第5話

「あの、アリスさん?私はなんで椅子に拘束されているんでしょうか?」


 部屋を出た後、俺は何故かバールのようなもので後頭部を殴られ気絶した。しらばくして起きた時には、闘技場のような場所で四肢を鉄パイプの椅子に鉄の鎖で固定されて動けないようにされていた。

 色んな意味で鬼教官だな、アリスは。できるだけ想像したくなかった、悪い意味で。


「何でって、これから訓練するからに決まっているでしょ?」


 訓練ではなく、拷問の間違いだろう。


「別に、ひどいことをする訳では無いわ。今から時雨君の体に私の霊力を流して、神器カミノウツワの力を解き放つのよ。人間には反射というものが備わっていることを知っているわね?」

「あぁ、一応は。たしか、熱いものを触った時に咄嗟に手を離すあれだろ?」

「時雨君が言ったのは脊髄反射ね。脊髄反射は情報を脳まで送らない分、早く動くことができるのよ。今回は、その性質を利用するのよ」

「つまり、霊力に反応して神器カミノウツワの力を解放させるってわけか。でも、それなら俺を拘束する必要は無いんじゃないか?」

「それは念のためよ。霊力を流した時に拒絶反応を起こして、全身に強烈な痛みが走る時があるの。大抵の場合、痛みに耐えきれずに暴れだすわ。つまり――」

「俺を暴れされないようにするための保険って事かよ!こんちくしょうッ!」


 やっぱり拷問じゃねぇか!これで力が解放されなかったら恨むぞ!

 まぁ、これも冴姫に会うために必要なことなんだ。我慢するか。


「あぁ、言い忘れていたわ。力を解放させて、体が慣れたら精霊の召喚をす――」

「よし、今すぐ力を解放させよう。今すぐにだ。一分だけ待つ。五秒以内に支度し……がふッ」


 俺の言葉を遮るように、みぞおちに肘鉄を食らわせる。流石に肘鉄は酷いと思う。

 まぁ、アリスの気持ちもわからないではないが、額を小突く程度にして欲しいものだ。


「落ち着きなさい。もう支度はできているわ。それに、五秒以内に支度をしたとしても、五十五秒余るでしょう。その間はどうするつもりなの?」

「そ、そんなの、俺の心の準備をする時間に決まってるだろ」

「はぁ……まぁ、いいわ。こんなことをする時間も無駄ね。さっさと始めてしまいましょうか」


 アリスが俺の胸部に手をおいた瞬間、ドンッと強めの衝撃が俺の全身を襲う。反射的に目を閉じるも不思議と痛みはなく、恐怖心……というよりは安心感が俺を満たしていた。

 なんだ、アリスの杞憂だったか。痛みなんてもの、起こる気配すらない。それどころか、全身の目に見えない傷全てが治っているような感覚だ。アリスが言っていたこととは正反対のことが起きている。


「……おかしいわね。そろそろ解放されてもおかしくないのだけれど」


 胸部から手の感触が消え、その変わりに何かに抱きしめられるような感覚が襲う。

 痛くないと解放されない鬼畜仕様なのか、それとも俺にその力が宿っていないかの二択だろう。

 しかし、この抱きしめられるような感覚は何なのだろうか。嫌な訳では無いが、浮気をしているような気分になる。冴姫に申し訳ないという気持ちが大きい。


「アリス。もしかして、俺を抱きしめているか?」

「そんなわけないでしょう。なんでそんな考えに至ったのかしら?」

「いや、さっきからなにかに抱きしめられているような感触があるんだ。これって、何か関係あるのか?」

「もしかしたら……。時雨君っ!誰か、好きな人のことを考えて!」


 アリスはなにか考え事をした後、今までで一番大きな声を発する。情緒不安定か、この人は。 

 それにしても、好きな人か。つまり、冴姫を思い浮かべればいいのか。簡単な事だ。美しいブロンドの長髪に幼くも整った顔立ち、そしていつも着ていた白のワンピースがとても似合う少女の姿――冴姫を思い浮かべる。

 ――刹那。俺の目の前に少女が出現する。その容姿は俺が想像した冴姫そのものだった。ただ一つ、黒髪であるということを除けば。


「だ、誰だ!?お前は!?」

「私はレスト。時雨に宿りし力。そして、時雨を癒すための存在」


 レストが真顔で淡々と言葉を発する姿を見て、謎の違和感を感じる。

 レストには感情がないのか?神器カミノウツワの力の副産物として作られた存在ならば、感情という不要なものを作らなくてもおかしくはない。

 まあ、レストは存在自体が癒しになりそうだが。正直、俺が知っている冴姫にそっくりでときめきそうだし。


「時雨君。貴方の神器カミノウツワは、この世界でも珍しい独立種どくりつしゅよ。私も実物を見るのは初めてだわ」

独立種どくりつしゅ?なんだ、それ」

「言葉のとおりよ。神器カミノウツワの力が、意志を持って独立しているのよ。宿主――時雨君の好きな人の姿になるということと感情がほとんど無いのが特徴よ。最も、一緒に過ごすうちに表に出す感情が増えて、最終的には人間と変わらないようになるわ」


 つまり、俺の欲望の塊ってことかよ。ときめきそうになるわけだ。冴姫と再会したら引かれるかもしれないが。

 まぁ、人間と変わらないようになるなら、それに越したことは無いな。いつまでも機械的な喋り方だと、こっちの気が滅入るしな。


「時雨は心が弱い。故に、私が癒さないと壊れてしまうと判断した。まずは拘束を外す」


 レストが鎖に手をかざすと、まるでその場所に何も無かったかのように消滅する。

 癒すというよりは、破壊の方が向いている気がする。


「これから、時雨を癒す。異論は認めない」


 レストは俺に抱きついて、頬ずりをし始める。肌の柔らかい感触や女の子特有のいい香りが俺を刺激して、癒すどころか精神的にやばい状態になっている。

 こいつ、俺の理性を崩壊させにきてるだろっ!?確かに癒されているといえば癒されてはいるが、それ以上に理性がやばいっ!


「ちょっ、レスト!離れてくれ!」

「どうして?人間を癒すには、これが最適だと認識している」

「それ以上に俺の理性がやばいんだよっ!アリスっ!引きはがすのをてつだってくれ!」

「嫌よ?そもそも私では単純な力勝負では勝ち目はないわ。それに、時雨君も満更でもないんでしょう?」


 アリスはニヤニヤしながら俺を見る。くそっ!後で覚えてろよっ!

 満更……でもないが!超えてはいけない一線を越えそうで怖いんだよ!


「止まる理由がないなら続ける。時雨の理性が崩壊する可能性があるというだけでは、止める理由にはならない」

「それが一番の理由になるだろっ!いいからやめろっ!」

「断る。時雨の心が安定するまでは絶対にやめない」

「こんな状況で安定するかぁあああああああああああ!!!」


 その後、この状態が一時間ほど続いた。


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精霊と少年は黄昏に笑う @konkitsune_

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