第4話 或嘘吐きの一生

「ええ!?ゲスの極み川〇が活動休止!?」


 会議室の席に着くなり新聞を広げたハルオが声を上げる。


「そんな驚くようなニュースっスか?」

「いや……今までけっこうやらかしてきたけど何のお咎めもなかったから、今更活動休止したことにビックリっていうか……」

「まったく反省せずにゲス道を突っ走ってほしかったんですけどねぇ」

「タイムライン荒れてる……俺も一緒に叩かないと……」

「ドグマさん、相変わらずですね……」

「ドグマみたいなツイ廃じゃなくても、どこもかしこもSNSで批判や擁護や論争の嵐だな。ファンとか発狂してるし……」

「曲は素晴らしいんですけどね」


 大物ハーフタレントと不倫して破滅させたあとも、幾度となく女性共演者と写った問題のある画像をアップしたりしていた彼も、さすがに未成年飲酒を助長したことには責任を取らなければならないようだった。

 しゃふとがいつものように机を叩いて注目を集める。


「世間がここまで彼を叩くのは、『ハロー効果』によるところが大きいのです」


「ハロー効果?んだそれ?」

「『こんなに優れた作品を生み出す人なのだから、いい人に違いない!』と思ってしまう、人間のごく一般的な心理思考です」

「あー、ありますよねそういうの」

「ログ・ホ〇イズンみたいな優れた作品を生み出すのに脱税したり……」

「そのネタいつまで引っ張る気だ!?」


 アイリスが、ネット小説から書籍化した者のハロー効果的末路を語ったところで、しゃふとはホワイトボードに今回の議題を示した。


「今回話すのは、『ハロー効果を利用した宣伝活動』についてです!」


「ハロー効果を利用……ですか?」

「日本での購買活動において、ネームバリューはとても重視されます。同じ本でも、有名人の帯がついているのとついていないのでは全く売上が違います」


「プロのラノベ作家にカクヨムで小説を書いてもらうってのは、角川がカクヨムの普及率を高めるためにやってるらしいな。プロの商品をタダで読める、っていう、これも一種のネームバリューか」

「無名作家が書いた良作よりも、タレントがゴーストライターに書かせた当たり障りのない自叙伝の方が売れるなんて、よくあることですしね」

「惨殺事件を起こした元少年の自叙伝は、遺族の反対の声を押し切って出版されて、結局元少年には4000万円ぐらいの印税が渡ったと聞きますね……」

「負のネームバリューが必ずしも負に働くというわけではないということの最たる事例ですね。たしかに事件を風化させないために効果的なものだったのかもしれませんが、遺族のことを考えると、ね……」


 少し目を伏せたしゃふとだったが、すぐに議題を戻した。


「そう、作者の名前や宣伝者の名前は、それだけで絶大な効果を発揮するのです」


「……あの、無名な我々では、そもそもそんなもの使えないと思うんですが……」


『……………………』


 浅葱のもっともだが身も蓋もない言い分に、いつもニコニコ笑顔のアイリス以外全員、暗い顔で俯く。


「そういうこと言うとそもそも会議が成り立ちませんから!」

「す、すいません!」

「でも、浅葱さんの言う通りじゃねぇっスか?地の知名度がゼンゼンない俺らには、そもそもできないでしょ」

「『いい人だということを世間に知ってもらう』という前提が満たせてないです」

「ツイッ〇ーとかで、たまに、自分のユーザー名や小説のタイトルで検索して全然ヒットしなくて、無駄に落ち込んだりするんだよな……」


「ハロー効果の話題からは少し脱線しますが……みなさんの言う通り、そもそも自分を知ってもらわないと、自分がいい人だということも知ってもらえないのです。

 ひいては、『小説があること』を知ってもらわないと、『その小説が面白いこと』も知ってもらえないというわけです」


「そっか……創作するだけで満足するなら宣伝は必要ないけど、人に読んでもらいたいなら、時には内容よりも宣伝が大事ってことですね」

「たしかにツイッターで宣伝し始めたら、何の宣伝もしてなかったときより、PV数はグッと上がりましたねぇ」

「そう。まず第一歩を踏み入れてもらわなければ、その先にある面白さや深みなどは絶対に伝えられないのです。作者を知ってもらい、作品を知ってもらい、そしてその先でやっと、作品の中身を知ってもらえるのです!」

「おお、珍しくマトモなこと言ってる……」

「……世に出ない作品は、永遠に評価されないままなんですねぇ。趣味の気持ちで書いていて、本人がそれで満足してたとしても、なんだか切ないですねぇ……」


 アイリスは珍しく、笑顔の中に物憂げな影を見せた。

 コホン、と咳払いしてしゃふとが続ける。


「……まあ、それはともかく。小説を宣伝する際には、作品だけでなく、作者である自分自身のことについてもアピールすると効果的なのではないかという提案です」

「自分のアピールポイントか……」

「む、難しいですね……」


「いえ、何も難しく考える必要はないのです!自己アピールの先人に倣うのです!」


 自称経営コンサルタントで、様々な国に留学経験があるなどと言っておきながら、実のところはオープンキャンパスに参加しただけだったシ〇ーンKとか!


 友達にスーパーハッカーがいるんだと威張る小学生とか!


 『受講生の第一志望合格率90%』などと謳う学習塾とか!ちなみに実際は生徒にハードルを下げさせてるだけ!


 最高安全等級のサービスを実装しているとしながら、韓国で販売する車にはロクな安全対策が施されていなかったト〇タとか!


 血圧低下作用があるなどと誇大広告を行ったラ〇オンとか!


 オープニングでただの可愛いほのぼの萌えアニメかと思わせておいて、中身は壮絶な血みどろスケッチだったま〇マギとか!


 ゲーム界隈においてUBIのPV詐欺っぷりはあまりに有名です!


 あと水素水は効かねぇから!ただの誇大広告だっつってんだろ!しつこく勧めてくんなや殺すぞ!!


「おっと、私情が紛れ込んでしまいました、申し訳ありません」

「ていうか、ほぼ自己アピールじゃなくて誇大広告や虚偽広告じゃないですか!」

「まぁ、完結してもない小説に『最高傑作!』とか『感動のラブコメディ』なんて宣伝文を付けること自体、虚偽広告みたいなモンだからな」


「そう!全ての広告は、虚偽なしにはありえないのです!」


「言い切りましたねぇ」

「言い切らないでください!なんで毎回のように不特定多数の相手に喧嘩を売らないと気が済まないんですか!?」

「たしかに、実際の性能以上の宣伝文句って、下手したら適切な宣伝以上に多いですよね。どこもかしこも、自分の実力以上のアピールをします」

「採用試験のときに必死で企業理念を覚えたりとかな」

「内申稼ぎだとか単位だとかのために学生がボランティアするのも、自分をアクティブでいい人だと偽る虚偽広告なのかもしれませんね」

「それは前回の偽善者云々の話にも繋がることですね……」


「自分が『いい人』だと偽って、他人と良好な関係を築こうとする……。すでに私たちは、日常的に虚偽の自己アピールをしているのです!

 それならば、ネット小説の1つ2つ、虚偽広告して何が悪いのでしょうか!作者の経歴や人柄を偽って何が悪いのでしょうか!」


 しゃふとは何となくヤバそうな目で開き直った。


「い、いや、作品の善し悪しならまだしも、経歴を詐称するのはアウトなんじゃないですか……?」

「それぐらいやらないと評価されないのです!実際に評価されている人の中にも、バレていないだけでめちゃくちゃな経歴詐称を行っている人もいるはず!くりぃ〇しちゅーの天パの方とか絶対闇の仕事やってる!」

「あれはああいうネタだから!」

「シ〇シルミシル懐かしいっスね」

「サンド〇ィッチマンの人殺してそうな方が好き」

「どっちだよ」


 どこまでが自己アピールでどこからが経歴詐称なのか。

 そもそも経歴詐称はアウトなのかセーフなのか?暗黙の了解でセーフということもあり得るのだろうか?

 議論が口論になり始めたころ、アイリスがいきなり机を叩いて立ち上がった。


「みなさん!それなら、究極の自己アピールと究極の経歴詐称をしましょう!」


「究極の自己アピール?」

「究極の経歴詐称?」

「そう、すなわち『人狼ゲーム・現実バージョン』です!」

「なんスかそれ!?」

「い、嫌な予感しかしません!」

「人狼ならやったことありますけど……」

「ルールはだいたい普通の人狼といっしょです!さぁ、やりましょう!」



 簡単に役職カードを配り、スマホのアプリで役職処理をして、いよいよ『人狼ゲーム・現実バージョン』が始まった。


「じゃあ、今から0日目スタートですねぇ」

「えーと……どうする?じゃあこのタイミングで占い師に出てもらおうか」

「あ、占い師は僕です」


 と、ドグマが名乗り出た瞬間。


  「ええ……?あんな奴が占い師……?」

  「あんな奴にこの村の占い師が務まるのかよ!?」

  「嘘を吐いて私たちの中の気に入らない奴を殺す気なんだわ……!」

  「何が占い師だ……従うワケねぇだろ!」

  「人を騙す詐欺師のクズめ!死んじまえ!!」

  「今すぐ出て行けッ、人殺しィィィィィィィィッ!!」


 スマホから尋常でないほどヘイトたっぷりの音源が流れた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!何ですかこれぇぇぇぇぇ!?」

「現実バージョンならではの機能、『歪んだ民意』です!権力者は有能無能が評価されず、無条件に叩かれるという現実要素を表現しています!」

「いらないからそんな絶望機能!」

「て、ていうかちょっと待ってください!私が本当の占い師です!」


 と、浅葱が手を挙げると、また歪んだ民意機能が発動。


  「やだ、後出しだなんて……」

  「相手方の支持率が悪そうだから出馬したんだろ!」

  「腰抜けめ!貴様なぞに占われてたまるか!」

  「はぁ?占われてたまるかとか……怪しくね?」

  「浅葱が本物の占い師に決まってるだろ!ドグマ派は全員人狼!」

  「クソが!浅葱派を全員処刑すれば丸く収まるんだよォ!!」

  「何が民主主義だ……死んだ方がマシだ、こんな地獄!!」


「だから何なんですか!なんで名乗り出ただけでこんなに叩かれるんですか!」

「ていうか、歪んだ民意の声、真っ二つに割れてますけど……」

「両者の支持率が同じくらいの場合、意見は二極化します!そして両派に過激派が生まれるほか、どちらも支持しない人も過激な行動に出ます!」

「命がかかってるからしょうがないんでしょうか……占い師の一声で殺されたりするわけですし……」

「本当に胃が痛むっスね、これ……」


「占い師が2人出ましたが……どうします?」

「ちなみに、この村の役職分けってどうでしたっけ?」

「人狼が2人、占い師が1人、霊能者が1人、村人が2人です。今回は特別ルールで、人狼は4日目の朝までにどちらか1人が生存していれば勝利とします」

「霊能者もいるのか……まどろっこしいし、出てきてくれ」

「あ……はい、俺っスけど……」


 メリケンが手を挙げた。歪んだ民意発動。


  「霊能者!?キモッ!」

  「夜な夜な儀式とかやってんだぜ、きっと……」

  「こわ……近寄らないでよ……」

  「おいやめろよ、悪口聞こえたら呪い殺されるかも!」

  「なにそれ……陰気すぎ」

  「人狼より怖くない?処刑しようよ……もう処刑するしか……」

  「うわ、こっち見てる……きっしょ」

  「てか、何あの服?クソダサくない?」

  「キモすぎてウケるわ」


「……じわじわと死にたくなってきたっス」

「こんな救いのないルールじゃ、村人の役に立つ役職を持ってたとしても、言い出したくないな……」

「『占いで人間か人狼か分かる』、『処刑された者が人狼か否か分かる』。本当のことを宣伝していても叩かれるんですよぉ?しゃふとさん?」

「わ、私は今までとんでもないことを言ってきました……!真実を言ってもここまで叩かれるというのに、もしそれが虚偽だったとしたら……!?」

「『虚偽広告して何が悪い』。素晴らしいお心がけだと存じます」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!怖いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「さあゲームを続けましょう!まだまだ民意は収まりません!」


 と言ったアイリスの言葉と反して、1日目の議論終了アラームが鳴った。


「さて、投票はこの歪んだ民意たちがやってくれます」

「ええ!?僕たちが投票するんじゃないんですか!?」

「私たちも投票できますが、全100票、残りの94票を入れるのは、この歪んだ民意機能です。私たち全員の6票より断然力が強いのです。

 ベッ〇ーと〇谷然り、当人たちの間で決着がついている問題でも、世間が許してくれなければいつまでも許しません。同様に、私たちが本当に処刑しなくてはならない相手が誰だったとしても、この歪んだ民意機能は、最もヘイトを溜めたプレイヤーを選んで処刑を望みます」

「ゆ、歪んでるってレベルじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「も、もうやめたいんですけど!」

「そう言わずに!さあ、投票結果の発表です!」


  「能無しの村人の癖に仕切ってて鬱陶しいからハルオ」

  「おっさんだからハルオ」

  「家でDVとかしてそうだからハルオ」

  「なんか一番リア充のウェイっぽくてムカつく。ハルオ」

  「AV女優の好みが違いそうだからハルオ」

  「私たちを捨てたからしゃふと」

  「なんか面倒だしパッと見で怪しそうだからハルオ」

  「空が明るいからハルオ」


「というわけで、ハルオさんに90票、しゃふとさんに10票で、今夜はハルオさんを処刑することに決まりましたぁ!」

「ちょっと待てぇぇぇ!なんだよ空が明るいからって、納得できるか!」

「とっても理論的ですよ。

 空が明るいとなんとなくムカつく、どこかに八つ当たりしよう、みんなから叩かれてるハルオって奴がいる、俺もこいつを叩こう。

 という、実にありふれた理論です。理論的であって合理的ではないですけど」

「理論的なとばっちり!」

「というわけでハルオさんはボッシュートです」


 会議室の床がパカッと開き、ハルオが椅子ごと下へ落ちていく。


「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「そして、2日目の朝ですが……どうやら、人狼の襲撃に遭って食われたのは、浅葱さんのようですねぇ」

「い、嫌です!そんな、落とすのだけは……!」

「マイッチング!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「さあ、2日目です!ドグマさん、占い結果を発表してください!」

「え、えーと、じゃあ僕から。しゃふとさんは白です」


  「それっぽいこと言ってるわよ……」

  「詐欺師のくせに。占い師のフリが上手いこと」

  「黙れェェ!大占い師様であるドグマ様を疑う不届き者め!」

  「それ以上侮辱するようなら粛清であるぞッ!!」

  「ドグマ派は過激派だらけだぜ……嫌になるよ」

  「仮にドグマが本物で、人狼が死んだとしても、平和になるのか?」

  「浅葱が死んで、浅葱派も沈黙してる……何だよ、この独裁社会!」


「占い結果そっちのけで、民意どうしで議論してるよ……」

「あー、えっと、霊媒結果っスけど……ハルオさんは人間だったっス」


  「てめぇの意見なんか聞いてねぇんだよ!」

  「儀式で人の素性を盗み見るなんて……おぞましい」

  「社会モラルってものがないんだよ、アイツ」

  「もう怖いよぉ……なんであんな危険な人が生きてるの……?」

  「ハルオさんが死んだからって、信頼を得るために利用しやがって!」

  「人の生き死にを好感度のために使うなんて、最低」

  「ちくしょう……ハルオさん、惜しい人だったな……」


「もう嫌だ!本当に死にたいんスけど!」

「ていうか、なんでハルオさんの株が上がってるんですか……」

「死んだ過去の人は、みんな美化して思い返すものです。生前は叩かれていたハト〇マさんも、お亡くなりになった途端妙に持ち上げる人がいました」

「ああ……ゴッホも死後に評価されたとか……」

「生きている人はどれだけ叩いても許されますが、亡くなった人には、たとえ真実でも絶対に悪いことを言ってはいけないという風潮、ありますよねぇ。生きてる人を叩きまくって、その人が自殺しない保証なんかどこにもないのに」

「え、自殺って……」

「歪んだ民意から一定数以上のヘイトを向けられたプレイヤーは、『自殺』という形でゲームから除外されます」

「誰が作ったんスか、こんな夢も希望もないゲーム!」

「夢も希望もありませんよ。これは人狼ゲーム・現実バージョンですからねぇ」


 その後もいくつかの議論が為され、その度に歪んだ民意は揺れ動いた。


「ってか、もう一人の占い師の浅葱さんが人狼に食われたんなら、ドグマさんは自動的に、人狼ってことになるっスよね?」

「なっ!?ちちちち、ちが……違うって!」

「俺らだって落ちたくないんスよ!大人しく処刑されてくださいっス!」


  「そうか、たしかに論理的だ……!」

  「浅葱が本物だったのか!おのれドグマ派め……!」

  「ドグマ派にはうちの商品は売らん」

  「今活動中のドグマ派を全員ブラックリストに入れろ!」

  「そ、そんな!せめて妻たちだけでも……」

  「汚らわしい!偽物ドグマを信じていた家族に住ませる家はないよ!」

  「ドグマ派は我々を貶めようとしたクズだ!見つけ次第殺せ!」

  「メリケン様を信仰するのだ!!」

  「や、やめろ……!お前らだって、最初はドグマを!」

  「知らんな……殺れ」

  「ギャァァァァァァァッ!!」

  「ドグマ派には、死を」

  「ドグマ派には、死を」


「嫌だぁぁぁぁ!!民意がすごいことになってるぅぅぅぅぅ!!」

「ドグマさんを信じていた人は、ほとんど殺されるか迫害の末に自殺するか、タイミングよく寝返るかしました。もう味方はいません」


 投票の結果、当然ながらドグマが処刑された。


「いってらっしゃーい!」

「そんなああああああああああああああああああああああああ!!」


「さあ3日目の朝です、今日もう1人の人狼を処刑しなければ村陣営の負けが確定しますよ!」

「しゅ、襲撃されたのは!?」

「メリケンさんです」


 ヒュッ。パカッ。


「マジっスかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 …………と、残ったのはしゃふととアイリスだけ。


「お互いに、どっちが人狼でどっちが村人か分かっているわけですがぁ」

「あくまでも投票するのは歪んだ民意……ってことですね」

「そういうことです。それでは自己アピールを……」


「いや、もういいです」

「え?」


 しゃふとは苦笑いで両手を挙げた。


「私が人狼です……もう、なんか、疲れました」

「おお、正直ですねぇ」

「まぁ……信頼を勝ち取る勝負でアイリスさんに勝てるとは思えませんから」

「いえいえそんな、恐れ多いですよぉ」

「もう終わりにしましょう、こんな辛い現実のゲーム。さあ、はやく私をマイッチングさせて、終わらせてくださ……」


「終わりませんよ?」


「え?」


 アイリスがにっこりと笑うのに対して、しゃふとは汗を垂らした。


「騒動が収束するか炎上するか、決めるのはあくまでも歪んだ民意です。私たち関係者は、その行方を見守るしかありません」

「え、ちょ、それじゃあこのゲーム……」

「ゲームの終了条件は、どちらが勝つことでも引き分けることでもありません。ただ安らかに、風化を待つことです」


 歪んだ民意は囁く。


  「2人残るなんて……」

  「頼みの綱のメリケンさんも死んだ……もう何も信じられない」


  「……もう、2人とも殺そうよ」


  「そうだ……信じられないよ」

  「全部嘘だったんだよ、人狼も嘘で、あいつら6人が騙してたんだ」

  「メリケンも浅葱もドグマもハルオも嘘つきだ」

  「人狼なんかいなかったのに、俺たちに殺し合いをさせたんだ」

  「全部あの6人が悪い!!」


「ちょ、ちょっと待ってください!勝手に派閥に分かれて殺し合ったのは、あなたたち民意じゃないですか!」

「民意じゃありません、歪んだ民意です」

「そ、そんなバカなことありますかぁぁぁぁぁ!?」

「自分たちが殺した、自分たちのせいで人が大量に死んだという現実から逃げているんです。現実バージョンですもの、現実逃避だって再現します」

「誰も幸せにならないのに、なんで誰かを責めないと気が済まないんですか!?」

「それが世間ってもので、それがストレス解消ってものですよぉ。自分の身近な人に当たるわけにはいかないから、有名人や不特定多数を相手にヘイトを撒き散らすんですよ。以前話した異世界モノが売れる理由のようなものです」

「どこまで行っても絶望じゃないですかぁぁぁぁ!!」


「虚偽広告や誇大広告を使って有名になった先に待つのは、歪んだ民意からの、謂れのないバッシングなんですよぉ」

「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


  「責任は俺たちにはない」

  「私たちは責任者じゃない」

  「こいつらはクズだ」

  「こいつらのせいだ」

  「こいつらが殺した」

  「罪を償え」


 有無を言わさず、しゃふととアイリスは、歪んだ民意によって奈落へと落とされてしまいましたとさ。

 明日は我が身かもしれませんよ?

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