第23話 -聖女-

 ――暗闇。


 何も見えない。何も感じない。


 気づけば存在そのものが気薄となった空間の中に俺は漂っていた。

 俺は一体……

 何故俺はこんな所にいる?

 何も思い出せない。考えれば考えるほど自分が自分でなくなっていく。

 此処が何処なのか、自分が誰なのか。そんなことすらどうでもいい程に。


 だが、一つだけ言えることがあった。


 ――気持ち悪い。


 感覚でなく直感的に俺は嫌悪感を抱いていた。

 汚泥に包まれているような不快感。

 自我は消えかけの灯火。感覚すらないはずというのに俺は一刻も早くこの空間から解放されたかった。

 そんな時――




『ユルセナイ――』




 頭の中に響き渡る謎の声。

 声変わりしていない少年のような、艶めかしい少女のような不思議さを感じさせる声色だ。


「…………?」


『ユルセナイ……ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ――』


 ソレは永遠と同じ言葉を繰り返す。

 声の持ち主は何故こうも恨みの言葉を繰り返し続けているのか。

 分からない。俺には何一つ分からなかった。


『ドウシテオマエタチハソンザイスル。ドウシテオマエタチハワタシカラスベテヲウバッテイクノカ――!!』


「っ――!?」


 ソレは目の前に立っていた。

 亜麻色の髪。未だ成熟しきっていない身体。

 声の持ち主は少女だった。

 目と鼻の先に少女は立っている。

 吐息がかかる程の近距離。艶めかしく吐く少女の息とは裏腹に俺は鳥肌が全身を覆う程に委縮していた。


 深い闇。

 少女は俺を凝視していた。ジッと見続ける真紅の輝きをした双眸。それは俺の心の中を全て覗き込まれているような気持ち悪さがあった。

 俺がそう思うのも無理はない。

 理由は明白だった。真紅に輝く瞳の中は周囲の暗闇とは比べるのも烏滸がましいほどに澱んでいた。


「お前は……」


『クスッ――』


 気づけば俺には身体があった。

 それだけじゃない。俺は……

 俺が誰なのか。どうして此処にいるのか。そして、目の前の少女は誰なのか。

 急激に湧いてきた疑問が脳内を支配していく。

 だが、その事を纏める暇なんて何処にもなかった。


『オマエハナニモカンガエナクテイイ。オマエハマジョデアッテマダソウデハナイノダカラ――』


「何を……んぐっ――!?」


 抵抗する間もなく少女は俺の唇を奪っていた。

 少女を伝って何かが流れ込んでくる。

 それは生臭く、苦みしかないドロっとした舌触りで……

 俺はつい数瞬前に似た感覚を此処ではない何処かで味わったはずだった。

 だが、思い出せない……

 身をよじろうにも何故か俺は指先すら動かすことが出来ないことに気付く。

 少女の冷たい身体が俺を包み込んでいく。

 成すがままの俺に少女は更に顔を寄せてくる。舌と舌が絡み合い、次から次へと気持ちの悪い感触が喉を通り抜けていく。


 辞めろ……


 俺の中を何かが蝕んでいく。


 辞めてくれ……


 俺の中に入り込んだ少女の意識が俺と繋がる■■との意識を奪い去っていく。




『クスッ――。アナタハモウナニモカンガエナクテイイ。ワタシノナカデ……セイジョタルワレノナカデエイゴウノトキヲネムルトイイノダカラ――』




 辞めて……くれ……


 眠い。ここで寝てしまったら俺はもう二度と俺でなくなってしまう気がした。

 けれど俺の意志すらも少女に全て飲み込まれていく様で……

 少女の手が、俺の身体を撫でる度に俺の存在が抜け落ちていく。

 俺には抵抗する力も気力もなかった。


 そして――俺は永遠の眠りに落ちた。



―――…


――



 それは遠い遠い昔話。


 人の命が小麦の一束より軽い時代があった。

 飽くなき争いが至る所で行われ、生命が生まれるよりも奪われる数の方が多かった時代。

 とある小さな農村に一人の少女が住んでいた。


 幸せとは決して呼べない生活ながらも慎ましく生きる少女。

 そんな少女には望みがあった。

 たった一つの小さな願い。

 それは幼馴染と一緒に添い遂げること。

 どこにでもある小さな小さな願いだった。


 少女は知らなかったがその気持ちは幼馴染の少年も同じだった。

 普通であれば少女は夢が叶って少年と幸せな日々を送る毎日が待っているはずだった。

 しかし、少女には人知れぬ力を持っていた。


 ――予知能力。


 最初は偶然だと思った。

 夢で見た出来事が後から現実でも同じことが起きる。

 しかし、それが二度、三度と続くうちに少女は自分が普通でないと気づく。

 そして気づいた時には少女の周囲は少女の意志とは別の方向に動き出していたのだ。


 ――聖女。


 その名を聞いた時は誰がと思った。

 村の司祭様と一緒に現れた煌びやかな服を着た人が少女に向かって言った言葉。

 聖女とは伝承に聞く偉大なる存在。

 教会の最高司祭として君臨し、人々を導く存在――


 少女は当然最初は信じることが出来なかった。

 自分にそんな力はない。そんな大役は務まらないと叫ぶ。

 しかし、少女に聖女と述べた人物は言った。少女が見る夢は聖女たる人物のみが与えられら予知能力なのだと。

 その力が聖女である証拠。その力を以って人々を導くべきなのだと。


 少女には残された時間はなかった。

 このままでは少女は農村から離れ、協会の総本山たる場所に住まうことになる。

 それは少女の小さな望みが潰えることでもあった。

 少女は苦悩した。何故自分なのかと。何故自分は他人に自分の力を話してしまったのかと。

 そんな想いを胸に少女は幼馴染の少年と会うことにした。

 少年は今どう思っているのか。少年が引き留めてくれるなら少女は駆け落ちしてでも逃げるつもりだった。

 少女は駆けた。少年の元に一刻も早く。

 そんな少女の気持ちは全てばれているとも知らずに――


 気付いた時には全てが変貌していた。

 少年の隣には見知らぬ女が立っていた。

 影を落とした女。そいつは少女に向かって一言「すまない」と謝った。

 少女は当然首を傾げる。何を謝るのかと。何故少女が想い焦がれる少年と一緒にいるのかと。


 そう思った矢先のことだ。

 少女は少年へと駆け寄って話しかける。しかし――

 少年は怪訝な顔で少女へと返したのだ。




 ――君は誰?




 何の冗談なのかと思った。

 しかし、少年は本当に何も覚えていなかった。

 その事実を知った時、少女から大切なナニカが音を立てて崩れ去った。

 何が起きた?――分からない。何で少女のことを忘れているのか……分からない。分からない。分からない。分からない!!

 その間もすっと謝り続ける存在がいた。隣にいる女だ。

 こいつが少年に何かしたのか?

 少女は血涙を流す勢いで女へと詰め寄った。

 女はポツリポツリと話し出す。


 女が偶然農村へと立ち寄った時、村の入り口に少年が倒れ伏していた。

 周囲には血の付いた木の棒が数本散乱し、少年は血に塗れていた。

 普通であれば既にどうしようもない状態。

 少年は微かに息があったが息絶える瞬間でもあった。

 しかし、少年は死ななかった。女は少年を救う手立てを持っていたのだ。

 それは記憶を代償に人々の願いを叶える力。

 

 まだ世界に魔女という存在が知られていない時代。

 魔女達は迫害されることなく、純粋に人々の願いを叶えていた時代だった。

 当然女は少年を救うために無我夢中で助けることとした。

 その代償が今後の人類と魔女との共存を決定的に隔ててしまうことになるとも知らずに。


 少女は信じることが出来なかった。

 女の言葉を全て聞いたのに、少女の中には唯一つの言葉しか残らなかった。


 目の前の女が少年から記憶を全て奪ったのだと。


 その時、少女達の元にとある人物が現れる。

 それは少女のことを聖女だと言った人物――協会の現最高司祭代行であった。


 代行は少女に言った。

 君の想いはもう叶うことはないと。それも全てそこの女が全て悪いのだと。


 少女は知らなかった。

 聖女は処女でないといけないこと。

 少女にそんな気がないとしても協会は少年と少女をこれ以上会わせる訳にはいかなかった。

 だから、教会は少年を闇討ちした。


 計画は問題なく終わった。

 しかし、想定外な事象が起きる。それは一つの誤算であり、それ以上にメリットとなる。

 協会は最初少年を殺すことで少女の憂いを無くす予定だった。

 しかし、少年は死ぬ前に一人の女――魔女と出会ってしまった。

 その結果少年は生き長らえ、そして少女との記憶を全て失うこととなった。


 少女は泣き叫んだ。

 何でこんなことになったのかと。

 そんな少女に代行は洗脳するが如く囁き続けた。

 全てそこの女が悪いのだと。奴等は記憶を奪う悪魔――魔女なのだと。


 協会は魔女という存在をはるか昔から認識していた。

 しかし、殺す術を持たない彼等にはどうしようもなかった。

 長年聖女という存在が不在だった協会。

 辺境の農村で聖女の存在を見つけた時、同時に最高司祭代行であった男はこの状況を好機を見た。


 そこからはまさに地獄絵図と言える。

 少女は代行の口車に乗って魔女を憎み、聖女となった。

 そして、少年を救った魔女はその場で囚われ、実験体へと変貌した。

 その実験による副産物が聖女の血――


 憎しみを持った聖女の血は何時しか穢されていた。

 そして偶然その血を魔女が含むことで不老不死であった魔女は命を散ることとなる。

 全ては偶然から始まった出来事の連続。

 しかし、そこから大規模な魔女狩り――魔女裁判が始まり、魔女は迫害され続けることとなった。


『ワタシハシアワセニナリタカッタ。ソレモコレモスベテマジョガイナケレバ――ワタシニアンナチカラガナケレバアノヒトトイッショニナレタノニ――!!』


 あぁ、そうなのか。

 聖女の記憶が流れ込んでくる。

 彼女もまた被害者だったのだ。傀儡の人形となって恨み続けた少女……


『ダカラアナタモイッショニネムロウ?ワタシトイッショニ――マジョモナニモカモワスレテイッショニ――』


 優しい言葉だった。

 もう何も考えたくない。

 魂が粉々に引き裂かれ、■■との絆が失われようとしていた。

 もういいよな……俺は聖女と一緒に……






『そんなこと絶対にさせるものか!!!』






 その時、胸の内に知らない声が湧きあがった。


 知らない声……?


 違う。俺はこの声を知っている。


『ダメ……ソノコトバニミミヲカタムケルナ!!アナタハワタシトイッショニ――』


『黙れ。零二は返してもらう。決して君のモノなんかじゃない。ボクと一緒に生きる為に彼は返してもらう!!』


 零二……

 そうだ。俺は……

 俺の名は神谷零二。

 そしてこの声は……


「眞子……陽伊奈眞子……なのか?」


 その瞬間俺は覚醒した。

 同時に目を見開く。

 気づけば目の前に聖女はいなかった。

 代わりに長い銀髪を揺らす一人の少女が立っていた。


「ボクを忘れるだなんてひどいな君は。けれど思い出してくれて嬉しいよ」


「な、何で……」


 そうだ、俺は森羅が取り出した聖女の血を眞子が飲む直前に奪取して、代わりに俺が飲んだんだ。

 そして俺はどうなった……?

 聖女は何処に消えた?何で眞子が代わりにいるんだ?


「眞子……」


「…………」


 実際音はしなかったが、力強く足を踏みしめて近寄ってくる眞子。

 眉は吊り上り、一目で怒っている表情だった。

 そして、目の前に立った瞬間――


「んっ………」


「むぐっ――!?」


 有無を言わさぬ口づけ。

 同時に俺の中を支配していたナニカが眞子へと流れていく。

 身体が熱い……眞子と一つになったかの様な感覚が俺の身体を新たに塗り替えていく。


『少しきついかもしれないけど我慢してくれよ』


『ま……こ……』


 先の聖女から流し込まれた感覚よりも更に強大な想い。


『蘇生以上にきついと思うけど、一気に君を呼び起こす。だから零二。お願いだ、ボクに全てを委ねてくれよ』


『あぁ、そうだな……眞子。お前と俺は二人で一つだもんな』


『あぁ、そうさ。ボク達はこれまでもこれからもずっと一緒だ。だから聖女になんかに絶対渡すものか!!』


 瞬間、世界が光に包まれた。

 そして――


  ◆◆◆◆


「ん――!!?!?!!?」


 気付いた時は、目の前に眞子の顔があった。

 眞子の長い睫毛が俺の顔へと当たる。

 息を吐こうとしたが、口元を誰かに封じられている。

 誰か?そんなの分かりきっていた。

 眞子の舌が俺の口内へと侵入していたのだ。


「んんっ……ぴちゃ……ぷはっ」


 俺が目覚めたことに気付いた眞子の顔が離れる。

 同時に俺の舌と眞子の舌の間に一筋の唾液繋がり眞子の顔が離れるのと比例して伸びて月明かりに照らされて淫靡な光を放っていた。


「うわぁ……とてもえっちぃですねぇ」


「え、森羅――!?ぐあっ!!?!?!!!」


 視界の中に俺と眞子の様子を覗き込んでいた森羅の顔が現れる。

 って、待て。今俺もしかしなくても眞子とその……キスをしていたんだよな?

 その事に驚きつつも、その様子を全て見ていた森羅に驚愕し身をよじろうとしたが全身を走る痛みに苦痛を上げるハメになった。

 一体なにが……


「無理しないほうがいいよ。実際君は魂を壊されかけていたんだから。間一髪といったところ……いや、この感覚は……どうやら君はまた一度死んでしまったみたいだね……」


「え、俺が――?」


「まぁまぁ、今はそんなことどうでもいいじゃないですか。零二君は無事生き返ったんでしょう?」


「あぁ、その通りだね。ッ……少量だけどやっぱり聖女の血を取り込むのはきついものだね……」


 一体何が起きてるんだ?

 体は痛みで動かないが、視線だけ動かす。

 空には壮大なる満月。周囲は何度見ても幻想的な桜並木の姿。

 ここは意識を失う前までいた眞子が棲む森。俺は戻って来たのか。


 そんな中、俺は眞子に抱き抱えられていた。

 そして、同時に俺の様子を見て安堵する森羅。


 徐々に全ての記憶が戻ってきた。

 俺はあの時聖女の血を奪って自分で飲んだ。

 それからどうなった?

 確か、全身を裂かれる痛みを感じて意識を失ったはず。

 その後……俺は聖女と思う少女と出会った。

 そして聖女の記憶を見たと同時に聖女の言うがままに眠ったはずだ。

 けど、最後に眞子が現れて……


「眞子が……助けてくれたのか?もしかして、俺の中にある聖女の血を……」


「そう、だね……全てとはいかなかったが、数割は君の中に入り込んだ聖女の血を奪ったよ」


「だ、大丈夫なのか!?魔女は聖女の血を取りこんだら死んでしまうんじゃ――」


「それを君が言うのかい?君もボクと同じで既に半魔女と言ってもおかしくない存在になっているというのに。ボクが最後に呼びかけなければ君はあのまま聖女に囚われて死んでしまっていたんだよ。まったく本当に馬鹿なことをしてくれたものさ」


「馬鹿なことって……ッ――がぁっ!!!?!!?!」


 突如胸を裂くような痛みに襲われる。

 体を襲う痛みじゃない。これは魂を蝕まれる痛み……


「っぅ……まさか次は君と痛覚を共有することになるなんてね……もはやこの痛みがボクの中で暴れる聖女の血によるものなのか、君の中で暴れる聖女の血なのか分かったものじゃないね」


「っ……はぁ、はぁ……痛覚……だと?」


 そういえば眞子は俺がまた死んだと言ったな。

 やっぱりあの時聖女の言葉に身を任せた瞬間俺は死んでしまったということなんだろうか。

 前に眞子は言っていたな。

 俺は不老不死と言っても、死ぬことで繋がった魂へ何かしらの影響がある可能性があると。

 それがこの結果だというのだろうか。

 最初は意識の共有。そして次は痛覚……か。


「その通りだね。君とボクは前よりもより一つになりかけているってことさ。それにしても、峠は越えたけれど、きついものだねこれは……」


「何やら大変そうですねぇ。それもこれも聖女のせい……なんですよね」


「森羅……?お前大丈夫なのか?」


「大丈夫ってもしかして魔女への恨みがってことですか?……まぁ、そうですね。実は零二君が見ていた聖女の追憶。何故か佐奈にも流れて来たんですよね」


「は――?」


「そんなに驚かなくていいと思いますよ?だって佐奈の身体の中には聖女の血がかなりの割合で混ざってますから。血そのものに意志が残っているのなら当然零二君の意識の中で聖女が暴れてるのなら佐奈でも見れるんじゃないかなと。ほら、痛みで分からないと思いますけど零二君の手を握ってたら予想通り見ることが出来ちゃったみたいです。あは」


「あはってお前……何ともないのか?」


「そうですねぇ……聖女の過去が分かって逆にすっきりしたと言いますか。唯の逆恨みなんだと分かって、結局佐奈の人生って何だったんだろうなぁと一周廻って色々と馬鹿らしくなってきちゃいました」


 どうしましょうね。とでも言いたい顔をした森羅。

 ちょっと待て……

 何かがおかしくないか?


「なぁ、眞子……」


「ん?どうしたんだい?」


「あぁ……聖女の血ってのはさ。長年魔女へと恨みを持ち続けた特別な血だからこそ魔女にとっては猛毒になったんだよな?」


「そういうことだろうね。あんなの神に祝福された処女の血だなんて真っ赤な嘘さ。逆に怨霊とも呼ぶべき存在だね」


「だったら……何で俺達は助かったんだ?聖女から流れ込んだ意識はとてもじゃないが耐えきれるものじゃなかった。眞子の一声で消え去ったとは思えないんだよ」


「どうしてって、現に君の中にある血をボクが吸い取ったから君は意識を取り戻して――」


 その時だった。




 ドクン――




 世界そのものが鼓動する揺れを感じた。


「な、にが……ぐぁ……」


「これは……世界が塗り替えられる……いや違う、ボク達の中から湧き上がるこれは――!!」


「い、痛い!!い、いや、気持ち悪い……ぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」


 森羅から、そして眞子からも、俺からも黒い靄が身体全体から湧き出していた。

 魂そのものを抜き取られるような痛みが全身を襲い出す。

 絶え間なく俺達から噴き出る黒い霧。それは中で一つの塊へと集まり出し、そして――


「迂闊だった……。ここは高次元とも呼べる空間。そこに一定量の存在が集えば……」


「眞子……ぐぅっ……何を言って……」


「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「零二、急いで森羅佐奈を抱きしめるんだ!!早くしないと彼女の精神が壊れてしまう!!!」


「ッ――!!!」


 眞子の言葉を聞いた瞬間、俺は考える間も無く隣で苦しんでいた森羅を引き寄せた。

 俺自身身体を引き裂かれる痛みに苛まれているがそんなの関係なかった。

 眞子の言う通りにしないと全てが終わってしまう気がしたんだ。


「っぅ……森羅……し、っかりしろ!!!」


「ぅぁ。れ、いじくん。佐奈に何が起きて……」


「いいから今は黙っていろ!!」


 森羅の頭を胸元に引き寄せ強く抱きしめる。

 その間も俺達から湧き上がる黒い霧は上空へと集まり続けていた。


「零二。これから起きることに覚悟を決めて欲しい。君が言った通りだった。聖女の意識は消えてなかった。ボクと零二。そして森羅佐奈を贄に今ココに顕現しようとしているんだ」


「顕現……?アレが!?でも、何で急に!?」


「少し考えればボクなら気付かなきゃいけないことだったんだよ。そもそもここは霊的な場が高い高次元と言える世界なんだ。この世界の大半は桜が創り出した言い換えれば魔の力といってもいい。そこに現実の肉体なんかなくとも怨霊じみた意識さえ存在すれば顕現すること自体可能なんだろうさ」


「あは。だったら佐奈が一番苦しむのも当然……ですね。佐奈の中には聖女の血がたくさん流れているんですから……」


「喋って大丈夫なのか?」


「零二君のおかげで意識を保つことが出来ました。ほら、もう佐奈達からあの気持ち悪いの出ていませんし」


「そういえば、身体が軽い気が……」


「ボク達の中に入り込んでいた聖女の意識が全て出たからだろうね。そういう意味じゃ身体にはこれ以上異変は起きないと思う。けれど……」


「あぁ。あれをどうにかしなきゃいけないんだよな」


「あれが……あんな穢れた存在が聖女だっていうんですか?あは……あれこそ悪魔そのものじゃないですか」


 宙に浮かぶ黒い霧は何時しか人のカタチを取り出していた。

 つい先ほど内の中で見た存在へと変貌していく。

 髪は亜麻色。幼さを残しつつも俺よりも年上であろう少女の姿。

 協会の服装であろう礼服のようなドレスを着込んだ聖女が目の前に浮かんでいた。

 閉じられた瞳がゆっくりと開く。

 その瞳の中はあの時見たのと同じで真紅の双眸でとてつもない深さをした闇に覆われていた。


『あぁ……どれだけの時を過ごしただろう。何故私がこんな目に合わなきゃいけないの。それもこれも全て……』


 聞いているだけで発狂したくなるような声色。


「零二。それに森羅佐奈も。アレにあまり耳を傾けるな。それに直視しちゃいけない。あれは聖女なんかじゃない。ただの――」




 ――亡霊。




 数百年の時を経て、今。

 魔女が棲まう世界に聖女という名の亡霊が顕現した瞬間だった。

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二身伝心!~俺と魔女の奇妙な関係~ 神代かかお @spiralarive

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