第10話 父さんな、優秀な部下が多いんだ
MASKの(無免許)運営チームは混乱していた。
突如として東館の壁を破壊して現れた戦車と、スーツを着た集団は無茶苦茶だった。津波のように迫り、飲み込まれた仲間たちに連絡が取れなくなってゆく。まるで訓練されたプロの傭兵だ。レンジャーやSEALsが攻め込んできたのかと思うほどに、スーツたちの動きは統率されていた。
本部でリーダーは無線機を握り締めながら、強くテーブルを叩く。
「――なんなんだよこいつらはァ!」
睨みつける先には監視カメラの映像が流れていた。カメラに気づいたひとりの女性が銃口を向けてくる。直後、モニターは砂嵐に包まれた。
監視カメラを撃った紫乃はマガジンを交換しながら停止したエスカレーターをヒールで上ってゆく。
辺りには自分たちにものすごく奇異な視線を向けてくる買い物客たちがいる。彼らが黒崎の言った、巻き込まれた人たちなのだろう。気にせず進む。
目出し帽の男たちはパニック状態で助かるために目出し帽を脱いだりしているものの、揃いの衣装まではごまかせない。見つけるたびに撃ってゆく。
運営部門統括部のチームは西館を押さえにいくメンバーと、クイーンの救出に向かうメンバーで二手に分かれていた。紫乃はクイーンの救出に向かう方だ。そこに直属の上司である黒崎もいるのだろうから。
三階についた。店はあちこち荒らされており、ひどい有様だ。被害総額は大変な額に上るだろう。紫乃の知ったことではないが。
おもむろに物陰から男が飛び出してきた。目出し帽はかぶっていないが、無免許運営のひとりだ。待ち伏せしていたのだ。
「ふっざけやがって! この、アマぁ!」
激高して襲い掛かってくる男はひとりではなかった。あっという間に三人に囲まれる。銃を突きつけられた紫乃は、しかし少しも動揺をすることなくそのうちのひとりに拳銃を向ける。
「死にてえのか、てめえ!」
「銃を下ろせ! ブチ殺すぞ!」
紫乃は冷静に指摘した。
「そのフォーメーションでは、誰かが引き金を引いた途端、同士撃ちになりますよ。仲間の弾で死ぬのは馬鹿らしいと思いませんか?」
それは先制の銃弾のようなものだった。その一発で男たちの動きが固まる。
「んだと――」
少しも躊躇せず、紫乃は撃った。銃声が響く。真正面の男は後ろに倒れてゆく。
「うわあああああ!」
ひとりの男が銃を乱射する。紫乃は突き出た柱に隠れ、そこからミラーで様子を確認しながら無造作に一発。銃声が止んだ。男は倒れている。これであとひとり。
最後に銃を取り落して放心している男に近づくと、その額に銃口を当てる。
男は震えながら紫乃を仰ぎ見る。
「う、うそだろ……? 俺たち、みんな殺されるのか……? そんな、なんで、こんな……」
「それがあなたたちの、今までしてきたことじゃないんですか? 同情の余地はありません」
きっぱりと告げ、紫乃は引き金を引いた。男は額を打たれた反動で真後ろにひっくり返った。
「ひえー!」
その現場を見たひとりの女性が悲鳴を上げた。新卒入社の、白坂遥だ。どちらかというとおっとりとしたタイプの彼女は、紫乃にじゃっかん引いているようだ。
「な、なんですかこれ、死屍累々じゃないですか……! 先輩、どんだけ強いんですかぁ……! まるでチャーリーズエンジェル! いったい今まで何人その手で葬り去ったんですかぁ!?」
「ひとりも」
紫乃はさらりと告げる。男たちは気絶しているだけで、ひとりも死んではいなかった。遥は目を瞬かせる。
「あ、あれ? 生きて、ますぅ……?」
「当たり前じゃないですか」
麻酔弾のマガジンを装填し、紫乃は何食わぬ顔で歩き出す。
「これは規定ルールに則ったデスゲームではありません。デスゲーム外の殺人は犯罪ですよ」
伊藤は崩れそうなエスカレーターを見上げて、途方に暮れていた。
「あーダメかと思ったけど、やっぱりダメかあ。根性出せばいけると思ったんだけどなー……」
戦車でよじ登ろうと思ったのだが、先にエスカレーターの耐久値がもたなかった。みんなはとうに上階にいってしまったので、伊藤だけが一階に取り残された形になる。寂しい。
ハッチから上半身を出してどうしよっかなーと悩んでいるところ、後頭部に硬いものが当てられた。
「う、動くんじゃねえ……!」
「ひょえ」
ゴリゴリと押し当てられる。間違いなく銃口だ。マジか、こわい。伊藤は思いっきり両手を上にあげた。
「くそ、てめえらなんなんだ、狂ってやがる……! こんなことをしでかすなんて、まともじゃねえよ……! 仲間もみんな撃たれて、くそ、くそ……! なんなんだよ……!」
「いやー」
その言い草に、伊藤は思わず笑いをこぼした。
「つっても悪いのそっちですよねー。ちゃんと申請すればまともにデスゲームも開催できるのに。そら、ネズミーランドの目の前の露天で、勝手に作ったグッズ売ってちゃダメでしょ。まともじゃないのはどっちだよ、って話っすよねー」
「なに言ってんのかわっかんねえよ! くそっ、くそっ!」
男が銃を構え直す。その瞬間、振り返った伊藤の手は銃身を掴んでいた。男の指はすでにトリガーにかかっていたため、マズルフラッシュが輝く。天井にダダダと弾痕が穿たれた。
「んあっ!?」
「よいしょー!」
ハッチから飛び出すとともに、伊藤は男の足を払った。掴まれた銃を中心に男の体が一回転する。足場の悪い戦車の上から、男は転げ落ちていった。
伊藤は銃器をぽいとハッチの中に放り込むと、慎重に戦車の上から降りてゆく。そうして男が気絶しているのを確認すると、後ろ手に指錠をかけて息をついた。
ふっ、俺もなかなかやるじゃん。伊藤はそんな笑みを浮かべる。
そこで気づく。自分の頬が切れて、そこから血が流れている。天井を撃った銃弾がかすめたのだろう。
「いやー、やっぱり部長や山羊山さんみたいにはいかないなー!」
思い描いた理想の自分は、まだまだ空想上の生き物のようだった。伊藤はため息をつくと、戦車を乗り捨てて三階に向かうことにした。寂しいので。
黒崎に追いつく形で、紫乃は合流を果たした。他の連中は皆、買い物客の避難に当たっている。先行してきたのは紫乃ひとりだ。
三階のバックヤードの前で中の様子を窺っていた黒崎に、紫乃は会釈する。
「部長、お疲れ様です」
黒崎は遮蔽物に身を隠しながら、こちらを向いた。
「ん、突入からここに辿り着くまで、ずいぶん早かったな」
「烏合の衆でしたので。部長、行かないんですか?」
「……いや、娘になにかがあったらと非常に心配なのだが、それと同じぐらい自分が撃たれたら家族に心配をかけてしまうのだと思うと、なかなか踏ん切りが……」
「ではわたしが先に」
紫乃は黒崎を押しのけるようにして、バックヤードの扉をヒールで蹴り開けた。中に銃を向けてクリアリングする紫乃。その目つきは普段社内にいるときとあまり変わらない。
そんな彼女の強引な行動を見た黒崎は顔をしかめる。
「女性がドアを蹴り開けるとか乱暴すぎやしないかな……。それに、ほら、一応相手は銃も持っているわけだし……。嫁入り前の女性の体に傷がついたら、みんな悲しむぞ……」
「その発言は人によってはセクハラと見なされますよ」
「嘆かわしい」
ちょっと部下の心配しただけなのに。本当にやりづらい昨今だ。
「部長、銃は?」
「さすがにオフだから持っていないよ。MASKの持っていた銃は殺傷力が高過ぎるんで、扱いにくい。デスゲーム外で人を殺したら5年以上の懲役だ。5年も娘に会えなくなったら、私は死んでしまう」
「ではおひとつどうぞ」
「うむ、助かる」
拳銃型の麻酔銃と一緒に、紫乃は黒革の手袋を差し出してきた。それを見た黒崎が嬉しそうにほっこりと顔を緩ませた。
「そうだ、これこれ。さすがわかっているじゃないか、山羊山くん。これを嵌めないとムードが出ないんだよなあ」
逆に言うと、それを嵌めて出るのはムードだけなのだろうな、と紫乃は密かに思う。
そんな部下の思いは知らず、黒崎は黒革の手袋を装着した。それだけでなんだか全身に力がみなぎってくる感じがする。もう銃なんてこわくない。黒崎はのっしのっしと歩き出した。
「さて、いこうじゃないか、山羊山くん」
「もういってます」
「待ってくれ、一緒にいこう! 置いてかないでくれ山羊山くん!」
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