第4話
――キミには明日から、魔想派の宿舎で暮らしてもらう
これが霧斗からの初めての命令だった。
確かに、魔想派の宿舎に俺が住んだ方が何かと都合がいいのだろう。体調や摂取する栄養などの管理もしやすいだろうしな。
だが、十数年暮らしてきた我が家から離れるというのは、なかなか気分のいいものではない。
思い出深いものも、沢山あるわけだし。例えば……ってあれ、この家で思い出深いものなんてあったか。真面目に考えてみれば、俺の家は殺人現場以外の何物でもなかった。俺の家族が殺された場所であり、俺が殺されかけた場所だからな。思い出深いというよりは、怨恨の方が深いと言っても過言ではない。
はぁ、余計なことを思い出してしまった。家族がこの家で殺されたことを思い出すなんて、それ以外この家に思い出がないとでも俺は言いたいのか。なにかほかにもあるはずだ。
……無いな。この家には冴姫ですら入れたことがなかったから、楽しい記憶なんてものは皆無だ。この家に冴姫をいれたら、冴姫が穢れると思って入れたくなかったんだ。
なんといえばいいのだろうか。自身の家族が殺された場所は、俺の家族ので汚れていると自身思っているのだろう。まったく、俺の性格というのは不憫なものだ。
「さて、荷物をまとめるか」
俺は感傷に浸るのをやめ、魔想派に行く準備を始める。ちなみに俺は今、自分の家の自分の部屋にいる。魔想派の宿舎に持っていく荷物を準備するためだ。
怪我はもう全治している。魔想派の医療はすごいの一言に尽きる。
とりあえず、スマートフォンは持っていうか。マンガの類はわざわざ持っていく必要も無いか。どうせ、魔想派に行けば同じものを買えるだろうし。
「後は……これも持っていくか」
俺は机の上に置いてある指輪を手に取る。
これは、俺の誕生日に冴姫が俺にくれたものだ。俺が通っていた学校では装飾品の一切が禁じられていたから、仕方なく机の上に飾ってたんだったな。あぁ、懐かしい思い出だ。
「時雨君。準備は済んだ?」
玄関の方から聞きなれた女性の声が聞こえてくる。この声は、伽弥乃アリスのものだ。
理由は知らないが、俺の専属教師になったらしい。
今日も、専属教師だからといって俺の家まで押し掛けてきた。勿論、俺の荷物整理の手伝いという大義名分を片手に。
おそらくは何らかの負い目があってこの場に来ているのだろうが、そんなことは俺には関係ない。気持ちはわからないでもないが、別に気に止む必要も無いだろう。俺が偶然その場に居合わせてしまったのが原因であり、決してこの人が原因である訳では無いのだから。
「もう少しで終わるから待っていてくれ。すぐに行くから」
「分かったわ。それじゃあ、本部へ行く準備をするわね」
本部へ行く準備とは、転移のことだろう。簡易的な魔法陣で転移というものができるらしい。俺は体験したことがないからよくはわからないが、アリス曰くとってもいいものらしい。上手く説明できていないと思ったら負けだと俺は思っている。
「それじゃあ行くか」
準備をし終えた俺は、荷物を持って玄関に向かう。
結局のところ、持っていくものはスマートフォンと指輪、そして勿忘草を一株だ。うん、荷物が軽いと移動が楽だな、という一言に尽きる。
「すまない。待たせたな」
俺が玄関についた時は、既に魔方陣が描かれた後だった。俺の家にある玄関の近くには少し広い庭があり、そこに描かれてあった。
魔法陣の紋様は複雑かつ本格的で、普通に書くとしたら少なくとも一時間はかかるんじゃないかと思えるほどのものだった。恐らく、何らかの力で瞬時に書いたのだろうが。精霊とかの話をされた後でそんな力があると言われても、何ら不思議ではない。
「えっと、荷物はそれだけなの?」
「これだけだ。別に、この家に思い入れなんてものはないしな」
アリスが何かいいたそうな表情で俺を見る。
俺の荷物なんて、アリスにはどうでもいいだろ。そんなことよりも、俺にとっては早く魔想派の方に行きたいという気持ちの方が大きい。
「……そう、分かったわ。色々と言いたいことはあるけれど、まずは魔想派の本部に行きましょう。話はそれからだわ」
アリスはなにか考えた後、魔法陣の上に立った。恐らく、魔法陣の上に立たないと転移ができないのだろう。最も、魔法陣が無くても転移できるのなら、魔法陣を用意した意味は無いのだが。
「あぁ、わかったよ。専属教師さん」
俺が演技をしているようなわざとらしい笑顔をしていると、アリスは少し笑いをこらえていた。
何がおかしいのだろうか。俺の顔がおかしいから笑っているのか。失礼なやつだな、おい。
「それじゃあ、行くわよ。
アリスが言葉を紡いだ瞬間、俺とアリスは光に包まれた。刹那、全身にかかる重力などの力がなくなる感覚が俺を襲う。そして、それらが止むと俺達は見知らぬ部屋に転移していた。
周りを見渡すと窓はひとつもなく、部屋の隅に一つ扉がある程度だった。恐らくこの部屋は、転移用の部屋だろう。ただ部屋の空間だけを必要とされていると言うのが目に見えているような感じがして、俺はあまり好きになれそうにない。
「行くわよ、時雨くん」
転移して早々、アリスと俺は部屋から出てどこかへ向かう。何故か、犯人が収容所に収容されるような気持ちになった。まあ、冴姫に会うためなら収容でも何でもされてやるよ。
「ここが時雨くんの部屋よ。なにか不自由なことがあったら言ってね」
数分の徒歩の後に、マンションのような部屋に到俺する。部屋は一般的な1LDKだった。部屋で不自由するということはなさそうだ。ここに住むやつが増えるということはなさそうだしな。
「あぁ、言い忘れていたけれど、精霊と契約した時は同じ部屋に住んでもらうことになるわ。無いとは思うけれど、身元不明の人や住むところがない人を連れてきた場合もここに住んでもらうことになるから、そのつもりでいてね」
俺は玄関の脇にあった棚に荷物を置きながら苦笑する。
即フラグ回収されました。後者はともかく、前者が問題だ。理性が持つかどうかわからない最悪な状態になりかねない。まぁ、そんなことをして冴姫に嫌われたら嫌だから、絶対にしませんが。
「ああ、わかったよ。そんなことよりも、精霊――冴姫に早く会いたい」
「その前に、時雨君には戦闘技術を身につけてもらうわ。それと、
「……なんでだ?」
「それは愚問よ、時雨君。今の貴方が契約した所で、宝の持ち腐れになのがオチよ。なら、少しでも戦闘能力を上げてからの方がいいでしょう?それと、精霊との契約方法は――いえ、これは言わない方が良さそうね。後のお楽しみ、と言ったところかしら」
俺の第六感が、絶対にやばいことをやらされると告げている。恐らく、
「別に、冴姫が傷つかなければなんでもいいさ」
「その冴姫という女性が時雨君のことを本当に好きならば、喜ぶと思うわよ?勿論、時雨もね」
「それってどういう――」
「さあ!早速訓練を始めるわよ!訓練場に行くから、はぐれないでね!」
俺の言葉を遮るようにアリスは大声を発したあと、俺を手を握り走り出す。手を握られたら、はぐれるも何も無いだろう。こういうところが少し抜けてるのか。なんか可愛いな、おい。
この時の俺は知らなかった。
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