エピローグ+ 来藤一路、十七歳。~あるいは、物語を彩るような~




 ――原因不明の事故だった。


 事故自体は原因の分かり切った、ニュースなんかでよく見るようなもの。

 犯人への批難も責任の追及も尽きないし、その死への悲しみも後悔も留まるところを知らないけれど。


 一番の疑問は、なぜ彼女はあんな場所にいたのか。

 普段は行かないような、生活圏から離れた場所へなぜ。


 それは些細な問題かもしれない。何かの気まぐれかもしれない。

 だけど、その疑問が事故を真に原因不明にする。


 その死に謎を残す――想像する余地を生み、残された人たちを苦悩させる。


 時にそれは、その人の死を、それまでに紡いだ思い出を、ただつらいだけの記憶に変えてしまう。

 あるいはやがて時が癒し、全てを忘れさせてくれるのかもしれない。


 けれど、それはきっと死者にとっての未練と同じ、残された人たちの心に影を落とす。


 だから――




 学園祭の出し物はいわゆる朗読劇のような形態をとっていて、衣装や舞台セットの準備は最小限に留められた。

 そうすることで他のクラスメイトたちが出し物へ参加する抵抗をなくそうという冴枝さえだの考えで、これによって劇の内容にも自由度が増した。


 脚本を務めたのは多牧たまきまつりだが、何やら昏石くらいし伊遠いおんもかかわっていたようで、その劇の筋書きは一路いちろもどこかで聞いたことがあるような気のする――「少女」と「少年」と、もう一人の〝少女〟にまつわる物語となった。


 それは図らずも飛張とばり日々姫ひびきに〝その真相〟を伝えることとなるも――何かを察しはしたのだろうが、彼女が深く追及することはなく。

 ただ、その〝役〟を演じる彼女はとても自然体で、時に何かを懐かしむように見せる表情は、なんとなくリハーサルを覗いただけの生徒たちの目をくぎ付けにしていた。


 一方、一路はといえば舞台に立つつもりは毛頭なかったものの――

 あの伊遠も表舞台に出るというのだから、一路が断る訳にもいかず……まつりと冴枝に押し切られる形で役を請け負うことになった。


 本音を言えば自分の出る劇なんて誰にも……特に知人には観られたくなかった一路だが、そこは恥を忍んで――花穏かのんと、その両親を劇に誘ったのだ。


 花与は学園祭の準備が始まる前に亡くなってしまったから、今年の学園祭に彼女のかかわった出し物はないけれど、一路たちの劇の脚本には間違いなく彼女が関与していて――だから、という訳ではないものの――


 何か……なんでもいい、伝わるものがあってくれればいいと。


 一路には花与と過ごした、本来有り得ないはずの〝時間〟があった。

 だからその死を乗り越えることが出来た。

 彼女がなぜ命を落としたのか――それだけじゃない、その生前には知ることのなかった、見えなかった一面を垣間見ることが出来た。


 その死後に彼女が見てきた、見えなかったはずのその景色の数々を――


 それをそのまま話すのは難しい。だから、劇というかたちで、物語という体で――それで少しでも何か、伝わってくれたなら。


 悲しいだけの記憶を〝想い出〟に、心に落ちる影を照らす、その先へと続く光になってくれればいいと。


 そう思ったのだ。




 未田いまだ花穏は、その姉が受からなかった例のお嬢様学校を受験するという。

 聞けば、姉が通うことの叶わなかった――見ることの出来なかった景色を見たいとのこと。

 花与はなよが憧れた、女の子らしい女の子たちのいる学園。

 正直なところ一路はあまりお勧めしないのだが――


 あるいはそれは、姉の〝憧れ〟に近づきたい――そうなりたいという想いの表れなのかもしれないと思う。


 いつか彼女は、花与が理想としたような女の子に――女性になるのだろう。


 月日が流れる、いつかは花与を追い越していく。


 花与の誕生日は一路よりも遅く、だから一年のうちの何ヶ月かは、一路と花与との歳の差が〝一年〟に縮まる時期がある。

 そのあいだだけ一路は少し花与に近づいたような気がしていて、だけどそれはすぐにまた離され、きっとこれからも追いつき、また離されていくのだろうと思っていた。


 だけどそう遠くない未来に――追いつき、追い越すのだ。

 それでもきっと、自分にとって彼女は「ハナ姉」のままなのだろうと一路は思う。


 横暴で、自分勝手で……時に、思いもよらないことをして、一路を驚かせる。

 たとえば葬式のその日に現われたように。

 たとえば――


「これ、花与さんからのプレゼントです」


 ――と。

 一年越しのサプライズには、さすがに呆れてしまった。


「さすがにないよね……?」


「さあ……? どうでしょう?」


「いや、あの時はほんとさ……」


 くすくすと笑う彼女の変化が、ここ最近で一番の驚きだけれど。




 ――あの日――


 幾度となく練習し、人前でも緊張したり照れたりしないよう何度もリハーサルを重ねた学園祭の劇。

 その本番――物語は順調に終盤へと差し掛かり、このまま何事もなく終わるかと思われたラストシーンだった。


 不意に、彼女が口にした台本にない言葉アドリブ

 それはあまりに突然で、一路は本気で動揺してしまった。


 迫真の演技だった、などと後に賞賛されたからいいものの――



「ありがとう」



 ……なんて、「彼女」に言われたことはなかったから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未ダ恋ナラズ 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ