第2話 目堂さんの正体
自分のことをギリシア神話のメドゥーサだと名乗る、クラスメイトの美少女、
普段なら冗談きついぜと一笑に付すところだが、今こうして頭部から一匹の蛇を生やしている姿を見てしまっては、即座に否定などできるはずもない。
メドゥーサってあれだよね、ギリシア神話に出てくる、髪の毛が全部蛇の化け物だよね? で、確か姿を見ただけで石になっちゃうんじゃなかったっけか。
どういう流れでそうなったのかは忘れたけど、その後何とかっていう英雄が工夫してメドゥーサの首をはねるんだよな。
だから、神話の通りならもうとっくに退治されてるはずなんだけど……。
と、階段の上で仁王立ちしている目堂さんが、両手を腰に当てて不満そうな顔をした。
「ちょっと九品田くん、反応薄いんじゃない? 何か私に言うことはないの?」
「あ……え?」
俺は思わず間抜けな声を出す。
それから、何から聞くべきか考える。ホントはすぐにでも逃げ出したいんだけど、身体の自由がきかないし。
「ええと……目堂さんは、ホントにギリシア神話のメドゥーサなの?」
「そうよ。ほら、ちゃんと頭から蛇も生えてるでしょ?」
「た、確かに生えてるけど……」
「何や、わいに何か文句でもあんのかい」
目堂さんの右肩に乗った蛇が、ひどいエセ関西弁で俺を威嚇してくる。うん、あれが普通の生き物じゃないってことだけははっきりわかる。
「じゃあさ、目堂さんは、俺を……こ、殺すの?」
「殺す?」
目堂さんは「何言ってんだコイツ?」と言わんばかりの顔をした。心底不思議そうに首をかしげる。
「殺すって、どうして私があなたを殺さないといけないの?」
「え、いやだって、さっきも俺に正体を見られたとか言ってたし……」
「そうよ。それの何が問題なの?」
「え?」
今度は俺が声を上げた。
「何がって、正体知られてもいいものなの?」
「別に隠すようなことじゃないわよ。ただ、クラスのみんなは私のこと怖がってるようだから、これ以上怖がらせるわけにもいかないと思っておとなしくしてるだけ」
「そ、そうなの?」
驚く俺に、蛇が苛立った口調で言う。
「せやで、沙夜はこう見えてもごっつ気ぃ使ってるんや。わいかて人前に出んよう気ぃつけてるんやで」
「は、はあ……」
と、とりあえず、俺に危害を加える気はない……のかな?
「そんなところで立ち話も何だし、九品田くん、とりあえずこっちに来なさい」
そう言って手招きすると、目堂さんは踊り場に腰かけて階段のステップに足を乗せる。
「あ、あの、俺、今身体が動かないんだけど……」
「そんなことはないでしょ」
「いや、ホントに。多分目堂さんがメドゥーサだからだと思うんだけど……」
「ああ、あの『石になる』ってやつ? 私と会ってからもう一か月以上経つんだし、いいかげん慣れてきてるはずよ」
「それって慣れるもんなの!?」
疑問を口にしながらも、俺は足を前に出す。あ、確かに動くな。
身体が動くのならそのまま逃げ出そうかとも思ったけど、どうやら目堂さんには俺をどうにかする気はないみたいだから、素直に指示にしたがうことにする。
もし彼女が俺を殺す気なら、背を向けたとたんにやられそうだしね。
階段を上ると、目堂さんが自分の隣の床をぱんぱんと叩く。
「九品田くんもここに座りなさい」
「う、うん」
彼女の右隣だと、目の前に蛇がいて怖いんだけど。
おっかなびっくり隣に座ると、蛇が俺に声をかけてくる。
「いい身分やな、自分。沙夜の隣に座れるなんて、ホンマ幸せもんやで」
「は、はあ……」
俺はこんな蛇がすぐ隣にいると思うと、生きた心地がしないよ。
「さて、何から話したものかしら……」
目堂さんは口元に手を当てて、何ごとかを考えこんでいる。
そして。
「まあ、九品田くんもいろいろ私に聞きたいこともあるだろうし、何か質問してくれるかしら」
俺にすべて丸投げしてきた。
「えっ、ええ!? そうだな、それじゃ……」
まあ、聞きたいことは山ほどあるけれど……。
「目堂さんは、どうしてこの高校に来たの?」
「気分よ」
「気分!?」
ほとんど答えになっていないような答えに、俺は思わず大声を上げてしまう。この人、ホントに質問に答える気があるのかな……。
「ほら、日本のハイスクールって他の国とは違うって言うじゃない? みんな制服着てるし、部活もあるし」
「ああ、そういうのって他の国だと珍しいんだ」
「そうね、私が今まで巡ってきた国にはあまりなかったわ」
「でも、目堂さんって部活入ってたっけ?」
「うっ……」
俺の問いに口ごもると、彼女は不機嫌そうに俺を睨んだ。
「その話は終わり。次よ、次」
「ええっ?」
何だかマイペースな人だな。
「じゃあ、目堂さんって外国人なの? やっぱギリシア人?」
「出身はそうだけど、今は日本人よ。日本国籍も持ってるし」
どうやって国籍やら何やらを取ったのかは聞かないでおこう。
「じゃあ、言葉はどうやって覚えたの?」
「それはもちろん、これよ!」
そう言って、目堂さんはカバンから一冊の本を取り出した。
「……少女漫画?」
「そうよ! ジャパニーズ『Syoujo Manga』は、今や世界共通語なのよ!」
「そ、そうなんだ?」
妙なスイッチを押してしまったのか、目堂さんの目がキラキラと輝く。
もっと語りたげな目堂さんから目をそらし、俺は彼女の肩の上の蛇にも聞いてみた。
「あ、あの、あなたはどこで日本語を……?」
「そんなもん、お笑いに決まってるやろ! 上方の漫才や落語は、まさに人類の叡智の結晶やで」
「この子、いつもテレビやネットでお笑い番組や動画ばかり見てるのよ。だから変な言葉が染みついちゃったのね」
「変とは何や! お笑いをなめとんのか、われ!」
なるほど、だからめちゃくちゃなエセ関西弁なのか。目堂さんの様子から察するに、多分上方漫才や落語の何たるかなんて絶対知らないだろう。もちろん俺も知らないけど。
と、目堂さんが急に何かを思い出したかのように俺に尋ねてきた。
「ところで九品田くん、あなた、何か用があってここに来たんじゃない?」
「え? ……あ、そうだった!」
目堂さんのインパクトがデカ過ぎて、すっかり忘れてた!
「目堂さん、このあたりで水色のハンカチ見なかった? 俺、どこかに落としちゃったみたいでさ」
「ああ、これ、九品田くんのだったのね」
目堂さんがポケットからハンカチを取り出す。
「後で職員室に届けようと思っていたのだけど」
「あ、それだ!」
「ちょうどよかったわ。はい」
「ありがとう!」
目堂さんからハンカチを受け取る。あ、微妙にあったかいな。
「用事はそれだけ?」
「ああ! ありがとう! それじゃ俺、そろそろ帰るよ!」
そう言って立ち上がった俺の手を、目堂さんがぎゅっと握ってくる。やわらかい手のひらの感触に、俺は思わずドキリとする。
「な、何?」
振り返る俺に、目堂さんの目が妖しく輝く。
「九品田くん、あなたおもしろいわね。少し気に入ったわ」
「そ、それはどうも」
俺の背中に、じっとりと嫌な汗が浮かぶ。
そうだった、彼女は人間じゃないんだった。つい気軽におしゃべりしてたけど、やっぱり俺をこのままただで帰すつもりはなかったのか。
手のひらが汗ばむ。
緊張する俺に、目堂さんは続けた。
「あなたをこのまま帰すのは少々惜しいわね」
「や、やっぱり殺すの……?」
「だから、殺さないって言ってるでしょう。それとも、そんなに死にたいの?」
俺は必死に首をぶんぶんと横に振る。
「だったら私の言うことを聞きなさい。あなたのハンカチも見つけてあげたことだし」
「い、いったい何をすれば満足するんだ……?」
ひび割れた声を漏らす俺に、目堂さんは言った。
「そうね……とりあえず、これから私にたこ焼きをおごってくれないかしら?」
俺たちは、高校からほど近いショッピングモールのフードコートに向かうことになった。
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