馬鹿が履物(タイツ)でやって来る。

剣脚商売を読んだ人なら、誰もが思ったことだろう。

「これ書いた人、なんかの病気だ…」

事実私もそう思った。と言うか剣脚商売を「病気」と呼び「症説」などと言う名称を与えたのが他ならぬ私である。その後、まあカクヨムじゃない方では公式のトップページからバナーでまで病気呼ばわりされるような事態になったらしいけど、それは私は悪くない。もちろん一石楠耳も悪くない。病気なんだから仕方ないじゃないか。
剣脚商売は、いわば一石楠耳の脳内に溜まってしまう脚を外に排出する、治療や医療行為のような意味合いで書かれているものだと認識していた。おそらくこの認識は間違っていない。そして剣脚商売の更新がしばらく止まった。まあ一石楠耳にも色々事情があるのだろう。更新が止まったことにはなにも文句は言わぬ。ただ脳内に溜まる脚を排出しなくて、一石楠耳の体は大丈夫なのかと思った。

そしてこの剣脚ショウダウンの発表で、やはり病状が悪化した事がわかった。お大事に。

さて、剣脚商売とはまったく独立した作品であるわけで、比較をするのも野暮な話であるが、これを完全に独立した作品として看過していたら、いつの間にか「脚にピッタリしたものを履いたら刃物になる世界観」と言うものが当たり前になってしまう。小さい子どもなんかが読んで信じてしまって、タイツの脚を持ってして走るトラックを止めようとして大参事!なんてことにもなりかねぬ。うっかり野放しにして置いたら「脚にピッタリしたものを履いたら刃物になる」というのがフィクションにおける常識になる恐れがある。

土山しげるという漫画家がいる。ヤクザ漫画などを描いていたが「食キング」などからグルメ漫画に専門化していき「喰いしん坊!」で「大食いバトルスポ魂漫画」というジャンルを産み出し、それに飽き足らず「大食い甲子園」などという「大食いバトルスポ魂部活モノ漫画」まで始めた、フードバトル漫画の始祖である。その後フードバトル漫画は「てんむす」や「フルイート」など広がりを見せたが、まあなんか色々厄介ごとがあったのでそこには触れぬ。

一石楠耳は土山しげるになってしまうかもしれぬ。そう、フードバトル漫画が生み出されたように、美脚バトルものという「作品」を「ジャンル」にしてやろうと企んでいる。それが一石楠耳の脚本だ。
このままだとやがて一石チルドレンが「脚にピッタリしたものを履いたら刃物になるファンタジー」や「脚にピッタリしたものを履いたら刃物になる捕物帳」「脚にピッタリしたものを履いたら刃物になるホラー」「脚にピッタリしたものを履いたら刃物になるミステリー」などを書き始めたらどうするんだ。
ミステリーで凶器が美脚とストッキングだった、みたいな話で、読んでる人が誰もそこに疑問を持たないような恐ろしい世界が来たらどうする。暴れん坊女将軍がふくらはぎの柔らかいところで悪代官をバッタバッタとなぎ倒し「峰打ちじゃ、安心いたせ」なんていう作品が産まれたらどうする。

どうする、って言っておいてなんだけど、別にどうもしないな。むしろ面白いからみんな「脚にピッタリしたものを履いたら刃物になるシリーズ」を書けば良いんじゃないかな。一石楠耳より先回りして他のジャンルを潰しておくんだ。ネタ潰しだ。

さて翻って本文を読んでみる。まさか本文を読む前にこのレビューと言う名の駄文を読んでる人はいなかろう。剣脚ショウダウンも冒頭から言霊をゴスゴス投げつけられる感覚で読める。
「一脚即発」「脚弾頭」「タイツ雲」「地上は脚の炎に包まれた」「脚の灰」「黒スト・アポカリプス」
読み始めて一分でこれだけの言葉が撃ち込まれる。そもそもタイトルが「マッドソックス」だ。ここだけ見て、マッドマックス人気に乗ったくだらないパロディと思って読み始めた人間は、この一分で悟る。

「この人は本当にヤバい人だ。むしろマッドマックスなんかどうでもいいんだ。この人は脚が書きたいんだ」

いわば篩にかけられるようにここで「もう俺には無理だ」とブラウザの戻るボタンを押す人間もいるだろう。脚分過剰なのだ。

しかしてここで一石楠耳に負けてしまっては、読み手としての力不足。ここは「カクヨム」だ、カクのもヨムのもやってやろうじゃねえの。

読んでみれば、脚パラノイアな部分はさておき、剣脚商売に負けず劣らず、いや、あまり長い話にするつもりがないからだろうか、むしろ濃密なケレンが脳を刺激する。剣脚商売の時の講談のような地の文とは違った、軽妙にしてウィットとユーモアを交えたスタンダップコメディを日本語にしたような声が、文字から聞こえてくる。「グラハム・カーの世界の料理ショー」や「奥さまは魔女」「ファミリータイズ」のようなトークによって聞かされる、脚で煮しめたストーリー。
おそらくは剣脚商売以上に、ビジュアルを意識して書かれているのが読めばわかる。終末世界の荒廃したディストピア、荒野の只中にあるクイーンに統治されたロスアンレッグス、脚の灰により産まれたミュータントのサーカステントに降り立つ美脚が目に浮かぶ。

脚フェチすぎる病気を抱えながらも、病気を抑え込みきっちり読める症説を書き上げるあたりに、一石楠耳の筆力を感じる。この男、脚の病気というハンデが無ければ世界を取っていたやも知れぬ。いや、過剰な脚フェチだからここまで倒れずに走ってこれたのかもしれぬ。

かつて私は、この「脚にピッタリしたものを履いたら刃物になる」というよくわからないフェティシズムに「クスジズム」という言葉を与えた。そして前述のとおりクスジズムは作品からジャンルへと羽化して今まさに羽ばたかんとしている。

剣脚商売を読んだ人はもちろん、剣脚商売って何それって人も、まずは読まれたし。あとマッドマックスっぽい名前だけど、マッドマックス知らなくても全然問題ない。と言うかこれマッドソックスって言いたかっただけだ多分。

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