第4話 目堂さんの秘密




 目堂さんの唐突な提案に、俺は思わず身を乗り出す。


「ええっ!? 正体って、目堂さんの?」

「そうよ。私がメドゥーサだってこと。九品田くん、さっきからずっと気になってるんでしょう?」

「いやいや、ちょっと待って!」


 俺は慌てて声を落とす。


「こんなところでその話はマズいって! 誰かに聞かれたらどうするの!」

「だから私は聞かれても平気だと言っているじゃない。それに」


 目堂さんが周囲をぐるりと見渡す。


「誰もそんな話、真に受けやしないわよ。私が言うのもなんだけど」

「まあ、それはそうだろうけど……」


 俺も、目堂さんが実際何者なのかは気になるところだしなあ。


 しばし考えてから、俺は覚悟を決めた。


「わかった! それじゃ、遠慮なく質問させてもらうよ」

「望むところよ。かかってらっしゃい」


 なぜかケンカ腰な彼女にやや気後れしながらも、俺は質問をぶつけていく。


「ええと、目堂さんはホントにあのメドゥーサなんだよね?」

「そうだって言ってるじゃない。そんなに信じられないなら、もっとはっきりした証拠を見せようかしら?」

「いえ! 結構です!」


 必死に首を横に振る。


「ただ、ギリシア神話だとメドゥーサって髪の毛が全部蛇の醜い化物だったと思うんだけど……」

「九品田くん、あなた私にケンカを売りたいのかしら?」

「ちっ、ちちち違う! 目堂さんはめちゃくちゃ美人だから!」


 目堂さんの目が丸くなる。あ、あれ? 俺、何を大声で口走ってるんだ?


 やがて、目堂さんはふっと大人っぽいほほえみを見せる。


「なかなかかわいいことを言うじゃない。単なる客観的事実を述べただけだとしても、私そういうの嫌いじゃないわよ」

「い、いや、そうじゃなくて! だから、そんな化物のはずなのに、どうして目堂さんは美人なの?」

「そんなの、アテナがあることないこと言いふらしてるからに決まってるじゃない」

「ア、アテナ!? アテナって、あのギリシア神話の女神の!?」

「そうよ。他に誰がいるっていうのよ」


 さも当然といった顔で言うと、目堂さんが眉間にしわを寄せる。


「あの女の性格の悪さは折り紙つきよ。あたり構わずケンカを吹っかけていたからか、今では軍神としても崇められているそうじゃない。あの性悪女の名を冠した町ができたって知った時は、さすがの私もびっくりしたわ」

「へ、へえ……」


 別に神話にくわしいわけでもない俺でも知っているようなビッグネームの裏の顔に、俺は思わず口ごもってしまう。へえ、アテナってそんなやっかいさんなんだ……。


「じゃあ、あの神話ってウソも多いの?」

「ええ。私もざっと目を通してみたけれど、まったくひどいものよ。私に関する記述なんて、ほとんどがデタラメね」

「そうなんだ」


 ギリシア神話だとすっごく恐ろしい化物だって書かれてるからなあ、メドゥーサ。それを聞いてちょっとホッとしたよ。


「それじゃ、あれもウソなのかな? メドゥーサがペルセウスだっけ? ギリシアの英雄に首を斬られて退治されたって話」

「そう、それよそれ!」

「ひっ!?」


 いきなりテーブルをドンと叩くと、目堂さんはものすごい剣幕でまくし立てた。


「アテナったら、本当にひどいのよ! 私の美しい金髪に嫉妬して、そのペルセウスって子を差し向けてくるんだから!」

「え、そこはホントなの!?」


 驚きに俺は思わず身を乗り出す。


「じゃあ、目堂さんは首を斬られても平気なの!?」

「まさか。首を斬られたら誰だって死ぬわよ」

「そ、そうだよね」


 そんなの当たり前でしょう、と言わんばかりの目を向けられて思わずたじろぐ俺。


「じゃあ、ホントのところはどうだったの?」

「あの頃は私もまだ若かったわ。油断したところを、首筋に一発もらって気絶しちゃったのよ。で、そのままアテナのところまで連れていかれたわけ」

「へ、へえ……」

「そうしたらあの女、その後どうしたと思う? 私が寝てるのをいいことに、勝手にこの子を私の頭に植えつけたのよ!」

「そ、そうだったんですか」


 アテナの不興を買って化物にされたとか聞いたことがあるけど、あの話はそのあたりから来てるのかな。


「しかもそれだけでは飽き足らず、髪の毛が蛇になったまま気絶してる私の顔を、自分の盾に描いてみんなに見せてまわったのよ! それもわざと下手に、ブサイクに描いてね!」

「あー、アテナが自分の盾にメドゥーサの首をくっつけたっていうのは、そういうことだったのか」

「私が目を覚ました頃には、いつの間にか人間たちの間にまでそれが流行っちゃってる始末よ! 本当、信じられない意地の悪さよ、あの女ったら!」


 ぷりぷりと怒りながら、目堂さんが手元のたこ焼きにえい、とつまようじを突き刺す。


 それにしても、あの神話にそんな裏話があったとは。いや、どこまでがホントなのかわからないけど。


「ていうか目堂さん、いったいどのくらい気絶してたの?」

「さあ、はっきりとはわからないけれど。ざっと数百年ってところかしら」

「長っ!」


 やっぱ人間とはもののスケールが違うな、この人(?)。


「ん? あれ、でも待って?」


 ふと気づいたことがあって、俺は目堂さんに聞いた。


「目堂さん、さっき自分の金髪に嫉妬してって言ってたよね?」

「ええ」

「でも、今は黒髪だよね?」

「そうよ」

「それ、染めてるの?」

「違うわよ」


 そっけなく言う目堂さん。


「じゃあ、どうして今は黒髪なの?」

「脱皮したからよ」

「だ、脱皮!?」


 すました顔で、とんでもないことを言う。


「そうよ。私、冬眠から目を覚ましたら脱皮して環境に適応しているの」

「目堂さん、蛇はアテナさんにつけられたんだよね?」

「そうよ」

「元々蛇だったわけじゃないよね?」

「当たり前じゃない。私は普通の女の子よ。蛇はあくまでおまけ」


 いやいや、どう考えても蛇要素の方が強いんだけど。後天的なものとは思えないくらいに。


「あ、もう一つ聞いていい?」

「ええ、構わないわ」

「頭の蛇って、そこの人(?)一人だけなの? 神話だと、髪の毛全部蛇みたいな感じだったけど」

「ああ、この子はね、そのたくさんの蛇が合わさって生まれたのよ。元のようにバラバラに分かれることも可能よ?」


 それから目堂さんは、頬杖をつくと俺の方をじっと見て、


「……見る?」

「結構です!」


 そんなの見られたら、みんなパニックに陥るから!


「そう、残念ね」

「せやな、せっかくいっちょおどかしたろかと思うてたのに」

「あんたは出てこなくていいですから!」


 ひょこっと顔を出した蛇に、俺は全力で注意する。


「ていうか、なるべくみんなを驚かせたくないんじゃなかったの?」

「冗談よ、冗談」


 目堂さんが楽しそうに笑う。さすが(見た目は)美少女なだけあって、笑うとかわいいな。


「あ、もう一つだけいいかな?」

「ええ、たこ焼きをおごってくれたお礼だもの。一つと言わず、遠慮なく聞いてちょうだい」


 たこ焼きおごられたくらいでこんな重大なことをペラペラしゃべってもいいのかと思いつつ、俺は質問した。


「目堂さんって、ホントは何歳なの?」


 その瞬間、目堂さんから何か黒いオーラのようなものが放たれる。


「知りたい? 教えてあげてもいいわよ。もっとも、あなたの最後の晩餐はそのたこ焼きになるわけだけれど」

「ごめんなさい」


 俺はひたすら平謝りした。




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