第3話 襲撃 ― Überfall《シユトゥールム》 ―




 喧噪響く灰の空と世界を照らす一対の太陽が、対極であり隣人でもある月へ座を渡し静寂に満ちた小夜に染まる頃。

 広大な白の一角、そのただっ広いテラスで手すりに両腕を組み体を預け、穏やかな明かりを灯す城下町を眺めるノエル。


「今日は少し疲れたなぁ…………」


 と、程よい疲労感が染みる体を労う様に両腕に顔を埋めた。

 言葉通り、体も正直で心地良い睡魔が込み上げてくる程に疲労にこなれている。が、それでも真夜中に差し掛かっても目が冴え、眠気など微塵も感じない。


 牢獄からいきなり初めての世界に、見知らぬ場所、慣れない日常に連れてこられ知らず知らずの内に神経が高ぶっているのかもしれない。

 その昂ぶりを冷ます様にそよ風が吹き、月明かりに照らされた白髪が静かになびく。


「………………」


 そっと目を閉じ浮かんでくるのは――――――城下町に溢れていた住人達の笑顔。

 それは自分が【騎士】として【人間界】で護ってきたものと何ら変わらない尊いもの。


 その眩しさから逃げる様にノエルは目を開けるが、

「……こっちの人達は知ってるのかな。【冥具】がどうやって造られているのか」

それと同時に心の奥に押し込めていた忌まわしい記憶が溢れ出した。


††††††††††††††††††††††††††


 ――――――ノエルがアルメリアを救う数日前。




「師匠っ!! 【冥具】は【魔族】の体と魂を元にして造ってるって、本当なんですかっ!?」」


 荘厳と気品。その二つを象徴する様に穢れ無き白で統一された城内の廊下に、そこを歩くスコールへ荒ぶる声音が投げつけられる。

 驚愕、疑問、憤怒、悲哀、否定といった様々な感情に険しい表情でスコールを見つめるノエル。


 スコールは背に受けた激昂に顔だけ振り返り、とるに足りないと無表情で答え、


「本当だ。だが、それがどうしたというのだ?」

「どうしたってっ………師匠はこんな事が許されると思っているんですかっ!?」

  

あまりにも冷徹な物言いにノエルは一瞬言葉を詰まらせた。が、それを跳ね飛ばす様に激しい感情が突き上げる。


「人を殺した者ならいざ知らず、戦えない女性や子供まで犠牲にするなんて……」

「害の有無に関係なく奴等は敵だ。なんの問題もあるまい」

「も、問題ないって……そんなっ!? 師匠は本当に正しい事だと思って――――」

「――くどいぞ、ノエル」


 スコールは怒りとは違う冷たい感情に瞳を研ぎ、平坦でありながらどこまでも暴力的な言葉を吐く。


「先程も言ったが私にとって【魔族】は敵だ。ソレをどう扱うかの善悪の区別など大した問題ではない」

「なっ!?」

「私にとって最も重要なのはこの国に住まう民、そして女王とその血族を護る事だ。ソレこそが公国の【騎士】たる我等の勤めであり『正義』だ」


 スコールは自身の答えに呆然とするノエルから視線を切り、


「たかだか一時の感情に流されて甘い戯れ言を吐くだけなら誰にでもできる。我等、公国の在り方が間違いだというのなら、お前のいう『正しさ』とやらを示して見せろ。できぬのであればそれはただの子供の癇癪、すぐに棄ててしまえ」


冷然と自身の有り様を進むスコール。

 どこまでも正しく、どこまでも事実で、どこまでも暴力的な答え。


「……………………」


 ノエルはスコールへ言葉を返す事ができず、ただ認めたくない自分の脆弱さに去っていくスコールの背を見送る事しかできなかった。




††††††††††††††††††††††††††


「――――僕自身の『正しさ』か」


 ノエルはあの日からずっと自分に問い続けてきたもの。

 それこそ実験のために生かされた三年間、ずっと考えて考えて考えて、考え抜いても出なかった答え。


「そもそも沢山【魔族】を殺めてしまった僕に『正しさ』なんてあるのな…………」


 どれだけ考えても出ない答えに、答えを出せない自分の脆弱さに折れる様に顔を埋めるノエル。

 それから牢獄と同じく冷たい暗闇の中でただひたすらに問い続け、


「ノエル様、こちらにいらっしゃったのですね」


不意に背後から掛けられた涼しげで清廉な声にノエルはバッと顔を上げる。

 そして聞き慣れはじめた声の主へ言葉を返そうと振り返り、


「アルさっ……んっ!?」


月明かりに照らされたアルメリアの姿にズドンッ!! 脳みそを殴打された。


 性に関係なく見る者全てを魅了する肉感に、月夜に煌めく流麗な長い銀髪。健やかに育ったたわやかな双丘、しなやかにくびれた腰、スラリと長い脚。

 この場にいさえすれば美の女神ですら五体投地し羨む黄金比を包むのは、扇情的な赤と黒のネグリジェ。

 自分の着ているパジャマとは桁違いな肌色の多さにノエルは頬、というか顔全体がゆだるのを感じる。


「お部屋にいらっしゃらなかったので探したんですよ。城内とはいえ出歩く際はお声を……あら? 顔が赤いようですが熱でも……」


 安堵から僅かばかりの憂慮が滲み、アルメリアはそっとノエルの額に触れようと身を屈め、


「い、いえっ!! 全然大丈夫です!!」


無防備に迫る美貌と惜しむことなくさらけ出された魅惑の谷間を振り切る為、首をねじ切れんばかりの勢いで正面へ戻すノエル。

 ノエルの逃走にアルメリアは眉を顰めるが、ハリのある声音と動作の良さに口元を綻ばせた。


「それなら良いのですが、あまり無理はなさらないで下さいね? 体に毒ですから」


 その格好の方が目の毒ですからっ!! と反論したくなったが、アルメリアの気遣いと笑顔に煮詰まった精神力でなんとか堪え、


「…………は、はい」


か細くも、精一杯の一言を返す。

 未だに詰まり気味のノエルの隣へ寄り添う様に立つアルメリア。


「それにしても何故此処へ……クシュンッ」

「あっ、これを」


 比較的、温かい夜だったが露出度の高いネグリジェ姿ではさすがに肌寒く、可愛らしいくしゃみをするアルメリアの細い肩に羽織っていた薄手のカーディガンを掛けるノエル。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 ノエルの気遣い返しにアルメリアは掛けられたカーディガンを押さえ、頬をほんのり染めつつ告げ、またノエルも笑顔で応える。

 それから数秒の静かな時間が流れ、城下を見据えるノエルへアルメリアが言葉を掛ける。


「慣れない場所では眠れませんか?」

「それもあると思うんですけど……少し、考え事をしてて」

「考え事、ですか?」

「はい」


 ノエルは言葉を返しながら一対の満月を見上げ、


「僕なんかが此処に居ていいのかな、って…………」

「…………え?」


予想だにしなかった言葉に真紅の瞳を驚愕で満たすアルメリア。


「あなたもわかっているとは思いますが……僕は今まで大勢の【魔族】の人を殺めてきました。それこそどれだけ憎まれても憎まれ足りないくらい沢山…………」


 驚きに言葉がでないアルメリアへ、ノエルはまるで懺悔の様に心の有り体を晒していく。


「ただ目に映る人を、困っている人達を護りたくて【騎士】になったのに……僕がしてきた事はただの人殺し」


 親の敵というのも最初はあった。だが、自分が命を奪った【魔族】はソレとは何ら関係ない者で――――その事に気が付いた時にはもう、命を弄んでいる殺人鬼と変わらない血塗れ手の両手をしていた。


「剣を取って戦えば、敵である相手を切り伏せば護れるって………正しい事をしているんだって思ってた」


 だが、あの日――――師と対峙し、公国の『正しさ』を知った時。

 それはただの独りよがりだったのだと思い知らされた。正しいと信じ、敵対する者全てを殺め、血塗れで歩んできた道は――――――多くの命を糧に築いた偶像で、罪を誤魔化す為だけの建前。


「自分がしてる事の本当の意味を知らず、悪戯に命を奪ってしまった僕が……平気で人を殺せる冷たい人間の僕が此処に――――」

「――――そんな事はありませんっ!!」


 ノエルの自責を否定という熱で断ち切るアルメリア。

 熱い感情の籠った声にノエルは驚愕と戸惑いにアルメリアへ視線を移し、


「アル、さん……?」

「……確かに、貴方様は多くの【魔族】をその手にかけ、数えきれない憎しみも向けられていることでしょう」


アルメリアは高ぶった熱を抑えるように瞼を閉じ、そっと胸に手を置く。


「ですが、貴方様は敵であるはずの私を命がけで救ってくれました。ただ一方的な死を待つしかなかった私を……貴方様はご自分が思っているよりもずっと温かで優しい方です。だからこそ私はあの時、貴方様に救われた時に感じた」


 アルメリアはそっと瞼を開け、確信にも似た光を宿した紅き双眸をノエルへ向ける。


「私と貴方様……【魔族】と人間は共に手を取り合い生きていける、と」

「手を取り合って、って……」

「共存です」


 何の迷いもなく自信に満ちた言葉。その重く芯の通った響きにノエルの瞳が大きく揺れ、雷に打たれた様な強烈な衝撃が体を駆け巡る。


 人間と【魔族】。互いの歴史を『戦い』という忌まわしい鎖で繋がれた『共存』という言葉とは縁遠い種族。気の遠くなる程の長い時間を互いの血で染め、今もなお渇望し争い続けている二つの種族が『共存』という在り方を模索した事など歴史上一度たりともない。


 自分も洩れなくその部類だった――――例え、戦いが終わりを迎えたとしても互いに血で血を洗ってきた二種族に和解などあり得ない、と。

 それを目の前にいる【魔族】の少女は自信を持って言い切った。


「ぁ…………っ」


 あまりの驚きと衝撃に上手く言葉が出てこないノエル。

 アルメリアも自分の言葉の意味とその重みを理解してる為か、苦笑しつつも想いを紡いでいく。


「人間と【魔族】、その多くの方々がそんな事できるはずがないと思っているのは知っています。ですが、私にとってはそうではないのです」


 あの日、自分を救ってくれたノエルは《人間界》と《冥界》、二つの世界において進むべき道を示してくれたのだと。

 十二年前、幼かった自分へ向けられた笑顔。それは多分、今まで自分が生きてきた中で最も尊く、慈しみに溢れたもので――――争いという鎖で繋がれた世界に必要な物なのだと心の中で鮮明に息づいている。


「私は人と【魔族】が手を取り合い、共に歩んでいける事を証明してみせます」

「……どう、やって?」


 ノエルの驚愕と懐疑に揺れながら絞り出す問いに、アルメリアは決して揺るがない想いを宣言する。


「命が尽き果て、この身が朽ち果てるまで貴方様の隣で共に歩み続ける事で」

「僕と、一緒に…………?」

「はい。きっとそれが人と【魔族】の架け橋――――『共存』への切っ掛けになると……私は信じています」


 あとはノエル様のお気持ち次第なのですけれど……、と付け加え僅かばかり恥じらいと不安が入り交じった苦笑を見せるアルメリア。


「…………………」


(――――凄いなぁ)


 自分を含め世界中の誰もが夢見る事すらなかった儚く脆い夢。

 それを明確な道として示し、歩むと宣言した少女をノエルは眩しそうに眼を細め見つめた。


 時間軸の違いこそあれど自分が『正しさ《コタエ》』を出せないまま止まっていた間に、目の前の少女は二つの世界で最も険しく、儚く、尊い――――自分だけの『正しさ《コタエ》』を導き出した。


「………………」


 なのに自分は未だ何も見出せず、罪を償う事も、罰を受ける事もなく……ただ生きてるだけ。

 自らの『正しさ《コタエ》』を見出した者への羨望は、自身への失意へ変わり。


「……ノエル様?」


 唇を噛み俯いてしまうノエルへアルメリアが手を伸ばそうとした時。




 ――――――ドォンッ!! 



 と、平穏な静寂を無情な轟音が蹂躙する。


「っ!?」

「なっ!?」


 ノエルとアルメリアは轟音が鳴ると同時に視線を奔らせ、城下町の奥――――強固な城壁を粉々に吹き飛ばし燃え上がる爆炎に声を上げる。


「城壁がっ!?」

「襲撃っ!?」


 二人は手すりから身を乗り出し、立て続けに火柱と轟音に険しい表情を向ける。


「どうしていきなりっ!?」


 ノエルは轟音が途切れ、その度に聞こえる住人達の悲鳴に奥歯を噛みしめ、その隣ではアルメリアは思考を加速させる。


 現在、この国の国交状況下では周囲の国々において険悪な関係国や強襲を仕掛けてくる敵国もない。

 遠方の国という可能性も捨てきれないが、父であり国王でもあるツァイトは《冥界》においてその名と武勇を轟かせており、自国の存亡を掛けてまで攻撃を仕掛けてくる国々はまずないといっていい。

 とすれば考えられるのは一つ、《人間界》からの侵攻だ。


 その理由は恐らく――――――ノエルの奪還。


 敵である自分を助け罪人となった身とはいえ、あちら側にとっては貴重な戦力であり、どういった力は不明だがその身に宿した忌まわしき武具――――【冥具】の力を失うのは避けたいはず。


 と、思考を巡らせた所でソレを遮る様に地鳴り混じりの轟音が大気を薙ぐ。

 城壁の決壊と共に立ち昇る巨大な噴煙。その惨状が瞳に焼き付けられると同時。


「くっ!!」


 アルメリアは右手で指を弾き、足下に紅の導術陣が展開。目映い閃光がアルメリアを包み、光の拡散と共に白の軍装束を纏い漆黒の翼を羽ばたかせる。


「ノエル様はここにっ!! 私は城下の防衛に参ります!!」

「アルさんっ!! 僕も……っ!!」


 ノエルの申し出を断る様に翼を羽ばたかせ、一薙ぎで城下へと消えるアルメリア。


「アルさんっ!!」


 ノエルは焦燥を吐き出す様に叫び――――――



 ――――――ゾクッ!!



背筋に奔る恐怖にも似た強烈な寒気に、城下町のとは正反対。南の方角へ体の舵を切るノエル。


 背後にあるのは用意された寝室部屋とその居城。


「っ!!」


 ノエルは魔力を全身へ淀みなく高め、迷い無く跳躍。二段、三段と城の壁を駆け跳び、城の尾根――――頂上へと到着。


「この感じ……」


 尾根から城壁の向こうへ意識を飛ばす様に目を懲らし、深く茂った森の手前――――南口の詰め所から今度は全身に憶えのある苛烈な圧迫感に心が軋む。


(……師匠が来てるっ!!)


 異様ともいえる本能的な理解。その刹那、ノエルは唇を噛み、城の尾根から跳び下り。


「――――――魔力全開っ!!」


 城の壁を踏み台にし、紫電の軌跡が夜空を裂き、疾走する。




††††††††††††††††††††††††††




 大気を焦がす炎と天に昇る巨大な噴煙。

 穏やかな満月に照らされた闇夜は慈悲無き炎の紅に染まり、辺りに立ちこめる焦土の匂い。

 幾度も爆発により決壊した城壁。その脇では何十ものの兵が各自武器を構え、緊張に表情を強張らせていた。


 そしてそのすぐ背後では兵と住民、双方の怒号と悲鳴が飛び交い、多くの人影が混乱に入り乱れていた。


「皆さん、落ち着いてっ!! 我々、兵士が避難場所まで誘導しますので、落ち着いて行動してくださいっ!!」

「おい、婆さんっ!? しっかりしろっ!!」

「負傷者は東の医務区へっ!! 護衛は最低でも十人付けろっ!!」

「い、家が燃えちまった…………」

「何しているっ!? 燃えてる家屋に近づくなっ!!」


 収拾のつかない状況下。一つの煌めく影が赤く燃える闇夜から降り立ち、凛然とした声音が鮮烈に響く。


「皆様、どうか落ち着いてくださいっ!!」


 平静を促す清廉な声に場の視線が集まり、声の主――――アルメリア=D=シャノアール。


 自国の王女の登場とその悠然とした姿に飛び交っていた怒号と悲鳴は消え、


「兵の皆様、各避難所には既に私が防御障壁を展開しておりますので、民の皆様の誘導と護衛お願いします。民の皆様は兵の指示に従って避難をっ!! 民と兵の皆様、ご協力お願いいたしますっ!!」


場に到着と同時に僅かな状況把握と的確な指示に驚愕と安堵に場が満たされていく。


 僅かながら冷静さを取り戻した場の様子に踵を返し、崩落した城壁と睨み合う兵士達へと歩み寄る。


「警戒そのまま。状況の説明をお願いします」

「ハッ!!」


 一人の若年兵が構えを崩さず、アルメリアへ報告する。


「数分前、何者かによる城壁への魔導術攻撃があり、ご覧の通り城壁が崩壊。民家にも飛び火し、現在消化と避難活動を並行して行っています」

「敵の数は? それに種族はわかりますか?」

「いえ、不明です。城壁が崩れると同時に魔導術攻撃が停止。その気に攻め入ってくるのではないかと想定し備えていたのですが……攻め入る気配も感じられません」

「妙ですね……索敵隊は?」

「数名城壁の向こうへ出たのですが……報告では数十名の足跡があった程度で直接的な情報は得られませんでした」

「そう、ですか…………」


 手短に状況確認を済ませるアルメリアと兵士。

 その内容にアルメリアは口元に手を添え、的を射ない状況に表情を険しくしに押し黙る。


 突然の襲撃にてっきり人間達がノエルを奪還にやって来たのかと思ったのだが、自分の早合点だったのだろうか? 

 自分は個人的な諸事情諸々が含まれており『救出』という形にはなったが、《人間界》側からみればただの拉致だ。


 自分の行動が及ぼす影響と結果、それらを天秤にかけた上での覚悟はすさまじい重みがある。

だが、国という単位でたった一人を助ける為に動くものなのだろうか?

 もしそうであるならば城壁の破壊ももっと大規模なもになり、何千何万という兵が待ちに入り乱れてもおかしくない現状。


 しかし、実際には城壁を小範囲だけ破り民家への被害もそれほど大きくない。それに付け加え魔導術を放ちすぐ逃げたのか敵影も確認できず、数自体もそう多くはないとの報告もある。

 安易に考えれば頭に異常をきたした【盗賊】が悪戯に魔導術を使い逃走、というのも可能性としてはありえるが……ここら一体の【盗賊】で国に喧嘩を仕掛けるどころかここまで強力な魔導術を行使できるとは思えない。


 そもそも此方に戻ってくる際の空間は完全に閉じ、万が一を考え転移先を探知され追っ手が掛かっていいように何重もの偽物ダミーを仕掛けていた。それに引っかかれば即座にわかる。

 が、そのどれにも絡め取られることなく、正確に空間軸を探知できる魔導術を見出したのか…………。


 アルメリアは膨らむ事はあっても定まらない状況判断を中断し、他に考察できる情報はないかと問う。


「ここ以外の詰め所から通信魔導術で不審者などの連絡はありましたか?」

「そういった連絡は特に。他の詰め所もこちらの騒ぎが起きたと同時に救援隊の編制と戦各詰め所での迎撃準備と住民の避難を行うと…………あっ!!」


 報告の中、何かを思い出したのか兵士が声を上げ、兜から覘いていた口元が申し訳なさに歪み、構え解くと直立不動でこちらを向いた。


「どうしました?」

「姫様、申し訳ありません。一点……南の詰め所からの返答が来ておりません」

「返答がない、と言う事はこちらの状況は伝えたのですね?」

「はい。こちらへの救援要請と即時戦闘準備、それと南地区の住民達の避難要請をしたのですが…………」


 言葉尻が動揺と苦渋に小さくなり。



 ――――――ォオオンッ!!



 致命的なミスと嘲笑う様に背後――――――南口から轟音と噴煙が上がる。


「なっ!?」


 アルメリアを含め、その場にいた兵士や住民達へ驚愕と動揺が走り、平静を取り戻しつつあった場がまた混乱に揺らいでいく。


「そんなっ……まさか」


 若年兵士は自身の失態が招いた光景と顔を蒼白にし、その場に崩れ落ちる。


(――――――こちらは陽動だったのですね)


 アルメリアの形の良いの眉が苦渋に歪み、唇を強く噛みしめ漆黒の翼を羽ばたかせ天高く飛翔。

 それを引き金に堰を切った様に体中から冷たい汗が滲み――――二度目の轟音と共に南口で立ち昇る紫電の閃光。


「っ!?」


 その閃光と共に憶えのある魔力の気配が届き、城のテラスへ残してきた一人の少年の姿が脳裏に浮かんだ。


「……ノエル様?」


 胸の中で荒ぶる焦燥を否定したかったアルメリアではあったが、それを肯定する様に三度の轟音と紫電が交じり昇る。


「くっ!!」


 アルメリアは焦燥に翼を大きく羽ばたかせ、心優しき【騎士】の少年が戦っている南口へと急行する。





 そしてそんなアルメリアを嘲笑う様に、再び紫電と轟音が戦場の旋律を紅の夜へ奏でた。

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