第8話 父さんな、娘とお買い物に行くんだ


 本日の黒崎は、愛娘である美咲の運転手である。休みの日、郊外の大型ショッピングモールに連れていく約束を前々からしていたのだ。


 妻は美容院の予約が入っていたため、黒崎は娘とふたりきりで嬉し恥ずかしウキウキデートを今か今かと待ちに待って、そわそわしていた。


 お出かけ用のちょっとあか抜けた格好なんかしちゃって、店員さんに『可愛い彼女さんですね』とか言われちゃったらどうしようなんか思ったりして。翼が生えたような気分だった。


 そんな風にひとり内心ではしゃいでいたら、美咲は友達連れだった。


「それにしてもパパさんと一緒にお出かけできるなんて、えへへ、嬉しいです!」

「ははは、面白い冗談だ」


 車を走らせながら黒崎はサングラスの中でひきつった笑みを浮かべる。


 後部座席に座る美咲は、『どうして梨々香ちゃんが助手席なんだろう』と首をかしげていた。どうしてかは黒崎にもよくわからない。こないだから梨々香は機会を見つけてはちょくちょく家に遊びに来て、黒崎に不慣れな色目を使ってくるようになった。まったくもって解せぬ。


 世の中にはオッサン趣味な女性もいるらしいとは聞いたことがあるものの、実際に会ってみると困惑以外のなにものでもなかった。早く彼女の中のブームが去っていってくれないものかと切に思う。


 美咲も梨々香もよそ行きの格好をしているからか、少女としての瑞々しい可愛らしさにあふれている。この年頃の女の子は特にそうだが、時折自分がまったく想像もしていないような大人びた意見も口にするので、本当に気が抜けない。


「なんだかまるで、嬉し恥ずかしウキウキデートみたいですね!」


 危うく急ブレーキを踏んでしまうところだった。隣に座る梨々香は邪気のない顔で微笑んでいる。ミラーを見やれば、美咲はなんだか面白くなさそうな顔で窓の外を眺めていた。なんてこったい!


 黒崎は胃痛を覚えながら、車を走らせる。娘とふたりきりのデートは、なんだかめちゃくちゃ気の抜けない針のむしろのようだった。





「はー」


 とはいえ、梨々香もずっと黒崎にべったりというわけではなく。さすがの中学生同士は、そのバイタリティあふれる行動力であちこちを駆け回っていた。


 黒崎は荷物番をするという名目で、どっちゃりとベンチに腰を下ろしていた。ロビーの大スクリーンにはニュースが流れており、黒崎の周りには同じように疲れ果てたらしい休日のパパたちがアザラシのように座り込んでいた。


 お宅も大変ですねえ、なんて見知らぬ父親と目で挨拶を交わす。すると向こうは洟を垂らした男の子がふたり「親父! 親父!」と戻ってきた。金くれよ、金、金! と父親にせびっている。


 こちらにもだ。妖精のように可憐なふたりの少女がスカートを翻しながら「お父さん~」と「パパさんー♪」と戻ってきた。向こうの父親の視線に殺意が籠る。黒崎は目を逸らした。


「ね、お父さん、あたしたち雑貨屋さんにいってくるね」

「パパさんはお疲れでしょうから、ここで待っていてくださいね♪」

「おー、あんまり遠くに行くんじゃないぞ。あと、ふたりともちゃんとスマホの電源はオンにしているな? いざというときに連絡が取れないと困るからなー」

『はーい!』


 声を揃えて返事をするふたりは、まるで姉妹のように仲良しだ。荷物を黒崎のベンチに置くと、手を繋ぎながら走ってゆく。


 ちなみに梨々香のピカレスクゲームは解約してある。帰ってきた黒崎がすぐに手続きをしたのだ。彼女はもうデスゲームに巻き込まれることなどない、普通の少女だ。


「はー」


 黒崎はもう一度ため息をついた。娘とその友達にあちこち連れ回される。かまってもらえるうちが花だと言うが、これこそが父親としての幸せなのだろう。


 そうこうしているうちに、黒崎はうとうとしてしまった。日頃の疲れがたたったのだろう。


 しばらく経って、ハッと目を覚ます。すぐにスマホを確認するが、着信はなかった。うたた寝をしていたのは、ものの十分ほどだ。


 大スクリーンの映像がパッと切り替わった。


『ハロー! 買い物に来ているレディィィィィースアンドジェントルメン! 今からここは、でっけーバイオレンスな遊び場に早変わりだぜ! ヒュー!』


 目出し帽をつけた下品な口調の男が、スクリーンいっぱいに映った。


 変わったイベントだなあ、とスクリーンを眺めていると、次々と人が集まってくる。彼らは両手を頭の後ろに組まされており、その後ろには銃器を持った目出し帽の男たちがいた。


「……ん?」


 黒崎は眉をひそめる。あの銃はどう見ても本物だ。


『このショッピングモールに集ったやつらは、自動的に参加者だ! 俺様たちのゲームに参加する権利と義務を与えるぜ! 放棄したやつらには漏れなく頭蓋に鉛玉をブチ込んでやっからよ! 拒否権なんてあたえねえぜ!』


 なんだって。黒崎は立ち上がろとするが、それは近くの目出し帽の男に止められた。


「おおっと、座ってなオッサン!」

「今、リーダーが『ゲームのルール』について、ご説明してくださるぜ!」


 ゲーム、ゲームだと?


 周囲の人々は怯えている。その不穏な雰囲気に、黒崎の頭が急速に覚醒してゆく。


『ルールは簡単! 西館のやつらがAチーム、東館のやつらがBチーム! お前らはこのゲームのクイーンを助け出したほうが勝ち! 何事もなくおうちへ帰れるぜ! だが、先にクイーンを確保されたほうのチームは……ズドン! 連帯責任ってことで、全員仲良く地獄へイッちまいなァ! アヒャヒャ!』


 手を叩いて笑うスクリーンの男。彼の解説によると自分はどうやらBチームに所属することになるらしい。


『もっとも、クイーンの下にたどり着くまでには、邪魔な相手チームのやつらを排除する必要があるだろうけどなァ! そんために、このモールのありとあらゆるアイテムを使って殺し合ってもらおうじゃねえか! 他人をブチ殺さなきゃ、生き残ることは不可能だぜェ!?」


 参加者同士で殺し合わせる。これは紛れもなくデスゲームだ。


 だが――。


「待て、お前たち! これはどういうことだ! デスゲーム法第3条で、開催場所は事前の申請と開催三日前からの告知が必要なはずだろう! そんな看板はどこにも立っていなかった! これは法律違反だぞ!」


 黒崎が弾かれたように叫ぶと、目出し帽の男たちは「えっ」という顔をした。


「それに最初に参加の意志を問い、契約書にサインをしなければデスゲームは開催できない運びだ! 私はそんなものに判を捺した覚えはないぞ! デスゲーム法第1条第1項だ! 基礎中の基礎じゃないか、おい、どうなっているんだ!」


 そう言われても。目出し帽の男たちは明らかに戸惑っていた。


 黒崎は問題点を列挙する。


「その上、賞金の事前説明もない! 1000人以上を越える参加者の場合、デスゲームの賞金は参加者人数×1万円が最低賞金額だ! デスゲーム法第18条第2項! プレイ前には必ずトイレ休憩を挟むこと! デスゲーム法第22条第4項! 緊急時に備え、GPSですべての参加者の現在地を直ちに確認できるようナビゲート準備は出来ているか!? デスゲーム法第31条だぞ! ショッピングモールには大小百近くの企業が出展しているが、そのすべてに協力を取り付けたのか!? もしそうではなかった場合、映像配信は許可が下りないぞ! デスゲーム法第7条第2項だ!」


 まくしたてる黒崎の勢いに押され、目出し帽の男たちはおろか、他の巻き込まれた参加者たちもドン引きだ。


「お前たちはなんていう会社だ! こんなやり方ではデスゲーム法違反で書類送検を食らうぞ! 悪いことは言わん、責任者を出すんだ!」


 目出し帽の男が銃を向けてくる。


「な、なんだよオッサン! 弁護士かなんかか!? うっせえんだよ!」

「わ、私は……、その、通りすがりのデスゲームに詳しい者だ!」

「詳しすぎてキモいんだよ! 黙ってろ!」

「むぐぐ」


 親切心で言ってやったというのに。黒崎は黙り込む。


 そこで閃いた。


 まさかこいつらは、無免許デスゲーム運営なのではないか。


 無免許デスゲーム運営とはその名の通り、国からの許可を取らずにデスゲームを開くアマチュアの運営のことである。


 非公認であるがゆえの無茶ができ、ゲームに参加をしたがらない人の死にざまをたっぷりと放映できるため、アンダーグラウンドなマニアの人気があると言われている。


 だが黒崎に言わせれば、そんなのはチンピラの私刑と変わらない。モラルもプライドもない金目当ての連中の蛮行である。当然、国からの取り締まりも受けている。


 黒崎は胸ポケットからひっそりとスマホを取り出した。警察に通報すれば、こんなバカげた無免許デスゲームはすぐに運営が逮捕されて終わるだろう。


 だが、電話は通じない。電波障害だ。一人前にジャミング機器だけはもっているのか。これでは美咲たちと連絡を取ることもできない。黒崎は歯噛みした。


 銃器で脅され、外部との連絡は不可能。外へ出るシャッターもすべて下ろされている。まさしくここは陸の孤島と化してしまった。


 ならばまず、美咲たちを捜しに行かなくては。黒崎はそう決意し、辺りの様子を窺う。彼女たちはいったいどこにいってしまったのか。


 そのときだ。


『それではみんなー! 守るべきクイーンさまの命は残り六十分、なる早で助けにこないと、AチームもBチームもみんな全滅しちまうから、気を付けてなァー!』


 今まで男を映していたカメラの向きが変わる。そこに映し出されたのは、椅子に縛り付けられていたふたりの少女だった。


「――ッ!」


 黒崎は目を剥いた。


 どこか倉庫のような場所で、怯えた表情をしながらふたりで手を繋いでいる美咲と梨々香。そして彼女たちの後ろには、アラームがついた機械が映っていた。


『り、りりちゃん……』

『みさちゃん……、大丈夫だから、きっと、きっと、ね……?』


 青い顔で互いを励まし合う少女に構わず、無慈悲なカウントダウンが開始される。ふたりの命が失われるまで、残り一時間――。



 ゲームがスタートした。参加者たちは戸惑い、うろたえている。そんな彼らを囃し立てる目出し帽の男たち。「ハッハッハ! さっさと行かないとみんな死んじまうぞぉ!」と。品性の欠片もない運営だ。


 そんな彼ら、無免許デスゲーム運営は、まだ知らない。


「……この私の娘をデスゲームに巻き込むとは、いい度胸だ。ならば、ありとあらゆる手段をもって叩き潰してやろう……!」


 ――自分たちが、伝説のデスゲーム運営・黒崎鋭司の逆鱗に触れてしまったことを。


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