16話


「さて、着いた」

「やっぱり今は道が閉ざされてるのな」


 夏美が先導を切って路地の中へ入ってゆく。

 街は警察や逃げる人々で歩く隙間もなく、まちまち暴動も起きていたが、この路地だけは相変わらず静かにたたずんでいた。


「実は結界とは他に人避けの魔法も使っているの」


 悠の頭を見透かしたのか、説明する。


「見た感じ、路地の〝陰〟を強化してるのか?」


 人は意識の外側で様々な情報を取り込んでいる。

 深層心理に、路地の陰鬱な空気を強く感じさせることで、無意識にこの通りを避けさせているのだ。


「感受性の鈍い人なんかは気にせず通っちゃうけど、誰も通らないならそれはそれで目立っちゃうからね」


 夏美は上着の右ポケットをゴソゴソと掻きまわす。


「あった!」


 目的の物を見つけて目を光らせる。

 続いてポケットから取り出したのは小さな剣のストラップだ。金メッキが施された剣は、修学旅行のお土産で買うようなものだ。

 おもむろに剣を鞘から抜くと、金属製の刀身が現れる。

 そして、ビルの境目でそれを一振り。

 するとそこに昨日悠が踏み込んだ道が現れた。


「悠が入ってきちゃってから結界への入り方を少し変えたの。前は監視カメラの前でディムがずっと待機してないといけなかったけど、これなら確認するまでに怪しまれる心配が減ったでしょ」

「————でもこの方法だとkeyを失くしたら終わりじゃないか? お前すぐ物失くすタイプだろうし気を付けとけよ」

「言われなくても分かってるわよ」


 夏美は自慢げに剣の柄を見せる。

 よく見ると細い糸が繋がっていて、手首にそれが巻き付けられている。

 悠はそれを見て苦笑する。


「それあれだろ。風呂入った後とかに忘れるフラグだろ」

「そ、そんなことないもん!!」

「はいはい、そうだよな。まさかそんな小学生みたいなことする訳無いよなぁ」

「————馬鹿にしてるのはよーく分かった」


 夏美は唇を尖らせ一人で歩きだした。


「ちょ、待てよ!!」


 隠された道は元は普通の道路だったのか、四方をビルや店に囲まれていた。

 ファッション店のショーケースに入れられたマネキンは、退屈そうに通りを見下ろしている。

 昨日通った時不思議に思った謎の光は、今では術によって作られたものだと分かった。

 非現実的なその様子は、街の中に二人だけ取り残されたような不思議な感慨に陥らせた。

 ————さっきのでヘソを曲げたのか、夏美はずんずんと道を歩いていた。

 それでも時折振り返って、悠がついて来ているのを確認するのは止めない。

 不思議な沈黙が数十秒続けられ、遂に一つのマンションの前で夏美が立ち止まる。

 その場でくるっと回転し、長い髪を広げると、


「ようこそ。私たちの家へ!」




             ◇




 マンションの中は狭い通路が幾つか伸びており、その中の一つを夏美は進んでゆく。

 飾り気のないマンション内は、まるで古い病院の様だ。

 歩いた先に現れた最初の部屋のドアを開けると、


「ただいま!」


 続いて悠もドアをくぐる。


「お邪魔してるぜ」


 そこには数人の男女が居た。

 それぞれ立ったり座ったり思い思いの行動を起こしていた。中には顔を知っている者も数人いる。

 その中でも取り分け悠の目を引いたのは————


脳筋バカ野郎じゃねぇ―か!! 元気してたか?」


 親しい友のように手を振る悠に、ミルスは魁偉な顔を歪ませる。


「俺はお前と友達になった覚えは無いぜ?」

「まぁまぁ。よく言うだろ? 昨日の敵は今日の友って」

「馴れ馴れしくするな————っておい肩組もうとするんじゃない!」


 荒々しく悠を振り払うと、数歩引き下がる。


「お前中々揶揄からかい甲斐があるな」

「すいません。そこで親交を深めるのはいいのですが、そろそろ自己紹介をお願いできませんでしょうか?」


 やれやれとばかりに銀髪の少女が言う。

 回転椅子に座っていた白衣を着た少年が立ち上がった。

 年齢は高校生ほどだろうが、シャープなメガネや服装が知的な雰囲気を醸し出し、実年齢よりも大人びているように見える。


「よく来てくれましたね、久時悠。私は改革者の参謀をつとめている光裂翔太こうざきしょうただ」


 光裂は一切の表情を見せずに重要な事だけを最初に伝える。こういう状況で無ければ普通に科学者だと思うだろう。


「ここに居るってことはお前も何かの能力を持ってる訳か?」

「ああ。能力名は創造主の御手。素材と加工場所さえあれば、スペースシャトルでも組み立てることができる、創造系の能力だよ」

「そりゃ使い勝手が良さそうだな。その内一機作ってもらおうか」

「いいえ、さっき言ったでしょう? 素材と加工場所が必要なんです。私はしたものを造れても、は出来ないんですよ」


 何でも創造することができるとなると、もはや神の領域に片足踏み込んでいるようなものだ。

 錬金術などの原子の組み換えを行う魔術が神格化されているのは、それが間違いようもなく神の業だからである。

 それを考えると、素材と加工材料さえあれば何でも造れるだけでも、相当レベルが高いはずだ。


「次は————シルヴィア自己紹介を頼む」

「分かりました」


 そう言って一歩前に出たのは、昨日会った銀髪少女だ。

 飾りっ気のない白いシャツは、何よりも内面を映し出している。


「私はシルヴィア・アージェントと言います」

「昨日会ったな。まさかお前がインファーナルだとは思わなかった」

「えぇと————能力はテレパシー、テレキネシスの二つです」


 テレパシーにテレコキネシス。説明を加える必要も無いメジャーな能力だ。


「メジャーな能力だからこそ力の差が激しいという事でもあるんですけどね・・・・・・」

「————? ちなみにだが能力はどれくらい使えるんだ?」

「テレパシーは半径十メートル程の範囲で使えます」

「・・・・・・待てよ。それって普通に話すのと何ら変わりないんじゃ・・・・・・」

「テレキネシスは木を一本吹き飛ばすぐらいの力はありますが、制御ができずに私も吹っ飛びます」


 真面目な顔に似合わないぶっ飛んだことを言い出すシルヴィア。

 制御が利かないというのは、与えたエネルギーの一部が自分に返ってきてしまうという事か?

 


「・・・・・・・分かった。まぁ何でも高望みするのは駄目だよな」

「すいません・・・・・・まだ未熟者なもので・・・・・・」


 シルヴィアは申し訳なさそうに俯くと下がった。


「次は僕の番かな」


 代わりに出てきたのは少年だ。

 見た目はまだ中学生程だろうか。顔にはまだ幼さが残り、優しい雰囲気が感じられる。

 

「僕の名前はディム・ガスター! 基本的には結界の管理をやってるんだ! 何か困ったことがあったらいつでも言ってね!」


 快活な声で名乗る。体全体を使って会話をするのは癖なのだろうか。なんだか言葉の最後に全部〝!〟がついている気がする。

 容姿どうりの暖かな心を持っていそうなディムに、悠の好感度が上がる。


「宜しくな、ディム」

「僕は結界の事なら何でも知っているつもりなので、その関係だったら何でも協力しますよ!」

「ああそういえば外の結界張ってるのもお前なんだっけか?」

「ええ!!」


 ディムは勢いよく立ち上がる。

 この辺りで何か変わったなと思ったが、その時は気のせいにしておいた。


「結構面白い構造だったけど、あれってどういう仕組みなん————」

「気になりますよね!! あれは元ある空間を切り取って端と端を仮止めするんです!! そうしてあの剣を振りかぶったときにだけ、止めてあった場所が離れてこの通りが現れるんですよ!!」

「お、おう。あの————」

「一見すると簡単そうですが、この手の結界は僕以外の誰にもすることができないんです。そう、あのバルチアスでさえもね‼‼」

「あのさぁ————」

「はい! 何でしょう!」

「顔が近い・・・・・・」


 あと数センチ動けば鼻が触れそうな距離で熱弁を広げるディムに、悠は見解を少し改めた。


「あっ、すいません。つい熱くなってしまいました」


 一言で何事も無かったかの如く離れるディムに少し恐ろしさを感じたのであった。

 気を取り直して、次の話し手を探す。


「それじゃ次は俺が話すとすっか————」

「いや待てお前は最後だ」


 口を開きかけたミルスを制する。


「何でだよ? 順番なんかどうでもいいだろ」

「いや、お前の自己紹介は最後まで取っておきたいからな」

「どういう————」

「じゃぁ次はそこの姉弟? の話を聞かせてくれ」


 ミルスは額に青筋を浮かべている。今にも角が生えてきそうに見えた。

 それを全く気にせず姉が話し始める。


「————私の名前はアリシア。名前だけしか分からないからアリシアって呼んで。こっちは弟のリーグ。————人見知りで無口だけど悪い子じゃないから」


 姉にならってちょこんとお辞儀をするリーグ。

 年の差は七、八歳程あるだろうか? リーグの方はまだ小学生中学年程に見える。

 二人とも髪で目が隠れていて、下に隠された表情を読み取る事が出来ない。

 自己紹介は終わりとばかりにアリシアは口を閉ざす。

 どうやら姉の方も余り会話をするタイプでは無いらしい。

 どんな能力を持っているのか気になるところではあったが、後で聞く機会もあるだろうと追及はやめておいた。


「次は私ね」


 次に夏美が立ち上がる。

 ミルスはもはや何も言わずにむすっと座っている。


「名前は知ってると思うからはぶくよ。能力はヴァン・アイダーと七変化。前者はヴァンを自由自在に動かせるもの。流石に空は飛べないけどパラシュート無しのスカイダイビングぐらいならできるかな? 後者はそのままんま。誰にでも何にでも姿を似せる事が出来る能力だよ」

「この前脱走したインファーナルってお前だったのか」

「正確には夏美が置いたポインターを目安に、僕が次元移動を使った訳で、メインは僕の方だったんですけどね」

「そうは言っても夏美無しに成功できた訳じゃないから、彼女の功績は大きかったがな」


 また熱を帯び始めたディムを、光裂が止める。どうやらディムの扱いには慣れているらしい。

 それにしても個性的な奴が多い。

 コミュニケーション力皆無の姉弟に、結界狂、それに加えて脳筋野郎までいては参謀の翔太はさぞ大変なのであろう。

 悠は光裂に憐みの目を向けた。


「どうした?」

「いや何でもない」


 それにしてもこの人材で反逆者レジスタンスと戦うのは難しいのではないだろうか。汎用性のある能力は多いが、決定打に欠ける気がしてならない。もし悠がこのメンバーに居なかったとすると、敵の主戦力であるバルチアスと対等に渡り合えるものはいない。

 

「さてと、改革者そっちは全員自己紹介は終わったみたいだし次は俺が————」

「おい、お前らなんか忘れちゃいねぇか?」


 地獄の底から響く悪魔のような声。

 ゆっくりと振り返るとそこには、怒りに体を震わせたミルスの姿があった。


「そういえば忘れてたわ、ごめん。お名前と能力名をどうぞ」

「————俺の名前はミルス・シェガード。能力は人間の力を超えた膂力だぁ!!」


 掛け声とともに巨躯を撓らせ、悠に殴りかかるミルス。

 嵐の如く襲い掛かる右手は、胴を打ち抜く————はずだった。

 ————刹那視線がひっくり返り床に打ち付けられる。


「グハァ————」


 逆手を取った体制のまま悠は、


「お前は特訓が必要なようだな。力はあるのに使いこなせていない。後でとことん鍛えてやるからな」


 ハハハッと笑いを上げる悠に、ミルスは返す言葉が無かった。

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