第3話 目堂さんの素顔
夕方のショッピングモールの一階は、子連れの主婦でいっぱいだ。夕食の買い出しに来てるんだろう。
まあ、俺たちは別に夕食を作るわけじゃないので、「女王」のリクエスト通りフードコートへと向かう。
教室二部屋分くらいのスペースがあるフードコートは、スーパーの方とはうってかわって学生でいっぱいだ。そのほとんどがうちの高校の生徒で、中には地元の中学生もまじってる。
放課後のひとときを食べ物を手に友だちとだべっている客たちが、凍りついたかのように動きを止める。もちろん、その原因は俺の隣にいる美少女だ。
「ふうん、いろんなお店があるのね」
その美少女――目堂沙夜は、周囲の視線など気に留める素振りも見せず、フードコートの店をもの珍しそうに見物している。
田舎町のショッピングモールらしく、ここのフードコートには街中では見かけないような店がいろいろと入っている。多分どれも全国チェーンの店なんだろう。
うちの女子高生には、クレープ屋やアイスクリーム屋が人気だ。何でも街の有名な喫茶店と並んで、食べ物屋としては神織市でも一、二を争うオシャレスポットらしい。
男子にはラーメン屋が人気だ。部屋系ラーメンとかいう、今全国に拡大中のチェーン店らしい。結構こってりしたしょうゆとんこつがなかなかジャンキーで、学校帰りに食いたくなる味だ。
他にもハンバーガー店やカレー屋があるけど、その中にお目当てのたこ焼き屋があった。
「あ、あれよね? たこ焼き屋!」
目堂さんが店を指さしながら、普段の教室での姿からは想像もつかないようなはしゃぎようを見せる。
「目堂さん、ここに来るのははじめてなの?」
「ええ、人が多くて一人で入るのは気が引けてたところだったのよ」
伝説の怪物メドゥーサが、人の多いところが苦手とはね……。目堂さんなら、そんなの気にしなさそうなものなのに。実際、さっきから周りを気にも留めてないし。
「とりあえず俺が買ってくるから、目堂さんはそこに座って待っててよ」
俺はすぐ近くの席を指さして言う。目堂さんが買いに行って、店員さんが固まったら大変だしね。
手早くたこ焼きを買ってくると、俺は目堂さんの席へと急いで戻った。何か妙な行動をとられると困るし。
「早かったわね、九品田くん」
目堂さんは、早く食わせろと言わんばかりにそわそわとしながら俺の手元を見ている。
席に着くと、俺はたこ焼きのパックを一つ目堂さんに手渡す。
それを手に取ると、目堂さんはもの珍しそうにしげしげと見つめた。
「これがたこ焼きなのね……。削り節がうねうね
「開口一番の感想がそれですか……」
「でも、食欲がそそられる香りだわ。さて、それじゃあさっそくいただこうかしら」
つまようじを手に取ると、たこ焼きにブスリと突き刺す。
そして、無防備にたこ焼きを口へと運んでいく。
「目堂さん、熱いから気をつけて食べてよ」
「平気よ、平気。それじゃいただきます……あっつぅ!?」
口元を手で押さえ、ひたすらはふはふする。
「ああ、だから言わんこっちゃない。ほら、水」
「んぐ、んぐ、ひい、ふう……」
一気に水を飲み干すと、ぜえ、はあ、と肩で息をする。
それから、たこ焼きのパックを睨みつけながら言った。
「何て危険な食べ物なの……。まさか内側に、あんな仕掛けがされているだなんて……」
「いや、これ別に普通の食べ物だから」
俺も一つ取ると、少し冷ましてから口の中へと放りこむ。
「九品田くん、なかなかやるわね……。顔色一つ変えずに攻略するなんて」
「別にそんな大したことじゃないよ。ほら、今度は慌てずにちゃんと味わって」
「そ、そうね。私ともあろうものが、こんなところで無様な姿を晒すわけにもいかないわ」
そんなことを言いながら、目堂さんは今度は神経質なくらいにフーフーと息を吹きつけてたこ焼きを冷まそうとする。
「そんなに警戒しなくても、気をつけて食べれば大丈夫だよ」
「わ、わかってるわよ。それでは……」
ゆっくりと口元へたこ焼きを近づけると、慎重に口の中へと入れる。
「な、何これ……!?」
目を白黒させながら、目堂さんが口をハフハフする。
「外はカリッとしてるのに、中はふわりとした食感……! このコントラストがたまらないわ!」
「だよね。ここのたこ焼き、俺も好きなんだ」
「ずるいわよ九品田くん、私を差し置いてこんなおいしいものを食べていただなんて」
「いや、そんなこと言われても……」
俺が困惑してると、目堂さんの頭のあたりからガラガラした声が聞こえてきた。
「何言うとんねん、揚げたたこ焼きなんて邪道やろが!」
「ちょっ!?」
サラサラの黒髪からひょっこり顔をのぞかせた蛇に、思わず悲鳴にも似た声を上げる。
「ダ、ダメだってば、顔出しちゃ!」
「なーに、バレへんバレへん。ほれ、わいにも一つくれや」
何食わぬ顔で催促する蛇に、目堂さんがあきれた顔をしながらたこ焼きを一つ手に取る。
「まったく、何が邪道よ。あなた、たこ焼きなんて食べたことないじゃない」
「細かいことは気にしたらあかん」
「ほら、気をつけて食べるのよ」
つまようじの先のたこ焼きに、蛇はぱくりとかぶりつく。
「うおっ!? 何やこの味は!」
「ほらね、おいしいでしょう?」
「ふん、少しは見直したるわ」
そんな捨てゼリフを残し、蛇は髪の中へと引っこんでいく。
ハラハラしながら見守る俺をよそに、目堂さんはパクパクとたこ焼きを口に入れてはハフハフして顔をほころばせる。
蛇を見られて困るのは彼女だろうに、何で俺ばっかりハラハラしなきゃならないんだ。何だか不公平だ。
そんな俺の表情に気づいたのか、目堂さんが尋ねてくる。
「何だか不満そうね」
「え!? いや、別に!?」
「隠そうとしても無駄よ」
ギラリと目を光らせて、目堂さんがじっと俺を見つめてくる。う、これがメドゥーサの眼力なのか。気圧されて身動きがとれない。
しばらく考えこんでいた彼女だったが、やがて何かに気づいたといった表情で両手のひらを合わせた。
「なるほど、そういうことね!」
「そういうって、どういうこと?」
「あなた、たこ焼きをおごらされたのが不満なんでしょう!」
ちげーよ! 俺は思わずツッコミそうになる。俺はあんたが正体を隠す気ゼロなことが気になってしょうがないんだよ!
俺の考えてることなんてわかるはずもなく、目堂さんは話を続けた。
「確かに、おごらせておいてこちらは何もあげないっていうのもかわいそうよね」
「いや、それは別にいいよ。ハンカチのお礼だと思ってもらえれば」
「そういうわけにはいかないわ。私の誇りの問題よ」
別にたこ焼きおごったくらいでそんな大げさに考えなくても、とは思ったが、何だかややこしくなりそうなので黙っておく。
と、再び目堂さんがパンと両手を合わせた。
「そうだ! それじゃ、こういうのはどうかしら」
そして、俺の目をまっすぐ見つめながら、彼女は言った。
「たこ焼きのお礼に、九品田くんには私の正体について質問させてあげる」
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