第3話 フキンシン・パニック!

「うぃーっす」


 いわゆる渋谷系。

 両耳では飽き足らず、ヒゲの生えた顎にまで赤いピアスをつけている青年……フリーター兼カクヨム作家の『卍メリケン卍(以下メリケン)』が会議室に入室してきた。

 ヘラヘラと笑いながら、スマホでアニメを見ながらの登場だ。


 と、その瞬間。


「不謹慎ですよ!」


 しゃふとが人差し指つきつけ物申した。

 メリケンは突然のいわれもない非難にたじろぎ、よく分からないジェスチャーで反論する。


「え!?なにが不謹慎なんスか!」

「我が国の天皇様が生前退位なされるかもしれないというこの慎むべき時に、スマホでアニメを見ながら入室とは!日本人として恥ずかしくないんですか!」

「え、ええー……?」

「しゃふとさん、さすがにそれは……」

「お前そんなに右翼的だったっけ?」


 コホン、としゃふとは咳払い一つし、さっきまでの厳しい表情を一転させた。


「冗談です。ですが父親から聞いたところによると、昭和天皇がご逝去なされた時には全てのテレビが放送を自粛したりと、日本国全体がそれはもう大変な『謹慎状態』になっていたそうですよ」

「あー、僕も母から聞いたことありますね。祝い事をしようとかしたら白い目で見られてたとか、そこかしこのお店が閉まっていただとか」

「わ、私も父から聞きました……なんでも、『お国を愛している方々』が、街宣カーで謹慎を呼びかける爆音放送を流していたそうですが……」

「それ自体が不謹慎だと言えますけどねぇ」


「そう。国全体が謹慎しているときに少しでも不用意な行動を取ると、浅葱さんの言う『お国を愛している方々』などから、激しい避難を受けかねないのです!」


「東日本大震災が起こった翌日に、ちょっと派手な色の服着て歩いてたら、なんかオッサンに怒鳴られたことがあったな」

「うええー!?そんなん、俺みたいなヤツ全員アウトじゃないスか!」

「そういう、不謹慎だ不謹慎だって騒ぎ立てる人のこと何て言うんでしたっけ」

「『不謹慎狩り』じゃないですか?ていうか、ドグマくんもツイッターで似たようなことしてたじゃないですかぁ」

「だからそれは、タイムラインがそういう空気だったから!」

「とにかく!この状況において私たちカクヨム作家には、これを考える必要があるのではないでしょうか!!」


 しゃふとが例のごとく机をバンッと叩く。

 ポケットから水性ペンを取り出しホワイトボードに書いた今回の議題は。


「『不謹慎だと叩かれない小説を書こう』……です」


「この話に持ってくためだけに、俺のこと不謹慎だなんて言ったんスか……?」

「まぁ実際、震災とかが起きた時に真っ先に不謹慎事案起こしそうですし。『火災なう』とか喜々としてツイートしてそう」

「ひどっ!」

「8月6日に、広島の原爆ドームにポ〇モンGOで『ピカドン』って名前のピ〇チュウ置いたのは君でしょう?」

「そんな根拠もなく!てかなにそれ!?」

「しゃふとさん、実際にあったデリケートな事案は使わないでください」

「そうですね、失礼しました。……では話を進めましょう」


 しゃふとは、ホワイトボードに文字を書き足した。

 『いま書いたら確実に不謹慎だと叩かれる小説は?』と。


「王様とか王女が死んでしまう系は確実にアウトですね」

「そもそもそういう発想自体が不謹慎なんじゃないかと思います」

「まぁ、原発問題が叫ばれてる現代に『鉄腕〇トム』やってたらマズかったかもしれないな。ウ〇ンちゃんとか名前まんまだし」

「さすがに考えすぎでは!?」

「いえ、このぐらいのとっかかりでも不謹慎狩りは……『ハンター』は容赦なく狙ってくるのです!」

「ハンターって……」


「彼らは少しでも批判できる部分があれば写真に撮ってSNSや掲示板で拡散する、貪欲なハンターなのです!一体どれだけの人間が彼らによって炎上被害をこうむったことでしょう!」


 地震のあとに笑顔画像を上げただけで炎上した長〇まさみとか!


 善意で寄付したのに『どうせダル〇ッシュから巻き上げた金だろ』とか謂れもない叩かれ方をした紗〇子とか!


 オフ会0人のsya〇u_gameとか!

 

 某ネットに強い弁護士とか!


 逃走中で自首しただけで炎上した〇木拓とか!


 佐野〇二郎などは真っ先にクソコラのネタにされて炎上!


 ツイッターで『ベッ〇ー 引退』で検索するのが一時期の作者の日課でした!


 ドローン飛ばしたノ〇ルとか!


 ポ〇モンGOのデマを流しただけで炎上した高校生とか!


 長〇川豊に関してはむしろ今まで炎上してなかったのが不思議!


「……まぁ、一部自業自得な人間もいますが」

「どの例のどこらへんが自業自得なのかまでは明言を避けておきます」


「とにかく!世の中、ちょっとでも場にそぐわない不謹慎な行動を取ると、めちゃくちゃに叩かれてしまうのです!」


「でも、小説などはある程度、『これはフィクションだから』と割り切ってくれるのでは……?」

「そういう考えが命取りですよ浅葱さん。世の中はまだまだサブカルチャーに対して強い偏見を持っていますから、我々の作品の読者が事件を起こしたら、マスコミはこぞって我々の作品を『これは犯罪を助長するものだ!』と叩き上げるでしょう」

「一時期あったなぁ、『ラブラ○バーは犯罪者予備軍』とか。僕もフォロワーさんと一緒に、ここぞとばかりに叩いてたっけ」

「……ドグマ、お前はいつか絶対にSNSで身を滅ぼすぞ」

「雰囲気に流されすぎっス」


「かといって、そういった叩かれる可能性のある要素を完全に排除してしまうと、また違った問題が起きてしまうのです。ハルオさん、試しに『ドラ○ンクエスト』から不謹慎要素を消していってください」


「え?……うーん、あれの叩かれる要素なんて、『ぱふぱふ』ぐらいしかないんじゃないか?ゲーム脳を提唱するクッソ面倒臭いオッサン以外なら、それで理解を示してくれると思うけど」

「いいえ、自らが強くなるために延々と生き物を殺す勇者の姿によって、子供の倫理観が歪められてしまうおそれがあります!」

「ええ!?そんなこと言ったら戦闘要素のあるものは全部ダメじゃないか!」

「当然です」

「しかも、あれの敵は生き物じゃなくて魔物って設定で……」

「ゲームに偏見を持つ層の人々が、そんな設定に耳を傾けてくれると思いますか?」

「く……それじゃあ、ほとんど勇者の意味が……」

「そもそも、一人の若者に『お前が世界を救う勇者だ』などという重大な責任を押し付けること自体が不謹慎です」

「じゃあ何か!?完全志望制勇者か!?」

「そもそも、勇者というもの自体が叩かれます。剣を持って武装してるなんて、この核廃絶が叫ばれる世の中、真っ先に排除されてしまう表現ですよ!」

「剣も持てなくて!?戦闘もできなくて!?じゃあもう、おつかいイベントぐらいしか残らないじゃないか!」

「そのおつかいイベントですら、『無賃労働だ』『ブラック経営を助長している』と叩かれかねないのです!」


「じゃあもう俺小説なんか書かねぇよ!」


「そう。ありとあらゆる『叩かれうる要素』を排除してしまうと、作品として機能しなくなってしまうのです……」


 しゃふとは腕を組んで目を伏せた。

 痛ましい創作の現状である。アマだし別にそんなに被害被ってはないけど。


「殺しのないゴ○ゴ13は水鉄砲で嫌がらせするだけ!


 アン○ンマンの首が取れるシーンは教育上よくないので、申し訳ありませんが顔が濡れたまま戦ってもらいます!


 推理小説は人が死ぬから全部ダメ!全部、○菓みたいな、日常の謎を解くストーリーになります!


 ア○ドルマスターは、プロデューサーになれば無条件でアイドルから恋愛感情を向けられるという誤解を招きます!アイドル全員がPに対してよそよそしい態度をとるように修正!


 ク○ーズとか喧○商売とか、不良モノなんて言語道断です!全て、学校の成績で勝負が決まる『優等生モノ』にしてもらいます!


 艦○れもガル○ンもは○ふりも、兵器が使われているものは全てアウト!スポーツで決着つけてください、戦車道以外のね!


 ル○ン三世はお宝を盗んではいけません、怪盗やめて真っ当に生きてください!」


「全部面白くなさそう!」

「叩かれることを恐れていては、いいものは生み出せないのです!

 今回の結論は、『不謹慎を恐れず、なんでも書きましょう』ということです!」


 と、しゃふとが結論づけるや否や、アイリスが立ち上がった。


「異議あり!むしろもっと不謹慎を排除していくべきです!」

「アイリスさん!?」

「不謹慎な作品は不謹慎な読者を生み、ひいては不謹慎な社会を作ります!私たちはもっと謹慎すべきなのです!」

「ああ、また面倒くさい方向に……!そろそろオチつけなきゃいけないのに!」

「……そういうこと言うのやめましょうっス」


 アイリスがおもむろに指パッチンすると、どこからか『ヘルメットと日の丸の旗が大好きなヤバそうな人たち』が湧いてきた。


「さあみなさん!不謹慎な発言はー!?」


『謹慎させるのです!!』


「おいアイリス!なんだこのタチ悪い集団!?」

「『お国を愛している方々』です!最近ではお国関係に留まらず、なんかモラルとか常識にひっかかることを見つけたらネチネチ集団攻撃してくれます!」

「そういう言い方やめてホント!右の人から怒られるから!」

「ちなみに左の人たちは左の人たちで、右の方たちを一方的に『話してもしょうがない奴ら』と見下して遠ざけているので、一向に理解が深まらないんです!」

「左も攻撃しろなんて誰が言ったぁぁぁぁぁ!?」


『貴様!今、人に対して右だの左だのとレッテルを貼ったな!』

「え!?い、いや、それはアイリスも……」

『問答無用!謹慎しろ!』

「ぎゃああああああああああああ!!」


 お国を愛している方々の一人がハルオに向かって飛びかかると、ハルオの口にガスマスクのようなものを無理やりつけた。お国を愛している方々もみんなつけているものだ。


「そのマスクをつけると、思想やモラルに偏りのない、『当たり障りのないこと』しか言えなくなるのだ!」

「そ、そんなの言論弾圧じゃないですか!?」

「ハルオさん、大丈夫ですか!?」


「きのこもたけのこも、美味しいよね」


「ハルオさああああああああああああああああああああん!!」

「当たり障りがないとかそういうレベルじゃない!クッソしょーもないことしか言えなくなってる!」

「マンガも小説も面白いよね。マンガだけ差別されるべきじゃないよね」

「本当にどうしちゃったんですか!?前までだいぶ口悪かったのに!」

「みんなちがってみんないいよね」

「人間やめて道徳の教科書になってる!」


「そうです!人類みんなが正しいモラルと正しい常識を持ち、思想の偏りのない、まさに『道徳の教科書』となれば、世界は救われるのです!」


「宗教まがいの超過激発言!」

「人類を管理する冒涜的な言動ですよ!?」

「さあ、みなさんもこのガスマスクをつけるのです!」


『謹慎スルノデス!謹慎スルノデス!』


「ひいいいいいい!!」

「人類みな謹慎です!明るく住みよい、道徳的な社会にしましょう!」


 世界は、謹慎の炎に包まれた!

 YouはPenitence!謹慎で空が落ちてくる!



 謹慎後の世界は何もかも平和で争いごともなく、慎ましやかな時間が流れた。


「今季も色んなアニメがあって面白いね」


 全部が全部、教育テレビの幼児向けのような内容のアニメを、偏見なくみんなが見ています。オタクなんて概念はないのです。


「この絵は上手いね」

「この絵も上手いね」


 不謹慎を許さない社会では宗教画なんて以ての外。全部が全部、写真のような絵で、評価する人もみんな、その技術だけを評価してくれます。

 結果として技術が向上したんだから、個性がなくなったっていいですよね。


「僕の将来の夢はバスケ選手なんだ」

「僕の将来の夢はサッカー選手なんだ」

「僕の将来の夢は野球選手なんだ」

『…………………………』


 つい先日、野球選手が次々と賭博で捕まるという事件がありました。

 いえいえ、差別や偏見なんてあるわけがありません。決して、その男の子のことを犯罪者予備軍扱いするなんてことはありません。ここは不謹慎を許さない世界なのですから。

 ある日から、その男の子の周りから友達が消えましたが……その男の子は笑わなくなりましたが、きっと少し体調が悪いだけでしょう。


 この世界はイジメだなんて不謹慎なことを許すはずがないのですから。


「今日もどこかで誰かが亡くなっています。笑うのはやめましょう、楽しむのはやめましょう、慎みましょう、偲びましょう。」


 ここは不謹慎を許さない、平和で優しい世界です。



「もう嫌です!こんな笑うことも許されない地獄社会で生きていたくありません!自殺しますからねぇぇぇ!!」


「まあ!生きたくても生きられない人がいるというのになんと不謹慎なのでしょう!」


「ゲッ!?アイリスさん!?」


「そんな人は導いてあげます!体をあげましょう!!」


「ぎゃああああああああああああ!!」

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