エピローグ それは、ありふれたものがたりの
「やること、なくなちゃったねー」
「そう……ですね……?」
「どうしよっか? このあと」
それは――
「あの……一つ、いいですか?」
「うーん……?」
「
――それは、月曜日の放課後。
「うーん、まあ……。言われてみれば、ていう感じでね? なんというか、ダテに幼馴染みやってないなぁー、と。感心しちゃって」
「というと……?」
「うん――たぶん、そういうことなんだろうなぁ、って」
「あのぉ……よく分からないんですけど……」
「えっとね、うまく言えないんだけど――」
恥ずかしそうにしながら、彼女は言っていた。
「イチローが言ってたみたいに、私はたぶん……すごく〝女の子らしい〟ヒメちゃんに、憧れてたのかもしれないなって。なんていうか、同じ女の子なのに、私とは全然違う……格好もそうだけど、住んでる場所も、事情も、何もかも違って――だけど、一人でさ、迷子になりながらお父さんのところ行こうとしてて」
初めてその姿を見かけた時、「かわいい」と思った。
その事情を知った時、「すごいな」と思った。
聞けば当時の
「あの時の私って、男勝りっていうか……まあ、自分で言うのもなんだけど、ガキ大将的な感じでさ。……一応ね? 理由はあるんだよ?」
一路や、妹の
それは確かに分からなくもないけれど、花与の場合は元から〝そういう感じ〟だったのではないかと
「だから――私とは全然違う女の子に、だけど私よりしっかりしてるあの子に……憧れたのかなぁって――思わなくもない」
胸に手を当て、ふと浮かんだ気持ちを確かめるように目を閉じる。
そういう人に、私はなりたい。なんて、茶化すようなことを言う。
たぶん、それは――
「わたしも……そういうの、分かります……。女の子に憧れるの……自分にないものを持ってる、すごいなって思う子に」
たとえばそれは、口もきいたことのないような誰かが、ふと落としてしまった消しゴムを拾うような。
思っても、すぐには行動に移せない親切心。
まるで何か越えなければならない一線があるように、気付いても、伊遠はそれを手に取ることが出来なかった。
弱くて、臆病な自分がいて、その殻を破れない、その壁を壊せない。
だから、ごく自然に、何気なく、そしてさりげなく、当たり前のように消しゴムを拾って、相手に渡せるような――そういう人に、憧れる。
「そういう風に、なりたいなって。わたしも、そんな風に変われたらって――……あ、ごめんなさい、なんか、自分のこと話しちゃって」
「
「変わって……?」
「あ、いや、変な意味じゃなくてね? なんていうか――」
変わりたいと、そう思った時点でもう変われているんじゃないか、と。
「なんてねー。まあ、でもさ、イチローのために、いろいろしてくれたしさ。もっと自信もっていいって。たとえば……ほらほら、背筋のばすー。それだけでもだいぶ印象は変わるから」
「あの……なんかその、手がお腹すり抜けてるの、不気味なんですけど……」
「イチローなら叩けるんだけどね、不思議だね……」
「不思議ですね……」
ともあれ、と。
気を取り直して。
「これから、どうしましょうか……? 捜していたヒメちゃんさんは来藤くんが見つけちゃったみたいだし……」
「まあ、必ずしもそれがヒメちゃんかは分からないけど――そうだなぁ……」
これが最後になるかもだし、とは言わなかった。
「何か、やりたいこととか……ないですか……? いや、まあ、何もしてあげられないんですけど……」
「正直、未練っていうか、やり残したことってほとんどないんだよね? 続きが読みたい漫画とか、見たいドラマとか……そういうのって、ここまでくると大して気にならないしさ」
気になることも、数えだしたらキリがなくなってしまって。
「でも、これやってみたいなーってことはあるよ? あのお店いってみたいとかさ」
それもほとんど出来ないけれど――
「じゃあ、それ――付き合います」
何もしてあげられなくても。
「お? じゃあ、イチローにドッキリ仕掛けるか!」
「それはちょっと……」
だけど、まあ――最後に、驚かすことは出来たのではないかと、そう思う。
…………、
………………、
……………………。
「――まあ、そういうことがあったんだよ……」
「……歩きながらする話ではなかったと思う……」
その日、来藤一路は幼馴染みの女の子と通学路を歩いていた。
今日までにあった、いろんなことを話しながら。
「でも――うん」
そう、
「ミステリー小説とかドラマで、殺人犯の自供を聞いた被害者遺族の気分……」
「どんな気分なの、それ……」
「被害者が……姉ちゃんが、生前何を考えてたのかとか、そういうこと……知って。やっと、心のつかえみたいなものが取れたっていうか――」
澄み渡った青空のように、彼女は微笑んだ。
「うん、良かった。だいぶファンタジー混じってたけど」
「……いや、ほんとなんだよ? 証拠出せって言われてもあれなんだけど……」
全てがまるで夢だったかのように、消えてなくなってしまって――
もしかするといつか、日々の忙しさの中で、今日までのことを忘れてしまう日が来るのかもしれない。
けれど。
「証言してくれる人はいる……」
「家族の証言は参考にならない」
「うー……」
他に法廷に呼び出しても場が荒れないような承認は――と、一路が伊遠のことを考えていると、
「結局さ、」
「うん……?」
「姉ちゃんにとって、その人はなんだったのかな」
「んー……」
「もしかして――好き、だったとか?」
「…………」
たぶん、それは――きっと、一言では表すことの出来ないような気持ち、だったんだろう。
それはまだ未熟で、はっきりとした感情を生み出すほどではなくて、だけど確かに心を逸らせる――そんな、想い。
一路には、こう答えることしかできない。
「それを聞くのは、野暮ってものだよ」
「野暮……?」
「プライベート」
なんて、ごまかすくらいしか。
「……あ、着いた着いた。ここ、うちの学校」
「知ってるけど、」
「のんちゃんも来年はここの生徒になってるかもだし、いろいろ好きに見てってよ。それじゃ僕、劇の準備しなくちゃだから! あとで案内とかするから――」
「あ、逃げるなー……」
たぶんそれは、誰かがとやかく言っていいようなものじゃない。
当の本人が気づいていたどうかは分からないけれど――
(きっと、これで良かったんだよね?)
「私、
「えー? いや、あそこはやめといた方がいいよ。あそこはヤバいよ、なんかこう、『おほほ』って感じで!」
「何それ……」
湿っぽい話は、抜きにして――とりあえず、今日を楽しもう。
そうやって笑っていられること。
それが彼女の、最後の望みだから。
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