第11話 父さんな、きょうも一日がんばるんだ
バックヤードに入ってから、黒崎と紫乃は慎重に進む。細長い廊下には、無免許運営の姿はなかった。
「いないな」
「彼らは羊を追い立てる牧羊犬のような立場でしょうからね。中にいるのはごく少数だと思われます」
「さすが山羊山くんだ。実は私もそう思っていたんだよ」
ハッハッハと朗らかに笑う黒崎に対し、紫乃は特になにも言わず進んでゆく。そうこうしている間に、後ろからどんどんと他の運営チームメンバーも追いついてきた。
「お疲れ様です、部長」
「うむ」
「部長! まさか休日に自ら潜入作戦とは、恐縮です!」
「う、うむ?」
「損害賠償をまとめて叩きつけてやりましょうね、部長!」
集まってきたやつらはなんだかわけのわからないことを言っている。まるで黒崎がMASKのことを予め知っていたかのような発言だ。休みの日にショッピングモールに出かけたら巻き込まれただけなのに、
黒崎が否定をしようとすると、ついにバックヤードの端が見えた。このまま行けばようやく美咲や梨々香とご対面だ。残り時間は13分。まだ余裕はあるが、改めて気を引き締めよう。
銃を構える黒崎に、怨念じみた声が届く。
「よくも、よくもてめえら、俺たちのゲームを台無しにしやがったな……! ぜってえ殺す……、何度でも殺す……、何十回でも何百回でも殺してやる……!」
後ろの方にいた伊藤が弾かれたように叫ぶ。
「部長、やばいっすよ! あいつ、人を生き返らせる能力をもっているかもしれません! イエス・キリストの再来かも!」
「もっていないと思います」
紫乃が冷静に否定する。
それを馬鹿にされていると思ったのか――まあ百人いたら百人が馬鹿にされていると思うだろうけど――男は激高して姿を現した。
彼はひとりだった。目出し帽を今は外しており、逆立った金髪と爬虫類に似た顔が特徴の粗暴な印象を受ける男だった。こいつがMASKのリーダーだ。
「やろう、ぶっ殺してやる……! だが、やるのは俺じゃねえ……! こっちには最強最悪の『キング』がついてんだからなァ!」
男が腕を払う。すると物陰からひとりの青年が現れた。彼は一見優しげな印象を受けるが、その目の奥に怪しい光を浮かべた男だった。
「出番だ、キング! あいつらを皆殺しにしちまえ! たくさんの金を払ったんだ! 数々のデスゲームを血の海に沈めたその実力を見せてやれ!」
「やれやれ……、こういう正面切っての戦いは、あんまり得意じゃないんだけどな」
そう愚痴る男の顔には余裕があった。こちらは十人近くいて、戦車を運んできたのも知っているはずなのに。凄まじい強者感である。
逆手にナイフを構えながら、男はにやついた笑みを浮かべた。
「というわけだ、ここからは一転反撃。『運営狩りゲーム』は『運営狩り狩りゲーム』に変わることだろう――」
その男はこちらのある人物――黒崎を見て突然口をつぐんだ。
男はピカレスクゲームで黒崎にさんざん痛い目を見せられた皆殺しの貴公子、新條友だった。
「……僕は投降しよう。あいつらとはなんにも関係がないんだ、ただ雇われただけで。だからどうか命だけは助けてください」
「キングぅううううううううううー!?」
リーダーの絶叫が響く。
黒崎は重々しく「よかろう」とうなずいた。新條はただちに指錠を嵌められて、確保された。もはや相手はリーダーただひとりである。
「す、すげえ! 新たなる部長伝説が今ここに生まれた! ひと睨みしただけで敵のキングが降参した!(NEW!) 部長すげえっすよ! でっけえ、なんてでっけえ男なんだ! もう俺のものさしじゃとてもじゃないけど測りきれないっすよ!」
「伊藤くんちょっとうるさいです」
シンバルを持つサルの玩具のように手を叩いて喜ぶ伊藤を、やんわりと注意する紫乃。
いよいよ追い詰められたリーダーは、銃を捨てた。代わりにその手の中にスイッチのようなものを握る。
「くそおおおおおおおお! もう誰も頼りにならねえええええ! 俺がここでてめえら全員ぶっ殺してやるう! このショッピングモール中に仕掛けた爆弾でなああああ!」
そこで黒崎は顔色を変えた。爆弾というのはきっと美咲と梨々香に仕掛けられているものと同じだ。あれが起爆したら娘たちは無事では済まないだろう。
慌てて制止する。
「ま、待て! 悪いことは言わん、馬鹿な考えはよせ! お前はいったいなにが目的だ! 金か!?」
「当たり前だろ! カネのためにこんなくっだらねぇ遊びをしてんだよ!! だったら持ってこいよ! そうだな、百億円もあれば許してやろうじゃねぇか!」
「百億か、いいだろう」
「――ああァ!?」
男が黒崎の言葉に目を剥いた。その一瞬の隙に黒崎は銃の引き金を引いた。まるで針の穴を通すような正確な軌道を描き、銃弾はリーダーの手首に突き刺さる。
「現在開催中のデスゲーム『ピカレスクゲーム』の優勝賞金は百億。お前自身の手で掴み取ってみるんだな」
男の手からずるりとスイッチが滑り落ちる。
「なっ……!? そんな……」
手首を押さえてうめくリーダーの元に背広たちが飛びかかってゆく。
「確保ー!」
「――て、てめ、はなせっ、あっ、アーッ!」
ふん、と黒崎は衣類の乱れを整える。そこにさらりと紫乃がささやいた。
「当デスゲームは、獄中からの参戦は認めておりませんが」
「なあに、あいつが出てくるまで稼働しているような、デスゲームの伝説になるような一大ビッグコンテンツにしてみせるとも」
「なるほど、わたしが浅慮でした」
拳銃を胸ポケットにしまう黒崎に、紫乃は恭しく頭を下げたのだった。
美咲と梨々香のそばから男たちがいなくなって、数分が経った。先ほどまで遠くから銃声や叫び声が響き渡っていたのだが、それもぷっつりと聞こえなくなってしまった。
まるで世界中からふたりだけが取り残されたような感覚に陥る。それでも後ろにあるアラームは刻一刻と終わりの時を刻んでいた。
震えながら待っていたそのとき、ゆっくりとやってきたのはスーツ姿の女性だった。彼女だけではない。その後ろには大勢の似たような格好をした人たちがいる。なんの変哲もないサラリーマン集団だ。
「な、なに……?」
美咲が目を白黒させていると、先頭に立っていた女性が美咲たちの前に屈んで視線を合わせてくる。どこか眠たげな眼差しをした、ショートカットの美人だ。クールな雰囲気だが、その声は優しかった。
「大丈夫? 怪我はありませんか?」
「あ、はい、平気です……。あの、お姉さんは……?」
「わたしは警察みたいなものです。あなたたちを助けに来ました。ずいぶんとキツく縛られていますね、かわいそうに。怖かったでしょう?」
女性は懐から取り出した小さなナイフで縄を切断する。開放された美咲と梨々香は「ありがとうございます!」と女性に頭を下げた。彼女は柔らかく微笑んでくれる。
アラームも無事に止まったようだった。なんだかクラスの男子に似ているうるさい感じの男の人が「やりました! 爆弾解体もうまくいきましたよ部長ー!」と叫んでいた。
梨々香はなにか女性に尋ねたいような顔をしていたが、しかし美咲はそのことに気付かなかった。代わりに――。
「あの! 中にあたしのお父さんがいるはずなんですけど……、知りませんか!?」
冷静に考えれば彼女が知っているはずもないのだが、美咲は必死だった。
女性は美咲の細い肩に手を置いて。
「大丈夫ですよ、お客さんはみんな無事です。きっとその中にあなたのお父さんもいるはずです。安心してください」
「っ、あ、ありがとうございます!」
美咲の顔が明るく輝いた。彼女は大きく頭を下げて、梨々香の手を引く。
「いこ、りりちゃん!」
「あっ、うん、みさちゃん!」
しばらく走ると、スーツ姿の男たちに囲まれた黒崎の姿があった。
「お父さん!」
「パパさん!」
「ん? ああ、お前たち、よかった、無事だったんだな――」
美咲と梨々香は黒崎に抱きついた。
「お父さん、よかった、お父さん無事で……」
「パパさん、パパさん、パパさぁん……!」
黒崎はふーっと息をはく。それはまるで張り詰めていたものが解けたようなため息だった。娘とその親友をギュッと抱き締めながら、黒崎はしみじみとつぶやく。
「父さんも、お前たちに何事もなくて、本当によかった。さんざんな買い物になってしまったが、帰ろうじゃないか。おうちにさ」
美咲と梨々香は顔を上げて、涙の浮かんだ瞳で微笑みながらうなずいた。
「うんっ!」
「はいっ!」
事後の処理をすべて部下に頼んで車を走らせていた最中、「あっ」と黒崎は声をあげた。
「……しまった」
「えっ、どうしたのお父さん!?」
その声に篭められた深い後悔の念に、今度は助手席に座っていた美咲――じゃんけんで勝ったのだ――は驚く。
黒崎はハンドルを握りながら、額に手を当てた。
「……お前たちの買ったもの、全部ショッピングモールに置きっぱなしだ」
『あっ』
こうして黒崎はその埋め合わせのために、近々再びショッピングモールに行くことになった。
――今度は事前によく下調べをした上で、だ。
『父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ』
おしまい。
後日談である。
MASKたちは皆、警察のご厄介となった。なお、デスゲーム運営vs無免許デスゲーム運営の戦いはばっちりと録画されており、それはそれで特別編としてファンからの評価も非常に高く、なんだかんだでFATHER社は収益をあげることができた。
黒崎の新たなる伝説『目で睨んだだけで敵の殺人鬼が泣いて土下座して謝ってその場で現世の罪を悔いて輪廻転生した!(NEW!)』を吹聴して回っている男がいるそうだが、それは捨てておこう。
平日の朝、妻に起こされて鏡の前で歯を磨いていると、美咲も横に並んできた。
「ふぁぁ……、お父さん、おはよー……」
こくりとうなずく。ダボダボの黄色いパジャマを着ている美咲は、寝癖のついた髪のままで父と同じように歯磨きを始めた。
しゃこしゃこという音がしばらく響く。
「ね、おふぉーふぁん」
「ん」
「こんどのさくぶんで、おふぉーふぁんのおしごふぉについふぇ、かいふぇこいっふぇ、いわれふぇんふぁんけふぉ」
黒崎の愛をもってしても、ちょっとなにを言っているかわからない。うがいをしてから改めて聞く。
「だーかーら、今度の作文でお父さんのお仕事について、書いてこいーって言われてさー」
「む……」
そうか、もう美咲も中学1年生だ。ついにこの日が来てしまったか。黒崎は難しい顔で眉間にシワを寄せた。その様子を見た美咲は、なぜか慌てたように両手を動かす。
「あっ、でもそんな大したことを聞くわけじゃ。別にお父さんの言いたくないことだったら言わなくていいんだからね?」
洗面所の前でふたり並びながら、黒崎はうなる。
「父さんな……、ある会社で部長をやっているんだが」
「あ、そうなんだ」
美咲くらいの年頃では、部長がどれくらいの役職なのか正確にイメージすることは難しいのだろう。
黒崎は顎にシェービングクリームを伸ばし、顎髭を整えながら続ける。
「重役たちは無責任なことばかり言って、父さんに仕事を放り投げてくる。怪しげな外国人の博士はすっごく変な性格をしていて、なにかと困ったことばっかりする。おまけに部下にも何人か暴走しがちなやつらがいてな。そいつらの不始末にも頭を下げる毎日だ」
「ふぇー……、お父さん、大変だねえ……」
「大変は大変だ。だが、これも仕事だからな」
「お仕事、つらい?」
こちらをいたわるようにして上目遣いで見上げてくる美咲に、黒崎は男臭い笑みを浮かべた。
「もちろん、仕事だからな。しかし嫌なことばかりじゃない。報われる瞬間もある。それに、会社ではみんなが父さんのことを待っているんだ。その責任を果たさないとな」
「えっ、お仕事なのに、嫌なことばかりじゃないの……?」
「そのうち美咲にもわかるさ。仕事はつらいからこそ楽しいぞ」
タオルで顔を拭いてから、ポンポンと黒崎は美咲の頭を撫でた。
「よし、そろそろ時間だな。準備を整えて、それぞれの戦場に向かおうじゃないか」
「はーい」
美咲は元気よく返事した。
ふたりは支度を終えて、妻に見送られながら家を出た。
ビシッとしたシーツに着替えた黒崎と、中学校の制服を着た美咲。ふたりは家の前で別れて、お互いに手を振った。
「美咲、車に気を付けるんだぞ」
「はーい! お父さんも、お仕事がんばってね!」
「ああ、ありがとう」
その言葉がなによりも黒崎にとって、強いパワーの源となるのだ。
「美咲や母さんのために、きょうも一日がんばるぞ」
改めて完。
父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ みかみてれん(個人用) @teren_mikami
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