第1章 4幕 「反旗の袂」

「手を止めるなぁ! 敵勢力は虫の息だぞ! 囲んで畳み掛けろ!!」


 広間に野太い怒号が飛んだ。


 辺りには粗雑な造りの建物が立ち並んでいるが、それもこの場所で行われる戦闘によって半壊から全壊の被害を被っていた。


 軍勢は2つで、1対1


 片側の勢力の兵士は制服の右肩の部分に、朱色の下地に装飾された長剣と短剣が交差するようにあしらわれた国章を付けている。その国章はつまり、新生ロンドール王国の兵であることを示している。敵対勢力と比べると数は多く、兵は100人を超えていた。


 新生ロンドールの兵士の携える武器は鉄製の凡庸ぼんようつるぎ長槍ちょうそう、弓だ。剣士は戦火の中遊撃を行い、長槍の部隊は隊列を組んでその刃先を突きつける。その背後から後方支援の形で弓兵隊が木矢をつがえ、弓を引いていた。


 もう一方の勢力はそれ以外。つまりは王国に反乱する勢力だ。特に服装は統一されてはおらず、老若男女問わない多様ぶりだ。しかし彼らにも統一された特徴があった。それは片方の手首につけられた腕輪だ。銀色の鉄製の腕輪の上部には紅く透き通った石が嵌め込まれている。勢力の中一人も漏れずそれを付けている。数は王国兵よりかなり少なく、多く見積もっても30人程の規模である。


 反乱勢力の携える武器は王国兵と特に変わりはない。剣士がいて槍兵、弓兵がいる。しかし、その戦力は王国兵たちのそれとは比べものにならないものだった。


 彼らの内1人が腕輪をはめめた腕を敵兵へかざす。すると腕輪に嵌め込まれ紅い石が奇怪な光を放ち、次の瞬間には敵兵を紅蓮の炎の柱に取り込み、獣じみた雄叫びと共に灰へと還した。瞬きの間に起こった出来事だった。


 一方で赤光しゃっこうが起こったかと思うと、見えない風の刃によって王国兵の四肢が切り落とされ、当の本人は何事かと辺りを見つめながら絶命した。


 また一方では、巨大な氷柱が赤光と共に出現し、兵の命を凍てつく柱に閉じ込め、砕け散らせた。


 その力はあまりに一方的で、それはお世辞にも対等な『戦闘』などではなく、ただの『虐殺』に過ぎなかった。反乱勢力が数で劣っていようとも、そんなことは瑣末さまつなことに過ぎなかった。


「さあ、諸君! 辛酸しんさんを舐める時代は終わった! 新生ロンドール王国は既に我らの手に落ち、残すは寵愛の加護の使徒を救うのみだ! 仕上げにかかれ!! 」


 反乱勢力の指揮官と思われる大柄で透き通った顔立ちの青年の声は鬼気迫った迫力を持っていた。紅いマントの下に黒衣を着込む指揮官は、戦闘の最後方で戦場を見据えている。


 その声に応じるように点在する反乱勢力の兵士たちは怒号を放ち、絶大なる力を振るって敵を無残にも蹴散けちらした。


「ししし、使徒様を早く!! は、早く解放しないととと。世界を、ああ、あるべき姿にも、もも戻さないとぉぉぉ! 聖女さまがぁぁ! 悲しんでしまわれるぅぅ!! 」


 怒号飛び交う中でも異質な声が響く。音が詰まってしどろもどろとしたその声だが、声が裏返りながらも戦闘の中でも嫌に響く狂気的な高音。


 それは純白のシンプルな外套に身を包んだ、色白で混じり気のない白髪の中年の歪な口から発せられていた。彼の姿は肌の色を含めて上から下まで全て白で統一されていた。しかしその表情は全身の無垢な白に対して冒涜的な程にひしゃげていて、いつからあるのかもわからないほどに深い目の下のクマが象徴的だった。


 一度腕を振るえば地面の土くれが舞い上がり、彼の支配下に置かれる。ゆらゆらと漂う土や石が敵兵を標的に定める。


「なんなんだよ……これ。こんなのに勝てるわけが」


 標的にされた兵士の顔からは血の気が引いて青ざめる。先ほど目の前の不吉な男の無慈悲な石飛礫になぶり殺された仲間の惨状が、兵士の頭を過る。全身を石の矢に穿うがたれ、穴ぼこになった戦友。次は自分が、あの肉塊に成り果てる。兵士は絶句した。


「ああああっ、ししし使徒様を辱めた、きき貴様等には、むむむ報いを、与えなけレレレば、なりません、ねぇぇぇ!!」


 耳朶じだを汚す狂った高音が空に響く。


 兵士の右側から視界が消えた。吹き飛んだ。


「あああ……え?」


 残った左側の視界は舞い上がる砂埃を写していた。それはあまりに鮮明で、まだ自分がこの世界に留まっているのだと兵士は感じた。自分は助かったのではないか、兵士はそう錯覚した。

 自らの顔面の右側が根こそぎ吹き飛ばされたことにも気付かずに。


「はははは、俺は」


 程なくして兵士は、半分になった口を釣り上げて、自覚することなく絶命した。


「しし粛清しゅくせい、です。粛清、シシシ粛清!! 解放、解放しなければばばばば! 使徒様ぁぁ、あと少しお待ちを」


 言い切るとともに、不吉な白い男は眼前で繰り広げられる戦闘に改めて身を投じた。


 その白い背を追う女がいた。頭部前方、胸、腕の上部、足の前面と要所のみを守る最小限の鉄製の防具を身につけた彼女もまた、反乱勢力の一員であった。防具の下には、黒と白で構成された戦装束を着込んでいる。


 その女はたった今白い男が惨殺した兵士の亡骸なきがらを見下ろした。彼女は拳を握りしめて、しばしの黙祷もくとうを捧げた。


 女は黙祷を終えると、白い男の背に穿つように真摯しんしな怒りの視線を向ける。


「ナランディン! 殺すにしてももっと穏やかなやり方があるでしょう!? こんな、侮辱する様な殺し方しなくてもいいじゃない! 」


 その鈴の音のような美しい声もまた、戦場の中であっても際立った。ナランディンと呼ばれる不吉な男を呼び止めた女は、ズカズカと大股に距離を詰めて彼の肩を引っ張った。


「また貴女ですか、ハルティナ。ここは戦場なのですから、今は我らの使徒様の解放という目的を果たさねばならないのですよ。興が冷めることをしないで頂きたいですね」


 ナランディンの口調は先ほどと打って変わって、どもることなく明瞭めいりょうに響いた。その変わりようにハルティナは額に手を当てて、呆れたように息を吐いた。


「どうして貴方は戦いになるといつものように振る舞えないのですか……。普段の紳士的なナランディンは何処へ消えてしまったのです。大体、貴方は自分が戦っている時の顔を見たことがありますか? 見たことがないのなら一度鏡を片手に戦ってみたらどうかしら」


「よく口が回りますね、ハルティナ。ですが、口ではなく手を動かしなさい。使徒様の囚われている地下牢はもう目の前ですよ」


 落ち着き払った態度のナランディンは、ハルティナの顔から目を離して、一息吐く。ナランディンは戦闘時の顔からは想像もつかないほど均整の取れた顔つきをしており、目の下のクマは相変わらずの不吉さではあるが十二分に人の、特に異性の興味を惹きつける顔立ちをしていた。


 しかし、その目鼻整った顔も、目の前で行われている王国兵と仲間の兵の戦闘を見るや、みるみる内に狂気に歪んでいく。


 ナランディンは目を見開いた。大きく開け放った口からは知らずの内に大笑いが零れ落ちている。


 自らが渇望した存在が、もう目と鼻の先にいる。その想いは、彼の内にある『使徒様』という希望を目の前に幻視させる程に大きかった。


「ああぁっはっ! シシシ使徒様ぁ!! 遂に私の前にぃぃぃ、お姿を見せてくださいましたかぁぁあ! このナランディン・ベディングが、今にあなた方を解放! 解放いたしますからねぇぇぇ!! 」


「ちょっと! ナランディン! 待ちなさいよ……ナード!! 」


 ハルティナの縋る様な叫びも虚しく、ナランディンは焦点も合わぬ目で戦場へと駆けて行く。


 再びハルティナの拳は強く、切なく握り締められた。透き通る紫紺しこんの瞳には流してはならない涙が溜まる。


 どうしていつも彼を止めることが出来ないのか。彼は正気ではない。きっと今の姿は、本来の彼が望むものではない。それをわかっていて、止められるのは自分しかいないというのに。


「どうして私は……」


 溢れかけた涙に気付いて、慌てて彼女はそれを乱暴に拭った。


 彼女は両手で自らの頬を張って、戒めた。


「ここは戦場よ。あと一息で寵愛の使徒を助け出せる。そうすればきっと、ナードだって」


 自らがこの争いに参加した意味を今一度確かめる。ハルティナは腰に携えた剣の柄をゆっくりと握りしめた。離してしまわない様に、心の中で彼の名を叫び続けた。


 遠くない前方で土くれを舞い上げ、狂態を露わにするナランディンの背中を追いかけ、彼女はそれに並んだ。


 決して見失わない。そう強く繰り返して、彼の横でハルティナは腕をかざした。


「ナランディン! ここはいいから貴方は地下牢の解放に向かって! 応戦は極力避けて、もし戦うなら尊厳を持って葬りなさい!」


「全く口煩いですね、貴方は。まあ、ここはお言葉に甘えておきますかぁぁ!! 」


 ナランディンはハルティナを一瞥すると、矢の如く駆け出した。彼の瞳の先には使徒達が囚われている地下牢に繋がる建物にのみ注がれた。彼の妄執は既にそれ以外を遮断していた。


「ナランディン・ベディング、使徒様の解放に突入するぅぅ!! 」


 金切り声は戦場に高らかに響いた。呼応する様に次々と雄叫びは空へと吸い込まれる。


「ナランディン……。やはりあの男が一番乗りか」


 戦闘より一歩引いた場所。広場の入口の位置に腕を組む男は一度目を伏せた。


 そして再びゆっくりと瞳を開き、号令は発せられた。


「諸君! 道は拓けた! 手の空いたものからナランディン・ベディングに続け!! 」


 号令は轟音の戦場の中、淀むことなく全てのものに届けられる。


 圧倒的な力は戦場の終結に向けた号令により後押しされ、更に王国兵を締め上げる。反乱勢力は皆一様に咆哮ほうこうを上げた。


「寵愛の使徒を解放後は、私、アルファルド・スタールの元へ誘導しろ! 彼らは我らの国で保護する! 1人たりとも死なすな! 」


 淀みない号令のあとに、続々とナランディンの背を追って反乱勢力の成員数人が地下牢へ繋がる建物に足を踏み入れた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 アルファルドはそれを変わらず腕を組んだままそれを見届けた。


 そんなアルファルドの元に1人の女性が駆けつけた。


「ハルティナ・シアスです。アルファルドさん、私は塔に収容された使徒の解放に向かいます」


 ナランディンから敵兵を引き受けたハルティナだったが、呼吸にも金糸きんしの様な流れる髪にも乱れはなく、毅然としてアルファルドの前に立った。


 アルファルドはハルティナの言葉に軽く頷き掛ける。


「了解した、ハルティナ君。塔に収容された使徒は危険な加護を持つという。この場の敵兵はあらかた片付いたはずだ、手練れを数人連れて行きたまえ」


 アルファルドは辺りを軽く見回し、数人を見繕った。


「ファリス! リゴレット! フェデルゴ! 三人は来てくれ! 」


 種々の魔術によって地形が変わりつつある戦場を手持ち無沙汰にしている三人にアルファルドは声をかけた。


 敵兵の姿がほぼ見られなくなった中、掛けられた指揮官の声に三人は耳聡く気づき、素早くアルファルドの元に駆け寄った。


「タイチョー! このリゴレット・ダーチェス、テキのヘイシを24人も殺して来ました! 24人です! 」


 リゴレットという肩口で切りそろえられた乾いた血ような朱殷しゅいんの髪を揺らす少女は、アルファルドの前に勇み出た。彼女の顔立ちは幼く、背丈も三人の中で群を抜いて低い。だが、24人の訓練された兵隊をなぎ払ったことで尋常でないほどの返り血を浴びた彼女はそれを拭うこともしていない。顔にまで飛び散った敵兵の血は乾き切っており、彼女の髪と同じ色をしていた。


「リゴレット、私は隊長じゃないよ。アルファルドと呼んでくれて構わない」


「私の中ではタイチョーだからタイチョーでいいの」


 そんな姿で自慢するように無邪気に笑う彼女を、悲しげに見つめる男女が脇に2人いた。


 女性の方などは、彼女の返り血に塗れる姿を直視することすら辛そうに目を伏せていた。


「ほら、リゴレット。顔についてるのくらいちゃんと拭きなさい。こっち向いて」


「えー、どうせまた濡れちゃうんだからいいよー。ファリスはいつもうるさいなぁ」


 ファリスと呼ばれる女性はリゴレットに歩み寄って、彼女の目線に合わせる様にかがみ込んだ。腰に下げた小袋から手ぬぐいを取り出し、ファリスは優しくリゴレットの顔の赤を拭い始める。


 ファリスの黒い髪は後頭部の少し上の方で一本に束ねられていて、長さは肩口程まででそれほど長くはない。戦場の中にあっても黒髪は艶やかに陽光を跳ね返し、輝いている様にすら見える。顔立ちは長い睫毛が特徴的で少し幼さが残っているが、瞳には澱んだ憂いが浮かんでおり、どこか大人びて見える。


「ああ、乾いてしまってなかなか取れない……」


 乾いてこびりついた血痕は水気を含まない手ぬぐいではいくら拭ったところでなくならなかった。少女の顔に蔓延る赤黒く生々しい斑点をファリスは睨みつけ、顔はみるみる険しく崩れていく。優しく拭っていたファリスの手には次第に強く握り込まれていき乱暴さを見せ始める。


「な、なんで。なんでとれないのよ。血が、こんなに、ダメよ、ダメなのよリゴレット。なんで……」


 ファリスの目はリゴレットの顔中に点在する血痕の間を忙しなく泳ぎ回った。憎む様な視線は焦点を失っていく。


「い、痛いよファリス! やめて! 」


 乱暴に顔を拭うファリスをリゴレットは困惑しながら突き飛ばした。ファリスから1歩距離をとったリゴレットは両手を胸の前で握って、怯えながらファリスを見つめた。


 ファリスはというと、手に持っていた手拭いを見つめて自分のしてしまった事を身を震わせながら思い返して目を見開いた。彼女の目の端には急速に涙が溜まっていく。


「ああ、違うの。ごめんなさいリゴレット。ごめんなさ……許して。ごめんなさい」


 溜まった涙は直ぐに支えを無くして、彼女の頬に流れ出した。手拭いを胸に強く抱えて、ファリスは力なくリゴレットに頭をさげる。


「もう、変なファリス」


 ふんっ、と鼻を鳴らしたリゴレットは先のやり取りも大したことではない様にアルファルドに振り返り、ニッとまた無邪気に笑って見せた。


 2人はどうしようもなくすれ違っていて、空回っていた。


「ファリス、立てるか?」


 うずくまって顔を両手で覆うファリスの肩に男の手が優しく触れた。


「ご、ごめんなさいフェデルゴ。私はいつもいつも……」


「気に病むことはない。お前は間違ってないさ」


 フェデルゴは傷のひしめく両腕でファリスの肩を抱いて、ゆっくりと立てるように促した。ファリスもそれに従い、肩を抱くフェデルゴの手を少し強く握った。


「取り乱してごめんなさい。アルファルド、私たちは次どうすればいいの?」


「ああ、ここに居る4人に塔の牢獄に収容されている使徒の解放を頼みたい。塔の内部は狭い螺旋階段らせんかいだんになっていて、多勢で乗り込むのは得策ではない。少数で乗り込んで攻略するしかない。君たち4人が適任だ」


 アルファルドは4人に視線を巡らせる。四者四様、様々な表情を見せる目の前の魔術師達の前で、アルファルドは堅く保った表情を変えることはなかった。


「塔の防衛に当っている王国兵は君達なら難なく切り抜けられるだろう。ただ、問題は収容されている使徒の方だ」


「確かあそこに収容されている使徒は危険な加護を持ってるって話よね」


 ファリスは一瞬俯いたあと、心配気にリゴレットを見遣った。そんな様子のファリスをフェデルゴもまた不安気な目をしている。


 そんな2人の心を知ることもなく、リゴレットはアルファルドの前で嬉し気に跳ね回っていた。


「タイチョー! それを私がちゃんと出来たら褒めてくれる? どう?」


「ああ、もちろんさ。この戦が終わって落ち着いたら、ゆっくり美味しいお茶菓子を振舞おう」


「やった! お茶会、約束ね」


「ああ、約束だ」


 アルファルドはリゴレットの前で片膝をついて彼女の頭を軽く撫でた。リゴレットは頬を赤らめながら弾ける様に笑う。


 だが、そんな光景にファリスは耐えられずアルファルドを睨みつけ、声を上げた。


「やめて! アルファルド! その子にそんな危険な戦いはさせられない! いい加減にしなさいよ! 」


「何を、いい加減にすればいいのかな? ファリス」


「その態度よ! 調子の良いことを言って、リゴレットをここに連れてきたのだってあなたじゃない! その子はまだ子供なの、12歳なのよ? 戦場になんか、立つべきじゃなかった……」


 この上なく苦し気な表情でファリスはがなりたてる。この戦場での彼女の葛藤かっとうが浮き彫りになっていく。


 尚もアルファルドは表情1つ変えることはない。


「いいや、違うな。私は彼女に強制などしていない。ここに立っているのは彼女の意思だ」


「そうだよファリス! 私はタイチョーの役に立ちたいの! だからテキのヘイシを殺すの! いっぱい殺せばタイチョーは喜んでくれるの! そうじゃないと、私はここに居られないの! 」


 リゴレットはアルファルドの背に隠れる様にして頬を膨らませた。


 なんて茶番なのか、リゴレットはそう思わざるを得なかった。


 自分の意思などとのたまうアルファルドに、彼女は苛立ちを隠せない。


 リゴレットは子供なのだ。それも不遇な生い立ちで自分の居場所がなかった。そんな子供が居場所を得るためならどんな頼みだって、命令だって喜んで聞き入れることなど、アルファルドは分かっている。分かった上で利用しているのだ。


 沸々ふつふつとせり上がってくる怒りに、ファリスの顔は厳しさを増していく一方だった。


「アルファルド、あなたは本当にそんな道を進むの? それは間違いなく真っ当な道じゃないわ。そんな苦しいだけのいばらの道に、リゴレットを巻き込まないで」


「真っ当な道など妻が、ミスティアが死んで、反乱を企てた時に既に塞がっているんだよ、ファリス。聞き分けてくれ」


 声には一抹の憂いが混じっていたが、アルファルドの表情は変わらない。


 目を伏せ、もう言葉もないとファリスは息を吐いた。


「分かったわ。よく分かった。従うわよ。指揮官は貴方だもの、私たちが選んだ。リゴレット、顔を洗いに行きましょう。ついて来て」


「ファリス怖いよぉ。私のこと怒る?」


「怒らないわ。ほら」


 アルファルドの背に隠れるリゴレットにファリスは弱々しく笑みを浮かべて手を差し出した。


 リゴレットは暫くファリスを見つめ、おずおずとファリスの手を握った。


「じゃあ、行こっか」


「……うん」


 シュンと小さくなったリゴレットはファリスに手を引かれながら、アルファルド達から遠ざかって行った。


 張り詰めていたアルファルドは小さく息を吐き、また腕を組み直した。


「あ、あの、アルファルドさん」


「すまないハルティナ君。見苦しい所を見せてしまったね」


「いえ、それで塔の攻略は……」


「ああ、予定通り行う。彼女らが戻って来次第決行する。ハルティナ君とフェデルゴも、準備を頼む」


「はい」


「了解だ」


 その場にしばし、静寂が流れる。


 不意に口を開いたのはフェデルゴだった。


「大丈夫か、アル」


 フェデルゴは少し笑って愛称で彼を呼んだ。アルファルドは一瞬目を見開いて、俯き加減で笑った。


「いや、大丈夫さフェイ。心が痛まないわけじゃないが」


 アルファルドとフェデルゴは2人で苦く笑った。


「お前のこと、少しは分かってるつもりだ。たが、あの子達の事も少し考えてやってくれ」


 フェデルゴは離れた水場で顔を洗うリゴレットとファリスに憂うような瞳を向ける。それを追うようにしてアルファルドも見つめた。


「分かっている。ファリスの言うことも……。だが、それでも私は」


「ああ、そうだな。お前は分かっている。それでもその痛みをねじ伏せることができる男だよ、お前は。あの2人は俺が死なせない。お前はお前にしか出来ないことをすればいい」


「本当に、君には敵わないな」


 おもんばかるような声がフェデルゴの声がアルファルドの耳朶を打つと、静かに目を伏せた。


 誓いは変わらず、芯を打ち付けてくる全てを弾き返す。愛する者の死を、ミスティアの死のその時を頭の中でなぞると、厳しく熱い感情がいつであっても広がっていく。


「ロンドール」という呪いの様な国を消し去しさる。自分から失ってはならないものを奪った全てを裁く。アルファルドは拳を胸に押し付け、強く強く握りしめた。


「さあ、制圧まであと一息だ。残るは全ての使徒の解放のみだ。ロンドールという過去の遺物を完膚なきまでに叩き潰す。力を貸してくれるな?」


「ああ、言われるまでもない」


「私も、全力を尽くします!」


 アルファルドを前にした2人は一様に表情を引き締める。


「私は納得してないわ、貴方のやり方。でも、この戦いさえ終われば……。今回は私がリゴレットを守る。しっかりケリをつけましょう」


「タイチョーのために頑張るよー! お茶会忘れちゃダメだよ! 」


 離れていた2人も合流し、いよいよ緊張感が場に走る。


「皆集まったな。では、塔の使徒の解放を決行する。私はこの戦の指揮官だ。だからこそ君たちが死ぬことを絶対に望まない。必ず生きて帰ってきてくれ!」


 アルファルドの瞳は4人を見回して、腕を組み直した。


 4人はアルファルドの声に各々の反応を返し、背を向けて塔の方角へと駆け出した。


 アルファルドはそれを見送ると、手首に巻きついている腕輪にあしらわれた紅い宝石を眺めた。自分の率いる軍勢が漏れることなく手にした力。絶大な、これまで行われてきた人の戦の常識を大きく覆す力。近年生まれたこの「魔術」という力は人の世を変える。


「利用できるものは全て、余すところ無く利用する。私はそう決めたんだ、ミスティア。君のためだと嘯くが、それは私のためだ。それでも私は……」


 元は整備され整然としていた広場だったが、今は荒れ果てている。まるで魔術の力を象徴する様に地面は抉れ、穿たれ、何処か悲愴さを浮き上がらせている。


「世界には、まだまだ私の我儘に付き合ってもらう」


 アルファルドは視線をめぐらせ、静かに呟いた。





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寵愛のカルマロンドール 夢宮ワンド @yumemiyawand

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