第5話 百握の砂

「今日はオフ会に新しいメンバーが加わります」


 しゃふとがいつものように机を叩いたかと思ったら、いつものように議題を提示するわけではなく、新メンバーについての紹介を始めた。


「なんでまた急に?」

「この間の会議の様子をツイートしたところ、SNSの相互フォロワーさんが、自分も参加したいとリプライを送ってくれまして。住んでるところも近いようですので、早速今回のオフ会に参加いただく運びになったんですが……」

「私たちに連絡するのを忘れてたんですよねぇ」

「はい……急な話になってしまい申し訳ありません」

「いや、俺らは別に気にしないよ。な?」

「ええ、ただ……ち、ちょっと人見知りしちゃったらごめんなさい」

「浅葱さん、緊張しすぎっス」

「その人、僕のフォロワーさんかな?もしまだ繋がってない人だったらフォローしてもらわないと……」

「ドグマさんはちょっとは遠慮してくださいっス……」


 だいたい全会一致で了承。


「ご理解感謝します。じゃあ、入ってきていいですよー、勇者長さん」


「「「「「「はいッ!!」」」」」」


「えっ」

「な、なんかやたら大勢の声が聞こえたような気がするんですけど……」

「き、気のせいでしょ」


 しかし気のせいなどではなく、『勇者長』という名前の通り、某RPGの伝説の勇者みたいなコスプレをした男が、会議室に入室してきた。


 ……およそ、30人ほど。


「狭い狭い!」

「オレが勇者長で、そしてこいつらは仲間の勇者ですッ!」

「オレたち全員、勇者ですッ!」

「あと70人ほど会議室の外に待機させてるんですが、入れてもよろしいでしょうかッ!?」

「賑やかでいい感じですねぇ」

「いやいや、入れねーに決まってんだろーが!」

「君たち全員、僕のアカウントフォローしてくれないかな!? フォロワー100人アップなんて夢みたいだ!」

「ドグマさんはもうツイッターで身を滅ぼして死んでくださいっス!」


「ひぃぃ、知らない男の人がこんな沢山……! しかも全員、物騒な凶器を持ち運んでらっしゃる……!」

「いえッ! これはロ〇のつるぎですッ! 凶器ではございませんッ!」

「ろ、〇ト……? 宝くじですか……?」

「うわあ、ジェネレーションギャップだわ! ハルオさん、ちょっと傷付いちゃったわ!」


「どうでもいいですから、とにかく、リーダーの勇者長さん以外は申し訳ありませんが退出してくださいますかぁぁ!」


 ぞろぞろと何人かの勇者が会議室を出ていく。10人ほどは会議室に残ったままのようだ。

 ふう、と溜め息を吐き、それぞれ自分の席に座り直す。


「勇者長さん、話と違いますよ! なんであんなにたくさんお仲間を連れて来るんですか!?」

「まあ、オレ、勇者のリーダーですからッ! 1人も仲間はずれにはできないといいますかッ!」

「暑苦しいな……」


 さっきまで人見知りで怯えていた浅葱が、にこやかに手を合わせる。


「だけど勇者さんがこんなにいっぱいいたら、日本は安心ですね……」


 その不用意な発言に、目をキランと輝かせるのはしゃふとだ。

 いつものように、ダンッと机を叩いて注目を集める。


「全く逆です浅葱さん! 世界を救うヒーローがこんなにいたら、創作業界は大変なことになってしまいますよ!」


「それは聞き捨てなりませんねッ! 勇者とは、大変な目に遭っている人を助ける者ですッ!」

「そうですよしゃふとさん。僕も、魔王がいっぱいいるよりかは、勇者様がいっぱいいてくれる方がいいです」

「反論するだけ無駄だと思うんスけど……」

「分かってねぇなメリケン。こいつのはむしろ、積極的に議論してやった方が早めに終わるんだよ」


 メリケンとハルオが疲れた声でやり取りするのも気に留めず、しゃふとは一心不乱に、ホワイトボードにペンを走らせる。

 『大量の新キャラとそれに伴うインフレ』……それが今回の議題のようだ。


「近頃の少年マンガ、それも打ち切りマンガによく見られる傾向として、『3~5話あたりで、テコ入れとして新キャラを投入する』というのがあります」

「ああ……」

「実名を出せない作品が次々浮かぶ……」

「色々ありすぎてこれといった例が出せないので、ここから先は打ち切り漫画を専門で取り扱っていらっしゃる学会ページをご覧ください。ニ〇ニコでも〇ou〇ubeでも上がってますぅ」

「アイリスさんそれ以上言わないで!」


「そんな失敗テコ入れの象徴でもある新キャラが100人というだけでも恐ろしいのに、その全員が勇者なんて、物語のバランスは狂いまくりですよ!」


 しゃふとが高速でペンを動かす。


「ド〇クエ2では、100の国から100の王子を仲間にしなければ魔王に挑めません!


 ドラ〇もんでは、ド〇ミちゃんのような、新しいお助けロボットが100体出てきます! タイムパラドックス待ったなしですよ!


 涼宮ハ〇ヒでは敵対勢力の宇宙人未来人超能力者が合計100人出てきます! そんなにいっぱい出られたら、もはや学園パートの余地はありません!


 ロッ〇マンではブ〇ース的なヤツが100体! 100回もひゅるりーるりーを聞いて100回も鬼畜戦闘を強いられる恐怖!


 ニセ〇イでは100人の美少女転校生が楽くんを好きになるんでしょうね! そんで全員鍵を持ってて全員フって、最後は何事もなかったかのようにアイツとくっつくんでしょうね! 私はマリー派です!!


 いち〇100%では、東西南北以外にも合計100人のサブヒロインが追加! 最後の方になってくると『北北北北北北北北北北西山』みたいな苗字になっちゃいますよ!


 ぬ~〇~では玉藻ポジションのやつが100人ですよ! 先生、100回やけどの手当しなきゃ!


 ダン〇ンロンパV3ではモノ〇マーズが100体! どれだけ山寺さんをこき使えば気が済むんですか!?


 ポ〇モンでは新しいポケ〇ンが100体追加……ああ、これは普通か」

「100体どころじゃありませんものねぇ」

「〇ーキドを許すな」


「とにかく!

 いきなりの新キャラ、それもパワーバランスを崩す強キャラは、物語を動かしやすい反面、作品を続ける上で非常に命取りなのです!」


「まぁ、そりゃ……勇者100人追加なんて、その場しのぎにはもってこいだよな」

「後で絶対後悔しますけどね。話広がりすぎて風呂敷畳めないです」


 そのとき、勇者の中の1人が、会議室を出ようとする。

 勇者長が、慌ててその腕を掴み、引き止める。


「おいッ! 貴様、何故帰ろうとするッ!?」

「……俺は量産型じゃねェ。オンリーワンの勇者になりてェのさ……。こんな会議に付き合う暇はねェ」

「俺たち100人で勇者じゃないかッ!」

「へッ、仲良しごっこかよォ? 悪ィが、会議ならお前らで勝手にやってくんな……俺ァ、『総てを繫ぐ糸アトリエ・オブ・カンダタ』を目指すぜ……」


 今度は、勇者の中の1人が、朗らかに笑い始めた。


「アッハッハッハ!! アーッハッハッハッハッハ!!」

「な……何がおかしいッ! 貴様ッ!」

「傑作だよ……よりにもよって『新神の玩具ベイビーバレット』を持つキミがあそこを目指すだなんてね……」

「ククク……お前に笑われるとは心外だなァ、『鈍色キル;グレイ』」

「へぇ、知ってるんだ! ハハハハハハッ!」


 今度は、女勇者が2人、一緒に声を上げた。


「あんまりお兄様にご迷惑をかけてはいけませんわよ?」

「ねぇ、お姉……お兄を困らせる奴…………殺していい…………?」

「お、お前ら武器を下ろせッ! だいたい、俺は兄ではないぞッ!」

「おォ、怖ェ怖ェ……」


 部屋の外で待機していた勇者たちが、ぞろぞろと入室しては、どこかで聞いたことのあるような自分語りを始めだした。

 しゃふとが耐えきれなくなったように机を叩く。


「ああ、もうダメです! 安易な厨二キャラの寄せ集めです!」


「なにッ! 俺の仲間たちに対してなんてことッ!?」

「いや……今回ばっかりはしゃふとに同意だよ」

「5秒で考えたみたいな設定ばっかりですねぇ」


「いい加減にしてください! 100人もいるのに、1人1人にそんな大袈裟な設定つけたら、絶対息切れするに決まってるじゃないですか!

 最初のうちこそ設定考えるの楽しいかもしれませんが、10体超えないくらいでキャラ思いつかなくなりますよ! それかキャラ被りが起きます!



 猫をモチーフにしたものだけで何体もいる今のポ〇モンとか!


 『綾波系』『長門系』とか言われるほどに一時期めちゃくちゃ流行った、無口クールキャラ! もう珍しくも何ともありませんよ!


 セリフだけのSSなんて、そんなに口調のバリエーションも技量もないから、登場人物は5人で精一杯ですよ!


 A〇B48とか乃〇坂46とか、2,3人くらいしか名前も知りません! そもそも公式がメインの6人くらいしかプッシュしてない気さえします!



 羅列ネタの芸風がどっかの漫画と被ってるとか言うなぁぁ!!」


「いや……ていうかこの小説の作風はアレのモロパクリじゃ……」

「言うなぁぁぁぁ!!」

「さよなら絶」

「殺すぞ!」

「しゃふとさん、言葉遣いが……」


 そういえばこんなシーン、あっちにもあったね。


 さて、一方勇者長たちのもめ事は尽きません。

 とうとう、誰が本物の勇者か揉め始めました。


「笑わせないでよねェ! 俺が本当の勇者に決まってんじゃぁん!」

「へんッ、若い奴はイキがるからしゃァねェよなァ……かかってこいよ、力の差見せつけてやんぜェ?」

「僕はまだ小さいけれど……勇気は人一倍持ってるもん」

「ワハハハハハハッ! 闇の沼に堕ちてゆくがいいぞ、人間どもッッ!!」

「お姉…………どうする?」

「お兄様はあまり暴力を好まないわ、今は放っておきましょう。……それにいざとなれば、あなたより先に私が手を下すから心配いらないわ……」

「クカッ、ベスコ!! ブイーハラウェイカー!! ダーボリスキーッ、パァ!」

「フゥーハハハハハハハハ!! 我が名は鳳凰院凶……」


「お、おいッ! 落ち着いてくれッ!」

「だから言ったでしょう、これじゃあキャラクターの洪水です!」


 ヒートアップしだした100人を止めることはできません。


 いつものメンバーがオロオロする中、アイリスが「あははは!」と笑い声を上げます。


「おい小娘ェ! 何がおかしい!?」

「いや、それじゃあもう勇者じゃなくて小悪党じゃん」


 アイリスは優雅に椅子に腰掛けたまま、勇者たちを見下すようにオホホホと笑います。


「失礼ですが、皆さんお器が小さいようで」

「何だとォ!?」

「私を馬鹿にするのは構わないわ……だけどお兄様のことも言っているなら……」

「………………消す、よ?」


「誰が本物の勇者か争うなんて、私から見ればとても矮小な話です。

 だって私は神様なんですもの!」


 場が凍りついた。


「ええええええええええ!!」

「ちなみに、そこにいらっしゃるシャフトさんはこの世界の運命を司る書き手ストーリーテラーなんですよぉ?」

「な、なに私も巻き込んでるんですか!」


「ハルオさんは忘れられた初恋ラスト・サウザンドキスの異名を持つ放浪の冒険者ですし、

 ドグマさんはあらゆる『炎上』を司る炎帝ヤルダバオト

 浅葱さんは豊穣の錬金術師アナザーワン・ジャンヌダルクと呼ばれる黄泉がえりのシスターで、

 メリケンさんはいくつもの神々と共に英雄の縁結びに携わってきた、愛の交渉者ネゴシエイター・オブ・エロースの二つ名を持つ堕天使なのです!」


「ぎゃあああああああ!!」

「痛い痛い痛い! こっちのダメージ半端ないっス!」

「なんでどれもこれも中学生が適当に辞書引いたみたいなネーミングなんだよ!」


「勇者100人なんてぇ……我々の前では、スライムの群れも同然ですよぉ?」


『ば、馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』


 勇者100人がついにキレた。


「見ていろッ! けして没個性にならない、オリジナルもオリジナルな肩書きのキャラクターになって戻ってくるからなッ!」


『えっ』


「ク、ククク……面白いじゃねェのォ!!」

「いいよ……お兄の妹に……ふさわしいキャラになるね……」

「お兄様のためならば……可愛い妹とは別の個性を持ったキャラクターになってみせますわ……!」

「ネシルヤイロ! ネシルヤイロ!!」


「……なんか乗り気みたいですよ」

「うそぉ!?」


 100人の勇者は、それぞれ自分のキャラを習得するためにどこかへ去って行った。



「状況を聞こうか……神殺しのアリエッティ」


「はい、希望と絶望のハザマを生みし者シャウエッセン様。現在、唯一神であるアイリスを討伐するため、3人の使者を向かわせております」

「ヘッ。使者及び死者ヘルサーヴァントの称号は伊達じゃねェな」

「オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイィ、あんなお子ちゃまどもで大丈夫なのかよ? この俺、不条理を消した魔神ノンストップ・デウスエクスに任せてくれればいいものを」

「お前の出番はこの後だ。奴らには奴らにしかできないシゴトを任せてあるのだよ」


「つまりは落ち着けということだよ、間抜けなエクスちゃん★」

「あァ!? 少量の絶望ファーストエンド状態のアブローラ=サンズパピルスガスター・ラブマックスアラモードにも勝てねぇお前に言われたくねェんだよ、安心すべき空間ホーム!!」

「そんな剣幕で怒鳴らないでよ、あー怖い怖い★ ……もうちょいでキレちゃいそうな自分が怖い★」


「よせ、仲間割れは鏡合わせの数学者ツーマンセルの二の舞だぞ」

「それでそれでー? きょうは、だれをころすのー?」

「あっはっは、すべからく全てを統べる愛オール・オール・オール・パーフェクトラバーちゃんは今日も元気がええのう!」

「ほう、ご老人……あなたが来るとは、いよいよ神の回想アカシックレコードの再放送が近いということなのかな」


「君たち、最悪を運ぶ上で最高の人材ホーププレイヤーズを招集した理由はただひとつさ……それは」


 プチッ。



「あれ? なんか急に終わっちゃいましたよ」

「勇者長さんたち、せっかく自分たちのキャラを見つけ出したのに……」

「まぁ、だいぶ終わってるキャラ設定ばっかりだったがな……」


 しゃふとは、溜め息を吐いて解説を始めた。


「えー、これまでに出てきた打ち切りの黄金パターン、『新キャラの大量投入』と『キャラクター設定のインフレ』ですが……この2つを同時に満たす方法があります」

『…………ああ』


 みんな、そこまで言えばもう分かったようだった。


「そう、謎の組織の登場です。

 ナ〇トの暁とか、四天王とか、ああいう『悪の組織の謎の会合』みたいなシーンを書くときは、ちゃんと設定を練ってからやらないと……」

「あんな風に、よく分からんキャラ設定の敵が量産されるってワケか」


 しゃふとが、会議机を叩いて言う。


「今回の議題の結論は、後先考えずに、その場の盛り上がりを生むためだけに展開を考えるのはよくないということです」

「今回の私たちそのものってことですねぇ」

「そういうことです」


 会議メンバー全員揃って、作者も一緒に、皆様に向けて土下座します。


「今回のお話、面白い議題だなと思って書き始めましたが、いいオチが浮かびませんでした」


『後先考えず書いて、すいませんでした』

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