第5話 終わり ― Ende《エンデ》 ―
「――――――本当に行ってしまわれるのですか?」
晴れやかな灰の空の下、気落ちする様に暗い顔をするアルメリアの声がもの寂しく響く。
「……すみません、本当は城壁の修復や町の復興作業を手伝わないといけないに」
ノエルは申し訳なさに眉を顰めるが、大きな深紅の瞳には揺るがない意志が宿っていた。
襲撃の夜から三日過ぎた頃。未だ戦いの深い爪痕が残ってはいたが、多くの住民や兵士達がそれぞれの役割分担を決め、団結して復興作業に汗を流している。
ノエルとアルメリア、そしてツァイトの三人が佇むのは城下町の西口――――西の城門を抜け、西の町へ連なる街道前。
そしてノエルは麻色の外套に身を包み、背には数日分の生活用品と食料を詰め込んだ身の丈半分程の大きなバックを背負い、左手には太刀袋に包まれた自分専用に打ってくれた太刀を握りしめ、旅支度を済ませていた。
「その、助け出してくれた事や襲撃の一件では大変ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
ここ数日の生活や襲撃の件へ謝意を込め頭を下げるノエル。
そんなノエルへ気さくな笑顔でツァイトが声を掛け、
「別に気にしにさんな。こっちこそ俺が留守の間に色々と世話になっちまったしな……コイツ共々町の奴等護ってくれてありがとうな」
隣で沈んだ表情を浮かべるアルメリアの頭にポンポンッと手を置いた。
「んで、ひとまずはこの国を回ってみるのか?」
「はい。少しでもこの国や《冥界》の事を知りたいので、この国を周り終わったら他の国へも行こうと思っています」
ノエルはツァイトへ言葉を返しつつ、灰の空に燦々と輝く一対の太陽を目を細め見上げる。
「行く先々で一つでも多くのものを見て、知って、感じて……今すぐは無理でもいつか《人間界》と《冥界》、二つの世界が共存できる方法を自分なりに見つけてみたいんです」
そう言ってノエルは視線をアルメリアとツァイトへ戻し。
「本当に今まで大変お世話になりました。アルさんや国王様、どうか――――」
――――お元気で、と言葉を添えようとした所でアルメリアが意を決した様にグイッ!! と、ノエルの顔を覗き込む様に歩み寄った。
「その旅、私もお手伝い致しますっ!!」
「……へっ?」
突然の同行宣言にノエルは一瞬思考が止まるが、アルメリアの真剣な表情にハッと首と両手をブルブル振った。
「いいえっ!! アルさんにそこまでして頂く訳には」
「大丈夫ですっ!! 私がノエル様のお手伝いをしたいだけですのでっ!!」
「そ、そう言うわけではなくてですね……」
固い決意の表れか、形の良い眉をハの字にしジッと真っ直ぐ見つめてくるアルメリアにノエルは助け船を求め、ツァイトへ視線を流す。
ツァイトはその視線にニカッ!! と歯切れの良い笑顔を見せ、
「別に良いんじゃねぇか? アルメリア本人がやりたいっていってんだし」
「国王様までっ!?」
予想外の言葉にギョッとするノエルと父の援護射撃にパァッ!! と笑顔を輝かせるアルメリア。
異論アリアリと曇った表情で見上げるノエルにツァイトは胸の前で腕を組み、右手の人差し指を一本立てる。
「別に考え無しで言ってる訳じゃねぇぞ? お前さんはこっちの事なんか全然知らねぇんだ。一人くらいはこっちに詳しい奴が必要だろ」
「そ、それはそうですが…………いつ終わるかもわからない旅に一国のお姫様を連れて行くなんて…………」
「そこは全然問題ないぞ」
やんわりと遠慮を口にするノエルへ、さも日常茶飯事だという様にツァイトは軽く応え、
「コイツにとってもお前さんとの旅は色々と見聞を広める為には必要な事だろうし、身の回りの世話をしながらなら花嫁修業にもなるだろ。まっ、少し長い婚前旅行と思えばいんだ。それに世界中を回るっていっても気が向いた時には帰ってくればいいんだしよ。なっ、
「そんな無責任な事を言わないでくだ……ん?」
突拍子もない単語が聞こえた気がして眉を寄せるノエル。
「あ、あの……婚前旅行って? それに僕の事を
「婿殿はアルの話を聞いたんだろ?」
「アルさんの話って…………っ!?」
どこか悪戯っ子のようなツァイトの笑みと言葉に不意討ちの如く溢れ出る記憶。
(確か、あの時アルさんが…………)
それは数日前、襲撃間際のテラスでの会話――――――
「――――――私は人と【魔族】が手を取り合い、共に歩んでいける事を証明してみせます」
「……どう、やって?」
「命が尽き果て、この身が朽ち果てるまで貴方様と隣で共に歩み続ける事で」
「僕と、一緒に…………?」
「はい。きっとそれが人と【魔族】の架け橋――――『共存』への切っ掛けになると……私は信じています。あとはノエル様のお気持ち次第なのですけれど――――――」
と、頬を赤らめ気恥ずかしそうに照れ笑いしていたアルメリアが脳裏に浮かんだ瞬間――――――ボンッ!! と爆発音にも似た音を発てながら湯気を昇らせ、顔を茹で蛸の様に赤らめるノエル。
「アルの願いを護って戦ってくれたんだ。俺はそういう事だと思ってたんだが?」
と、より一層弄り倒したいの我慢している様な笑みを浮かべるツァイト。
「城下の連中も自分達を護ってくれた恩人が相手だ、それなりに歓迎してくれると思うぜ」
「い、ぁ………そ、のっ」
あまりの動揺に唇が震え上手く言葉が出なかったが、なけなしの気力でアルメリアへ視線を戻し。
「もっ、もももっもしかして……あ、あの時のって」
今にも倒れてしまいそうな程茹であがったノエルの問いに、アルメリアは気を落ち着ける様にコホンッと小さく咳払いし、姿勢をスッと正し手を前に組む。
そして女神さえ嫉妬するその美貌をノエルに負けじと赤らめつつも、真摯さを込めて告げる。
「不束者ですが、よろしくお願い致しますね――――旦那様」
それは十二年前、ノエルに救って貰ったあの日から慕い、募らせ、想い続けてきた少女の純真無垢な想い。
その想いにノエルは羞恥と驚愕に目が飛び出る程見開き、
「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
体の奥から溢れ出る感情をありのまま叫んだ。
こうして一人の少年の長い長い幕間劇は終わりを告げ、新しい物語の幕が上がる。
今度の物語は一人ではなく二人。
人間の少年と【魔族】の少女――――――二人の物語は今始まったばかりだ。
Fin
冥府魔導のルシフェリア りくつきあまね @rikutukiamane
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