睡眠薬
秋山 魚
睡眠薬
母に睡眠薬を禁止された。
「病は気から、病気は気合で治る、薬に頼ったら馬鹿になる」
と言う母の馬鹿丸出しの持論により、睡眠薬を禁止された。私は薬がないと寝られない、と再三主張しているのだが、母は「薬なんか飲んでいるから眠れないのよ」と言って聞かない。薬を飲み始めてからやっと寝られるようになったの、と私が涙ながらに訴えても「そんなのは気のせい」といって母は私の睡眠薬を寝たきりの祖母の口にねじ込んだ。
寝たきりの祖母は睡眠薬をガリガリと噛んだ。私はそれを見ながら、何故祖母は良くて私はダメなのかと問い詰めた。母は、「おばあちゃんはもう寝ているだけの人だからいいの」と平然と答えた。祖母の口から睡眠薬の欠片がこぼれた。
その夜、睡眠薬を奪われた私は、やっぱり眠れなかった。ベッドに入ったはいいものの、眠気は一向に来ない。どんなに羊を数えても、眠気は一向に来ない。そういえば寝酒がいいとテレビで言ってたな、と思い出したが、そういえば未成年なので寝酒もできない。寝れない。寝られない。
ベッドに入ってどれ程経ったか。急に両耳がしょわしょわし出した。吃驚して身体を起こそうとしたが、起きない。金縛りだ。ここ最近ご無沙汰だったが、まさか睡眠薬をやめた途端来るなんて。戦々恐々としていると、今度は耳の中に空気を大量に含んだ声が入ってきた。
「寝ているだけの人だからいいの」
「寝ているだけの人だからいいの」
「寝ているだけの人だからいいの」
昼間聞いた母の声が耳の中をしょわしょわと通り抜ける。気持ち悪い。でも金縛りの時にはよくあることだ。たぶんもうすぐ幻覚も見えるようになるだろう。そう思っていると、はやり来た。部屋の扉が少しだけ開き、そこから母のような何かが顔を出したのだ。首が動かせない為視線だけをそちらに向けると、幻覚と思しき母はこちらを見ながら祈り始めた。両手を摺合せながら、何か呪文のようなものを唱えている。気持ちの悪い幻覚。しかし、それももうすぐ消えるはずだ。何故なら、朝日がもう昇り始めているから。
明るい。朝になったらしい。やはり寝られなかったが、頭の中で円周率を数えていたらいつのまにやら朝になっていた。身体も動く。
そう言えばあの母のような幻覚は何だったのだろう、と思っていると、母が入ってきた。
「お母さん」
呼ぶと、幻覚のような母はこちらをはっと見つめた。
「あなた、本当に眠れないのね」
母はそう言いながら悲しそうな、いや、私を憐れむような顔をした。
「? 言ったじゃん、寝られないって」
「でもね、神様がね……」
母は床を見つめながら、ぶつぶつと喋り出した。神様が言ってた。娘が寝られないのは薬のせい。ちゃんとオツトメをしたら娘は寝られるようになるから、大丈夫、大丈夫。
全然大丈夫ではない。一体いつの間に新興宗教など始めたのだろうか。わが母ながら情けない。
「神様だか何だか知らないけど、私は薬がないと寝られないの。返して」
そういうと、まだぶつぶつと呟いていた母はぼうっと顔をあげ、
「ほんとうにいいの?」
と聞いてきた。
「いいのって、いや、返してってずっと言ってるじゃん」
「いいの? 薬で」
「変な宗教に頼るよりよっぽどいいって」
「……そう」
母はそう小さく呟くと、部屋から出て行った。しかしすぐに戻ってきた。手に吸い飲みと粉薬を持って。
「……何それ?」
「いざと言う時のための、強い薬」
良くわからなかったが、睡眠不足で死にそうだった私は、その薬を奪うようにして飲んだ。そう言えばもう朝だ。月曜だ。いいや、どうせ、いけないし。いかないし。
目が醒めた。身体を起こそうとしたが、起きない。拘束されていた。枕元には母が立っていた。
「お母さんもねその方がいい気がしてたのだってあなたずっと外に出てないしでも生きてるから娘だから大切だから薬なんか飲まなくていいと思っていたけれどあなたにその気がないならしょうがないと思ってだからおばあちゃんとおそろいよよかったね」
母はそうぶつぶつと呟いて、私に社会不適合者の印を押した。
「でも寝ているだけの人だからいいの」
睡眠薬 秋山 魚 @osakanafurby
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