第5話 目堂さんとの約束
ショッピングモールを後にした俺たちは、二人でバス停に向かい歩いていた。俺はチャリ通だけど、目堂さんはバス通だからね。
横に五、六人は並んで歩けそうな広い歩道の車道側に寄って歩きながら、俺は目堂さんをバス停まで送る。
「悪いわね、わざわざ送ってもらって」
「いいよいいよ、すぐそこなんだし」
自転車を押しながら、質問を続ける。
「でも、やっぱりみんな目堂さんを見ると足が止まるね。やっぱり目堂さんの力なの?」
「そうね。皆私の美しさに硬直状態になってしまうのよ。こればかりはどうしようもないわ」
「え? 見る者を石にする能力のせいじゃないの?」
「何言ってるのよ。見ただけで石になんてなるわけないじゃない」
あきれた顔で目堂さんが見つめてくる。
「例のペルセウスも、わざわざ盾に私を映して近づいてきたそうじゃない。それはそうよ。私を直視しようものなら、その可憐さの前に剣なんて振るえるはずがないもの」
ていうか、首に一発もらったって、やっぱり剣を振り下ろされたの!?
「まあ、所詮一時的なものだからすぐに立ち直るわよ。しばらく経てば、いかに私が美しいといっても見慣れてくるでしょうしね」
「何て言うか、すごい自信だね……」
確かに、自信を持つのも納得の美人ではあるけれど。
その横顔に見とれていると、目堂さんが妖しげな笑みを向けてくる。
「どうしたの? 私の美貌から目が離せないのかしら?」
「え!? ち、違っ……いや、そうかも」
否定しようとして、でも事実なのでやっぱり肯定する。
目堂さんは少し驚いたように目を見開くと、楽しそうに笑った。
「あなた、素直なのね。それになかなか大胆だわ。嫌いじゃないわよ、そういうの」
「べ、別にそういうつもりじゃ……」
「若い子とつき合うのも悪くないかもしれないわね。まあ、ちょっと年の差が離れすぎているのがタマにキズだけど」
「年の差って、どのくらい?」
年を聞くのはタブーっぽいけど、自分から振ってきた話だし、多分いいだろう。俺はおそるおそる聞いてみる。
「そうね……王朝が交代するくらいではきかないわ。ちょっとした文明が滅ぶくらいの差はあるわね」
「ぶ、文明!?」
目堂さん、ホントに年いくつなの!?
驚きに目を白黒させてると、目堂さんがほほえんだ。
「でも、今日は九品田くんと話せてよかったわ。あなた、なかなか見どころがあるわよ」
「そ、そうなんだ?」
何をそんなに気に入ったのか、目堂さんがお褒めの言葉をかけてくれる。何だかペットをからかうような感じだったようにも思うけど。
でも、俺もこうして目堂さんと話していると楽しいな。楽しさの三倍くらいハラハラさせられたけど。
「俺も目堂さんと話せてよかったよ。ほら、今まで話す機会もなかったし。よければまたたこ焼き食べに行こうよ」
「あら、デートの誘いかしら? そういう積極性、私嫌いじゃないわよ」
「そ、そんなつもりじゃ……」
思わず顔が赤くなる。単純に目堂さんの話がおもしろかったからなんだけど、確かにデート目的だと思われても仕方ないかもしれない。
「何や自分、沙夜にホレたんか?」
「わっ!?」
目堂さんの肩のあたりから突然ニュッと顔を出した蛇に、俺は思わず後ずさる。
「あなたも九品田くんのことが気に入ったようね。人前でこんなに顔を見せるだなんて、いったい何年ぶりのことかしら」
「そんなんちゃうわ。沙夜が楽しそうだからついつられてもうただけや」
そう言って、プイと俺から顔をそらす。
「あの、そっちの
「ええ。今回は和風の名前にしようということで、
「せやな、わいにピッタリの名前や」
「ふ、ふーん。よろしく、大蛇丸さん」
「おう、これからよろしくなー」
そう言い残して、大蛇丸は目堂さんの髪の中へと戻っていく。な、何か妙なのにまで気に入られちゃったな……。
そうこうしてるうちに、俺たちはバス停に到着した。
「目堂さんの家は街の方なんだよね?」
「ええ。まさか学校がこんな郊外にあるとは思っても見なかったわ」
「あはは、確かに」
夕方になり、停留所には部活帰りの生徒の姿もちらほらと見える。
バスがやってくる方向を向いていた目堂さんが、ふいに俺に声をかけてきた。
「今日はたこ焼きありがとう。なかなか美味だったわよ」
「どういたしまして。俺の方こそ、目堂さんと話せて楽しかったよ」
「あら、お上手ね。私もよ。それじゃ、また機会があったらおごってもらうとしようかしら」
「え?」
「ふふっ、冗談よ。今日のことは忘れて、明日からはまたいつも通りの生活に戻ることをお勧めするわ」
目堂さんが少しだけ寂しそうな顔をする。
彼女が言ってること、本心なんだろうか? いつも通りって、今までそうだったように互いに接触しないで過ごすってことなんだろうけど。
でも、明日からそうしてほしい相手に、あんなにいろいろと秘密やら何やらを話したりするものだろうか? あれってひょっとして、誰かに聞いてほしかったってことだったんじゃないだろうか?
それに。
今日の目堂さん、ずっと楽しそうだった。ずっとすました顔をしてるからわかりにくいけど、フードコートでたこ焼きを食べてる時なんてホント幸せそうだったし、俺に話をする時も普段の姿からは想像がつかないほど生き生きした顔で語りかけてきた。
そんな彼女が、寂しげにあんなことを言う。面倒ごとは大っ嫌いな俺だけど、こんな目堂さんを見て見ぬふりできるほど鈍感にはなれそうもなかった。
それに何より、俺自身、もっと目堂さんと仲よくなりたい。
次の瞬間、俺は自分でもびっくりするほどの大声を上げていた。
「目堂さん!」
「は、はい!?」
何事にも動じない目堂さんが、驚きにびくりと身体をすくませる。あ、こんな顔もするんだ。
「あ、あのさ、またいっしょにたこ焼き食べにいかない?」
「いいのよ別に。さっきのは冗談なんだから」
「そ、そうじゃなくてさ、今度はおごりとかじゃなくて、普通にさ」
俺の言葉に、目堂さんが困惑の表情を浮かべる。
「私に気をつかっているのなら結構よ。私はあなたが言うことを聞いてくれると言ったからお願いしただけ。もう私につき合う必要はないわ」
「そ、そうじゃなくて!」
俺は一歩前に踏み出した。
「俺、もっと目堂さんと話がしたいんだよ! 今日は俺も楽しかったし。せっかくこうやって話をしたんだしさ、これからも仲よくしたいなって思って」
自分が興奮してまくし立てていることに気づき、急に恥ずかしくなって声を落とす。
「も、もちろん、目堂さんがよければ、だけど」
「……来たわね」
俺とは目を合わせずに、そうつぶやく。どうやらバスが来たようだ。
背を向ける目堂さんをじっと見つめていると、バスが停留所に止まる。並んでいた客が、次々とバスへ乗りこんでいく。
乗客の列から少し離れて立っていた目堂さんが、背中越しにつぶやいた。
「……考えておくわ」
「え?」
「……」
最後に何やら唇を動かすと、目堂さんは列の後ろに並び、そのままバスへと乗りこんでいった。
扉が閉まり、バスが出発する。
街の方へと走り去っていくバスを見つめながら、俺はさっきの目堂さんの口の動きを思い出していた。
あれって、「ありがとう」って言ってた、のかなあ……。
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