10.COLOR JAM.

 それが彼の遺言だったと感傷に浸るにはあまりにも荒っぽいメッセージだった。

 件名は「クソッタレ」、本文は何もなく添付されていたのはクラウド上のデータを引き上げるための無機質な暗号付きパスコードだった。

 仕方ないので何の用件なのかと出向いた先に目的地は存在していなかった。焼け焦げた歓楽街の一角に、たしかに彼の雑多な店があったはずだったのだが。

 未だ舞い上がる黒い灰が、了の頬を掠め青い空へと散って行く。

 その時、スキーターが残したデータのダウンロード完了サインが鳴った。



 ―OTHER SIDE ― 10.COLOR JAM.



『クラウズ様、彼杜が第十三部隊の生き残りと接触を取っています。』

 報告を終えた祐次はクラウズへと声を忍ばせた。

『相模 了。"Project;GeNESiS"のEb被験体のNo.6、#000000ノワールです。』

 祐次はスキーターから引き揚げたデータにあった彼杜と共に映る了の画像を端末に表示させた。

『ノワール、か。』

 クラウズは一瞬驚いたように目を見開き、指先を口元に当てしばらく沈黙した。

 この男はどちらを取るだろうか―――佑次はクラウズの珍しい様子に微かに喉を鳴らした。この男にとって彼杜は最高の手札である、しかし軍事代の最高傑作である第十三部隊、それもノワール成功物がいるとなれば別であろう。

『次のクリークはパターン「強奪スナッチ」、相手にノワールを賭けさせろ。』

『こちらからは、何を。』

『私が、出よう。』

 満足そうに喉の奥で笑い、羽織る軍服を翻しクラウズが立ち上がった。

 ゆっくりと振り返り壁に掛けられている刀を手に取る。

『…お前も、死ぬ事が出来なかったのだな。』

 クラウズは愛しそうに刀を撫で、薄墨のように濁る灰色の瞳を閉じた。



 軍本部へ呼び出された了はその呼び出しを不信に思った漸と理佐を伴い本部へと向かった。待ち構えていたのは嘉縫だけではなくいつもは顔を出さない上層部の面々だった。

『穏やかな雰囲気じゃねーなー』

 重厚な空気をかき分けるような深く重い溜息で、嘉縫は言葉を切り出した。

『次回のクリークに先方は 相模 了―――〝#000000ノワール〟を賭けに指定してきた。』

 その言葉に漸と理佐は身構えたが、それより僅かに早く軍の兵が二人を拘束した。

『嘉縫!!お前それは、』

『漸。コイツは。』

 言葉を遮った嘉縫は、まるで知らない事のように声を上げた。

『嘉縫テメェッ!裏切りやがったな!!』

 怒鳴り声を上げすぐさま飛びかかろうとする漸を兵達が取り押さえる。

『でも、だからと言って、了を出すわけには!』

『もう遅いんだ理佐。次戦の情報は市場に流れている、隠し通した所で了の正体が暴かれるのは時間の問題だ。それとも、俺にこいつを殺させる気か。』

 理佐が息を呑む。了の正体、それが正面から軍に突きつけられれば軍はしかるべき処置を取る事になる。

『プラナドはもう事実を知っているだろう。その証拠に相手も大きな賭けに出て来た。』

 作戦室に設置されているモニターに次戦のオペレーションが映し出される。

『オペレーションナンバー二〇六三フタマルロクサン、クリークパターン「強奪スナッチ」勝利条件は―――プラナドの総裁ヘッド、クラウズの奪取。』

 すぐさま兵士達が了の周りを取り囲み退路を断つ、嘉縫は覚悟を決めた威圧的な眼で了と正面から向き合った。

『これは既にただのマネーゲームではない。プラナドの軍事力は今や我が軍と同等にまで肥大している。このままでは再びこの国は戦火へと包まれる事となる。俺はこの国を失うわけにはいかないんだ。』

 影響力を弱める軍部と他の組織を吸収し勢力を拡大し続けるプラナド、分が悪い軍部にプラナドを壊滅させるチャンスが差し出されれば軍は乗らざるを得ない。

 一同を見渡すように嘉縫は立ち上がり、戦争が終わった今も尚帯刀する刀の柄に手を添え、燃えるような鳶色の瞳を細めた。

『戦いの火蓋は切られた。これは―――戦争だ。』



 月が陰り黒い霧がかかるように薄暗い夜闇を目の前に見つめ、漸は何度めか分からない苛立ちの拳を壁に打ち付けた。

『畜生!!また戦争が始まるってのか、それもアイツを巻き込んで』

『部が悪いですね。第十三部隊の生き残りと、敵の総裁、軍部から見れば優先すべきは敵の奪取であり、守備ではない。それどころか了への疑念すら生まれている。』

 冷静な分析状況を告げスナイパーライフルを組み立てた理佐はインカムから苦々しげに耳を離した。

『この戦いに万が一にでも負ければ、了が殺される。』

『えぇ、』

 理佐は銃弾を装填しスコープを覗いた。

『了ではなく、再びノワール生物兵器に戻る。』

『言うな!!』

 冷徹に冷えたる瑠璃色の理佐の瞳、その背後に広がる夜闇に戦火を思い出し漸は目をそらした。厳重に警備された了を覗き窓から確認し、漸は大きく息を呑んだ。

『…俺は、アイツの父親代わりになれたのか。』

 漸は拳を握り締めぽつと呟いた。

『嘉縫からアイツの監視の任を受けた時、俺は任務じゃなくて父親代わりになるって決めてアイツを引き取ったんだ。それなのに俺も戦いからは抜けられず戦闘員を続けて…了の自我消滅の侵食も止まっていない、苦しめてばかりだ。それなら、』

 ―――あの時、殺しておけば。

 思わず浮かんだ言葉を喉の奥で噛み殺し、頭を振りかぶった。

『俺は四年前、軍部側に居た。今まで尽くし身を捧げてきた砦だ、反乱軍の気持ちも分かるが俺は裏切れなかった。だが国を最後の最後まで信じて戦ったにも関わらず軍は特殊部隊という兵器を使って戦いに勝利し、その責任を全て奴らにかぶせ事を終わらせようとしやがった。俺は今でもそれが許せねぇ。宇都木大佐の処刑後、第十三部隊の大半は命じられるがまま死んでいきやがった。そう生きるように教えられてたんだからな。了も、あと一歩遅かったら!!』

 漸は正面の壁に向かって拳を突き付けた。

『それでも俺は未だ軍側に立ち戦っている。許せないのは、自分自身だ!でも俺だってそうやって生きる事しか知るか!!結局は軍の奴らと同じ事をアイツに…!!』

 壁に打ち付ける拳から血が滲む、それでも構わずと再び振り上げた拳を、理佐がそっと真正面から受け止めた。

『了は、貴方をちゃんと受け入れてますよ。反乱軍アッフェだった私が変わったのと同じように。』

 受け止めた掌に漸の血が付着する、そのまま己の頬へと拳を運び理佐は微笑んだ。

『仮初めの家族にしては、あまりにもぎこちない家族でしたよね、私達って。私も軍部側である貴方を信用していなかったし、了なんか会話もまともに出来なくて。貴方が、一生懸命繋ぎ止めてくれたんですよ。名前を呼んで、必要としてくれて、信頼してくれて、愛してくれて。貴方が了の名を育ててあげたんですよ、だから。私達が最後まで了のまま、守らなきゃ。』

『…理佐。』

 漸は理佐の小さな身体を優しく抱きしめた。夜闇に冷えた頬が重なる事で暖かくなるのを感じ、漸は少しだけ落ち着きを取り戻した。こうやって初めて理佐を抱き寄せた時、彼女は致命傷を負った反乱軍、漸は軍の残党の肩書きを持つ敵同士だった。

『そうだよな、俺が取り乱している場合じゃ、ないよな。』

 大木のような深緑色の瞳を見開き、漸は理佐を力強く抱きしめ額を付け合った。


『―――こちら二番隊、衝突コンクリフト開始。』

 プラナドの本拠地へ先発している二番隊からの通信が入り、現場に緊張が走った。

『…妙じゃねぇか。衝突地点が早過ぎる。』

 通常強奪スナッチの場合、ターゲットの守備が最優先となるため本拠地の防衛に有利な地点にターゲットを置き、その周りに基本部隊を展開。攻撃部隊が相手の防衛ラインをあらかた削った所で守備部隊を攻撃に転じさせ、あとは消耗戦となるのが定石だが、攻撃部隊はまだ基地からそう離れていない。

『―――こちら二番隊、くッ、想定以上に数が多い。押し切られます。』

『何?おいどういう事だ、三番隊、応答しろ!』

『こちら三番隊、状況は同様。敵兵の過半数は攻撃に回っているように見えます!』

 次々に入る無線の応答に現場がざわつく、攻撃部隊の手数の差でプラナドに押し切られているのが次々途絶えていく通信から伝えられる。

『一体どうなってやがる…』

 水面を伝う振動のように不安が波紋となり揺れる兵達、そこに

『―――こちらターゲット#000000ノワール。第三部隊の一部をステルスさせ本拠地に潜入。残りの第二、第三部隊は徐々に後退し本部まで全線を下げろ。』

 突如割り込んできた了の通信に漸と理佐が顔を上げる。直ぐさま了の居る部屋へと駆け寄るが、警備兵に扉の前で止められる。

『クソ、プライベート回線に切り替えろ。おい、了!どういう事だ!』

『奴らの狙いは、俺だ。』

 小窓から見える了の顔の戦闘に備える瞳が漸と理佐を真っ直ぐに射抜く。

『まさか、』

 次の瞬間、本拠地の外から大きな爆発音が響き渡ると共に、通信が割り込む。

『こちら、第三部ステルス分隊。本拠地、クリア。誰も居ません。繰り返します。敵のターゲットが、それどころか兵も…本拠地には誰一人、見当たりません。』

 困惑する全隊へ、第三部隊の静かな通信が伝達された。

『じゃあ、ターゲットはどこに!?』

『―――来る。』


 多段の爆発音と振動が基地を襲う。漸と理佐はすぐさま下階へと駆け下り流れ込んでくるプラナド兵達を撃ち倒した。一部突破されている基地内は既に混戦状態へと陥っている。理佐はライフル、漸はショットガンを手に応戦へ急ぐ。

『こちら第一部隊!!ベースが突破されている!相手は全勢力を攻撃に回してやがるぞ!第二、第三部隊はすぐさま撤退、全員、ベースに戻れ!!!』

 漸が叫び終わるや否や上階から銃弾の音が響いた。状況にハッとした理佐が直ぐさま上の階へと身を翻す。その背を狙う敵をショットガンで往なし漸も後を追う。

『了っ!!』

 階段を駆け上がり上部のフロアへと飛び込む、瞬間辺りに立ち込める死の香り。

『…嘘。』

 上部のフロアの守備に当たっていた兵全て、

『よぅ。熊みたいなおっさんに、ちっちゃなお姉さんじゃん。おひさ。』

 白い髪もコートも真っ赤に染めた彼杜は、兵たちの死骸を積み重ねた上に腰を下ろし二人を見て笑った。

 折り重なる死体達が見知った顔ばかりだからこそ、彼等と対峙し尚、無傷で微笑む彼杜の戦力の差に二人の背筋が震えた。

『まったくテメェ等軍部はマニュアル通りの布陣しか組めねぇのかよ。だからクソ真面目な犬共は嫌いなんだ。』

 彼杜が死骸の山から飛び降りる、その挙動に反射的に理佐が銃を構えた。

『そんなにビビんなよ。知ってたろ、』

 頬の返り血を舐めあげ命を吸い上げた多くの抜け殻を足元にし笑う、白い獣。

『俺が、白猫ヴァイスだって事を。』

 全身の毛穴からねっとり流し込まれる嫌悪感を含んだ殺気に二人は僅かに怯む。

『ッ!コノ野郎ォァッ!!』

 気迫を押し返すように無理やり雄叫びを上げ向かって行く漸、それを軽く飛び越え理佐の後ろから追って入って来た兵に向かい彼杜はひらひらと銃を振った。音速の二丁銃から放たれる弾道の見えない弾丸、何が起こったかも分からぬまま弾は理佐をすり抜け、人だけが次々と倒れて行く。

『テメェっ!』

 漸はショットガンを棍棒のように彼杜に向けて振り回した。が、

『…ッ!!』

 重力の枷を持たぬ猫のように彼杜はショットガンの上に静かに着地した。

 白いコートが漸の頬をふわと撫で上げる。返り血の付いた髪をかきあげ、口の端を持ち上げながら、彼杜は漸を見下ろし灰桜のように白い目を細めた。

『重量級のアンタに、俺は倒せない。』

 反論に漸が口を開く間も無く顔面に鋭い蹴りが入る。漸の大きな体躯は部屋の端まで吹き飛んだ。

『漸っ!!』

 仰向けに倒れた漸はぴくりともその声に反応を示さなかった。

『安心しろ、殺しちゃいない。ただ顎にヒットさせたから、暫くは動けないぜ。』

『…これ、が。』

 圧倒的な戦力差を見せつけるマフィアプラナドのナンバー2、“ヴァイス”が目の前に立ちはだかっていた。

『出来れば女はベッドの中でぐちゃぐちゃにしてやりたいんだけどなぁ。』

 下品なジョークと笑い声を上げた彼杜は銃のトリガーに指を指輪のように通して煙草を口に咥えた。

『さて、お姉さん。あんたの赤飯が美味かったから、良い事おしえてやる。』

 喉をごろごろと鳴らし彼杜はマッチを擦り煙草に火を落とした。

『なぞなぞ、だ。現在の戦線状況は。』

『軍が型通りの布陣を引いたのに対しプラナドは全部隊を攻撃で展開、軍は前線も本拠地防衛も壊滅状態。プラナドの本拠地はものけの殻、最悪ね。』

『それじゃあ、肝心のターゲット獲物は―――どこだ?』

 薄い瞳の問いかけに、理佐の血の気が引いた。

『了っ!!』

 了の居る上階へと理佐が彼杜から目を離した、その一瞬。

『つまり、俺はデコイ。』

 声へと振り向く、彼杜の瞳が理佐と触れ合いそうな程近くに迫っている。

 理佐の鼻腔に生臭い返り血の間から、嗅いだことのある不思議な甘い香りが漂った。



『お久しぶり、ですね。』

 文脈の感情を微塵も感じさせない無感情な瞳を向け裕次は薄っぺらい笑顔を顔に貼り付けたまま床に転がる兵を挟み了と向き合っていた。

『昔にもお前には会った覚えがない。』

 同じく感情の滲まない表情と声で了はまっすぐ裕次へと銃を向けた。

『貴方と同じく"Project;GeNESiS"のEb被験体No.3、#000アウラ、この名であれば、覚えが?』

『いいや。死んだ奴の名前は、覚えていないんだ。』

 僅かに悪意を含んだ言葉尻と共に間髪入れず無遠慮に引かれる引き金、早々に撃ち鳴らされた弾丸を合図に裕次は俊足で避け了の目の前へと迫った。無駄のない動きで正面に立つ裕次の節くれ立った細身の剣が、一直線に振り下ろされる。

 ―――瞬間、部屋に跳ね返る刃の衝突音。

『…#000000ノワール、貴方のその姿を見るのは久しい。』

 鈍く光る日本刀の刃が剣を受け止める。交わる刃に火花を散らしながら了は持つ刀を振り抜き刃を滑らせ、振り向きざまに銃の引き金を引いた。二人は再び間合いを取り立ち尽くすように向き合う。

 右手に日本刀を持ち左手に銃を構え、了は全ての色を失ったかのように虚ろな濡れ羽色の瞳を見開いた。

#000000ノワールは、死んだ。』

 地の底から這い上がるような伽藍堂で圧倒的な忌避感を放つ、黒い獣。

 それは確かに彼杜と重なる心臓を貫かれるような獣の瞳だった。

『あぁ、実に貴方が妬ましい。』

 剣にサブマシンガンを添えそっくり同じ構えを取る裕次に了は眉を顰めた、構えの型が同じ特殊軍部出身である事を知らせ、了の指先に微かに緊張が走る。

 静寂、そして―――衝突。

 互いの銃口をギリギリですれ違う瞬間に刃を振り上げる、激しい弾丸同士が相殺される音の合間に響く刃の均衡の響き、正確且つ命を取り合う攻撃のやり取りを一足の乱れも感じさせずに躱し合う。

『やはり素晴らしい。今戦って尚、当時の特殊部隊の強さを思い知らされますね。しかしながら―――』

 サブマシンガンの弾丸が雨のように撃ち込まれる、軽く身を翻し避けた先を見越し振り翳される剣を了は正面から捉えようとしたが―――刃は蛇のように形を変えうねり変速的な軌道を描き了の脇腹を掻き裂いた。

『―――それは全て過去の遺物。』

『ッ!!』

 振り上げられた二打目の刃、了は受け止める事をせず寸前で刀を躱し続け小部屋を駆け巡った。蛇腹になる剣を鞭のように振り回しその合間を縫い銃弾が襲いかかる、刀で避けつつ間合いを取り後退する了、壁際に背が付きそうになった所を見逃さず鋭い刃が襲いかかった。

『ノワールっ!!』

 了を捉えた刃、しかしそれに怯む事なく冷静に刃に向け弾丸を連射する。軌道に合わせ放たれた弾丸が刃の軌道を逆流させる、蛇腹の刃は相手の足元を狙い飛びかかった。

 鋭い勢いで裕次の足首が綺麗に切り落とされ、そのままバランスを崩す―――と思われた裕次の身体は、足を失いむき出しになった切断面を着地させ、痛みに一寸も怯むこともなく裕次は剣を振り上げた。

 予想外の反応に寸分遅れた了の腹部から肩にかけて大きく引き裂かれる。

『…やはり、今の貴方に当時程の強さはない。残念です。』

 転がる足を拾った裕次は針を取り出し足首と足首を針で貫き固定させ、次の瞬間何事もなかったかのように了へと駆け出した。

『私は"Project;GeNESiS"の研究で痛みを失った。それでも、私はEbになれませんでした。私は彼杜になりたかった。彼と同じ強さを手に入れ、同じ戦場を駆けたかった。』

 変則的な刃の猛攻、不規則な斬撃が微かに動きが鈍った了の身体を削いでいく。うっすらと赤く染めしなる刃は致命傷を与えず徐々に相手を追い詰める。

 弾丸を打ち尽くした銃を投げ捨て、了は低く刀を構え直した。

『嗚呼、ようやく―――』

 刃を弾いた了の刃がそのまま裕次の首を狙い振り上げられる、

 そこに僅かに上回る速さで忍び寄る弓なりの刃。

 裕次の浅葱色の瞳が歓喜するように微かに揺れる。

『貴方を殺して、私が、Ebになる。』

 刃が首筋に触れる―――その瞬間、


『久しぶりだな、#000000ノワール。』


 真っ暗闇の空洞が脳髄の奥から己を飲み込もうと広がる、絶対的支配の声。

 身体の器官全ての動きが、その声に反応して停止する。

 ぎこちなく動いた眼球が、射抜くようにこちらを見下ろす絶対的な灰色の瞳と交わった。

『………宇都木うづき、大佐。』

 了は戦慄いた声で最も畏怖の対象である上官の名を呼んだ。

 入り口に立ち刀を構えた軍服を肩から駆けた灰色の瞳、その姿は四年前、処刑されたはずの、第十三部隊司令 宇都木うづき蔵人くらんど大佐だった。

 瞬間、了は己の自我が塗り潰されたように目の前が真っ暗になった。


 温かい体液が皮膚に降り注ぐ感触が伝わる。

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OTHER SIDE.  益田 彩人 @fuganeugier

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