15話


「悠。あなたに改革者に付いて、反逆者を倒して欲しい」


 それは今までとは違う声音で、懇願と希望で織りなされた強い響きを持っていた。

 ————二人の間を凍てつく風が通る。

 いつまでも訪れない応答に焦燥を感じゆっくりと顔を上げる。

 そうして夏美が見た悠はとてもじゃないが、協力的なものではなかった。


「————最初に言っておこう。改革だが何だか知らないが、俺は反逆者達を殺そうとする気持ちは微塵も無い」

「何で? だって反逆者達とあなたは敵なんでしょ? 否定する理由は何処にも無いと思うのだけど」


 悠は遠目で、水平線の彼方を眺める。それは憂いに満ちて、死んだ目つきだった。例えるならば、終身刑を宣告された罪人が、死ぬ間際にすべてを諦めたような目。


「見て分かる通り俺は一切の感情が死んでいる。何人もの大事な人の死も経験したし、今更そこに一人が加わったところでどうってこたない」


 無味乾燥。広大な砂漠に少しの熱湯を注いだところで、静かに吸収されるだけ。

 今の悠の心情はまさしくそれだった。

 夏美は何も言わずに振り返る。


「言いたいことは分かった。そこで黄昏ている分には構わないけど、もし向こう側に加担するなら容赦はしないから」


 この場を離れようとする夏美に悠は何か言いたげに顔を向けるが、それに気づかず進んでいく。

 ————しかし、フェンスの隙間を潜り抜けたところで足が止まった。


「どうした?」

「こんなに早く居場所がばれるなんて・・・・・・」

「————!?」


 焦りの混じった声に悠が振り返る。すると————

 直線上方、塔屋の上に一人の少年が立っている。

 炎の真紅と氷のコバルトブルーのオッドアイ。赤のマントに身を包んだその姿は、さながら吸血鬼のような威光を放っている。

 

「君たちが変な協定を結ぶんじゃないかと懸念してここまで出向いてみたけど、どうやら杞憂だったようだね」


 マスクに包まれた口元がもぞもぞと動く。その所為か声は少し割れて聞きずらい。それでも言葉の一つ一つが鼓膜を突くのは、特殊な声をしているからなのか、それとも何らかのトリックがあるのだろうか。


「————気をつけて悠。アイツは分かっている数少ない反逆者のメンバーの一人。寒暖を操る能力者。エクス・ディグラスよ」

「ハッ。どうやらインファーナルってのは俺が思っている以上に面白い奴らなのかもしれないな・・・・・・」


 悠はすっくと立ち上がった。そして自分もフェンスを潜り抜け、上着を脱ぎ捨てる。

  背中に心地よい冷汗を感じつつ、


「エクス・ディグラス————エクス。そうか、お前がアリーナを焼き払った奴か」

「いかにも。私は劫火の極致を生み出しあの建物を焼き払った」


 悠は陰で右の拳を握りしめる。


「上等だ・・・・・・」


 そんな変化に気づかないエクスはその言葉を興味と受け取ったらしい。

 身に着けたマントを広げ朗らかに告げる。


「先の会話を聞いていた限りでは、君はどうやら改革者側に付く気はないみたいみたいだ。————そこで提案だ。君、私たち反逆者側に付く気は・・・・・・」

「させないっ!!」


 エクスの言葉を遮ぎって、夏美が右手を伸ばす。

 指先から生み出された風の刃は、エクスの方へ飛ぶ。

 ————しかし、体を切り裂くはずだった刃は、誰も居ない空間を通り抜ける。

 一瞬の隙に消えたと思えば、一メートル左の場所に現れた。


「い、いつの間にテレポートなんて技を身に付けたの!?」


 その後にも何発もの風の刃を繰り出すがその全てがテレポートにより躱されてしまう。


「何度やっても無駄だと分からないのかな? 君に手を上げるつもりは無かったけど、こちらからも手を打たせてもらおうか」


 手を二回叩くのを合図に周囲の空気が重くなる。

 エクスの紅いが輝きだし、瞬く間に周りの温度が上がり始める。

 さっきまで高い山の山頂の様だったはずの屋上は、既に南国と同じ気温になりつつある。

 急激な温度変化に、体中から汗が噴き出した。


(このままじゃまずい・・・・・・焼き殺されちゃう・・・・・・)


 何発も無駄打ちを続けている夏美の表情が厳しくなった。

 それに対しエクスは掠り傷一つ負っていない。

 横で見ていた悠が一方的な攻防に、舌打ちをすると前に出る。

 夏美は戦いを中断して注目する。


反逆者側こっちに来るのかい? 私たちはいつでも歓迎するが」

「お前ら揃って人の話を最後まで聞かないとこ、直した方が良いぞ」


 さっきまでの鉄仮面は何処へやら、背後には炎を幻視するほど闘志を放っている。

 威圧をもった声は空気を震わせフェンスを揺らす。


「お前らは知らないだろう。大事な人が死んでいくのに何一つ感情が揺らがない悲しさを」


 悠は鋭い目つきでエクスを睨みつける。

 

「・・・・・・。いきなり表情を変えたと思えばどういう話だ?」


 しかし、その言葉は今の悠の耳には入っていない。


「昨日までは、一瞬前までは楽しく共に笑っていた友達が死ぬ時、俺はいつも冷たくこう思っていた————〝死んだのか〟ってだけな」


 夏美は悠のぶちまける激情に声も出すことが出来ない。

 それに対しエクスはただじっと見つめるだけだった。


「だからこそ。だからこそ!」


 ————突如、バキバキと音を立て有刺鉄線がフェンスから離れていく。

 既に周りの温度は四十度を超えている。有刺鉄線は陽炎に揺らめき、恐ろしい大蛇の形を成した。


「刹那の瞬間を大事にしようと思えるんだよ」


 有刺鉄線から針が弾丸の如く射出される。

 数千にも及ぶ針に、エクスに一瞬焦りの表情が見られた。

 エクスは輝く瞳を軽く閉じると、


「その選択は残念だよ、本当に・・・・・・」


 鈍色の針が空を埋め尽くす。

 夏美と悠の二人はその様子をじっと見つめる。

 たった数秒が随分と引き伸ばされた様に感じる。

 そして、全ての針が消えた跡には何一つ残ってはいなかった。


「死んだの?」


 熱気の帳も降りたが、軽い上昇気流が先ほどまで戦闘をしていた事実を残す。

 

「いや、余りにも呆気なさすぎる」


 遠くに聳える山の一つを、目を細めて見る。

 暫くして楽しそうに微笑むと、


「俺は反逆者達を殺すつもりはない————だけど、お前らの、人々の幸せな一瞬を救うために戦う事は厭わない。それでいいなら俺を仲間に入れてくれ」


 純粋にも作り物にも見えるその笑顔は、吹いたら飛びそうな泡沫の笑いだった。


「もちろん。ようこそ、改革者へ」

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