冥府魔導のルシフェリア
りくつきあまね
第1話 始まり ― Anfang《アンファング》 ―
――――――【英雄】になる事を望まれた少年がいた。
広大な海に転々と浮かぶように形成された大小様々な七つの陸地で形成され、人と【聖霊】が共存し『魔導術』という事象を操る術が存在する世界。
数ある国の中で最大の列強国と言われるアリアンス公国――――――その辺境の小さな村で産まれた一人の少年。
少年の両親は共に軍属であり、七歳の頃に【魔族】と称される異界の化物達との戦いで命を落とした。
他に身よりの無かった少年は父の友人であり、剣の師でもあった男に引き取られ三年。魔導術の素質こそなかったものの類い希な剣の才能と膨大な生命導力――――【魔力】を有し、熾烈を極める鍛錬とたゆまぬ努力の末、公国史上最年少の十歳という異例の若さで軍に入隊。そして一年経つ頃には所属していた騎士団の中で騎士団長の師に次ぐ実力を身につけていた。
それと時を同じくして限られた者にしか扱えない武具の主となり、その功績から副騎士団長へと昇格。
文字通り、国の未来を担う次代の騎士として多くの者から信頼と期待を寄せられ、少年自身その想いに応えたいと思っていた――――
――――――――人の暗く深い業と自分の犯した過ちを知るまでは。
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人里から遠く離れ、人の生む喧噪とは無縁の静寂に満たされた山林。
天高くから降り注ぐ陽光を受け幾千の木々が高く立ち、まるで空からの恩恵を取りこぼすまいと深く重なる枝と葉の屋根。
その深緑の屋根の隙間からは僅かばかり光が零れ、弱々しい明かりを飲み込むように薄暗い林の中。
「――――――我々を裏切るつもりか?」
冷厳に研ぎ澄まされた声が静寂を斬り、
「……いえ、そんなつもりはありません」
それに気圧されながらも懸命に自らの意志を示す幼く弱い声。
幾つも並ぶ立つ木々の中。ひときわ大きな巨木を囲むようにおよそ二百人の甲冑姿の兵が展開。それぞれが剣や槍、弓といった武器を油断なく構え、巨木の元で相対するする三つの人影――――正確には一人の少年の動向に全神経を集中させていた。
大勢の兵の瞳に映るのは艶やかな黒髪を短いポニーテールに纏め、焦茶色の半袖と白のスラックスに黒いブーツ姿の少年。
顔立ちは子供特有の柔らかさと愛らしいが同居し、髪型の所為か見る者によっては可愛らしい少女にも見える。が、そんな愛らしい容姿とは裏腹に腰元には不釣り合いな革製のホルスターが巻かれ、一振りの太刀が納められていた。
少年の名はノエル=レーヴェンハイト。歳は十一、職業【騎士】だ。
「…………………」
ノエルは緊張に研ぎ澄まされた視線で正面――――数メートル程離れた場所に佇む初老の男を見据える。
白髪交じりの少し長めの黒髪に刃のように研ぎ澄まされた切れ長の瞳。荘厳さに固く結ばれた唇とそれを僅かばかり飾るように伸びた顎髭。
高潔さと気品を形にした純白の軍服に包まれた長身は一切の妥協無く鍛え上げられ、腰元には蒼の宝珠を鍔元に埋め込んだ太刀を下げた男――――――スコール=アランサード。
幼い頃、【魔族】と戦いで両親と死別し、身寄りのない自分を育ててくれた恩人であり、剣の師でもある男。
スコールは仕切り直すように小さく息を付き、右手を突き付けるように差し出す。
「ノエル、その娘をこちらの渡せ」
「……それはお断りします」
師の言葉にノエルは静かに首を横に振り、注意をスコールに向けたまま背後を見やる。
緊張に強張った瞳に映るのは怯える子猫のように縮こまり、自分の背に縋り付くように隠れている一人の幼い少女。
背丈でいえば五、六歳。淡いピンクを基調とした襟元から袖口、スカートの袖とふんだんにフリルをあしらった愛らしいロングドレス姿で、腰元まで伸びる淡い煌めきを放つ銀髪に紅蓮を思わせる丸く大きな真紅の瞳。
スッと通る鼻梁にぷっくりと柔らかで血色の良い唇。それらが一切の妥協無く清廉さを称え築いた顔立ちは年相応の幼さはあるものの、見る者全てに可憐な未来の展望を確信させる。
が、それら全てを押しのけて目を引くのが美しい銀髪を貫き伸びる長く尖った耳と、その上には天を衝く一対の漆黒の角があった。
「ノエル、その娘が【魔族】だという事は理解しているな?」
スコールはノエルの正気と認識を確かめる様に告げ、その問いにノエルの脳裏に知識が奔った。
人間が住む《人間界》とは異なる次元に存在する《冥界》の住人――――――【魔族】。
人に似た姿を持つ者をはじめ、狼や牛の姿をした獣人やスライムといった液状型の魔物。異形の巨人や天を馳せる竜と多種多様な種族で、中には人の血肉や魂を糧にする者。中には人間同様【聖霊】を使役し魔導術を扱う者や、ごく一部ではあるが【聖霊】よりも高位の種として存在する者もいる。
人間と【魔族】。互いに歴史は古く、何千年という長い時を争い続けてきた。それこそ何故争いが起きてしまったのか、明確な原因がわからない程に。
現在、争いの火種としてあるのは主に【魔族】側の人間の捕食だ。
その数はおよそ一年に数百から数千。大きな戦があれば数万は下らない人間が暴食されている。
その為、《人間界》において【魔族】は天敵であると同時に殲滅対象でもある。それが例え生まれたての赤子であってもだ。
「……それはわかっています。でも【魔族】だからってこんな小さな子供まで殺す事なんて無いはずです!! だからお願いですっ、この子を見逃してあげて下さいっ!!」
「駄目だ」
スコールはノエルの懇願に何の迷いもなく返答し、
「今は幼いとはいえ【魔族】。今はそうでなくともいずれ相まみえる敵、故に唯一の例外無く排除する」
静かに太刀の柄に右手を添える。
「っ!?」
瞬間。ノエルは鞘を握りしめていた左手の親指で太刀の鍔をカチッと弾き上げ、周囲の深い茂みへ視線を奔らせる。
自分と少女を逃すまいと大勢の血気荒ぶる甲冑姿の兵士がその両脚に力を込め、ノエルはわかっていた事だとはいえ、交渉の破断に奥歯をギリッと噛みしめる。
苦渋に表情を歪めるノエルを余所にスコールは何の躊躇いもなく太刀を抜き放ち、
「もう一度言う。その娘をこちらに渡せ」
「できませんっ!!」
「…………ならばお前事、その娘を捕らえるだけだ」
その鋭い切っ先をノエルへ向ける。
「――――全兵、突撃」
冷徹さだけを込めた号令が下ると同時。ノエル達を取り囲んでいた兵士達は怒号の如き雄叫びを上げながら進軍する。
「クッ!!」
――――――全方位同時の接敵。
ノエルは慈悲無き師の答えに悲しみに表情が崩れかけるが、それを振り切るように少女の手を払い、正面から迫っていた数十人の兵士達との間合いを一足で詰める。
『――――ッ!?』
自分達の反応速度を易々と踏み越え、眼前に現れるノエルに兵士達は驚愕に一瞬揺らぎ、ノエルは意を決し愛刀を抜き放つ。
瞬きにすら許されない高速の抜刀。それと共に紫電が奔り、地面が爆ぜ、兵士達を土砂事と吹き飛ばす。
魔導術こそ使えないものの、本来【聖霊】に譲渡する膨大な【魔力】――――それを体と太刀に付加することで爆発的な身体能力と強固な物質強化を可能とする強化術。
その術と並の騎士を易々と越える技量によって起きた馬鹿げた光景。更には場を満たす土煙によって迫っていた兵士達に隙が生まれ、即座に体を反転させるノエル。
状況に付いていけず立ちすくんでいた少女を左手で抱き上げ、
「ごめんっ、しっかり掴まってて!!」
「ぁっ!?」
そう言ってノエルは答えを待つことなく、土煙に紛れ兵士達の間を一気に駆け抜ける。
(今のうちにできるだけ遠くへ!!)
ばらつきはあるが陽光を遮るように密に立つ並ぶ巨木、土を飲み込むように伸び散らかした雑草と朽ち落ちた枝の数々。およそ道らしい道など無い鬱蒼とした山中を全力で駆けながら、自分達の置かれた状況を整理するノエル。
今回、除けば鍛錬を目的とした遠征隊に招集された兵の数は、先程交戦した兵およそ二百名。そしてあの場から少しばかり離れた宿営地に常駐している残りの兵を合わせれば全部で五百。自分対兵士五百という構図だ。
自分は他の兵達のように多くの魔導術を使えるわけではないが、師から叩き込まれた剣術と身体と物質強化の魔力制御だけでも充分渡り合え、この少女を逃がす事はできる。
だが、ただ一人の『規格外』の敵――――アリアンス公国最強にして《剣聖》の二つ名を冠するスコールがいるだけで可能性すら消えてしまいそうな程に困難と言える。
(モタモタしていたら師匠に追いつかれる……それに戦いになれば勝ち目なんてない)
一刻の猶予もない厳しい状況にノエルは少女に視線を落とし、できるだけ恐怖心を煽らないように優しい声音で問い掛ける。
「ねぇ、君。
「う、ううん……私一人」
「君一人って……もしかして異界転移の魔導術が使えるの?」
「っ……う、うん」
少女は突然の問いに驚いたのか僅かに体を震わせたが、焦りの滲んだノエルの表情に迷い無く答え、そっと首元の真紅の宝石をあしらったブローチにそっと手を添えた。
「このブローチに術式が組み込んであるから……」
「っ!?」
その答えにノエルの瞳が驚きに大きく見開かれ、少女とブローチを交互に見やる。
現在、自分が知りうる限りの魔導術の中で空間操作系――――それも世界を跨ぐ転移魔導術は最高難度。自国の優秀だとか天才だとか呼ばれている名のある魔導師達ですら扱える者はいなく、人の長い歴史の中でも片手あれば足りる程の人間しか習得できなかった。
何故【魔族】側は自在に行き来できていたのか不思議だったが、ブローチに魔導術そのものを組み込んだりできる辺り、この分野に関してはあちらが数段上をいっているらしい。
ノエルは【魔族】の技量に感心と不安を募らせるも、気を仕切り直すように首を横に振り、
「なら、すぐに魔導術を」
「だ、駄目なのっ!!」
「えっ?」
申し訳なさに眉を寄せ、涙を浮かべながら言葉を遮る少女。
「ま、まだ上手く魔力制御ができないの……《人間界》に来ちゃったのも術の練習をしてた時に失敗して…………」
「それで軍の宿営地に……?」
困惑半分納得半分といったノエルに少女は顔を伏せるように頷き、自らが風を切り、地を蹴る音だけが響く。
それからノエルは口を真一文字に結び、他に現状を打開する策はないかと頭をフル回転させようとして、先程の少女の言葉が脳裏に張り付いた。
「……さっきブローチに術式が組んであるって言ったけど、君以外でも使えるの?」
「た、多分。その、魔力制御がきちんとできれば……」
「……よし、それなら」
確定ではないが少女の答えにノエルが僅かな希望を見出すと、それを肯定するように陽光が降り注ぎ、巨木に囲まれたただっ広い野原地帯に出る。
するとノエルは雑草を舞い散らせ、地に二本線を刻みながら急停止。野原の中央で少女をそっと地面に立たせ、目線を合わせる為に膝をつき、真紅のブローチへそっと触れる。
「魔力制御は僕に任せて、君は詠唱をお願いっ!!」
「わ、わかりましたっ!!」
未だ表情を緊張に強張らせていた少女だったが、ノエルの声に背中を押されるように決意に満ちた瞳で頷く。
それをノエルが見届けると同時。
ブローチに触れていたノエルの指先にヂヂッ!! と小さな紫電が瞬き――――瞬間、少女を起点に地面に紅の閃光が四方に奔り、巨大な術式陣が浮かび上がる。
「――――境界を統べる姿無き門の王よ」
少女はギュッと目を閉じ詠唱を開始し、周囲の空間を押しのける様にノエルの魔力が膨れ上がる。
「汝、我が命に従い、世界の導を指し示し――――」
「――――クッ!!」
詠唱が進むにつれ、体に深くのしかかる疲労感にノエルの表情が軋む。
(最上級だっていうのはわかっていたけど、こんなに魔力を持っていかれるなんて!!)
そしてソレを発動させる為の魔力制御に至っては自分が扱う肉体強化の比にならないほどの精度を要求されている。それこそ少しでも意識を逸らせば制御している膨大な魔力が暴走、爆発してしまう。
「も、もう……少し……っ!!」
ノエルは体の奥で膨れ上がる疲労感を噛み殺し、全神経を研ぎ澄ませる。
少女も祈るように詠唱を唱え、自分が帰るべき世界の姿を思い描く。
「――――境界を裂き、姿成せっ!!」
詠唱の終わり。二人の願いに応えるように少女の背後の空間が目映い白色の光を放ち、空間が大きく渦を巻く。
二人の視線が空間の捻れへと移り、
「こ、これは……境界の門?」
「うんっ!!」
「なら、はやく中へ……」
――――――――――――ゾクッ!!
「っ!?」
ノエルは背を両断する凄まじい殺気に咄嗟に少女を背に庇い、
「……そこまでだ」
鋭く研がれた冷徹な瞳を二人に向け、右手に太刀を携え歩み寄って来るスコールに苦渋と恐怖で表情が歪ませるノエルと少女。
「…………もう少しだったのに」
「再三の命令違反に【魔族】逃亡の補助、ソレに付け加えて兵士達への暴行。本来であれは死罪に値するが…………今ならばこれまでの功績を考慮して罪には問わん。ノエル、貴様も女王の【騎士】であるならば……今すぐその娘を渡せ」
「………………ッ」
ノエルは要求に無言で返し、弟子の返答に哀愁と落胆混じりの深い溜息をつき、
「…………馬鹿弟子が」
その刹那、急激に膨れ上がったスコールの魔力が凄絶な雷光として具現。
地を砕き、大気を裂く雷光はレーラーへ忠誠を示すようにその身へ収束し、携えた太刀に纏い輝く。
戦闘態勢に入った師の姿にノエルは少女を門へ押す出すように一歩下がり、レーラーに届かぬ小さな声で告げる。
「…………此処は僕が何とかするから、君ははやく門へ」
「……えっ?」
少女は思いもしなかった言葉に大きな瞳を更に開き、ノエルを止めようと太刀を握る腕をとって。
「だ、駄目っ!! それじゃお兄ちゃんが――――」
「――――大丈夫」
ノエルはそう言って少女の手を静かに解き、
「こう見えてもお兄ちゃん、結構強いから」
不安や焦り、恐怖に凍えた少女を温かく包み込むように微笑んだ。
それはおよそ敵と定めた相手に向けられる事など無い慈愛にも似た優しい笑み。
自分の瞳に映るノエルの笑みを少女は声を忘れたように見つめ、
「だから君は……っ!?」
門を潜るよう催促しようとした瞬間――――それを断ち切らんと一瞬一足で間合いを詰め、迷い無く太刀を振り下ろすスコール。
その刹那、ノエルは少女を門へと突き飛ばし、
「行ってっ!!」
「っ!?」
頭上に迫る太刀を受け止め、その一撃の重さと衝撃に地が大きく陥没する。
「ぐぅっ!!」
「おっ、おにいちゃ……っ」
突き飛ばされた少女はノエルへ必死に手を伸ばすが空間の捻れ――――境界の門へ飲み込まれるように消え、その様子にノエルは額に汗を滲ませつつも微笑み、すぐに引き締める。
(転移魔導術が僕の知っている通りのものなら、ねじ曲げた異空間を修復して門が消えるまで少しだけ時間が掛かるはず…………それまで時間を稼がないとっ!!)
「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ノエルは受け止めた太刀事レーラーを弾き飛ばし、
「むっ!?」
「ここから先には行かせませんっ!!」
その言葉を火蓋に、持ちうる全ての魔力を肉体と太刀に収束――――戦闘態勢へと移行。
ノエルは即座にスコールの懐へ踏み込み、渾身の力で太刀を横凪に斬り払い、斬撃の軌跡をなぞるように大地が吹き飛ぶ。
が、幾十の飛礫と分厚い土砂の壁は雷光一閃。真っ二つに両断され、スコールの鋭い眼光がノエルを捉え、瞬きすら鈍重と雷光を纏った太刀が奔る。
目、肩、腕、足とこちらの行動を身動きを封じる様に繰り出される斬撃の弾幕。
息すら付く事を許されない斬撃の嵐を太刀で受け、捌き、それでも間に合わないものは躱していくノエル。だが、防ぎきれない斬撃で浅くも全身に裂傷が刻まれ、次第にノエルの体が朱に染まっていく。
数え切れない剣戟の音と火花が場に咲き、ソレが散る度に余波で野原や周囲の林が斬り飛ばされ、ものの数十秒で無惨な荒野と化す。
それから幾度の紫電と雷光の剣戟が散り、
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
獣の如き咆哮を上げ、渾身の一撃を放つ二人。
そして二振りの太刀が斬り結び、二人の周囲を紫電と雷鳴が容赦なく蹂躙し、轟音と共に地が砕け散る。
それから鍔競り合いへともつれ込み、剣戟の嵐が止むとソレを幕引きに境界の門が紅い光の粒子となって消え散った。
門の消失を見届けたノエルは心の中で安堵の息を付くと、スコールは後方へ跳躍。ノエルと間合いをとり、感情を殺した声音で呟いた。
「逃がしたか………まぁ、いい」
その言葉を聞いた瞬間、ノエルの全身を強烈な怖気が貫き、どっと汗が吹き出す。
ソレを引き金に周囲に満ちるのは感情を斬殺する、圧倒的なまでに研ぎ澄まされた冷徹な魔力。
「せめてお前を捕らえ、この一件を収めるとしよう」
ノエルを映す瞳には弟子に向ける情など無く、ただ敵を討つといった冷淡な光が宿り、
「敵を裂き射貫け――――――【
主の意志に呼応し、鍔元に施された蒼の宝珠が光り輝く。
そして宝珠の輝きがその形を変え、場を満たすのは蒼の光を放つ幾千の剣。
その神々しくも冷然とした光景に苦渋の表情を浮かべるノエル。
(――――――これは師匠の【
――――――【冥具】。それは人間が【魔族】へ対抗する為に作りだした魔導武具。
その製法は公国及び周辺他国共に秘匿され、女王を筆頭に軍の最高幹部級、そして【冥具】開発に携わる魔導師といった一部の人間のみに開示されている。
スコールの【
単純な力ではあるが更に付け加えて《剣聖》と謳われる剣の技量と、ノエルを上回る魔力の最大容量とその制御精度――――残る強化術ですらおよそ追い縋るのがやっとのレベル。
万に一つの勝ち目もない戦い。
ノエルもそれを痛感しているのか、頬には血混じりの汗が幾重も伝い、表情は更に険しいものになっていく。
今の状況では投降したところで死罪。そもそも、投降するつもりもないこの現状。
(一体、どうすれば此処を切り抜けられる?)
どうしようもない状況に逡巡するノエルへスコールは最後の手向けの様に告げ、
「ノエル、お前も【冥具】を解放しろ。そうすれば私に勝つ事も、この場を離脱する事も可能になるだろう」
「嫌です」
一瞬の躊躇いも迷いもない即答で返すノエル。
ノエルは静かに腰だめに太刀を構え、悲痛に歪み今にも崩れてしまいそうな表情で言葉を紡ぐ――――――それはまるでここにはいない誰かへの贖罪の様に。
「師匠も知っていますよね、僕の【冥具】がどんなものか」
「あぁ」
「……だから僕はもう【冥具】は使わないって決めたんです」
悲痛まみれでありながら決して揺らぐ事のない決意。
スコールはは自らの命を天秤に掛け、迷わず拒絶を示したノエルに一瞬ではあるが哀愁に眉を寄せ、
「それならばそれで構わん。どちらにせよお前は此処で捕らえる――――全力で抗ってみせろ」
仕切り直すように構え直す。
その姿にノエルもこれ以上の言葉は無意味と察し、全神経を研ぎ澄ませる。
「…………………」
「…………………」
そこから僅か数秒の重い沈黙が流れ、それを破るように紫電と雷光が大地を砕き、二人の影が交錯する。
鮮烈な閃光と轟音は日が三度傾くまで世界を蹂躙し。
この瞬間――――【英雄】になる事を望まれた少年の物語は幕が降ろされた。
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