刺さったトビウオ

とびうお

刺さったトビウオ

 君の言葉は心に刺さるね


 まぁ刺さってるからね



 ひと月ほど前から僕の眉間にトビウオが刺さっている。

 海釣りに出かけて、船の上で釣りをしていたところ飛んできたトビウオが刺さった。

 僕は気を失い、気づいたら病院のベッドの上にいた。痛みは不思議と無かったがトビウオは眉間に刺さったままだ、理由は聞いてもよく分からなかったが医者いわく抜かない方がいいらしい。


 僕の生活は一変した。

 どうやっても視界に入るソイツはあまりにも邪魔であった、ソイツが邪魔で眼鏡も上手くかけられないし、魚特有の臭いもキツイ、何より驚いた事にソイツは話すのだ。

 話すと言っても実際に声をだす訳では無いのだがテレパシーのような感じで会話をすることができる、骨に刺さっていることから考えると骨伝導というやつなのかもしれない。ともかく僕は1人では無くなった。


 しかもソイツとは気が合うのだ、ある時僕等が街を歩いていると若い高校生くらいの男の子三人組がすれ違いざま、聞こえるように僕等をからかった。

『あいつ顔に魚刺さってるぜ、マトモじゃねえよ』

『ありゃ半魚人だな、ギョギョギョ』

 まぁ魚が刺さっているのだからからかわれるのは慣れたものであったが不愉快であることに変わりはなかった。

『この世界にマトモな奴なんて自分以外にいるのかよ』

 するとソイツがそう言った、そう言ったのだ。僕はその言葉が忘れられなかった、その言葉は僕の心に刺さったままだ。


 それ以来、僕等はとても仲良しだ。大人になってから新しく友達ができたのは初めてかもしれない、色々と不便な事は多いけれどソイツが刺さってくれて本当に良かった。

 価値観が近い友達がそばにいるというのは他の全てをどうでもよくしてくれる、優れない体調も、つまらない仕事も、将来への不安でさえバカ話しで笑いとばすことができた。


 ある時ソイツが真面目なトーンで話し始めた。

『俺は君を殺したかったんだ、だから飛んだんだ、俺の仲間を連れて行ってしまう君達に一矢報いたかったんだ』

 僕はだまって聞いている

『ところが君は死ななかった、それどころか俺は君に刺さっちまって身動きすらできない。君と話すことしかできなくなっちまった。だけど不思議と楽しいんだ、君とはとてもウマが合うからね、殺そうと思って刺さったのに今じゃいつまでも君といたいとすら思うよ。こうなる以前は悪魔のように思っていた君達も決して悪魔ではなかった、お互いをよく知るというのは大切なことなんだな』

 僕はソイツの言葉を噛み締めて頷き、言葉を返した

『そうだね、それはとても大切だね、こうなる前は僕にとって君も君の仲間も食料であり、釣りを楽しむためのモノでしかなかったからね。勿論魚にも命があるのは分かってはいたけれど心の存在に関してはあるだろうとは思っても見て見ぬフリをしていた気がするよ』

 するとソイツが返す。

『もう魚は食べないかい?』と。

 僕は黙ってしまった。どう答えていいかわからなかった、ただ僕が黙ってしまったということは僕はまだ魚を食べるのだろうと僕もソイツもそう思った。

 しばらくお互いが黙ったまま重い時間が流れた、その重さから逃げようと僕がバカ話しを始めるとソイツもソレに応じ、いつもの2人へと戻っていった。


 翌朝目が覚めるとソイツがグラグラしていて眉間から外れそうだった。ソイツに話しかけてもボンヤリとした声しか聞こえない、僕は大急ぎで医者の元へ向かった。

 医者は簡単な診察をした後、もう魚を外しても大丈夫です、と言い僕の眉間に手を伸ばした。僕は慌ててその手を制し今はまだ取らないでくれと伝え、病院を後にした。

 家に帰るまでの間も何度もソイツに話しかけてみる『おい、大丈夫か?』と、するとその都度ソイツも返事をしようとしているのか僕の頭の中でノイズのような音が聞こえる。僕が動けば動くほどソイツはグラグラして眉間から抜けそうになる、このまま抜けてしまったらソイツは死んでしまうだろう。

 僕はソイツが刺さった海へと急いだ。


 海へと向かう途中、ソイツと少しだけ会話ができた。

『なぁ俺が死んだら君が俺を食べてくれないか?そうすれば君の中で一緒にいられるのだから』

『そんなこと言うなよ、君は生きていられるさ、今、僕が海へと帰してあげるから』

『海へと帰ってしまったら君と離れてしまう、それに何だかヘロヘロで海でもやっていけそうにないよ』

『何言ってるんだ、君は魚なのに陸でも生活していたんだ、海に帰れば大丈夫だよきっと』

『そうだといいんだがどうも駄目そうだ、頼むから俺を食べてくれ、俺も…』

 少し話すとソイツの声がまたノイズのようになってしまい最後までうまく話せない状態が続く、何とか話そうとノイズに話しかけている内に海に着いた。


 今日は少し海が荒れている。


 この間ソイツが刺さった時の釣り船屋へ行き、沖まで船を出してもらうよう頼んだ。


 釣り船屋は海が少し荒れているのを理由に嫌がったが事情を話すと渋々ながら船を出してくれた。

 トビウオが刺さった客というのは、さすがに僕以外経験が無いらしく当日のことも良く覚えていてくれた。

 その為ソイツが頭に刺さったポイントまで迷うことなく連れていってくれた。


 そこは、まるでソイツの帰りを待っていたかのようにトビウオが群れを成して飛んでいた。その光景は神秘的でなんだかトビウオ達の楽園のように見えてくる

『ここでお別れだね、君と出会えて楽しかったよ。海へと帰って元気になっておくれ』と僕はソイツに言う。またもノイズのようになって聞きとれないがソイツも何か返してくれている。

 そして僕はソイツを両手で握り、力いっぱい抜こうとする、しかし奥まで入ってしまっていて中々抜けない。ソイツもジタバタと尾っぽを動かして抜けよう、抜けようと頑張っている。

『ああ、早く抜けてくれ!じゃなきゃソイツが死んじまう!死んじまううからっ』


 ボトッ


 僕は海へと落ちた。

 釣り船屋は何か叫び、救命具を投げてくれた。だが届かない、それどころか波に流され船からはどんどん離れていく。

 眉間のソイツは刺さったまま。

 僕はなんとか船へ戻ろうと懸命に泳ぐ、しかし船との距離は縮まるどころか離れていってしまう。

 それでも足掻き暴れていると、ついにソイツが眉間から外れた。

 ああ、良かった。僕は一瞬そう思った。

 次の瞬間、トビウオの群れに僕は呑みこまれた。トビウオの群れは僕を呑みこんで凄い勢いで運んでいく、行き先は僕にはわからない、ただ苦しくなって、薄くなって、僕はソイツに助けを求めた。でもそれも最初のうちだけ、もう駄目だって思えたら後はもうどうでも良かった。天国でも地獄でも連れてっておくれ。ただしもし、僕を食べてしまう気ならソイツにも一口くれてやってくれ、僕等はとても仲良しなんだ






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刺さったトビウオ とびうお @tobiuo

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