第7話 目堂さんの過去



 すたすたと階段を下りていく目堂さんを、俺は慌てて追いかける。


「ちょ、ちょっと待って!」


 俺の呼びかけにも、目堂さんは振り向くことなく階段を下りていく。


 その背中に向かい、俺は叫んだ。


「別に無理強いするわけじゃないけど、どうしてそんなに人を避けるの?」

「簡単な話よ。他の者が私の正体を知れば、みんな怖がるに決まってるじゃない」

「でも、俺は今もこうして目堂さんと普通に会話してるけど?」

「あなたは変わってるのよ」


 目堂さんは足をゆるめようとしない。


「人間、誰もがあなたのように振る舞えるわけじゃないわ。第一、あなただって私の正体を見た時はすごく取り乱してたじゃない。自分を殺すのか、って」

「そ、それは言わないでよ」

「あの時はたまたまあなた一人だったからどうにかなったけど、同時に二人以上にバレたらもう収拾がつかなくなるわ。別に正体を知られるのは構わないけど、その時は私もこの学校にいられないでしょうね」


 俺も食い下がる。


「だったら正体を隠して話せばいいんじゃない? 正体さえばれなければ、目堂さんは普通の女の子なんだし」

「嫌よ。どうして私がそんな窮屈な思いをしながら人づき合いしなくちゃいけないのよ。それに、ずっと隠し事をしながら仲よくするなんて、それ友だちって言えるのかしら?」

「そ、それは……」


 そうこう言ってる間に、俺たちは玄関まで来てしまった。


 下駄箱から靴を取り出すと、目堂さんは立ったまま靴を脱ぎながら言う。


「とにかく、そういうことだから。初めから他人とつき合わなければ、私も余計な苦労をせずに済むの。あなたも、私が怖かったらいつでも逃げ出して構わないのよ」

「目堂さん……」


 弱々しい俺の声には振り返らず、目堂さんはまたね、と言い残して校舎を後にした。







「はあ……」


 ため息をつきながら、俺もそのまま靴をはきかえる。


 目堂さん、なんであんなに人づき合いを避けるんだろうなあ……。隠し事をしながら友だちづき合いするのがストレスだっていうのは確かにわかるんだけど。


 玄関を出ると、俺は正門脇の自転車置き場へと向かう。


 一人とぼとぼ歩いていると、茂みのあたりから何かが顔をのぞかせた。


「おい、九品田」

「って、大蛇丸!?」


 俺は思わず叫ぶと、慌ててあたりを見回す。


「ダメだよ、こんなところで顔出しちゃ! 誰かに見つかったらどうするの!?」

「アホか、わいがそんなヘマするかい。誰もおらんやろ」

「っていうか、君何でここにいるの? 目堂さんはどうしたの?」

「沙夜ならもう帰ったわ。今はわい一人や」

「バラバラになっても平気なの!?」


 茂みからひょっこり姿を現す大蛇丸に、俺は目を白黒させる。


「そりゃそうや。わいは普通の蛇やからな。しばらくの間ならこうして沙夜から離れとっても平気や。別に蛇の一匹や二匹、大して珍しくもないやろ?」

「いや、珍しいから!」

「そんなことより、ちとお前に話があって待っとったんや」

「話?」

「せや。あのな……」

「ちょ、ちょっと待って。場所を変えよう」


 大蛇丸の言葉をさえぎると、とりあえず人目に付きにくいところへとそそくさ移動する。


 まわりに人がいないことを確認すると、俺は大蛇丸に尋ねた。


「それで、俺に話したいことって何?」

「ああ、あのな……」


 ちょっとだけ申しわけなさそうに大蛇丸が頭を下げる。


「沙夜のこと、悪く思わんで思うとくれや」

「目堂さんのこと?」

「ああ」


 俺は首をかしげた。


「何で俺が目堂さんのことを悪く思うの?」

「ほら、さっきお前の言うたこと突っぱねたやろ」

「ああ、あのこと? それなら別に全然気にしてないよ」

「そうか、それならいいんやけどな」


 うなずくと、大蛇丸が話を続ける。


「あいつが人づき合い避けるのはな、少しわけがあるんや」

「わけ? みんなを怖がらせたくないからでしょ?」

「まあそうなんやけど、もっと根本的な理由やな」


 少し真面目な調子で大蛇丸が語り出す。


「あいつな、昔は普通に人間と仲よくしてたんや。正体も隠さずにな」

「え、そうなの?」


 驚く俺に、大蛇丸が続ける。


「せやで。わいもマスコットとして人気があったんや」

「へ、へえ……」

「せやけど、ずいぶん前に事件があってな」

「事件?」

「ああ」


 大蛇丸は俺から視線をはずすと、遠く空を見上げた。


「あいつ、昔人間に追っかけまわされたことがあるんや。魔女やら何やら言われてな。ほれ、お前らも聞いたことあるやろ、魔女狩りって奴や」

「ああ……」

「あの時はしんどかったで。急に村にごっついカッコのおっさんがぎょうさん来るわ、それまで仲よくしとった村の連中も怖がって話しかけなくなるわでな。そんでひたすら逃げたっちゅうわけや」

「そんなことが……」

「逃げて逃げてたどりついた町は酒も豚も食っちゃダメなところでな、あれにはわいも沙夜もまいったで」


 そう言って大蛇丸がケラケラと笑う。話にオチをつけないと気が済まないのか、それとも重い話になって表情が冴えない俺を気遣ってくれたのか。


 俺は今の話にショックを受けていた。まさか目堂さんにそんな過去があったなんて。道理で人づき合いを避けるわけだ。友だちが突然手のひらを返したかのように自分を怖がるかもしれないのなら、初めから友だちなんて作ろうとは思わないのももっともなのかもしれない。


 そんなことも知らず、俺は考えなしに目堂さんに「友だちを作ろう」なんて言ってしまった。ひょっとすると、それは彼女のトラウマをえぐる発言だったのかもしれない。


 目堂さんが俺と話してくれるのは、多分逆パターンだったからだろう。俺の場合、まず最初に死ぬほど怖がったからな。そこからどうして今みたいな関係になったのかはわからないけど。


 黙りこんでしまった俺に、大蛇丸がすまなそうに頭を下げる。


「すまんな九品田。妙な気を遣わせてもうて。あれでも沙夜はお前に感謝してるんや、どうかこれからも仲よくしたっとくれや」

「もちろんだよ。俺の方こそ、目堂さんの気持ちも考えずにえらそうなこと言ってごめん」

「そのことなら気にすんなや。沙夜もわかっとるはずやで」


 それじゃまたな、と言い残して、大蛇丸は茂みの中へと消えていった。あ、あのまま家まで帰るつもりなのかな……。


 自分の自転車のカギをはずすと、俺はどこかぼんやりした頭でふらふらと学校を後にした。




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