17話
部屋は少しの落ち着きを取り戻している。
隅ではミルスが座り込んで背中を擦っていた。
「邪魔が入ったが俺の自己紹介な。名前は大量に持ってるから悠でいいわ」
「そんなに適当な感じでいいのですか?」
「じゃあミラーファリズム・エンクルシュブラスとか呼びたいか?」
「————理解しました」
本当はもっと難しい名前もあったのだが、もはやこの世界の人には発音すらできないので止めておく。
「————んで、能力というか出来ることは、魔術に武術、後少しばかり呪術も使えるぜ」
「魔術に呪術? 同じじゃないんです?」
「似たようなものではあるが、起源というか目的が違う。それに魔術は限られたものしか使えないのに対して、呪術は道具さえあれば赤子でもできる。でもやっぱり能力に差は出来るがな」
百の力を持った道具を使い術式を行った場合、魔術は一の力を百にすることは出来るが、零の力を百にすることは出来ない。これに対し呪術は、一ならば百一に、零ならば百になる。
それを聞いた翔太は、
「でもそれなら呪術を使う方が、自らの力が上乗せされる分良いのではないか?」
「いや、簡単に言うと魔術は掛け算なのに対して、呪術は足し算なんだよ。魔術は呪文や杖、ルーンなんかを使って簡単に自分の力を上げる事もできるしな」
「つまり上級の魔術と同じレベルを呪術で使うのは難しいという事か?」
「簡単に言えばそんなとこだ。まぁ修行次第でどうにでもなるんだがな」
悠の場合今までの全ての生の修行が一つになり、人を超えた術式を使えるのだ。
もし素人が一からそのレベルまで魔法を使えるようになるまでは、千年なんてものじゃ済まされない。元よりの才能は勿論、それを何倍にも伸ばせる修行が無ければ一人生では時間が足りない————いやそれだけあっても足りない。
しかし、バルチアスはそんな常識を覆した。
一切の細工を施さず、己の素手のみで霹靂を受け止めた。それはリンゴが上に落ちるとかそんなレベルの話なのだ。
「ちなみに聞きたいのですが、私たちが使っている術というのは何に当てはまるのでしょうか?」
「鋭い質問だな、シルヴィア。問題はそこなんだ。精々十数年しか生きていない人間が、魔術の中でも格式高い雷系の術を道具もなしに破壊するなんて、まず有り得ない」
神鳴。神の恩恵を具現化したといえる霹靂は、他の魔法とは一線を画す術式だ。
人生数十回分を経て生まれた神の怒りに、十数年ほどしか生きていない人間の少年が耐えられるはずが無い。
「お前らインファーナルが使っている術式は、俺が今まで見たことも無い術なんだろうと思う。その辺の情報が無ければ奴らとまともにやりあうのは少し厳しいかもしれん」
「そうは言われてもな・・・・・・私は今まで術の種類が分かれている事すら知らなかった身。期待には答えられそうにはない」
「私はまだ能力が芽生えて乏しいですし・・・・・・」
「僕もその辺については分かりませんね・・・・・・」
誰も情報を知らないのも無理はないだろう。彼らはつい最近まで籠の中で飼い殺しのカナリアだったのだから。周囲に重い空気が立ち込める。自分たちが持っている手札が数少ない事を皆が実感していた。
「大前提として私たちは敵の情報を殆ど持っていない。敵のメンバーから始まり詳しい能力についてもだ。今の状態は目隠しをしてポーカーをしているようなものだろう。まず第一に必要なのは情報。方針を立てるにしてもこれが無ければどうしようもだろう」
「とはいっても、国際生物学所のセキュリティーはかなり固いですし・・・・・・無理やり突破するとしてもかなり危ない橋を渡ることになりそうですね・・・・・・」
相手の手札が分からない割に恐らくこちらの手札は向こうに知られている。どんなに優れた軍師でも、罠の貼り方一つ分からない状況では攻める事などできないであろう。
「————方法ならあるんじゃないかしら」
今まで黙っていたアリシアが口を開く。
「————
「成程。悠、確か君の父親は国際生物学研究所の科学者だったな」
「そういう事か。久時
悠の言葉にディムが首を傾げる。
「涼? 悠さんは父親を名前で呼ぶタイプなのですか?」
「いやそういう訳じゃ無い。記憶にある父親が多すぎて他人な気がしてしまっただけだ。本人の前では気を付けないとな」
その時、今まで話について行けず黙っていた夏美が声を上げた。
「あっ! そういえば私、研究所から脱出するときに悠のお父さんに会ったよ」
「本当か? つまり彼は脱走者にあったにも関わらず、それを見ない事とした訳か・・・・・・」
研究所に肩を強く入れては無さそうな様子に皆が好感触を掴む。茨の道に少しだけ通れそうな道が見つかった瞬間だった。
「それだけじゃ無くて、脱走の手助けまでしてくれたよ? たぶんあの人ならこっちの事を理解してくれそうだよ」
「もともと父さんはそういう人だからな。何事も自分の信念に従って行動する今時珍しい男だ」
「何にせよそれはいい事ですね! 内部の関係者がこちら側に付くとなるととても力強いです!」
兎にも角にも情報が無ければどうにもしようが無い。
これから先反逆者と戦うためにも、彼の助けは絶対になるだろう。
「見たところ、悠さんは事件以来家に帰っていないのではないでしょうか? 一度顔を見せて安心してもらうという点でも、今日の内にでも家に行ったらどうです?」
「そういえばそうだな。今の状況では父さんと話をつけるのが一番だろうし、早いとこ行ってきた方が良いか」
「そんなに事を急ぐ必要はありますかね? 今はもう少し内部での話をしておくのが無難だとおもわれますが」
「でも、私もお礼を言うために悠のお父さんに会いたいなぁ・・・・・・」
「ふむ、どちらにせよやらなくてはならない仕事だ。先にやっておいて損は無いだろう」
参謀である光裂が言うと皆が静まり返った。それは皆が信頼を彼に寄せている証なのだろう。
「とりあえず今から夏美連れて俺の家に行くって事でOK?」
「————光裂が言うのなら構わないわ」
「・・・・・・いや待てよ。俺にはその策は受け入れられないねぇぜ」
部屋の隅で静かにしていたミルスが立ち上がる。
表情は静かだが、溢れ出るオーラが拒絶感をよく表している。今にも頭から長い角が生えて来そうな感じを身に纏っている。
「俺たちは奴らの無力さに嫌気が差してあの場所から逃げ出したんだぜ? 奴らの力を借りるのは断固反対だ」
「————今必要なのは個人的な
「・・・・・・チッ。勝手にしやがれ」
ミルスは荒々しい足音を立てて部屋を出ていく。
それは単に研究所の人間が気に入らないとか、かわいい感情では無いのであろう。憎悪と言ってもいいほどの激情が彼の中に見て取れた。
皆気を抜かれたようにミルスが去った扉を見ていた。
「すまないな。インファーナルと呼ばれる子供たちは、その殆どに何か引きずっているものがあるのだ。特に彼は素直な性格であるからそういう事が許せないのだろう」
「そうだろうな。俺にはよく分からないが、インファーナルといえど言い換えれば能力を持ったただの子供。普通の子供とは違う重みを背負っていて大変なんだろうな」
彼らは等しく一度は死の危機に直面している。それだけではなく、その後も同年代の子供たちと遊ぶ機会は与えられず、人外の化け物として扱われる
部屋に立ち込める悪い雰囲気を払うように夏美は、
「さっ! 早く行って早く帰ってこよう!」
「————おう。そうだな」
部屋を出ていこうと扉を開けた時にディムが「あっ!」と声を上げる。
「忘れてました! これを悠さんに渡しておこうと思っていたんです!」
そう言って取り出したのは例の剣。基本的な形状は夏美のものと同じだが、よく見ると細かい部分の色や形が違う。
側面に彫刻された龍は今にも炎を吐きそうな威圧感を放ち、一目で量産物とは違うものだと分かった。それだけではなく、肌で触れてみると材質や使った工具なども違う事がすぐに分かる。
「買ってくるのも面倒だったので、悠さんのは翔太さんに作ってもらったんです!」
「大して時間が取れなかったもので、あまり良い出来とは言えないのだがな。大事にしたまえ」
「十分いい出来だぜ。本物みたいだ」
悠はそれをポケットにしまう。
それを見届けると光裂は大きなパソコンに向かう。
「こっちでも敵の情報は探っておく。何かあったらすぐに連絡を頼むぞ」
「分かった。そっちはそっちでしっかりやれよ」
「すぐ帰ってくるから!」
After of 999death~輪廻の結末~ 彗星の如く現れた吟遊詩人 @zebra_1224
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