とか、あんたのためにダンナと別れたんやで、とか言いよった。でも、あいつらみんなどこに行ってしもたんやろなあ……? ワイはいま一人で、前歯もない。ところで兄ちゃん、えらいオシャレやないかいや。ワイも若い頃は、相当オシャレやったんやで。女はみんな、ワイのファッションセンスにメロメロやったもんや……ああ、なんかアンタ見てると、ワイがあんたみたいに若うて、オシャレな服着てた頃のことを思い出してしもた。その頃にはキツいことも楽しいこともあった。なんか、そういうヤツを一曲やってくれへんか」
谷ちゃんはバーテンでいいやつだ。
おれにタダで酒を出してくれる。
ほんとに、まるでバーテンになるために生まれてきたような奴でさ。
アホな話に反応も早いし、人がタバコをくわえたらすぐ火を点けてくれる。
でもなあ、そういう奴だからといって、谷ちゃんはバーカウンターのなかで、馬小屋で生まれたイエスみたいに産まれたわけじゃない、ってことくらいわかるだろ?
あいつにはあいつの人生ってやつがあるんだよ。
どうってことない人生だとしても。
谷ちゃんは言った。
「なあ、おれ最近思うんやけどな、なんかここで一日一日、ってか一分一分、じわじわ死んでるような気分がするときがあるんや」
いつもの愛想のいい顔が曇る。
「おれって、なかなかええ男やと思わへんか? 昔から、役者になりたかったんよ。実はいまもそう思ってる。福山雅治までとは言わんけど、竹野内豊とか渡部篤郎とか、あれくらいの役者にはなれそうな気がするんよ。今でも。今すぐに、このエプロンをとっぱらって、カウンターを飛び出す勇気がおれにあったらなあ……」
『歌ってっくれよピアノマン』
ってみんなが騒ぎ出す。
今夜は歌い明かしたい気分だ、ってさ。
で、おれの演奏がぴったりくるんだと。
奥のカウンターで飲んでる西田三郎って奴は、自称エロ小説家のカス野郎だ。
書いて、飲む時間に忙しくて、自分の作品を売り込みに行くヒマもない奴。
あいつは鯖田って男と喋っている。仕事は海保特殊部隊って触れ込みのやつだけど、まあそれが居心地がいいんだろうな。
バカ二人が尖閣諸島の防衛がどうこう、ってくだらん話をしてるよ。
店員の女の子のケツを、ベロベロに酔っ払ったサラリーマンが触る。
あんた、誰のケツを触ったかわかってるか?
彼女は奨学金で大学に行ってる。
貧乏な実家の仕送りも期待できない。ここの稼ぎが彼女の生活費だ。
ああ、パンツにビールをかけられちまったか。よくやった。
ベロベロ野郎は顔を真っ赤にして怒ってるけど、こういう飲み屋の駆け引きってのをさっぱりわかってないアマチュアの酒飲みだ。
おねえちゃん、あんたの勝ちだ。おれは見届けたぜ。
『歌ってっくれよピアノマン』
ってみんなが騒ぎ出す。
今夜は歌い明かしたい気分だ、ってさ。
で、おれの演奏がぴったりくるんだと。
それにしても土曜日の夜9時だ、ってことはわかってるけど、今日は大繁盛だ。
店主がきらびやかなキャバ嬢二人を連れてやってきた。
おれに敬礼で挨拶をする。
まあ、奴にもわかっといてほしいね。
この店がおれの演奏で持ってる、ってことを。
で、おれはピアノの前に座って弾き始めた。
まるでお祭りの囃子みたいにはげしく。
マイクに唇をつけて歌った。
マイクはもう金輪際飲みたくない気分の臭いがする。
聴いてるんだか聴いてねえんだかわかんないが客は騒いでる。
まあ、みんなひとりぼっちの家に帰るのがイヤなんだろうな。
ここじゃ酒は原価じゃない。
でも、一人で部屋で飲むより、健康にはいいかもだな。
『歌ってっくれよピアノマン』
ってみんなが騒ぎ出す。
今夜は歌い明かしたい気分だ、ってさ。
で、おれの演奏がぴったりくるんだと。
土曜日の夜9時とはいえ、今日は大盛況だな。
おれのピアノの前には駄菓子屋のアメちゃんのプラスチック容器がある。
で、ベロベロに酔っ払った客の一人がよってきた。
そいつは500円玉を容器に放り込んで、
「なあ兄ちゃん、あんたここで何してんだ?」
ってわけがわかんないことを言うんだよ。
ピアノマン 西田三郎 @nishida33336
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