第42話「星空の下」

 大富豪による罰ゲームが終わった後、少しみんなで今日あったことの雑談などをしていた。

 そして俺が部屋に置いてあった時計を見て呟く。

「もう0時回ってたのか…」

「ほんとだ!時間って経つの本当に早いんだねー」

「そうですね~。ふわぁ~…私ちょっと眠くなってきました~」

「ふわぁ…。私もちょっと…眠い」

 冬香ちゃんと香奈枝はさすがにそろそろ眠気がきているみたいだった。それに対し俺はまだ眠気はきそうになかった。

 そんな二人を見て美花が立ち上がる。

「よいっしょ。それじゃあもう遅いし、まだ明日もあるから今日はここでお開きにして寝ておこうか」

「そうですね~歯磨きしてこないと~」

「あ、私も行きます」

 美花がそう言った後、冬香ちゃんと香奈枝は立ち上がって自分の部屋に戻るために、階段の方へ向かっていった。そしてその場には俺と美花と琴美が残った。

 二人が階段を上って行ったのを見てから、美花は俺たちが座っている方に振り返って聞いてくる。

「二人はどうする?」

「んー。俺はまだそんなに眠くないけどみんなが寝るっていうなら部屋に戻ろうかな。琴美は?」

「え?うーん。二人に合わせるよ」

「そっか。ってことらしいが、美花はどうする?」

「うーん…」

 そう問いかけると美花は腕を組んで少しうねりながら考え始めた。が、すぐに組んでいた腕をほどいて申し訳なさそうな顔をしながら

「ごめん、実は私もちょっと眠いんだよね…あはは」

 っと、左腕を後頭部にもっていって、乾いた笑い声をもらす。

「そっか。そういうことなら歯磨きしてもう寝るか」

「そうだね、その方がうれしいかも。トラベルセット部屋に取りにいかないと…」

 美花が眠たそうな眼をこすりながら立ち上がり、階段へと向かう。その姿を見て俺も部屋に戻ってトラベルセットを取りに立ち上がろうとした所、琴美にシャツを掴まれた。

「っと、どうした?」

 俺は片膝立ちに戻ってから振り向くと琴美は顔を逸らしながら摘まんでいた手を離した。

「ごめん、さっき言ってた二人で話したいってやつ歯磨き終わった後いい?」

「ああ、全然構わないけどどこ行けばいい?」

「外でいいかな?風にあたりたい気分で」

「了解。歯磨いたら外で待ってるわ」

「ごめん、ありがと」

 琴美はそう言うと立ち上がって先に階段を登って行ってしまった。琴美の話の内容が気になりつつ、俺は自分の部屋に戻りトラベルセットを取りに行くことにした。


 歯磨きを終わらせた後、誰にも気づかれないようにこっそり外に出て空を見上げると満点の星空が広がっていて、地元の空とは違い手を伸ばせば届くのではないかと感じさせるほどに近くに感じた。

 星空をずっと見ていると段々と足音が近づいてきた。

「ごめんお待たせ」

 視線を空からの声の主である琴美の方に移すとさっきの服装に加えて薄い上着を羽織っていた。

「星見てたの?」

「うん。すごく綺麗で見惚れてた」

「本当ここの景色は変わらず綺麗だよ…」

 しばらくの間立ちながら二人で星を眺めていたのだが、琴美の「その辺に座ろっか」の一声で、近くにあった石段に並んで座ることにした。

 そしてまた無言のまま星空を眺めていると、琴美から話しかけてきた。

「あのさ、話…してもいいかな」

「うん」

 琴美が視線を落としてるかはわからないが、俺はまだ星空から視線を落とさないで返答した。

「色々話したいことはあるんだけど、まずこの間のゲームのことはまだ覚えてる?」

「ああ、つい最近だったからまだ覚えてるよ」

「そっか。あの時私、約束を覚えてるかどうか聞いたじゃん?あれって私とってわけじゃなくて過去誰でもいいの、なんか約束したこと覚えてない?」

「琴美とじゃない誰かとの約束……」

 俺は呟きながら過去、誰かと約束したことを思い出そうとする。すると1つだけ心当たりを思い出した。

「そういや、琴美と買い物行く約束してたな。あれいつ行くよ?」

「ちょっ…それはまた後で決めようぜ。そうじゃなくて、もっと昔。高校以前の…それこそ小学校の頃とか。なんかない?」

「うーーん…」

 俺は腕を組んで唸りながら記憶を探ってみるが、約束をしたということを思い出すことは出来なかった。それこそ小学校の頃の記憶なんてほとんど忘れてしまっている。記憶というものは他人にとって覚えていることでも、自分にとって大切なことと認知しなければその時に起こった出来事は忘れるものだと思う。ましてそれは過去に遡れば遡るほど薄くなっていたり、そもそも忘れているということがほとんどだと思う。なので、急に琴美にそんなことを言われても困るという気持ちになった。

 むしろ俺はなんで二人っきりの時にこの話を聞こうと思ったのか気になり、質問してみることにした。

「全く思い出せなかった。ごめん。でも、どうしてこんなこと急に聞いてきたんだ?」

「んー…そうだねえ。色々理由はあるんだけどちょっとだけ話を聞いてほしいかな」

「話?」

 琴美の方を向くと琴美は上を向いていたが、星を見ているというよりもちょっと遠くの、昔のことを思い出すような表情が月明かりに薄っすらと見えた。

「そう。前に玲とスーパーで会った時に言えなかったことも含めて」

「あーそういやあの時引っ越した話してたね」

「うん。私ね小学校4年生の時に転校してさ。そっから中学生になるまで帰って来なかったの。で、その小学生時代なんだけど私少しからかわれた時期あったの。私さ、男っぽい口調することあるじゃない?そのことを特定の男の子のグループからからかわれてたんだよね。何その口調男くせえーみたな感じでさ」

「はあ?なんだそいつら。口調なんて人それぞれじゃん」

「ふふっありがと。まあ、そんな感じでからかわれてたんだけど、とある日に救世主が現れたの。いつもみたいにからかわれてたら、そのグループに一人で突っ込んでいく男の子がいてさ、今の玲みたいに人の口調ごときでいじめてんじゃねえ!って一喝したんだよね」

「すげえなそいつ」

「ね。ほんと凄いよね。勇敢っていうか怖いもの知らずっていうか。結局その男の子のおかげで密かにそのことを悪いって思っていた子達も加勢してくれて、からかいは無くなったんだよね。だからさ、私はその子のこと凄く尊敬してるし感謝してる。ずっと…これからもずっとそう思っていくと思う」

 琴美の表情を伺うことは出来なかったが、声色からしてかなり心がこもっているように聞こえた。琴美にとっての大切な人そのものだと思わせるには十分だった。

「そっか。そんな人と出会えた琴美は幸せもんだな。自分のことを想って行動を起こしてくれる人なんてそういないから」

「そう…、そう…かもね。話聞いてくれてありがと」

「いえいえ。お役に立てたのならよかった」

 それから二人の間には少しの沈黙の時間が流れる。琴美はこの現状をどう思っているのかは分からないが、俺は別に苦ではないと感じていた。前二人で過ごした時は間があることに不安を感じたりしていたのだが、今では大分和らいだように感じる。

「あのさ、玲」

「ん?どうした?」

 そんな心地よさを少しだけ感じていると、琴美が話しかけてきた。

「玲は軽井沢に来たってこと覚えてない?」

「んーー琴美と来たってことはないと思うけど…」

「私と来たことはないと思う。そうじゃなくて、誰かと前に、家族とかでもいい。来た記憶はない?」

 俺は琴美にそう言われて思い出そうとする。すると断片的にだが美花達と来ていたことを思い出した。

「そういやあったな…あれは…小学校最後の夏休みだったような…」

「……っ!も、もうちょっと詳しく!」

「って言われてもな…。どうも思い出そうとすると頭痛がして思い出せないんだよなあ…なんでなんだろ」

「そっか…それならしょうがないね。無理にでも思い出そうとしてくれてありがと」

「いえいえ。といってもこれは俺自身の問題だと思うから気にしないでくれ」

「そうね。まあ思い出したら教えて!どんな些細なことでもいいから!」

「お、おう…わかった」

 琴美が前のめりになって顔を近づけてきて反射的に顔を反らしてしまう。少しだけシャンプーのいい匂いがした。

「じゃあさ、最後にひとつだけ。もしかしたら思い出すことの助けになるかもしれないから教えるね」

 顔を琴美のほうに戻すと、また琴美は星空の方を見つめていた。月明かりに照らされたその姿はどこか遠くを懐かしむように眺めているように見えた。

「私ね、玲と会ったことあるの。大分昔だけど」

「え!?そうなの!?」

 俺は琴美から告げられた事実に衝撃を受け、琴美の方を見ながら固まってしまう。

「そ。まあ大分昔だからねえ…玲は覚えてないかも。前の私と今の私全然違うから。それこそ、外見から中身まで。でも、ほんのちょっぴりとだけ変わらない所はあるからそこに気が付けば玲も気が付いてくれるかなー…なんて…玲?」

 俺は衝撃が大きすぎて琴美の話している内容があまり頭に入ってこず、琴美の呼びかけも聞こえてはいるのだが反応することが出来なかった。

「おーーーーい。玲ーー??」

「はっ…」

 琴美が俺の視界に入るように手を振りながら名前を呼んでくれたことで反応することが出来た。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫大丈夫。衝撃的事実で固まってしまっただけだから大丈夫」

「それ、大丈夫っていうのかなあ…」

 琴美が心配そうな顔で俺の方を見ながらそう言うが、実際そこまで大丈夫なわけではなかった。

 まず今まで気が付かなかったことに対して凄く申し訳なさを感じたし、なんで気が付かなかったのだろうという自責の念にかられた。その後琴美のことを思いだそうとしてもどれも高校に入った後の記憶しかなかった。

「そういえばその頃の写真とかないの?それ見れば思い出せるかも」

「あーーごめん今は持ってないや。また今度見せてあげる」

「そっか、わかった。それ見たら何か思い出せるかもしれないから」

「う、うん。そうだね…そうだといいなあ…」

 琴美はまた星空の方を見上げながら、最後の方はどこか諦めているような、でも強く願っているように聞こえた。

 俺はこの琴美の話を一旦頭の中で整理したいと思い、部屋に戻るため立ち上がる。

「俺は部屋に戻るけど琴美は?」

「私はもう少し星を眺めていたいかなあ…」

「そっか。わかった。風邪引かないように気をつけろよ」

「うん。ありがと」

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

 俺はその場を立ち去り、家の方へと歩みを進める。

「玲!」

 すると突然後ろから琴美が俺を呼ぶ声が聞こえその場で立ち止まる。

「話聞いてくれてありがと!それだけ!」

 その言葉を聞き俺は振り返らずに、右腕を上げ手を振ってそれに応える。多分これ以上会話をしてしまうとなんやかんやで話を続けてしまいそうな気がしたからだ。だからこれで良い…と俺は思った。


 家に戻り、部屋に戻ろうとしている途中の階段で美花と出会った。

「あれ、外に出てたの?」

「まあそんなとこ」

 多分美花は普段の俺のパジャマ姿より一枚多く羽織っていることに気が付き、俺が今さっきまで外に出ていたと思ったのだろう。

「ふーーん。ね、琴美知らない?さっき部屋に行ったらいなくて」

「ああ、琴美ならまだ外にいると思うよ」

「え、さっきまで二人で話してたの?」

「まあそんなとこ」

 俺がそういうと美花の雰囲気が少しだけ変わったように感じた。少しだが眉間にシワが寄っている。

「何話してたの?」

 さっきの話自体俺の中で上手く纏まっていないのに、ここで美花に話すと誤解を生みそうな気がしたので大まかなことだけ伝えることにする。

「ちょっと昔のこと」

「……そ、ありがと」

 美花はそういうと俺の横を過ぎて階段を降りた後、外ではなく洗面台の方に行った。俺はてっきり琴美のことを探していたから外に行くのかと思いきや洗面台の方に行った美花の行動に疑問を抱いたが、とりあえず今は頭の中を整理したかったので、部屋に戻ることにした。

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再会した幼馴染との共同生活 ぽいふる @poihuru

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