第2話 勇者候補
勇太が勇者として召喚された日から一晩経ち、今日も太陽が空を昇る。
見るからに高そうな家具や調度品が並ぶ客室において、一際大きな存在感を放っている、高身長な人ふたりが大の字になっても余裕がありそうなほどに大きいベッド。
その上を独り占めしているかのように眠っていた勇太が目を覚ます。
「……むぅー………んんっ………ん~?……あ…れ?」
うっすらと目を開けると、覚えのない天井が飛び込んでくる。
だんだんと心の中で膨れがってくる違和感によって目が覚め始めた勇太はゆっくりと起き上がって周りを見渡す。そして、昨日のことを思い出した。
(……あっ、そうか。僕、昨日………ていうか、夢じゃなかったんだ)
異世界に勇者として召喚されるという、ファンタジー系の小説などでよく見る流れだが今、勇太が置かれている状況は夢でも空想でもなく現実である。
今いる場所、今いる世界が空想ではなく現実だと身を持って知った勇太は興奮することも困惑することもなかった。
勇太が目を覚まして数分後、コンコンと客室のドアをノックする音が聞こえた。
「っ!?ど、どちら様?」
「失礼いたします」
ドアの向こうから女性の声が聞こえたあと、青く長い髪が特徴的なポニーテールのメイドさんが入ってきた。
勇太が起きていることをに気がついた彼女は、ロングスカートの裾を上げて頭を下げる。
「お初にお目にかかります。本日よりユウタ様の専属メイドを務めさせていただきます、レイナ・フェルカンプと申します。よろしくお願いいたします」
美人メイドの丁寧な自己紹介に対し、沸騰するかのように緊張しだした勇太はベッドの上で正座してから自己紹介し返す。
「す、鈴木勇太です……えっと…こ、こちらこそよろしく……」
「さっそくですが、食堂にて陛下と王女様がお待ちです。案内いたします」
「あ、ありがとう」
ベッドから降りたあと、表情を変えずに淡々と仕事をこなすレイナに導かれるままに客室を出て大食堂を目指す。
昨日、召喚されて儀式の間から謁見の間まで連れて行かれた時は混乱の極みの中にいたからお城の中をよく見れなかったが、あの時よりは冷静な今ならお城の中をきちんと見ることができる。
所々に高そうな壺や昔の偉人をモチーフにしたと思われる胸像などが置かれ、壁には美術館にありそうな絵画が飾られている。
それらを見ながら歩く勇太は、ここが改めてお城の中なのだと再認識した。
歩くことおよそ2分。両開きのドアの前で立ち止まったレイナは、先ほどのようにコンコンとドアをノックした。
「入れ」
「失礼いたします」
「し、失礼します」
ドアの向こうから重みのある声が聞こえたあと、レイナはドアを開けて中へと入っていく。あとを追うように勇太も入っていった。
ドアの向こうには、約20畳ほどの空間が広がっていた。
部屋の中央には4メートルほどの大きさのテーブルクロスが敷かれたテーブルがあり、その周りに装飾が施された椅子が6つある。
その内の一つ、長いテーブルの先端部分にある椅子にクラント王が、その斜め右側にエレナが座っている。
「待っていたぞユウタ。ほら、早く座りたまえ」
クラント王の言葉に合わせるかのようにレイナが王の対面にある椅子を引く。ここに座れということだろう。
勇太が席に座ると、レイナはドアの方へと向かい、目の前で振り返って3人に向かってお辞儀したあと、静かに出て行った。
残された形となった勇太は王と王女と自分の3人だけという状況にだんだんと緊張してきたのかそわそわし始める。
そんな勇太の対し、クラント王が口を開く。
「ユウタよ」
「はっ、はい!」
「昨日は君を脅すような真似をしてしまったな。申し訳ない」
立ったクラント王は、勇太に向かって頭を下げた。
一国の王が頭を下げるというのはあってはならないことで、この場に他の者がいたら大問題となっていただろう。
しかし、クラント王はそれを計算してこの場を設けた。
王様としてではなく、一人の人間として謝れる場を。
「えっ!?えっ、あっ……え?」
「お父様、ユウタ様が戸惑ってしまっています。きちんとご説明されては?」
突然謝られて混乱している勇太に、エレナが助け舟を出した。
「うむ。そうだな」
娘に促されたクラント王はどうして謝罪をしたのか説明し始める。
昨日、謁見の間にてクラント王は勇太に向かってこう言った。
『もしもこの戦いに負けた場合……ユウタよ。私はお前を処刑せねばならない』
訓練場に移動する前にしたこの発言が勇太をひどく怯えさせてしまったわけだが、クラント王曰く本当に処刑するつもりはなかったという。
これは勇太を本気にさせるための方便であり、発破を掛けるために言ったのだと。
これは“暴君”などと呼ばれた先代のクラント王がよく行っていたやり方であり、現在のクラント王も怠けてたり手を抜いている者を見かけたら同じやり方でやる気を出させる時がある。
しかし、今回はそのやり方が裏目に出てやる気を出させるどころかひどく怯えさせてしまった。
その結果、クラント王は昨日、自分の執務室にやってきた娘のエレナにこっぴどく怒られたのだが、そのことは勇太には話さなかった。
国王としての威厳を保つため、クラント王は常に王様らしい振る舞いを意識して動いている。
そんなクラント王が頭を下げることなど本来ならありえないことだが、娘に叱られたことが相当堪えたようだ。
「そうだったんですか………」
勇太の視点だと、彼はクラント王の口車に乗せられて“処刑”の二文字に対して無駄に怯えていたわけだが、勇太の中には怒りなどといった感情はなく、むしろ心から安心した。
すると、今度はとある疑問が沸き上がってくる。
「あの、王様………」
「なんだ?」
「昨日――あっ、えっと……王女様に「試験は合格した」と言われたんですけど、これってどういうことですか?」
「むっ?そうなのか?」
クラント王がエレナの方に顔を向けて問いただす。
「はい。昨日の夕方、勇太様の様子を見に行ったら起きていらしたのですが、とても怯えているように見えたので、安心していただくためにお話しました」
余談だが、エレナが執務室でクラント王を叱ったのはこのあとのことである。
「そうか。話はわかった。してユウタよ……さっきの問いの答えだが、言葉の通りだ。私は君に勇者としての素質があると判断したのだ」
「で、でも僕……すぐにやられちゃったし………」
「……やはり覚えておらんか」
「えっ?」
疑問符を浮かべる勇太に、クラント王は説明する。
あの時、ネルに負けて二人の騎士にどこかへ連れて行かれそうになった時、勇太の体が青いオーラのようなものが爆発するように出てきて二人の騎士を吹き飛ばし、勇太の体を覆ったことを。
それを聞いた勇太はすぐには信じられなかったが、よくよく考えるとあの時、体の奥底から力が溢れ出てくるような感覚があったことを思い出す。
クラント王はさらにその青いオーラのようなものについて話し始める。
「あの時、君の体を覆ったもの……あれは魔力だ」
「魔力?」
魔力―――それは魔法を行使する際に使われるエネルギー。
ファンタジーの代名詞とも呼べる魔法は、勇太が今いるこの世界にも存在する。
その魔法を使う際に使われる魔力………それこそ勇太が持つ他に類を見ない才能であり、勇太が勇者として召喚された理由である。
「ユウタよ、君の中にある魔力は莫大な量であることが予想されている。そんな君がもしも自由に魔法を使えるようになれば、歴史に名を残してもおかしくないほどの大魔導師になれるかもしれぬ」
「僕の中に……そんな力が………」
そんなものが体の中にあるという自覚がないため、勇太はすぐには信じられなかった。
容姿は普通、学校の成績も普通、運動能力は普通以下というのが今までの周りからの評価だったし、勇太自身の自己評価もそんな感じだった。
そんな自分に特別な力があるなど、それはもはや妄想に等しいレベルの話だ。
「信じられないという顔だな。まぁ記憶がないのなら無理はないが」
話が一段落したところで、クラント王の左斜め後ろのドアが開き、メイドが料理を乗せたワゴンカートを押しながら入ってくる。
「まだまだ話さなければならないことはあるが、朝食を食べるとしよう。君の分も用意させたから、遠慮せず食べなさい」
「ありがとうございます……あっ、でも僕マナーとか分からないんですけど………」
「ここには我々しかおらんから、自由にするといい」
そうこうしている内に目の前に朝食が並べられていく。
長方形のお皿の上にはスティック状のパンにチコリと洋梨とブルーチーズのサラダが、その隣には半熟卵が乗ったエッグスタンドとコーンポタージュとコーヒーが入ったカップが一つずつあった。
並べ終えられたところで、クラント王とエレナは祈るように手を組み、食事を取る際の挨拶をする。
「「天と地の大妖精に、心からの感謝を」」
「て、てんとちのだいようせいに、こころからのかんしゃを」
勇太も慌てながらも少しあとを追うように挨拶をする。
朝食の時間は誰ひとり喋ることなく、静かに過ぎていく。
全員が朝食を終えて、食器が片付けられたところでクラント王が話し始める。
今度は今の勇太の立場についてだ。
「ユウタよ。君に勇者としての素質があると判断したことは先ほど話した」
「は、はい」
「そしてここからが話しておかねばならない部分だが……実はまだこの国の勇者となったわけではないのだよ」
「それは…どういうことですか?」
「異世界からの勇者の召喚に対して反対する者が少なくなくてな。彼らを説得するために、勇者を決める武闘大会を開くことにしたのだ」
クラント王が勇者召喚の必要性を感じ、それを周りの者に口にしたのが約1か月前。他国からの侵略を受けることが確定した1週間後だ。
しかし、勇者の召喚に反対的な意見を述べる者が出てきたことで王の思惑はすんなりとは進まなかった。
その反対派をどうやって説得するか考えた結果がこうだ。
勇者の召喚は行う。その後、勇者を決めるための武闘大会を開き、そこでクラント王国を守る勇者を決める。
つまり、勇太はまだ数ある勇者候補の一人に過ぎないのだ。
「あの……反対する人がいたのに、どうして召喚することにしたんですか?」
勇太からの問いに、言葉に詰まるような素振りを見せるクラント王。
少し間が空いたところで、王は話し出す。
「………残念なことだが、我が国には他国に対抗しうる力を持つ者はいないと判断した。ゆえに勇者を召喚することにしたのだ」
クラント王にとってそれは苦渋の決断だった。
できることなら自分の国で暮らす者に勇者として戦ってもらいたい。
しかし、他の国と戦える力を持つ者はいない………
そう思ったクラント王は周りを説得して勇者の召喚を行うことにしたのだ。
「そういうことだったんですか……それで、あの……王様」
「なんだ?」
「勇者を決めるための大会を開くってことは……その………」
「もちろん君にも出てもらうぞ」
勇太の予感が当たった。
クラント王にとって、武闘大会は反対派を説得するための口実に過ぎず、召喚された勇者こそ彼の本命。だからこそ、勇太に出てもらわないと王としては困るのだ。
しかし、勇太にとっては武闘大会に出ること自体が結構問題だった。
「でも、あの……昨日も言ったけど僕、ケンカもしたことないし……それにその、痛いことはするのもされるのも嫌というか………」
勇太を動物に例えるなら、明らかに草食動物だろう。
肉食動物を見つけたら戦わずに一目散に逃げる。
そんな勇太の性格は戦いにはあまりにも不向きだが―――
「安心したまえ。君やほかの参加者には守護の腕輪を装備した上で戦ってもらう。ゆえに怪我することはない」
守護の腕輪とは、簡単に言うとバリアを張るための装備アイテムだ。
腕輪にはサファイアのような青い宝石が付いているが、バリアで攻撃を受けるとだんだんとそれが青から黄色、黄色から赤と変化していき、最後には宝石が砕け散る。
武闘大会などではこの守護の腕輪がHPゲージのような役割を持っており、これが破壊された側の敗北となる。
「そ、そうなんですか………で、でも僕他の国と戦争なんて―――」
「それも問題ない。他国と戦うと言っても、その国の騎士団を相手にするわけではない」
できれば戦いたくない勇太は彼なりに抵抗してみせるがクラント王の言葉によって潰されてしまう。
この世界では国家間のいざこざは勇者戦争というもので解決される。
戦争と言ってもその国の騎士や兵士の軍勢が戦うわけではなく、その国を代表する勇者同士が1対1で戦う。この時も守護の腕輪を装備するので怪我することは基本的にない。
また、この勇者戦争はこの世界における娯楽の一つとなっており、会場となる闘技場には大勢の観客が押し寄せる。
さらに戦いの様子は映写鏡と呼ばれるマジックアイテムを使って世界中の人々が観戦する。
勇者戦争は現実世界で言うところの格闘技のような位置づけになっているのだ。
「……ユウタよ。君は勇者として召喚された。その時点で戦うか戦わないかを選ぶ権利は君にはないのだよ」
勇太の思いを読み取ったクラント王が逃げ道を封じる。
「無論、私も可能な限り協力する。実際に勇者となった暁には相応の待遇にもなるだろう」
クラント王の言葉に耳を傾けながら勇太は考える。
(痛いのは嫌だけど怪我はしないって言ってるし、それに王様は僕のことを必要としてくれている………)
時間にしておよそ5分。勇太は決断した。
「あの…僕でよければ、頑張らせてください」
「そうか。感謝するぞユウタ」
「私からも。ありがとうございますユウタ様」
こうして、勇太は異世界で勇者としての道をゆっくりと歩き始める。
これが勇太の、そしてこの世界の運命に大きく影響していくのだが………
それはまだまだ先のお話。
勇者戦争 鈴井ロキ @loki1985
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。勇者戦争の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます