別に専門外なんかじゃないですっ!・その2
しかし、それにしてもですよ。
一口に協力すると言ったって、具体的には一体どういうことをすればいいのでしょう。
先述の通り、こういう時に頼れる柚希は現在コミックマーケット前で忙しく、取り付く島もありませんし、結鶴ちゃんは相変わらず傍観者を決め込むおつもりのようですし。
そして、一緒に相談を受けたはずの直生くんに至っては……。
「なぁ……どうしたらいいと思う、瑞希?」
相談したいのはこっちなんですが。
確かにわたしは暁くんとあなたの前で大口叩きましたよ。でもそれは、暁くんがわたしを煽るようなことをおっしゃるから、売り言葉に買い言葉のような感じでつい口から出てしまっただけで……。
「頼りにしてるよ、瑞希」
だから、そういう信頼感のこもった目で見つめるのはやめてください!
「はぁ……」
どうしたものかと頭を悩ませながら、わたしは何気なく悩みの種――そもそもの元凶である暁くんへと目をやります。彼はやっぱり、いつものようにたくさんのクラスメイトに囲まれながら、にこやかに笑っていました。
こちらがこんなにも悩んでいるといいますのに、まるでけろっとしたような顔をしているのがなんだか憎らしいです。何ですか、あなたが初めにこのようなことを言い出したというのに。
あれ以来何も言ってこないとは、いったい何のつもりなんですか。
そんなことを思いながら恨めし気に暁くんを見ていますと、不意に彼はどこかへ視線を飛ばしました。そして、思わずというようにふらりと足を進めていきます。
「千歳?」
「おい、どこ行くんだよ」
周りの不思議そうな問いかけにも、構う様子はありません。まるで突如催眠術にでもかかったみたいに、操られるかのようにフラフラと、それでもどこか確かな足取りで、一心に注がれる視線の先へとまっすぐに向かいます。
その彼らしくもない不思議な一挙一動を、わたしもまた視線だけでゆっくりと追っていきますと……。
「ん……くっ」
辿り着いた先にいたのは、なんと三澄さんでした。
掃除用具入れの一番上に置いてあるバケツを取りたいらしく、必死に手を伸ばしています。……残念ながらまったく届いていないどころか、指先さえかすりもしていないのですが。
爪先立ちでプルプル震えながら、顔を真っ赤にしていらっしゃる三澄さんは、同性であるわたしから見ても非常に庇護欲をそそります……が、こんなことをご本人に言ったら容赦なく殴られてしまいそうですね。
「……と、とっ、きゃあ!」
不安定なポーズだったため、案の定バランスを崩してしまった三澄さん。よろけて転びそうになるのを、やってきた暁くんがサッと受け止めます。どさり、と音がして、三澄さんの小さな身体は暁くんの胸のあたりにすっぽりと収まりました。
突然のことにうろたえる三澄さんをよそに、暁くんは支えたことでしっかり安定したらしい彼女の身体を離すと、代わりに易々とバケツを取ってあげました。三澄さんはぽかんとした表情で、ご自分よりずっと上に位置する暁くんの顔を見上げています。
「はい」
そっと差し出されたバケツを、三澄さんは大人しく受け取りました。何か言おうと口を開きますが、声にならないようです。
そんな三澄さんに向けて、暁くんはにっこりと屈託のない笑顔を作ってみせました。
「困ったことあったら、いつでも声掛けてくれていいんだからね」
そう言って、まるで何事もなかったかのようにスマートに立ち去る暁くん。お友達のところへ戻るや否や、先ほどの一見不可解な行動に関して次々と質問攻めに遭っています。
再びたくさんの方に囲まれた暁くんを、バケツ片手にしばし呆然と見つめたあと……三澄さんは不意にむぅ、と不服そうな表情をしました。
気のお強い彼女のことです。できない、と思われたことが悔しかったのかもしれません。
これは一つ、彼女に伺っておかなければいけませんね……。他に、色々と聞いておかなければならないお話もあることですし。
そう思ったわたしは、突っ立ったままの三澄さんのところへ行くと、トントン、と軽く肩を叩きました。
「三澄さん」
「……瑞希、」
親しくさせて頂くようになってから、三澄さんもわたしのことを名前で呼んでくださるようになりました。さすがに同性であるせいか、直生くんに初めて呼んでもらった時のようなドキドキはないですが、慣れないとやはりくすぐったいものがありますね。
わたしを見上げる三澄さんの表情は、何故だか妙に複雑そうです。
そんな彼女に、わたしはできるだけ優しく、腫れ物に触れるかのような気持ちでそっと言いました。
「今日、お昼ご飯ご一緒しましょうか」
◆◆◆
わたし、結鶴ちゃん、そして三澄さん。
それぞれの昼食を教室の端へと持ち寄り、ひっそりと設けられた昼食の席で、三澄さんはうつむきながら一言だけポツリと言いました。
「悔しい」
やはりといいますか、何と言いますか……。
わたしは三澄さんではないので、簡単に『心中お察しいたします』などとは言えるわけがなく、ただ黙ったまま彼女の言葉を聞くことにしました。
「あたしは……助けられるのとか、同情されるのが嫌なの。たとえそれがキャパシティを超えることだったとしても、どうしても自分でやりたい。自分で、成し遂げたい」
そうですね。あなたは、初めてお話した時からそういう人でした。そうやって何でも一人で抱え込んでは、知らない間に自己完結している。わたしには、とても真似のできない芸当です。
「佐倉くんを好きになったのだって……ちょっと頼りない彼を、あたしが助けたいって気持ちがあったからなんだと思う。無意識に彼のこと、自分より下に見てたのかな。ごめんね、瑞希には……すっごく、悪いこと言ってるんだけど」
わたしは静かに首を横に振りました。直生くんは確かに頼りないところがありますが……三澄さんが彼を好きになったのは、きっとそれだけが理由じゃないはずです。
「それだけでなく……三澄さんは、直生くんのお優しいところを好きになったのでしょう? わかりますよ。わたしも、同じですもの」
「何、また惚気?」
結鶴ちゃんが茶化すように口を挟んでくるのに、三澄さんは思わずといったように噴き出しました。今のでちょっとだけ、リラックスしたみたいです。
半分笑いながらも、三澄さんは真剣な様子で続けました。
「だからさ……暁みたいな、おせっかいなタイプってホントに苦手なの。あたしなんかよりずっと器用に、あたしができないことをいとも簡単にやり遂げる。さっきだってそう。あたしは……」
「暁が、嫌いなの?」
三澄さんの言葉に被せるかのように、結鶴ちゃんがきっぱりと問います。三澄さんは困惑したように瞳を左右に泳がせると、泣きそうな表情で軽く唇を噛みました。
「……いい奴、っていうことは十分すぎるくらい分かってる。だから……完全には、嫌いになれない。嫌いとは、断言できない」
苦手って言った方が、正しいのかもしれない。
嫌いとは言えない、だけどどうしても自分とは相容れない。
彼女が暁くんに対して抱く複雑な気持ちを、全て把握することは叶いませんが……きっと、そういうことなのでしょう。
「なかなか、複雑なようね」
結鶴ちゃんが訳知り顔で呟きます。真剣なのは声だけで、その表情はニタニタと……いささか悪い言い方ですが、非常に気持ちが悪いことになっています。いつかおっしゃっていた『愉快な見世物』という物騒なセリフといい、おそらくこの状況を面白がっているのでしょうね……全く、相変わらず友達甲斐のない人です。
らしくないほどにしょんぼりとした表情でお弁当をつつく三澄さんと、楽しそうに鼻歌を歌いながらパンを頬張る結鶴ちゃんを尻目に、わたしは片手で頭を抱えながら、深い溜息を吐きました。
「どうしたら、うまくいくのでしょうねぇ……」
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