別に専門外なんかじゃないですっ!・その3

「――と、いうことなのですが」

 早速放課後、図書室のカウンターで今日あったこと――お昼に三澄さんがお話していたことを、直生くんに報告します。

「なるほどなぁ……あ。はい、預かります」

 直生くんはわたしの話にうんうんとうなずきながらも、本を借りに来たらしい生徒の子から本とカードを預かり、いつも通りよどみなく貸し出し用のシールをスキャンします。

「返却は来週の水曜日です」

 生徒が図書室から出て行くのを横目で確認し、直生くんは「つまり」と再び口を開きました。

「つまり、三澄はちぃみたいなタイプが苦手だと」

「えぇ」

「けどだからといって、別に嫌いというわけでもないと……」

「端的に申し上げるなら、そういうことになります」

「複雑だな」

「はい、とても」

 筆舌に尽くしがたいほどに、彼女の心境は複雑なようです。

「でも、さ」

 そこでふと思いついたように、直生くんが呟きます。「はい?」と問えば、直生くんはわたしに顔を向け、至極真面目な表情で言いました。

「それって……三澄の中にある、ちぃへの苦手意識さえ取っ払うことができれば、まだうまくいく可能性があるってことなんじゃないの?」

 なるほど、とわたしは思わず口に出してしまいました。直生くんは目をぱちくりさせながら「もしかして、思いついてなかった?」と聞いてきます。

「はい、まったく」

「そうなのか」

 意外だな、と直生くんは驚いたように言いました。

「お前って賢いから、とっくにそういう考えに至ってると思ってたよ」

「……何だか、嫌味に聞こえますが」

「そう怒るなって」

 ハハッ、と笑いながら、直生くんがわたしの頭をそっと撫でてくれます。この慈しむような手つきにも、今ではすっかり慣れてしまいました。ひどく、心地が良いものです。

 わたしが無意識に目を細めていますと、不意にカウンターの向こうから聞き慣れたような言葉が掛けられました。

「相変わらずいちゃついてんなぁ」

 二人して目を見開き、そちらに顔を向けますと……そこにいたのは、なんと暁くんでした。まぁ、直生くんいわく彼は本好きだということですから、ここにいたとしても何ら不思議ではないのですが……噂をすれば何とやら、とも言いますし、やはり少しばかり気まずいものです。

「ち、ちぃ……」

「暁くん……こ、こんにちは。貸し出しですか?」

「んや、返却。手続き頼むわ」

 ニッコリと笑いながら、ちょうど向かいにいたわたしに本を差し出してくる暁くん。慌てて受け取り、手続きを済ませます。

 さすがに今のお話が聞こえていたのかどうか、お聞きすることは叶いません……よね。

「俺の話、してたろ」

「「!!」」

 思わず顔を見合わせるわたしと直生くん。前から思っていましたが、どうして暁くんはこんなにも勘がよろしいのでしょうか。

 誤魔化すかのように笑い声を上げてみますが、思いの外動揺しているらしく「あ、あはは」といった乾いた声しか上がりません。

「ちょ、ちょうど暁くんの恋のことについてお話していたのですよ。ね、直生くん」

「そうそう。三澄とお前が、どうやったらうまくいくかって。な、あはは」

「えぇ、えぇ。あはは……」

「ふぅん」

 わたしたちの妙に挙動不審なうなずき合いに、暁くんはじとりと怪しげな視線を向けましたが、やがて少々釈然としない様子でありながらもなんとか「んー……まぁ、そういうことなら」と納得してくれたようでした。

「ときに暁くん。ここのところ、三澄さんにアタックしてらっしゃるようですが……手ごたえはいかがです?」

「んー、そうだなぁ」

 わたしの問いかけと直生くんの同意するようなうなずきに、暁くんは特に照れたような様子もなくしれっと答えてくれます。

「具体的にどういうことしたら効果的なのかとか、そういうのを知り尽くしてるわけじゃないからよくわからないが……とりあえずできるだけ三澄の視界に入るように努力はしてる、かな。困ってる様子だったら率先して助けたりとか。手ごたえは……うーん、どうだろう」

 ほんの少し苦笑気味に、暁くんは頭を掻きました。

「三澄のやつ、そういう……他人が手を貸したりするのって、やっぱ迷惑に思ってたりする、のかな」

 あいつって、あれで結構完璧主義なところあるし。

 その一言に、わたしは思わず目を見開きました。直生くんの方を見ると、彼もまた驚いたように暁くんを見ています。

「お前……」

「分かってんだ」

 直生くんが何か言おうとしたのを遮り、暁くんはどこか自嘲気味の笑みを浮かべながら続けます。

「あいつは、俺みたいなおせっかい焼きが苦手なんだろうなって」

 さすが三澄さんのことを好きだとあれだけはっきり公言しただけあって、暁くんは三澄さんの本質をしっかり見抜いていたようです。それだけ、彼女のことを見つめてきたということなのでしょう。その気持ちを察そうとすると、何故だかこちらまで切なくなってしまいます。

「だけど……そんながんばりやなあいつだからこそ、何かしてやらずにはいられなかった。一人でなんでも抱え込んで、その小さな身体がいつか、限界迎えて……壊れるんじゃないかって思ったら、怖くて。そうなる前に、俺が少しでも力になってやりたいって、思ったから」

 だから――……『恋人』でもなんでもちゃんとした肩書き引っ提げて、堂々とあいつの傍にいたいなぁって。

 どこか遠くを見つめる暁くんの目は、愛おしそうに細められています。三澄さんに向けられているそれだけの感情が、いつかすべて三澄さんご本人に届けばいいのに、とわたしは心の底から思いました。

 直生くんも同じようなことを考えているのでしょうか、何とも言えないような表情で暁くんを見ていました。

 どうしたらいいのかなんてわからないし、何か行動したところで成功につながるかなんて見当もつきません。でも……。

「だったら」

 耐えきれなくなり、わたしは気づけば口を開いていました。ハッと息を呑むような音と共に、直生くん、そして暁くんがほぼ同時にわたしの方へ顔を向けたのが分かります。

「まどろっこしいことなんて、やめにしましょう」

 え、と僅かに困惑の声を漏らす暁くん。そんな彼の目を見据えながら、わたしはきっぱりと言いました。

「手っ取り早く、その気持ちをお伝えになればいいではありませんか」


    ◆◆◆


「――んで、結局どうなったわけ?」

 興味深げに尋ねてくる結鶴ちゃん――好奇心に満ちた瞳は、完全に野次馬のそれです――に箸で挟んだお弁当のだし巻き卵を口元まで持ってこられ、わたしはまるでパブロフの犬のごとく条件反射的にそれをぱくりと口に入れました。

「んぐんぐ……」

 味わうように咀嚼し飲み込むと、わたしは説明を再開させます。

「……ごくん。えっとですね、そんな会話があった翌日――つまり昨日ですね、放課後早速三澄さんを呼び出したのです」


 この期に及んで躊躇する暁くん――今思えば、まったく彼らしくもない態度でした――を直生くんと二人でどうにか説得し、放課後の空き教室で二人きりになれる空間をセッティングしました。わたしと直生くんはもちろん、入口のドアのところにしゃがみ込み、見つからないようにこっそり聞き耳を立てることにしました。

 時折心配そうにこちらへチラチラと視線をくれる暁くんに、二人してジェスチャーだけで『頑張れっ』と伝えて差し上げます。

 それを幾度か繰り返し、ようやく決意を固めたらしい暁くんは、不思議そうな、それでいてどこか怯えているかのような表情を浮かべた三澄さんに、その想い――図書室でわたしたちに言っていたようなことを、包み隠さず正直に伝えたのでした。

 三澄さんは最初こそ訳が分からないといったような、困惑気味の表情で暁くんを見ていましたが……『ごめん』という暁くんのいつになく気弱な言葉に、みるみる眉を吊り上げました。

『この気持ちが迷惑なのは、分かってる。だってお前は、俺が苦手なんだろう。だから……』

『馬鹿なの、あんた』

 怒りに震えたような三澄さんの言葉に、気圧されたように暁くんが黙ります。そんな彼をキッと睨みながら、怒鳴るように三澄さんは言いました。

『確かにあたしは、あんたみたいなタイプが苦手よ。助けてもらった時も、正直言ってちょっと迷惑だったし』

『やっぱり、そうか』

 悲しそうに目を伏せた暁くんに、三澄さんは『でもね』とひときわ大きな声で付け加えました。一瞬びくり、と震え、驚いたように目をぱちくりとさせた暁くんに構わず、彼女は真剣な顔つきで続けます。

『それは、あんたの気持ちを知らなかったから。あんたがどういうつもりなのか、あのときは全く読めなかった。だから……怖かったのよ、ね』

『それって、』

『これ以上言わせないでよね』

 困惑したような暁くんを馬鹿にするようにフンッ、と鼻を鳴らした三澄さんは、やっぱりいつもの彼女でした。

『好意を告げられて、嬉しくない人間がどこにいるっていうの』

 そう言ってぷいっと横を向いてしまった三澄さんの頬は、ほんのり赤く染まっていました。『え、えっと……その』と珍しくうろたえる暁くんに、彼女はそのままの状態でポツリと小さな声を出しました。

『……一応言っとくけど、あたしは今、もう好きな人いないから』

 前は佐倉くんのこと好きだったけど……ご存じの通り、瑞希に取られちゃったし、ね。

 ――その言葉に、わたしの顔が一気に熱くなってしまったのは、また別のお話です。


「そんなわけで……」

 お箸を使って、空を指したわたしの視線の先を、結鶴ちゃんは同じく視線で追いました。

 その先には――……。

「おーい、三澄。困ったときは頼れって言ったろ?」

「うるさいわね。あたしはそういうの苦手だって、何回言ったら分かんのよ」

 ニコニコ笑いながら三澄さんに手を貸そうとする暁くんと、冷たくあしらいながらもまんざらでもなさそうな表情の三澄さん。

「まだまだこれから、ってところですね」

「初々しくていいわねぇ」

 フッ、と笑う結鶴ちゃんは、なんだかんだ言って嬉しそうな顔をしています。彼女なりに、二人のことを心配していたのかもしれません。

「あーあ、瑞希も佐倉とうまくいったし、あの子たちもそのうちうまくいくだろうし……このところリア充が多くて困るわねぇ」

「結鶴ちゃんも彼氏作ったらいいではありませんか」

「うーん、そうねぇ……」

 首を傾げながら、不意に何やら思いついたかのようにニヤリと意地悪い笑みを浮かべた結鶴ちゃん。嫌な予感がしながらも、わたしは楽しそうな彼女に尋ねてみました。

「どうかしたんですか」

 よくぞ聞いてくれました、とでも言うようにふふん、と得意げに笑った結鶴ちゃんは、口角を吊り上げながら答えました。

「あんたさ。今回の一件で、ボーイズラブ以外も結構萌えることが分かったんじゃない?」

「そうですね。ノーマルラブなどというものも、なかなかよいということがわかりました。色々な愛の形、萌えの形というものが存在するのですね」

「えぇ。……だからね。ここでちょっと、守備範囲を広げてみたらどうかしらと思うのよ」

「……どういう、ことですか」

「つまり」

 悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女にこっそりと耳打ちされ、わたしは思わず「えぇっ!?」と大きな声を上げてしまいました。

「ちょっと結鶴ちゃん、それってどういうことですか! 詳しく説明してくださいっ!!」

「だーめ。また、今度ね」

「もうっ!」

「ほら、それより彼がお呼びよ」

 むぅ、と唸るわたしを軽くあしらう結鶴ちゃん。そんな彼女が指差した方向を不満げに見ますと、「おーい、瑞希」と呼びかけながらこちらへ手を振ってくる直生くんの姿。

「今度は、絶対聞き出しますからね」

「気が向いたら、詳細を教えてあげるわ」

「絶対ですよ!!」

 結鶴ちゃんに何度もきっちり念押ししながら、わたしは手招きしてくる直生くんの方へと足を進めたのでした。

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(腐的)恋愛のススメ @shion1327

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