ちょっと寒くなるホラー小話~東尋坊~
響恭也
東尋坊の電話ボックス
夏休み、暇にあかせた俺は友人とドライブに出掛けていた。俺と友人A(車持)B、C の4人は夕方に集まり、国道8号線をあてどもなく南下してゆく。金沢を出て加賀市を経由して福井市へ。思いつきで国道を外れ山道に入っていった。この時点で22時。大きな通りを外れた山道は該当もまばらで暗闇に覆われ、風にざわめく木々は理屈ではない、なにか根源的な感情を揺さぶってくる気がした。
A「どうしたんだ?さっきから黙りこくって」
俺「いや、なんかさ、周りの雰囲気がなんか不気味というか、ちょいと怖くね?」
B「えー、子供かよ?おいおい」
A「お、もう少し行ったら神社があるみたいだ」
C「肝試しでもするかー?」
俺「んな罰当たりな」
A「田舎の年寄りか?いまどきよ」
C「お前オカルト信者だっけ?」
ゲラゲラ笑いながらなんか好き放題に言われて少しイライラしていたのだろう、助手席の俺はナビを操作してこの山道の先に何があるかを探した。この時の行動を俺はものすごく後悔することになる。
俺「このまま30分ほど走ったら越前海岸にでるよな。有名な心霊スポットがあるらしいぜ」
A「へえ、何てところ?」
俺「東尋坊だよ」
B「あー、聞いたことある。なんか自殺の名所らしいな」
C「あれか?何かありがちな断崖絶壁の?」
俺「サスペンスドラマとかで、最後に犯人が飛び込もうとするようなとこかね?まあ、俺も行ったこと無いんだけどな」
A「おもしれー、肝試しと行こうぜ」
B「いいねえ、面白くなってきた」
C「暇つぶしにはいいよな」
暗い山道を走っていると急に視界が開けた。窓をあけると今までややひんやりしていた空気が湿気を含んだ生暖かさに変わる。運転席から操作したのか窓が閉じられ、Aがエアコンのスイッチを入れた。
B「燃費が~とかいつもブツブツ言ってるのに珍しいな」
A「ああそうかい、んじゃお前だけ歩くか?」
B「いやいや、冗談だよ」
A「まあ、たまにはいいだろ、ってか、野郎4人が汗だくで閉じこもってる車なんぞ嫌すぎる」
C「ごもっとも」
海岸線にそって道は続く。あるトンネルを通っているとき、屋根が不自然に開いている場所があった。
俺「何だあれ?」
A「うん?どうした?」
俺「なんかさ、トンネルが不自然に途切れてるんだよな」
A「おお、そうだな」
B「なんかあるのかな?後ろから車も来てないし、ちょっと止めてみよう」
C「オラなんかワクワクしてきたぞ」
俺「はいはい、お薬処方しておきますね-」
友人の大阪土産のネタ商品、オモシロクナールというラムネを取り出しCの口に放り込んだ。
まあ、いつもの俺達の鉄板ネタだ。AとBも笑っている。
トンネルの壁がなく、下からVの字に切り取られたようになっていた。下は崖になっていて波が打ち寄せている。そこには小さな祠と赤い前掛けをしたお地蔵様がいた。トンネルの照明はオレンジ色をしており、赤く照らされたお地蔵様の顔が妙に不気味に見えた。俺は何となく近寄りがたいものを感じ、車のそばで立ち尽くしていた。Cも同じだったがなんとなく様子がおかしい気がした。まあ、こいつがおかしな振る舞いをするのはいつものことなのでスルーしていた。
Aが無遠慮にお地蔵様の頭を撫で回していた。Bもそれを止めるでなく、しゃがみこんで祠を覗き込んでいた。何だ、特に変なこともなかったなと言いつつ車に戻ってきたので、そのまま車に乗り込み、目的地である東尋坊に向けて車を出した。
そこから30分ほど車を走らせ、俺たちは東尋坊に到着した。微妙に観光地化されているらしく、売店や、観光地向けの施設と東尋坊の地名の由来が書かれた看板を見つけた。
諸説あるらしいが、この地にいた生臭坊主が土地の人間によって突端の崖から突き落とされたらしい。そして、その坊さんのタタリで突端から飛び降りる人間が続出したらしい。まあ、断崖絶壁&潮の流れも速い。普通に助からんよなと思う。Aが車から懐中電灯を持ってきたので、その明かりを頼りに海岸に向けて進む。
Bはスマホをいじりながら東尋坊のネタを仕入れようとしているようだ。
行く手にぼんやりとした明かりがあった。古めかしい電話BOXがぽつんと立っていた。その先には獣道のように細い踏みしめられただけのような道が見える。
電話BOXにはペタ終えたとチラシが貼り付けられていた。いのちのダイヤルとかはやまるなとかまあ、いろいろと書かれている。自殺の名所っぽいなとかなんか変な感慨にふけってしまった。
B「お、なんかすごい話しがあったぞ。東尋坊の電話BOXに23時59分に入ると閉じ込められてその日1日出てこれなくなるらしい」
A「おいおい、まじかよ。いまは・・・23じ55分か」
B「じゃんけんで負けたた奴が入るってのはどうだ?」
A「いいねえ、最初はグーな」
お約束というか、俺が負けた。まあ流石に都市伝説だろうと時計を見つつ入る。BOXの中は空気がこもっており、汗が噴き出してきた。3人がスマホを取り出し写真をとっている。中からだとガラスに反射して外の様子が見づらいが、4人が大騒ぎしている様子はわかった。苦笑いしてドアを開けようとするが潮風で錆びているのか、やたらと硬い。ガタガタやっていると外でまた騒いでいる。一度手をはなし、もう一度押すとなぜかすんなり開いた。そういえば、入る時も特に軋むとかはなかったな。何だったんだろうと自分のスマホを見ると、0時5分だった。
俺「なに騒いでるんだよ?」
C「やばい、ここやばいよ。すぐ帰ろう」
この暑い中でCは血の気を引かせてガタガタ震えていた。
A「おいおいどうしたんだよ?」
B「ビビり過ぎだって、いつものネタか?」
C「違う、とにかくすぐここを離れよう!やばいんだって!」
血相を変えて大声を張り上げるCにこちらもなにか不気味なものを感じ、5人できた道を引き返した。
駐車場に戻ってくると、来るときは煌々と輝いていた街灯が点滅を繰り返していた。Aは運転席に、俺も助手席に、後部座席へ3人そろって乗り込む。
A「そういえばさっきの案内看板に雄島ってあったな、行ってみようぜ」
B「ああ、飛び込んだ自殺者が流れ着くってとこ?」
俺「流石にもう遅いし帰らねえ?」
C「俺も帰りたい、もうやだ」
A「俺は行きたいからとりあえず向かう。行きたくない奴はここで降りてもいいんだぜ?」
俺「んじゃ手前までな。島には行かないってことで」
A「そうだな、流石にほんとに遺体とか上がってたら面倒なことになりそうだし」
B「そりゃたしかに嫌だ。オッケ、橋だけ見て帰ろうぜ」
C「俺は車から降りないからな?」
A「あーわかったわかった、留守番頼むぜ」
0時35分、暗闇の海上にポッカリと黒い影となって雄島が見えてきた。心霊スポットを煽る記事を読んでしまったせいかやたら不気味に見えて仕方ない。中央に見える神社らしき建物の周辺を人魂が飛び交っている姿が幻視された。まあ、実際に見ると枯れ尾花なんだろうがね。
車を降りて4人で歩く。橋の手前まで行くがさすがに雰囲気に飲まれたのか、Aもそこから進もうとしなかった。奇妙な沈黙と打ち寄せる波の音だけが場を支配する。
俺「戻るか?」
A「うん、そうだな」
B「A、橋をわたってみようって言ってなかったっけ?」
A「んー、Cが心配だしここらで戻ろう。悪ノリしすぎた気がするし」
B「ま、しゃーねーか」
そんなとき、Cのものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
俺たちは顔を見合わせ、車に向かって走りだそうとした・・・のだがそんなときAがつぶやいた。
A「あのさ、ちょっと疑問だったんだけど、俺たち何人で出発したっけ?」
B「なに言ってんだよ、5人だろ?俺、A、B、C・・・あれ?」
背中に冷水を浴びせかけられた気がした。いつからか人数が増えてる?
Cの様子がおかしかったのはいつからだ?慌てて懐中電灯を手に周りを見渡すがそこには3人しかいない。なのになぜ4人だと思ってた?後ろにもう一人いると思っていたのはなんでだ?
そしてもう一度悲鳴が聞こえ、車のドアを乱暴に閉める音が聞こえてきた。
慌てて車に向かって走りだす。車の中にはCの姿はなかった。なぜかは分からないがむせ返るような海水の匂いが立ち込め、後部座席の中央がびっしょりと濡れていた。Cのやつ漏らしたんじゃね?とBが軽口を叩くが、そうだとしても明らかに異様な雰囲気である。
A「これってCのスマホじゃね?」
B「ってやべえ、連絡できないじゃん」
俺「どうする?周り探してみるか?」
A「そうだな、一人は車に残るほうがいいかもしれんが」
B「なんかさ、こういうのホラー映画でよくあるよな」
A「ああ?一人になったやつから順番にってやつか?」
B「そう、今思い切りそれに当てはまってないか?」
微妙な雰囲気の仲、ひとまず俺たちはCの帰りを待つことにした。
車の中に無言の時が流れる。ガソリンの残量が微妙だったのでエンジンは掛けず、窓を開けて蒸し暑さに耐えていた。
時間を持て余していた俺はふとCのスマホに触れると、画面が表示された。ロックかけろよと思いつつ表示された画面を見て、俺は再び凍りついた。写真ではなくスクリーンショットなのだろう。午前0時0分の時計が表示されている。電話BOXを撮影しようとしてBOX周辺にいる3人の人影とその顔を囲むように四角い枠が表示されている。この時点でおかしい。俺は電話BOXの中にいたし、C自身がスマホを構えているのである、なんで3人いる?
そして俺は気づいてしまった。写真の枚数が1/2と表示されていることに。恐る恐るスワイプしてみる。現れた画像に俺の口から短い悲鳴が漏れた。
電話BOXの後方の茂みに無数に浮かぶ四角い枠。画面にはわからないが、スマホが暴きだした見えない人影。俺は無言で二人にそれを見せた。二人の表情がみるみる青ざめる。
Aがキーをひねった。キュルキュルキュルとセルが回る音が響くがエンジンが掛からない。Bが大声を上げた。雄島の海岸から無数の人影が見えたというのだ。俺が見てもなにも見えないが、Aがパワーウィンドウを操作して窓を閉じた。後から考えても、なんでこれだけは動いたのかよくわからなかった。
バンッと屋根を叩かれるような音がする。3人で周囲を見回していたのである。誰かが近寄ってきたら必ずわかるはずだった。暗闇に紛れたとしても月は煌々と輝いている。雲一つない星空だった。いっそ女の子を口説くときに使えそうなと場違いなことを考えて現実逃避する。しかしそんなことを許さないほど現実は非常だった。ひたひたと素足で歩き回る音が周囲から聞こえてくる。潮騒の音がこの世とあの世の境界を超えて聞こえてくるようだった。俺の目にはなにも映らない。だが聴覚は俺の目と矛盾した感覚を伝え続ける。Bは目と耳をふさいで後部座席でうずくまっていた。Aは血走った目を見開きルームミラーを見つめている。無限とも思われる時間が過ぎ、日が登り始める頃に通りかかった車に呼びかけられ、俺達はこの世に留まることができたことをようやく実感した。
地元の漁師と名乗った老人は、俺達の肝試しの顛末を聞いて物凄い勢いで怒ってきた。毎年こういう話があって、迷惑を被っているとのことだ。謝罪した後は人懐っこい笑顔を浮かべて、飛び出していったCを探すべく、近隣住民に連絡をとってくれた。駐在所から来た警官に事情を説明し手分けして周囲を探す。
そして3時間後、Cは雄島で見つかった。岩に打ち付けられ溺死した姿で。東尋坊の突端でCの靴が見つかったらしい。警察の事情聴取が行われ、俺達3人が共謀してCを突き落としたのではないかとの疑いがかけられ、Cの地元から出てきたご両親にはなじられと、夏休み後半はいろいろと散々だった。
なんとなく俺とAは、Bも疎遠になり、学校以外で顔を合わせる機会も減っていった。
10月、俺の携帯に連絡が入った。Aが自動車事故で死んだという知らせだ。久しぶりに会ったBは顔面を真っ白にしていた。Aはちょくちょくぼやいていたらしい。波の音が眠ると聞こえてきて寝られない。海に引きずり込まれる夢を見ると。Aの事故死した現場を聞いて俺も血の気が引いた。件の越前海岸のトンネルで壁に突っ込んでいたらしい。
別れ際、Cのスマホの話を聞いた。ご両親が起動させたところ、パスワードがかかっていて開けなかったこと。なんとか解除して中を確認したが俺達が見たような写真は保存されていなかったこと。そして俺達3人に疑いがかかり、そして晴れた理由。東尋坊の電話BOXには定点カメラがあるらしい。そこに0時45分頃崖に向かて歩いて行くCの姿が移っていたそうだ。俺達が雄島についたのは0時35分頃。徒歩で10分で東尋坊の奥に行くのはまず無理だ。だから疑いがかかった。しかし3人で共謀して突き落としたなら一緒に崖に向かう姿があるはず。論理的にいろいろとおかしい部分があり、結局解決不能となって俺たちは開放されたようだ。
そして俺も最近うなされている。先日Bの訃報を聞いた。不思議な事にBの死因は溺死だったらしい。肺から何故か海水が検出されたと。
それから夜寝ると潮騒の音が聞こえてくるのだ。俺の住んでいる場所は市内の奥まったところにあり窓を開けても海はおろか河も見えない。なのに聞こえる波の音はA、B、Cがあっちから迎えに来ているんじゃないかと思うのだ。
ちょっと寒くなるホラー小話~東尋坊~ 響恭也 @k_hibiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます