短編小説「異世界なんざ、行きたくない」

永遠の二十四歳☆

「異世界なんざ、行きたくない」




みなさんは、異世界に行きたいと思うだろうか。

俺は勘弁願いたい、なんせ見知らぬ土地、見知らぬ世界、違う常識、蔓延はびこる化け物、様々なコミニケーション、数々の異種族、これらの他にもまだある。

常に死の危険性が付き纏い、時には劣悪な環境での生活を強いられ、権力に逆らえば理不尽に敵として殺される。

生きていくのに必須な戦闘や魔法、才能に地力、権力や理不尽な力による死。



これだけ挙げればわかるだろう、例え一つや二つのズル/チート、全知全能を手に入れたところで、自分達、所謂”地球人”にはどうしようもできない。

力を振るいすぎればいずれは世界が敵に回り、逆に小さく見せすぎれば利用されて終わる。



『大きすぎても、小さすぎてもダメ』



この難しい匙加減さじかげんの課題を、十代やそこらの子供、社会に出て考えが凝り固まってしまった大人が、クリアできるとお思いだろうか?



答えは”否”である。



絶対とは言わないが、できはしない、必ずどこかでボロが出る。

それはこの地球というぬるま湯に浸かりきって、染み渡った体ではほぼ不可能だ。

もちろん”絶対”とは言わない、この世に”絶対”という二文字は存在しないからな。



それでも俺は”確かに”言える――――無理だと。



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「ん~…」



朝起きて、俺は早速険しい目つきで自室を見回した。

そしてなにも”変わりがない”ことを確認すると……満面の笑みで伸びをする。



「っくぅ~! 今日はいい朝だ!」



もうニヤけ顔が止まらない、なにせこの頃家の損害が激しかったのだ。

天井に”大穴が”あいて青き空が丸見えだし、二つある窓はしっかり”割れてる”し、床は天井と同じく”大穴が”あいている。

こんな状態でさらに追い討ちを掛けられたら、いよいよ持って引っ越しを考えなくてはいけない。

既に住める状態でもないと思うが、俺にとってはある程度安心して寝れれば別にどうでもいい。



「さて! それじゃあ学校に行く準備でもしますか」



いい気分のまま時計を見ると、現在の時刻はまだ七時半。

八時に出る予定なのでまだまだ余裕がある状況だ。



「ふん♪ ふふん♪ ふん♪」



あまりに気分がいいので学生服に着替えながら、というか着替え終えても鼻歌を歌い続ける始末だが、仕方がない…今の俺はそこまで気分がいい。

だが気分がそこまでイッても、”日々の習慣”からついた俺の危機察知能力はまったく鈍らなかった。



「っ!」



巨大な危険を察知した瞬間、俺は窓ガラスのない窓から外へと盛大に飛び降りる。

その際脇に置いていた学生カバンと靴を掴んでおくのも忘れない。

そして飛び降りると同時に、先ほどまでいた場所が黒いナニカに飲み込まれた。



「(足にすこし掠った! あぶねぇ)」



あと少し遅かったらと考えると、物凄く洒落になれない……地面へ着地しながら、俺は確かに肌でそう感じた。



「っ、はぁ」



黒いナニカとは何か、俺は見るまでもなく察してしまい、ため息を吐いた。

この家を粉砕する途轍もない轟音、黒くて硬い巨大なナニカ、近くに見える天に向かって伸びた巨大な黄色い柱のようなもの、これだけわかっていればもう答えが出るだろう。

そう、解体用の鉄球をつけたクレーン車だ。



「ごめんよ~、おじさんまたやっちゃったよ~、いつも通りお――」

「………学校行こう」



遠くから謝罪の言葉が聞こえるが、”いつものこと”なので向こうで処理してくれるであろう。

そう思い、俺は飛び降りるときに掴んだ学生カバンを片手に、靴をしっかりと履いてから、すこし早いが学校への道を歩き始めた。



「今日も”いつも通り”だ、あ、でも今日は引っ越しの手続きしなきゃな~」



前回はあの天井と床の大穴で命が危なかったからなぁ…ははっ、今回もあんまり変わらないや。



「すぅ、はぁぁああ」



大きく息を吸って、一際大きなため息を吐くと、なぜか頬から一筋の雫が流れ落ちた。

周りの人からの憐れみの視線が半端ない、グスンッ。



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「ん~、次の家はどこにするかなぁ」



学校近くの交差点まで来ると、ある程度沈んだ気分は回復してきた。

今俺は、不動産の広告を見ながら交差点の信号を待っている。



「(今度こそなにも起こらないでくれると嬉しい)」



切実に天に願ったのだが、その願いは大きなクラクションの音で返答された。



「美奈子ぉ!!」

「……”あの”クソ畜生が…」



悪態を吐きながら、俺は不動産の広告をカバンへ強引にねじ込み、カバンを投げ捨てる。

そして音の聞こえた方へと、確認することなくトップスピードで向かった。

向かった先ではまだ十歳かそこらの小さな女の子が、大型トラックの前でただぬいぐるみを抱き締めて体を強張らせていた。



「好都合だ!」



俺は走る速度を落とさずに、けれどできるだけ優しく少女を抱き上げ、”トラックへ”向かう。

「イヤァァ!!」なんて母親の叫び声が聞こえるが、今はこれしか方法がない。

逆に横に避ければ、隣の車線から出てくる車に轢かれる可能性があるからだ(それでもどうかと自分でも思うが…)。

俺は正面から突っ込んでくるトラックのグリル(前面にある溝)に足を掛けて跳躍し、そこからワイパー(雨を弾くゴム棒)を足場にしてさらに上へと跳躍した。

そのままトラックの屋根に足を掛けて体を持ち上げるように着地すると、今度は屋根を足場に歩道へと一気に跳ぶ。

歩道への着地の際は、足をバネのように曲げて衝撃を和らげ、やんわりと着地した。



そこまできて俺はついため息が出そうになるが、無理やり飲み込んで我慢する。

そして腕の中、今現在お姫様抱っこの状態の少女へと顔を向けた。

腕の中の少女は、未だ目を瞑って震えたままである。

一応”俺のせい”でもあるから、アフターケアも責任持ってやらなければいけない。

俺はできるだけ優しく、安心できるように、安らかな笑顔で声を掛けた。



「もう大丈夫だよ」



声を掛けると、少女はゆっくりと目を開いて周りを見回す、そしてもう安全なのがわかったのか、ぬいぐるみを抱いたまま泣き出してしまった。



「うっ、うぅ、うぅぅ」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」



少女が泣き出したと同時に、母親が近くまで駆け寄ってきたので、少女を降ろして母親へと引き渡す。

母親は少女を抱き締めながら何度もお礼を言ってきたが、とうとう母親までもが少女につられて泣き出してしまった。



「いえいえ、それでは私は失礼しますね」

「ありがとうございます!」

「うっ、うぅぅ、お兄ちゃんあ゛りがとう」



俺は母親と少女のお礼に”罪悪感”を感じながら、周囲の人達の尊敬の視線を逃げるように、学校へと向かう。

たしか前は犬だったなぁ、あの時は割りとマジで死に掛けた…。

前回の同じような状況を思い出しながら、俺は校門を潜り校舎へと入っていった。



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「オラァ! へへ、どうよ~」

「ぐっ! げほっげほっ!」

「快斗やるぅ!」

「さっすがサッカー部!」



職員室で”家の件”を報告してからクラスの教室に入ると、早速嫌な現場に出くわした。

一人のぽっちゃり系男子を、三人の如何にもタコにもな不良系男子達が虐めている。

サッと教室を見渡してクラスメイト達を見ると、他のクラスメイト達は嫌な顔すらせず、この状況をむしろ楽しんでいるようだった。

まぁそれはそうだろうなぁとは思う、だって原因が「大丈夫!? 零梧君!」…とここで俺の後ろから、この虐めの原因様がいらっしゃった。



「だ、大丈夫だよ、さん…僕は大丈夫だから」

「ダメだよ! あなたたち! なんでこんなことするの!」

「い、いやこれはほんの冗談ですって!」

「冗談でもやっていいことと悪いことがあるでしょう!」

「いやだから――」



と、どうでもいいので横に流しながら、俺は自然な足取りで窓際にある自分の席へと座る。

軽く言うと、この虐めの原因は、今現在進行形で快斗とやらと喧嘩(?)をしている学園の『女神/マドンナ』とも言われるほどに可愛い女子、氷菓さんだ。

まぁ俺にとっては物凄くどうでもいいので、完璧に無視スルーする。



自分の席に座りながら、その喧嘩(?)をBGMにボ~ッと空を眺めていると、まるで狙ったかのように……いや、現に狙ったであろう”魔法陣”が、教室の床を埋め尽くした。



「な、なんだよこれ」「きゃぁああああ!」「ついに僕の時代が!」

「これはなんですか!?」「扉が開かねぇ!」「チッ! 窓も開かねぇ!」

「くそっ! 父さん、母さん!」「反対側もダメだ! どうなってんだよ!」

「…はぁ、うるさい」「どけ! 窓割るぞ!」「待て! こんな状況で危ない!」



教室が一瞬でパニック状態に陥り、素晴らしくうるさい、というか零梧君とやら、君は一体何を言っているんだ…いや、そりゃもちろん”ナニ”を言っているのか。

俺は今日何回目かわからないため息を吐き、カバンから長方形の紙切れを六枚取り出す。

そしてそれを六角形になるように自分の周りに配置し、合掌してから静かに時が来るのを待つ。

こちらの作業にクラスメイト達は気づいておらず、みんながみんな暴れている…残念ながら無駄なんだよなぁ、それ。



そして一際魔法陣の光が強まったと思ったら、次の瞬間には既にクラスメイト達の姿は教室になかった。



「ん~これは学級閉鎖になるな、とりあえず職員室に行くか」



俺は席から立ち上がり、”結界符”を回収してから職員室へ向かった。

確か前回も同じようなことがあったけど……忘れたしいいや。



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職員室で報告してからは警察のお世話になり、朝の事で校門に群がるメディアの目を避けるように、壁をよじ登って家へと帰ってきた。

既に十二時をまわっているので、俺はこれから寝る準備をしないといけない。

なにせ明日は家探しの日だ、俺にとっての最重要事項の日なのだ。

といっても最早一階しか使えないので、仕方なく一階のリビングで寝る準備をする。

俺は一階が嫌いだ、なぜなら車は突っ込んでくるし、ダンプカーは転がってくるし、最悪強盗様が『いらっしゃい☆』したりするからだ。



だが本当に! この際仕方がない、最早屋根どころか二階ごとなくなっているのだからな! 天井が丸見えだよちくしょう!

俺は毛布にくるまりながら、おそらくこれから”会う”であろう人物に若干の恨みと呆れを覚えつつ、静かに眠った。



▼▼▼▼▼



そうして沈んだ意識が浮かび上がる奇妙な感覚と共に、俺は果てしなく真っ白でなにもない空間へと来ていた。

目の前には、いつも通り白いワンピースに身を包んだ絶世の美女がいる。



「御機嫌よう、”朝日奈 邦華アサヒナ ホウカ”。そろそろ”異世界”へ行く気にはなってくれましたか?」

「はぁ…いい加減諦めてくれませんか? ”調和の女神ハンニ様”」



そう、目の前にいる女性は神だ。

夢でも妄想でもなく、信じるも信じないでもない、ただ神としか思えない神々しさを纏って、目の前にいる。

この目の前にいる女神様は今、俺の事を執拗に”異世界”へと誘ってくる。

その理由は――、



「と言われましても、あなたの”才能”は、こちらでは勿体無さ過ぎるのです、こちらではほとんど役に立たないまま終わるでしょう」

「だからって”異世界に行け”、なんてこと言われましてもですねぇ」



今朝の出来事、家の二階の窓から飛び降りたり、少女を大型トラックから助けたり、どうやら俺には”そういう才能が”あるらしいのだが、地球では役に立てきれずに終わると、それでは勿体ないからと、俺を異世界に送りたいらしいが、俺にとっては迷惑もいいところである。



「異世界に行けばハーレムや無双、俺TUEEEEなんてことができますよ?」

「いや、それは普通じゃない人達が望むことであって、俺の望みではないっス」



うん、全国の男がみなそんなことを考えているわけじゃないよ? たぶん。



「そうですか、それでは時間もないので、またの機会にでも」

「またって…常に俺の事を狙っているくせに、よく言いますね」



実は鉄球も交通事故もクラスの魔法陣も、全てはここにいる女神こいつのせいである。

何度言っても諦めてくれない、いい加減やめてくれれば、俺も平穏な日々が遅れるのだが……。



「ではまたお会いしましょう、朝日奈 邦華アサヒナ ホウカ



その言葉と笑顔を最後に、俺の意識は暗い底へと沈んでいった。



▼▼▼▼▼



そして朝起きてあたりを見渡すと、地面には魔法陣が描かれていた。

しかし焦る事なかれ、俺の周りには”結界符”が既に四重で掛かっている。



「ふっ、甘いですね、女神様」



一人笑みをこぼし、ソファに座ったまま腕を組んで、少し異世界について考える。

確かに異世界にはハーレム、異種族、心の躍る戦い、果てしない冒険、大量の夢が詰まっていることだろう。

だが異世界にはそれなりの危険性が潜んでいる。

ここ以上に劣悪な環境、不便な生活、化け物との戦い、死の危険性、過酷な労働。

これらを考えるとやはり俺は―――、































「異世界なんざ、行きたくない」



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短編小説「異世界なんざ、行きたくない」 永遠の二十四歳☆ @Eternal24th

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