【短編】だから「正義の味方」と言うのだよ

真尋 真浜

【短編】だから「正義の味方」と言うのだよ


 闇があれば光がある。

 悪がいれば正義がいる。


「必殺、エメラルダスラッシュ!」

「まさか、我の魔法が──グワアアアアアアア!!」


 翠光色の一撃が暗黒の壁を裂き、悪の魔術師を切り裂いた。


 トーキョーシティを恐怖のどん底に沈めていた邪教組織ダーク・ネフィリムの大幹部、操魔獣師ガイザンがここに敗れたのだ。


 漆黒の血を流し、地面に伏しながらも轟然と顔を上げ、ガイザンは自らを討った相手を睨みつける。


 エメラルダ。

 翠界エネルギーの結晶『翠光石』を操る孤高の戦士。

 ダーク・ネフィリムの野望を何度も打ち砕いた“正義の味方”である。


 彼の活躍により、組織は大幹部である彼が主導しての一大作戦を展開せざるを得なくなり、それもこうして敗れた。


 もはや組織に後は無く、大首領グレイドンに命運を託すしかない。


(……だが)


 ガイザンは少ない命でエメラルダを屠ろうと考えてた。

 もはや身体は動かない、魔術も操れず、魔獣も全て倒された。

 しかし彼は仇敵を殺そうとしていたのだ。


「見事、エメラルダ。この我までも倒す、とは」


 最後の力を振り絞り、大首領への忠誠を賭けて。

 彼は唇を曲げて嗤った。


「……だが、この惨状は何だ?」


 エメラルダを嘲笑し、周囲を見渡した。

 彼らの周囲には炎と、魔獣の死体と、無数の壊れた立方体の水槽が散乱していた。


 水槽の中には腐敗した魔獣と、人間と、その中間の形をした遺骸が幾つも収められていた。


 操魔獣師ガイザン。

 彼の操る魔獣は、人を母体に生み出されていたものだった。


「成る程、我が魔獣が解き放たれていればシティの人間どもに甚大な被害が出ていただろう。だがな」


 燃え尽きる前の炎の如く、ガイザンは言葉の刃を鋭く構える。


「貴様はシティを守るために、この者達を見捨てた、否!」


 語気を強めて言い放つ。


「我が魔獣に作り変えた者、作り変える途中だった者達を、殺したのだぞ!!」


 エメラルダの心を殺すため、命の刃を振るった。

 正義を名乗る者が、罪なき命を奪った結果。

 この事実はエメラルダの心を殺す、そうでなくとも苛むに違いない。


 彼の心に突き立った棘は、やがて決起する大首領との戦いに作用するだろう。

 何故なら彼の生み出した魔獣の数体は、未だ大首領の手元に残っているのだ。魔獣が再びエメラルダと敵対した時、この正義の味方は躊躇わずに人間だった者を排除できるだろうか?


「何も言えまい、エメラルダ! 何が正義だ、この人殺しめが!!」


 自らの卑劣さ、非道な行いを棚に上げてガイザンは仇敵を非難する。

 エメラルダの心を抉り、戦えなくするために。


「貴様の見捨てた者達の前で、言い訳できるものなら──」

「……まあ、そうだな」

「む?」


 彼の言葉の暴力に一切反論しなかったエメラルダが初めて口を開いた。

 第一声は短く、ガイザンはそこに含まれていた感情は読み取れなかったのだが


「運が悪かったとは思う」

「な……」


 酷薄とも言える言葉にガイザンは息を漏らした。

 しかし本当に彼が驚いたのは、さらに紡がれた次なる台詞だった。


「『正義』さんが来てくれていてば全員助かったかもしれないが、俺程度だから助からなかったんだ。可哀想に」


 そこにあるのは、自戒でも怒りでもなく、同情に近いが同情でもない。

 死に瀕したガイザンはエメラルダの発した言葉が理解できず、当然含まれた感情を読み取る事も出来なかった。


 仇敵から望んだ反応が得られず、意気を挫かれたガイザンは思わずうめく。


「お、お前は、何を……」

「だから『正義』さんなら悪を倒し、囚われた人を救い出し、大団円を迎えられただろうになって」

「せ、正義とは、お前の為すべき事、ではないのか……!!」


 穢れた血を吐き出しながら、理解できぬ仇敵の言葉に激昂するガイザン。

 そんな彼に向けられたのは


「いや、俺は『正義の味方』だから」

「な、なに……?」


 ガイザンは言い知れぬ恐怖に包まれる。

 ついぞ今まで戦っていた憎っくき敵、殺しても飽き足らぬエメラルダ。

 決して分かり合えない憎悪すべき敵が、本当に分かり合えない相手だった。

 彼が何を言っているのか、まるで理解できないのだ。


 恐れと戸惑いに揺れるガイザンの瞳に、エメラルダは


「ああ、ひょっとしてお前も誤解してるクチかい? いいさ、冥土の土産に説明してやるとしよう」


 肩をすくめて、それでも言葉を続けた。


「お前でも時代劇を観たり、時代小説を読んだ事くらいはあるだろう」

「……時代、劇?」

「勧善懲悪物が分かりやすいんだが、それらに登場する主人公は強く、賢く、決して間違えず正しい行いをする。強きを挫き弱きを助ける」


 強い憧れを感じさせる口調でエメラルダは


「まさに『正義』、正義を行う者達」

「……」


 物語のテンプレート、ありがちな設定のひとつを語られてもガイザンの困惑は解けない。まさか『正義』とは現実には存在しないとでも言うのか。

 しかし、


「そんな正義を行う者に感銘を受けて、たいして強くもない脇役が一方的に助太刀する事があるのさ。『拙者もお味方致すー!』ってな」


 エメラルダから漏れた笑いの気配。


「それが『正義』に味方する者、『正義の味方』さ」

「……は?」

「『正義の味方』は『正義』じゃないんだよ。当然さ、頼まれてもないのに『正義』さんに味方する事を決めた脇役、端役なんだから。『正義』さんと同一視されるなんておこがましい」

「な、な……!?」


 正義の味方とは、すなわち『正義』というものに味方すると公言し行動している者に過ぎない。


「『正義の味方』。この表現が『正義の使者』や『正義の化身』、『正義の代行者』なんて言い方より一般的なのはどうしてだと思う? みんな分かっているんだよ、自分が『正義』さんを名乗る器なんかじゃないってな」


 エメラルダの物言いにガイザンは慄然とした。

 自らを倒した者が自らを端役と称する、それも誇らしさなど微塵もなく。


「『正義』の主人公は最終的に諸悪の根源たる『巨悪』と戦って勝利、世の中に平和をもたらすんだが、そんな過程で『正義に味方することにした脇役』はどの程度の事をしてると思う?」


 敵だった魔術師の様子を気にもかけず、エメラルダは己の主観を語り続ける。


「時代劇でいえば主人公の立ち回りをカメラが映す中、画面から見切れるかどうかのところで手下と切り結んでるのが映れば快挙、小説なら描写される事があるのやら……その程度だよ」


 そしてその役割はほとんどの場合、大勢に影響せず。

 悪の親玉を討つ事など有り得ない。


「だから『正義の味方』の担当箇所は、結果がどうあれ『正義』さんの立ち向かうべき『巨悪』からすれば左程の意味は無い」

「お。おお……こんな、こんな……」


 命が途切れる寸前のガイザンが苦鳴を漏らす。


「この世界の、宇宙のどこかで『正義』さんは全宇宙を滅ぼそうとしている『巨悪』と戦っているのかもしれない」


 それは彼が『正義の味方』に敗れた無念からではない。


「それに比べると、『正義』さんを中心とした枠組みの外、宇宙から見れば小さな惑星の小さな島国、そのごく一部でしかないシティで俺たちの重ねた勝敗や行動結果なんて実にちっぽけなもので」


 彼を倒した敵の有り方と、その人間性によるものだ。


「『正義』さんの関わる範囲じゃないんだ、『正義』さんの看板に傷はつかないだろ」


 エメラルダは最後の言葉を口にする。


「それでもこのシティが『正義』さんが来てくれるような重要な区域だったなら、犠牲者たちも救われただろうに。その意味では運が無かったよ」


 彼が示した感情は同情ではない。

 彼の言う『正義』を為す存在に救われず、自分程度に受け持たれた事で救われる機会を得られなかった犠牲者を哀れんでいる。

 それは憐憫の感情だった。


「どうかな、ガイザン。俺たちは所詮『正義』という素晴らしいお方に憧れ、勝手にお味方しているつもりになっている有象無象。だから──」


 視線の先で魔術師が既に物言わぬ躯となった事に気付き、エメラルダはもう一度肩をすくめ、


「だから『』の『』と言うのだよ」


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