マリッジブルー
椎名ひらは
第1話
高校生の夏、僕はバイオリンと入籍した。
もちろん入籍と言っても本当に結婚したわけじゃない。一台のバイオリンをお金で買って自分のものにしただけだ。楽器を人のように扱ってしまうのは音楽をやっている者の性だから仕方がない。
これは僕にとって念願の“入籍”だった。きっかけは高校生になって初めての友達が貸してくれたCDだった。そいつは物静かで何を考えているかわからないような奴で、高校デビューを目論んでいた僕にとっては正直あんまり関わりたくない種類の人間だった。でも僕が幼い頃バイオリンをかじっていたと知ると、とにかくこれを聴け、と一枚のCDを押しつけてきた。音源はハチャトゥリアンのバイオリン協奏曲だった。感想を聞かれでもしたら困ると思って仕方なしに再生したその音源は、すぐに僕の心を魅了した。こんなバイオリンを聴いたのは初めてだった。古典派の上品な旋律には成し得ないバイオリンの野性というものが溢れ出ていた。その日から僕の思考はバイオリンでいっぱいになった。音源を音楽プレーヤーに取り込むと、次の日の朝、僕は何事もなかったかのように奴にCDを返した。
マリッジブルー 椎名ひらは @gummyship
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