剣脚ショウダウン ~終末美脚マッドソックス英雄譚~

一石楠耳

第1話 脚をとりもどせ!! 1

 賢明な諸氏であれば、誰しもが一度は疑問に抱いたことがあるはずだ。

 美脚にぴったりしたものを履くと何故なにゆえに、抗いがたい望外の力が発揮されるのであろうか?

 この物語は、そうした疑問に明快に答えうる終末世界大脚劇だいきゃくげきであり、遠からんフェチは音にも聞け、近くば寄って脚を見よ!

 フェチじゃなくともなんとなく勢いで見よ。

 かくしていざ、勇壮に。重要極まる前口上を、レディー・ゴー!


 戦後!

 女性とストッキングは強くなったと言われている!

 恐るべきはこの二つが組み合わさったとき、生まれるもの!

 そう、それは、果てしなき美脚!

 人類はようやく気づくに至った。美脚とストッキングが生み出す、この果てしなき力に!


 即座に始まる武力としての運用、新エネルギーとしての転用、国家レベルでの美脚モデル人材育成、クローン培養、暗殺、亡命、内紛、暴動。

 一脚触発いっきゃくしょくはつの状況は、最終戦争の足音を響かせた。カツーン。カツーン。

 ついには美脚をかたどった脚弾頭きゃくだんとうに、タイツ類をかぶせて発射。飛び交い、突き刺さり、タイツ雲を生む脚兵器きゃくへいき

 地上はきゃくの炎に包まれ、燃えた履物は遺伝子異常を引き起こす『あしの灰』と呼ばれる粉となって、世界を覆った。

 かくしてまたも迎えた、戦後! 最終戦争の後! 黒スト・アポカリプス!

 女性とストッキングは、今なお強さを誇っているのだろうか?


「アーハー? ねえオジサン、あたしとイイコトする気なぁい?」


 錆びた檻の中で身体をくねらせる、牛柄ビキニにテンガロンハットのカウガール。爆乳は檻の振動とともに、たゆんたゆんと揺れ、衆目を惹きつけるに十分なはずであった。

 ウエスタンブーツを脱ぐと、その下から現れた脚は美白の申し子。世が世であればあしゆびにて国家掌握も狙える、曇りなき美脚である。

 セクシー・アバズレ・ショウダウン!

 金属バット片手に檻の番をしていたアゴヒゲ男も、これには一瞬で魅せられた。


「なっ、なんだよネーチャン……? クイーンレベルのすげえ逸材じゃねえか。その脚、そのおっぱい、そのくびれ!」

「でしょぉ~? 我ながらもったいないと思うのよ。このままオークションにかけられて、このバディを使って一体どこで何をさせられるのか。せめて初めてぐらいは、好みの男と済ませときたいじゃない?」

「好みの男って……ま、まさか俺のこと?」

「じゃなきゃこんな恥ずかしい真似しないわ? ねえ、二人っきりでイイコトしよ? あたしのこの身体、気になるでしょ。ほんとは没収されたヒールを履いたほうがもっと素敵なんだけど……」

「こ、これか?」


 フェロモンに中枢神経を支配された哀れなオスの如く、アゴヒゲ男は没収品のハイヒールに手を伸ばす。

 檻の鉄棒の間から滑らせて、美白の美脚にサーッと手渡した。


「オーケー、ありがとう。これでオジサンを天国にイカせてあげられるわ」


 立ち上がった女は両手に一足ずつハイヒールを構え、かかとを握って、靴の下から飛び出した引き金ギミックをグイと引く。

 するとハイヒールのつま先から銃弾が一発二発と放たれて、アゴヒゲ男の土手っ腹に命中したのだ。

 硝煙くゆらし、テンガロンハットの下の真実の顔を覗かせるカウガール。そばかすまみれの赤毛のおさげは、ナイスバディと裏腹に、どことなく幼い印象を与えた。

 こいつの名前は、『バンシー・ナンシー』ってんだ! BANG!


「あたしの名前はバンシー・ナンシー。オジサン、あなたのために泣いてあげるわ。時間はないから、てめえが死んだ翌日にでもね!!」


 そのまま男にとどめの銃撃を加えてブッコロし、檻の鍵もGUNGUNガンガンに射って破壊。カウガールはウエスタンブーツを履き直し、檻を蹴破る。


「到着までは時間がありそうね。でも急がないと、遅すぎちゃダメ。早すぎてクソ荒野に放り出されてもダメ。こいつが到着する直前に済ませないとコトだわ」


 ホルスターに華麗に二丁ハイヒールを仕舞い、ナンシーは揺れる檻を出た。

 視点をいささか俯瞰に変えるとこの檻は、トレーラーのコンテナ内に積まれて移動しているということがわかる。車に大書された『マザー・コンプレックス・サーカス』の文字。

 荒れ果てた地を駆ける数台のトレーラーが目指す先は、クイーンが治める享楽の都市、残された地上の脚園きゃくえん、ロスアンレッグスである。

 まともに生きる権利を概ね奪われ、痩せて枯れた土地にて死を待つ哀れな男たちが、僅かな本能でクイーンの美脚を求めて向かう、一脚千金いっきゃくせんきんの場。

 「脚は地球を救う」と信じてやまない人々が、数少ない募金で作った街っぽい。大丈夫なのか。

 さぁて視点戻ってコンテナ内。牢屋番の金属バット男から、ナンシーは鍵束を奪った。自らが閉じ込められていた檻は、既に自力で出たのにだ。

 なぜこの鍵束が必要なのかといえば。ナンシーが閉じ込められていたよりも強固な箱型の牢が、同じトレーラーにもうひとつ積まれているからである。


「あたしの檻と違って随分しっかりしてるじゃん? 外から中は見えないし、トレーラーハウスって感じ。住み心地が良かったら同居しちゃおうかしら? ねえいるんでしょ、救世主」


 鍵束のキーは六本目でガチャリと符合し、「BINGO!」の声とともに扉は開く。

 すると中はドッサリ書類まみれ。質素な椅子と机のそばには、白衣にメガネの女研究者が一人。

 黒タイツを履きかけのまま白衣女は滑って転び、中途半端な状態の脚をタイトスカートから晒しながら、わたわたと逃げ惑う。


「オーマイガ! なに脱いでんの。あんたもあたしといいコトしたいわけ?」

「ちっ、違っ……! あ、あ、あなた何者? わたしは今の、研究室の外の、騒ぎを聞いて! に、逃げようか、どうしようかと、迷って、あのっ」

「“研究室の外の騒ぎ”? どっかにその身を売り飛ばされる寸前の牢屋の中を、あんたは研究室って呼ぶんだ? アーハー、あんたこの時代向きじゃないね。カゴの中の小鳥ちゃんらしく、せいぜいピーチク生きてな! なあそれより、救世主はどこにいる?」

「きゅ、救世主?」

「狂った世界をぶった斬るサムライ救世主がここに現れるって、ネイティブの族長のお告げで聞いたのさ。こちとら、わざと捕まってまで会いに来たんだ。さあ! どこにいる!」

「なんの話かはわからないけど……。ここにはわたし以外に誰もいないわ」


 ハットを抑えてかぶりを振ったナンシーは、ホルスターからハイヒールを一足抜くと天井に一発、威嚇射撃。白衣の女に銃口つま先を向け直した。


「隠し立ては良くないぜ、お嬢ちゃん。撃ち殺されたくなきゃ本当のことを言いな」

「その銃、今は失われた『ストテクロスト・テクノロジー』の産物……! わたし、あなたのことなら知ってるわ! 万死ばんしをもたらすカウガール、バンシー・ナンシーね?」

「うるっせえ、さえずるな! あのさあ、まさかあんたみたいなヒヨッコ研究員が救世主だなんて言わないよね? あんた何者だ? 名を名乗りな、小娘!」


 メガネに白衣、黒髪ベリーショートの東洋人研究者。話している間も未だ黒タイツは履きかけのままである。タイツの濃さデニールは結構高めで、あったかそうだ。

 こいつの名前は、『歯牙しが礼賛らいさん』ってんだ! BANG!


「わたしと同じぐらいの年に見えるのに、人を小娘扱いするなんて……。わたしは歯牙。歯牙礼賛よ」

「シガー・ライジングサン? まさか……ネイティブの予言にあった『反撃の狼煙、昇りゆく太陽』って……! あんただって言うの、礼賛? あたしの枯れ果てた涙がまた出そうだわ! ジーザス!」

「待ってナンシー。あなたのその脚、一体どういうこと? なんて引き締まってすべすべとした、伸びやかな白い脚。クイーンに勝るとも劣らない美脚ね? ナチュラルストッキングすら履いてないの? 信じられない……!」

「この状況で?? 何言ってんの? あんた?? アーハーハー!? あそこで死んでる男みたいに、あんたも色仕掛けであたしに殺されたいわけ?」

「待って待ってナンシー! どういうこと? あなたまさか、色仕掛けができるの……? この美脚で?? 男を虜に!? うつろいゆく『草食の時代』に色仕掛けを!!」

「触んな!!」


 わけのわからぬ興奮冷めやらぬ、メリケン女とジパング女の脚談義。

 熱のこもったこのやり取りに、夢中になっていたせいであろう。彼女たちは重要な事に気づくのが遅れてしまった。

 檻は既に揺れていない。つまりトレーラーはもう、走ってはいなかったのだ。

 突然にバックリとコンテナを開き、車外の空気を取り込むトレーラー。

 ここは荒野を乗り越え辿り着いた脚束きゃくそくの地、ロスアンレッグス。そこにしつらえられた巨大なサーカステントの中で、トレーラーの中の閉じられた世界は、M字開脚のように開かれたのだ。

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