座敷わらしと。③

 

 この時代、混じり気のない、ニンゲンの作った物語を読みたい貴方へ送る――


 新創刊。

 『リアル・ヒューマンズ・ノベルズ』


 人工知能による、マーケティング・サポートは一切利用しておりません。後世に残る珠玉の名作たち。遍く傑作を世に送り出したのは、拡張された多数派による印象操作ではありません。


 作家が孤独に己と向き合い、確かな閃きより産みだされたそれこそが、唯一無二のセンスなのです。

 

 ARとVR、そして人工知能に満ちた現代社会において、私たち『永劫書房』は、ニンゲンの手と頭脳だけを用い、新たなセンスに満ちた、新しい物語の可能性をご提供することをお約束いたします。



編集長:

「……これ、ダメなやつだわー」


 昼休み。不死川書房の社内オフィスで、まったり、唐揚げ弁当を頬張りながら確信した。ARを映し出す『メガネ』の目前には、元うちの社員が独立して立ちあげた、ARの仮想広告が映しだされている。


編集長:

「何故にわざわざ、良い大人たちが、裸一環ふんどし祭り並にハードルの高いことをやりたがるのかしら。解せぬ」


 ぽりぽりぽり。唐揚げ弁当の漬物をかじりながら、つい呟いてしまう。


新人:

「そりゃあ、やっぱり、プライドの問題じゃないでしょうか」


編集長:

「プライドってなんの?」


新人:

「えーと、ほら……最近はVRネット上なんかで、編集者の作品を見る目は人工知能に劣る。なんて言われてるじゃないですか」


 部下もまた、もっもっも、と弁当を食べながら、共有されたARを眺めていた。


新人:

「最近になって、応募者にも、人工知能の選考力を疑問視する声が増えてきたじゃないですか。一応その辺りの空気も、宣伝材料にはなってるんじゃないですかね」


編集長:

「あのねぇ、うな男」


うな男:

「へ? うな男?」


編集長:

「うな重食べてるから。私より値段の高い弁当を食べてるなんて許せないから」


うな男:

「……すいません。でも美味いっす」


 もっもっも。学生時代ならば、絞めていたわ。運が良かったな。


うな男:

「しかし編集長、実際、人工知能に任せると作風はともかく、ジャンルが一極化しやすいのは確かじゃないですか。それに、ある程度は多様性があった方が良いって、いつもおっしゃってるじゃないですか」


編集長:

「わかってないわね、うな男は。多様性というのは自分たちで作るもんじゃねーの。勝手に他所から迷いこんできたのを見つけ次第、飴と鞭で縛りつけてキープしとくもんなのよ。流行から離れた多様性を作りたけりゃあ、同人でもやってろって話よ」


うな男:

「同人作家が当たったら、なりふり構わず、捕獲すると言うわけですね」


編集長:

「そのとおり」


うな男:

「僕らの仕事って、見ようによっては、ひどいですね」


編集長:

「そう思うなら、作家を目指せばいいのよ」


うな男:

「あの、もしも売れたら、編集長に飴と鞭を頂けるのでしょうか」


編集長:

「なにそれキモい」


 しっしっ、と犬でも払うように手を振った。ついでに鞄から一冊の本を取り出す。


うな男:

「あれ、紙の本ですか、珍しいですね」


編集長:

「自称〝担当たん〟が発掘された、先生の御本よ」


うな男

「あぁ、例の……どうです、面白いですか?」


編集長:

「んー、返答に困る」


 ページの間にはさんでおいた栞をのけて、昨日の間に読み進めていたページをはらはら、めくる。


編集長:

「中学生ぐらいの時かしら。こういう妄想を実体感させるVRゲームにハマってたけど、やり過ぎて飽きたよねっていう」


うな男:

「編集長が中学生なら、僕は幼稚園の頃ですね」


編集長:

「おいブチ殺すぞ」


うな男:

「すいません、すいません。えぇと、真面目な話、テキスト主体で販売する商品としては、あまり向いてないってことですかね」


編集長:

「ほぉ……察しがいいわね、うな男のくせに」


うな男;

「その呼び方、気に入ったんですね」


編集長:

「気に入った。貴様は迂闊な言動と、上司の前で食べる弁当のクオリティに気を遣うようになれば、出世はそう遠くないはずよ。まぁ私がいる限り副編集までだけど」


うな男:

「精進します。あ、ARの個人回線にキャッチ入ったので、失礼します」


編集長:

「はいはい。せいぜい良い契約取ってちょうだい」


 うな重を食う生意気な部下を追い払い、二つ目の唐揚げを頬ばる。それからもう少し時間があるのを見越してから、紙の本を読み進めた。


編集長:

(私的な考えを言えば、売れる物語に必要なのは〝もしも〟の部分なのよね)


 英語で言えば「if」に相当するところ。手元の原作『昼寝スキルを極めて無双する』というタイトルに合致するのは〝もしも自分だけが特別な存在の世界に降り立ったら〟という点だ。


 しかし高度に発展した現代技術は、ファンタジィの要である「もしも(if)」の大部分を叶えてしまった。


 快楽は日常的に繰り返されると、徐々に摩耗されて作業になる。大多数の遊び手は、描いた夢想に飽きて『退屈』を感じ始める。特にユーザーがそういう事態に陥り始めたと察した、VRゲームの開発者は一つの大失態をやらかした。


 ――VRゲーム内で購入可能な『ガチャ』の実装である。


 あるいはそれを模した、カジノやギャンブルという空間を設立すると、最初は売り上げが跳ね上がったが、翌年には急激なユーザー離れを起こした。


 現金を払えば手軽に強くなれるシステムは、同時にVRMMOの魅力であった『異世界感』に、強い現実性を呼び醒ますものだったからだ。


 学生時代に、歴史の教科書で習った『ソーシャルゲーム』のアプリも似た様な問題を起こしていたが、それはあくまでも『ゲーム内の高額アイテム』として認識されていて〝現実世界で買ったモノ〟という、当たり前の共通認識があった。


 対して『VRMMOのガチャ』は、自分は異世界にいるという、間違った認識を呼払拭してしまった。それだけが理由ではないけど、そうした諸々の要因が重なり、世間が望む「もしも(if)」に、ファンタジィは該当されなくなっていった。


編集長:

(まぁ、それでもまた、そろそろファンタジィのブームが復活するだろうとは言われてるけどね)


 さっき、うな男(呼称決定)からの報告にあった、新規創刊のノベルズにも、ファンタジィを想起させるタイトルが並んでいた。


 昼寝スキルを極めるといった感じではなく、割とマジメな、堅苦しい、政治や戦争を主とした、人間ドラマを中心にすえた物語と思われた。


編集長:

(今の時代にファンタジィ売るなら、そっちよね。今の若い読者って、歳が二桁行く前から、ARやVRにすっかり馴染んじゃって、大人こっちの本音を見抜く力が総じて高いから)


 特別な力や才能は、単に時代背景にマッチしたもので、それをビジネスとして押し上げたい大人がいることを、現代の子供はよく知っている。だからこそ、人工知能が選別した本に、ある種の『信頼』をよせるのだ。


編集長:

(――大人は、もっとヒトを信用しなさい。夢を持ちなさいと口にする。けれど、子供はそんな大人を疎ましく思い、反抗する)


 それはおそらく、どの時代も変わらない。


編集長:

(現在の力関係を見抜き、変わらないモノを利用して、時代に適した作品を売る。それが、私の仕事)


 ページをめくる。けして純粋とは言い難いが、これが私なりの『物語の楽しみ方』ではある。あるのだけど、



 ――〝ひりひり〟するのです。



 コトバでは伝わらない、伝わりきらない〝なにか〟。


 そもそもこの時代、実在する本が急激に数を減らしても、いまだに『小説ノベル』は生き残るどころか、その担い手となりたがる志望者は増え続けている。


 何故なのか。形ある本は失われ、それを作る技術が失われても、ただの活字の羅列が残る理由はなんなのか。考えた時、いつも記憶がある処まで巻き戻る。



面接官:

「――売れる本が好きですか。ではもう一つの質問です。当社は小説を主力商品としているわけですが、もしもこの先、あらゆる本が売れなくなってしまったら、貴女はどうされますか?」


 入社前、売れる本が好きだ。とおくびもなく応えた私に対して、当時の編集長はさらに尋ねてきた。同じように即答した。


町田:

「大丈夫です。そんな時代は訪れません。流行は変われども、ヒトがヒトである以上、小説を読む、小説を書くという行為は失われません」


面接官:

「小説という媒体は、どれだけ技術が進んでも、一部は読まれ、売れ続ける。それが貴女の主張ですか?」


 不思議なもので、自分のやりたいこと、見据えていきたいことは、ある瞬間をもって、唐突に理解できることがある。


町田:

「はい。私が生きている限り、私が、その小説を作り続けますので」


 その昔、小説を書いていた頃に、私の下に『神様』は訪れてはくれなかった。一時期は悔やんだこともあるけれど、



 ――〝ひりひり〟するのです。


 

 文字だけの物語は、生き残る理由がある。理屈ではなく、どんな手を使っても足掻いて残す意味がある。だからこそ、認められた者は自覚を持つべきだ。


編集長:

「……せいぜい、血反吐をこぼせばいいわ……」


 それが、富をもたらす神に選ばれた者の責務なのだ。


編集長:

「時間ね」


 本を閉じ、業務に戻ると、視界の端に映ったうな男が、ちょっと苦笑いした表情でこっちを見ていた。


編集長:

「なに、どうかした?」


うな男:

「いえ。悪の総帥がいらっしゃるなぁと」


編集長:

「フフフ。世界平和の貢献に通じる、名誉ある仕事の長たる私に対して、悪とは何事かしら。さぁ、とりあえず、原稿が遅れていらっしゃる先生方に、体調のご様子をお尋ねするという業務に戻るわよ」


うな男:

「平たく言えば?」


編集長:

「貴様ら遊んでないで、早く原稿を書け」


 コンビニ弁当の最後の唐揚げを口に入れ、今日もまた、元気よく仕事に戻るのだった。

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先生、ゲームで遊んでないで、早く原稿を書いてくださいです。 秋雨あきら @shimaris515

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