第6話 乾杯

 三人は営業時間にも関わらず閉店となっている《ムラサキカガミ》へと戻った。


 別に構わないと言っているのだが、ママさんは少年の‟仕事”がある日はいつも、こうして店を閉めて帰りを待つのである。

 少年が扉を開けると、いままでと同様にカウンターの中でママさんが出迎えてくれたのだが、今回に限っては例の人面犬が、ご丁寧にもカウンター席でお座りをしていた。


 しかしその状況に触れることなく、少年は返り血のしみ込んだ包帯をゴミ箱に投げ捨て、ボックス席へと深く沈み込む。


「さて、大元を絶ったのはいいものの――」


 当面の目的は達成したのだが、完全に解決したとは言い難かった。


「――今回の後始末がまだ残ってるんだよな……」

「地上げが始まる度に、暴れるのもあんまりよくないだろうしねぇ」


 今回の仕事の後始末から始まり、めっきりと減ってしまった商店街の人たちを呼び戻したり、今後の島蔵組の動きを抑えたりと、まだやるべきことは残っている。


「せめて、あの組長さんが公に撤回宣言をしてくれりゃあ楽だったんだが――」

「我慢できなかったもんね……」


 別席でちびちびとジュースを飲むメリーを、少年はじろりと睨み付ける。


「お前も共犯だろ。俺だけのせいにするなよ」

「共犯……中々に甘美な響き……」


 メリーは少年の視線などものともせず、なぜか悦に浸っていた。目の前に山積みになるであろう問題にため息を吐く少年だったが、思わぬところから助け舟が出されたのだった。


「その話なんだけど――もうこっちで解決しちゃったのよね」

「……え?」


「いえ、ね? メリーちゃんが拾ってきた、このワンちゃんが大活躍だったのよ」


 ママさんが人面犬をワンちゃん扱いしていたことも驚いたのだが、次にその人面犬が放った言葉も、それ以上に驚きを呼ぶものだった。風呂で汚れもすべてさっぱり落としたその顔は中々に渋いのだが、その口から発せられたのは――


「……事情は全部聞いたぜ、坊主ども。俺の息子がとんだ迷惑をかけちまったな」


 “俺の息子”という不可思議な単語。人面犬に子供ができるなど誰も聞いたこともなく、ならば導かれる答えなど一つしかないだろう。


「アンタ……マジかよ、それ」


 ――人面犬になる前の、生前の時の息子である。


「これまでの出来事を話したら『テレビ電話を繋げっ!』だなんて言いだしちゃって。しかもその先が、ヤクザの総本部なんだもの」


 それから先の話は、ママさんが概要だけを掻い摘みながら語っていく。

 二分されていた前組長派に、今後の商店街の補助する指示を出し、また商店街の中でも中心となっていた店舗の経営者に、戻ってもらうよう嘆願するなど、少年たちが夜の街で動いている間に、たくさんの人と話を付けていたらしい。


「死んじまって、気が付いたら体が犬になっちまってた。そんな鼻も利かねぇ中途半端な俺だけどよ――こんなになっても、まだ顔は利くのさ」


「なんだ、そりゃあ……」


 自分たちが出張る必要もなかったんじゃないかと天井を仰ぐ少年に、ママさんが飲み物の入ったグラスを渡す。全員にいきわたったところで、高々と掲げて音頭をとった。


「まぁまぁ。みんな頑張ったんだからいいじゃないの。なにはともあれ――」


 1990年も末、時代の激しいうねりと共に形の変わりゆく世界の中で、都市伝説アーバンフォークロアたちはグラスを掲げて笑みを交わす。


「これにて、一件落着!」


 打ち合わされたグラスの音が――


《ムラサキカガミ》のラウンジに、小さく響いた。




(了)

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現代口承人《アーバンフォークロアー》 Win-CL @Win-CL

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