第9話 父さんな、悪は決して許さないんだ
薄暗い倉庫の中で椅子に縛られた美咲は、怯えていた。
きょうは楽しい買い物のはずだったのに、突如として乱暴な男たちに捕まってしまい、こんなところに運び込まれたのだ。
身動きすることもできない。得体の知れない男たちが威圧するように立っていて、とてもこわかった。また、自分が梨々香を誘ってしまったからこんなことになってしまったのかと思うと、親友に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
時間制限は刻一刻と迫る。もう少しで自分が死んでしまうなんて、現実味のない話だ。
(お父さん、お母さん、ごめんね……)
デスゲームのようなものが開催されたと、あの男たちは言っていた。父親は無事でいてくれるだろうか。自分を助けに来るために無茶をするよりは、どこかに隠れていてほしい。
そんなことを思っていると、隣に縛られている梨々香がぎゅっと美咲の手を握った。
梨々香は美咲を安心させようとか、泣き笑いのような顔で微笑んでいた。
「大丈夫だよ、みさちゃん……、きっと、助けに来てくれるよ……」
「え……?」
「だって、すごいんだから……とっても、すごいんだから!」
それが口だけの言葉ではなく、その裏になにか根拠と自信のようなものが見え隠れして、美咲の心は少しだけ軽くなった。梨々香はきっとなにかを知っているんだ。
美咲は小さくこくりとうなずく。梨々香の信じているものを、信じてみようと思った。今みたいな絶望的な状況で、泣きながら殺されるよりはよっぽどマシだと思ったのだ。
(でも、誰が助けに来てくれるんだろ……)
そんなとき頭に思い浮かんだのは、いつも優しくて頼りになるお父さんの姿だったのだが……、それはさすがに中学1年生にもなってファザコンっぽいよね、と美咲は頬を赤らめながら考えを振り払った。
まず状況を整理しよう。
黒崎はショッピングモールのマップを頭の中に思い浮かべる。
どんな場所に来てもその場所でデスゲームを開催した場合のシミュレーションを行なってしまうのは、黒崎の職業病と言っても過言ではない。今回ばかりはその厄介な癖が役に立った。
黒崎はまずクイーンの居場所を特定するために推理を始めた。
無論、店内見取り図にショッピングモールのバックヤードまでは記載されていない。だが黒崎は仕事上、こういった建物の構造にも強い。十分に想像で補える範囲だった。
三階建てのショッピングモールの奥。黒崎の見立ててでは、恐らく美咲たちはそこにいるだろう。
だが今度はどうやってそこにたどり着くか、だ。
辺りには銃を持った無免許運営がうろうろとしている。その上で強制的に参加者を強いられた買い物客たちは、いまだ行動が定まらないようだった。
なんだったら黒崎単独で突入していってもいい。いいのだが、最悪なのは買い物客たちの中でもAグループ――すなわち、黒崎のライバルチームだ――と争わなければならない事態に陥ることだ。
黒崎はできることなら彼らを傷つけたくはない。こんなデスゲームで死者が出るなどもってのほかだ。どうせ遺族への弔慰金も出ないのだろう。ならばこれはデスゲームではない。ただの集団監禁事件だ。
ならばやはり外部への助けを求めに行くのが最善であるだろうか。しかしそれで60分の制限時間が過ぎてしまったら意味がない。
「おら、さっさとイケよ! 死んじまいてえのかあ!?」
目出し帽が叫ぶと、脅された買い物客がぽつぽつとあちこちに散らばり始めた。中には武器に使える道具を集めにいっている者もいる。スポーツ店からバットを取ってきたり、あるいは食料品売り場から包丁を取ってきたりするのだろう。
ふと、黒崎は気づいた。ポケットからスマホを取り出して画面を注視する。確かにこの中では通信はできないようだ。スマホが繋がらない。しかし、それが通常の回線を使用しない通信なら?
黒崎が開いたのはピカレスクゲームのマイページだった。通常アカウントを使用し、アクセスする。するとどうだろう。ピカレスクゲームは問題なく稼働した。黒崎はエンジニアではないので詳しいことはわからないが、人の精神を取り込むというスティーブンの作った謎技術が作用しているのだろう。
だが、ピカレスクゲームで赤の他人とメッセージをやりとりする手段はない。 フレンド同士なら話が別だが、梨々香もゲームを解約させてしまったし、よしんばそうではなかったとしても目出し帽の男たちの前で堂々とスマホを操作することはできないだろう。
ならばこうしよう。
黒崎はお問い合わせフォームを起動し、運営へメッセージを送る。相手は世間が休日でも、絶対に会社に残っているであろう人物。
『黒崎だ。連絡求む。スティーブンへ』
返事は十秒と待たずに来た。
『何?』
『黒崎だ。今、横浜市金沢区のショッピングモールへと来ている。無免許デスゲーム運営に占拠された。応援求む』
『Okay』
それ以降、しばらく連絡が途切れた。
黒崎は無免許運営の隙を突いて、男子トイレへと駆け込む。奥から二番目の個室に入ったそのとき、まるで狙いすましたかのようにスマホが振動した。
「黒崎だ」
『部長の携帯の電波妨害だけを解除しました。この通信は傍受されません。そのまま聞いてください』
聞こえてきたのは、落ち着き払った山羊山紫乃の声だった。音質はクリアだが、時々雑音が混じっている。
『現在、ショッピングモールを占拠している集団はMASKという営利組織です。主にスナッフムービーのようなものを好事家たちに売りさばき、生計を立てています。アンダーグラウンドなサイトでは多数のファンがいるようでした。その筋では有名なようですね。わたしは知りませんでしたが』
黒崎は指先でスマホの画面を叩いた。その情報は別に必要ではない、という意思表示だ。
『失礼いたしました。現在、わたしどもデスゲーム運営部門統括部がヘリで向かっております。到着時間は21分後を予定しております。持ちこたえられますか?』
なるほど、この雑音はヘリの騒音だったのか。ずいぶんと手際がいいものだ。黒崎は21分に時計を合わせながら、コンコンとスマホを叩く。イエスのサインだ。
それとは別に、社員が会社に残っていたことに対して、なんだか後ろめたい気持ちが湧いてくる。もちろん休日出勤手当はつくのだが。
『では、そのように。詳しい突入の手順はメッセージでお送りいたします。部長からなにか指示があれば、ピカレスクゲームの運営宛メッセージでお願いします』
コンコンと黒崎はスマホを叩いた。それっきりで通信が切れる。
続けざま、黒崎はメッセージを打ち込む。
『黒崎だ。突入の手順はそちらに任せる。私からの要望はただひとつ、派手にやれ、だ。いくら経費を使っても構わん。デスゲームを騙る馬鹿どもに、本物の覚悟を見せつけてやれ。これは我がFATHER社と、あいつらMASKとのデスゲームだ。以上』
紫乃からは『了解です』とだけ返事が帰ってきた。
黒崎は水を流して個室を出る。するとそこには、目出し帽をかぶった男が小便器の前に突っ立っていた。「あ」という顔をする。
「な、なんだお前は! 参加者ならさっさとクイーンを探しにいけ! ちんたらしていると俺がぶっ殺してやるぞ――」
そうわめく目出し帽の男を、黒崎は講習で習った通りの手順で後ろから一瞬で絞め落とした。泡を吹きながら地面へと倒れて股間を濡らす男を個室へと引っ張りこみ、黒崎はその懐をあさった。
やはり持っていた。無線機だ。周波数は合っている。
ひとまず奴らの目を買い物客たちから引きつけなければならない。そのために明確な宣戦布告をしておく必要があった。黒崎はすぅと息を吸った。
低い声で告げる。
「やあ、MASKの諸君」
回線が切り替わった気配がした。押し殺したような声が届く。
『……なんだてめえ』
「君たちと同じくデスゲームを愛する者だ。きょうは少し提案があってね」
『ハッ、どうやってこの無線に割り込んだか知らねえが、あんま調子乗ってンじゃねえぞ』
「私も長年デスゲームというもの見てきたが、どうもこのゲームはフェアじゃない。運営が背負うリスクがあまりにも小さすぎる。普通のデスゲームなら多額の賞金が出るはずだ。だが今回の場合、勝者の特権は家に無事帰れるというその一点のみ。君たちはなにも差し出そうとはしていない。これではあんまりじゃないか?」
『なに上から目線で説教くれてんだよ、オッサン! ああ!? 今すぐ居場所を割り出してぶっ殺してやるからな!』
黒崎は相手の発言を無視して続ける。
「というわけでだ。君たちにもぜひリスクを背負ってもらおうと思ってね。恐らく金を払う気はないのだろう。私としてもそちらのほうが好都合だ。君たちにはぜひとも、血を流してもらおうじゃないか」
無線から下品な声がわめきたててくる。黒崎は口元に笑みを浮かべながら、告げた。
「私はこれを『運営狩りゲーム』と名付けよう。残り時間は、55分か。では55分間、君たちがひとりでも生き残れば君たちの勝ちで構わない。もっとも正式なゲームではないため、賞金を渡すことはできないがね。せいぜいがんばって生き残ってくれ」
『……ナメんなよオッサン、クイーンのそばにはキングがいるってことを忘れんな』
「フ、どちらがゲームをナメているか、その身に叩き込んでやろうじゃないか。娘とのデートを台無しにした罪は重いぞ」
黒崎は無線機の電源を切ると、それをトイレの便器に突っ込んでから外に出た。何食わぬ顔で買い物客に紛れてゆく。
奴らもバカな男たちだ。黒崎が娘と過ごす貴重な休日に居合わせなければ、こんなことにはならなかったのに。
三階の一番奥のバックヤードにて、リーダーたちは待機をしていた。今のところ、この場所に感づいた者はいないようだ。女どもも椅子に縛り付けられたまま震えている。
通信が切れた後、しばらく監視カメラの映像をくまなく探したが、謎の男の正体はわからなかった。リーダーは動揺する部下たちを一喝すると、笑いながら告げる。
「なぁにうろたえてんだよ、てめえら。こっちには最強最悪の切り札、伝説の殺人鬼サマがついてんだろ? あんな脅しにビビってんじゃねえよ、ハッ!」
そう、それこそがリーダーの所持する『キング』だ。クイーンへの道を守るために、買い物客たちの間に潜む猛毒。彼を突破してここまでたどり着くことなど、常人には不可能だ。――常人には。
わずかな不安が脳裏をよぎったが、リーダーは胸を張る。すると他の男たちもその言葉に、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「そ、そうですよね」
「そうだ、リーダーの言う通りだ!」
「矢でも鉄砲でも持って来いってんだ!」
そう叫んだ直後である。轟音がショッピングモールを揺るがした。さすがのリーダーも目を白黒させる。地震にしては近い。
「な、なんだァ!?」
無線機から連絡が入った。リーダーは無線機を引っ掴むと、耳に当てて怒鳴る。
「なにが起きたってんだ!」
機器の向こうからは、狐に摘まれたような声がした。
『あの、壁をブチ壊して、侵入してきたやつらが……』
「は!? 重機でも用意したっていうのか!?」
『いえ……』
「さっさと言え!」
まるでそれが事実と認めたくないとばかりに――。
『軍用ヘリが二機……。そして、壁からは戦車が突っ込んできました……』
「………………は?」
冗談を言っているようではなかった。
というわけで紫乃の連絡から24分後きっかりに、ショッピング―モール一階東館の壁をブチ壊して侵入してきたのは、紛れもなく戦車であった。FATHER社が保持するセンチュリオンに大幅な改造を施した車両は、瓦礫をガツガツ踏み越えてゆく。その後ろからはスーツ姿の面々が拳銃を構えながら現れた。
「いいんですかねー、壁壊してー」
『部長がそう言いましたから。それより伊藤くん、戦車の操縦は大丈夫ですか? 講習で習ったのはずいぶんと前でしょう?』
「平気っす平気っす」
狭い操縦席の中。フットペダルを押し込み、ハンドルを回しながら、伊藤はタブレットに表示されている山羊山に笑いかけた。
「デスゲーム運営会社の社員なんですから、戦車を操縦できるぐらい当たり前じゃないっすか」
運営部門統括部チームによる『運営狩りゲーム』の始まりである――。
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