勇者戦争

鈴井ロキ

第1話 勇者召喚




異世界ディルミール………


そこは亜人、妖精、竜といった生き物が住まう世界………


そんな世界に二つある大陸のうちの一つ、中央に大きな内海のあるグラッグ大陸。


その西側、ベルターニュ山脈とビメール海に挟まれた位置にあるクラント王国。


この国は今、南に隣接しているリヴェット王国からの侵略の危機に瀕していた。


この侵略に立ち向かうべく、王を始めとした国の要人たちは話し合いの結果、異なる世界から勇者の素質のある者を召喚することにした。





















輝歴876年1月。太陽が空をゆっくりと登り始めた頃。


王城の地下にある儀式の間という円形状の空間にて、クランク王や大臣、王立騎士団団長などの要人たちが見守る中、召喚の儀が行われていた。


中央にある半径5メートルほどの円形の台座。魔法陣のようなものが刻まれたものの上で白いローブをまとった魔道士が呪文を唱える







世界を創りし大妖精よヴェルンド フオン ラフェー


 契約者の願いを聞きたまえフェラット ヴスエ ヒティーレ


 異界に住まう勇者をこの地へデファルンド ヒヘロ キルキーア







唱えられている最中、魔法陣の中央に小さな光の玉が宙に浮くような形で現れた。


それはだんだんと大きくなっていき、呪文が最後まで唱えられた直後―――







「くしゅんっ」







術者のくしゃにが引き金になったかのように爆発的な広がりを見せ、儀式の間を一気に包み込んだ。


その場にいる全員が目を瞑っておよそ5秒後。空間を包み込んだ光が消えたので目を開き、台座の中央に目をやると―――











「――えっ?えっ?ここどこ?」











黒髪短髪、黒い学生服のようなのを着た少年がいた。


名前は鈴木勇太。見た感じはいたって普通な中学2年生であるが、どうやら彼が召喚された勇者のようだ。





















勇太が召喚されてから3分後。状況が掴めぬまま、勇太は鎧をまとった騎士によって謁見の間へと連れてこられた。


声が響きそうなほど広い謁見の間の奥、階段を少し上がったところにある玉座にはクラント王の姿が、その左側には大臣がいる。右側にある一回り小さいが豪華な椅子には誰も座っておらず、その右側に召喚の儀の時にはいなかった王女らしき少女が、さらにその右側に騎士団団長が立っている。


部屋の右端には勇太を連れてきた者を含めた数人の騎士がいた。


何がどうなっているのか分からず困惑する勇太に対し、クラント王は重みのある声で訊ねる。




「少年よ。名はなんという?」


「えっと……鈴木勇太…です………」


「ユウタか。私はこの国を治めるエルスタット・クラント。左にいるのはバイロン・マードック、右にいるのが娘のエレナで、向かいにいるのがランドルフ・スマイスだ」




クラント王に紹介された者が頭を下げる度に勇太も合わせるように頭を下げる。




「今のユウタの立場では何が起こっているか分からないだろう。ゆえに説明させよう。マードック大臣」


「はっ」




一歩前に出た大臣が勇太に説明をし始める。


ここが勇太が暮らしている世界とは異なる世界にあるクラント王国という国だということ、


クラント王国は今、他国からの侵略の危機に瀕していること、


その危機に立ち向かうため、クラント王らは異世界かあら勇者の召喚を試みたこと


そして、召喚によって勇太が勇者としてこの世界に現れたことを。


そこまで聞いた勇太が大きな声で戸惑いを露にする。




「待ってください!それってつまり……他の国と戦うために僕が呼ばれたということですか?」


「そうだ」




クラント王が変わらず重みのある声で肯定する。




「で、でも僕ケンカもしたことないし……いきなり戦えと言われても………」


「それなら問題ない。言い伝えでは召喚の儀によって呼び出される勇者は他に類を見ない才能の持ち主だという」


「そんな……才能なんて僕には………」


「ユウタよ」




クラント王の声が少し、重みを増した。




「我々には時間がないのだ。それに、正直なところ我々も君に勇者としての力があるのか疑問視している。よって、君の力を試させてもらう」


「えっ……」


「ネル・ブリッジス」


「はっ!」




クラント王に呼ばれ、騎士の列の中から赤い髪の少女が王の前に出てくる。




「ユウタよ。お前には10分後に訓練場にて彼女と戦ってもらう。使用するのは双方ともに剣だ」


「そんな!?待ってください!僕は剣を持ったことなんて一度も―――」


「そして―――」




勇太の声を遮るようにクラント王が発した言葉。


その言葉は勇太にとって、あまりに衝撃的すぎるものだった。




「もしもこの戦いに負けた場合……ユウタよ。私はお前を処刑せねばならない」


「―――えっ」


「連れて行け」


「はっ」


「えっ……あっ。ま、待ってください!処刑ってどういうことですか!?僕はただ呼び出さr―――」




抗議する勇太の声は王には届かず。一人の騎士によってそのまま連れて行かれた。


その様子をネルという少女は睨むように、クラント王の隣に座る王女はただ静かに見ていた。





















10分後。王城内にある訓練場にクラント王たちの姿があった。


彼らが見つめる先には、10メートル四方の石畳のフィールドの上で対峙する勇太とネルの姿がある


どちらも剣を構えているが、決定的に違うところがある。


ネルがただ真剣に勇太の方を見つめながらじっとしているのに対し、勇太は小刻みに震えているのだ。


目の前のネルに、そして敗北の先にある処刑という二文字に怯えているのは誰が見ても明らかだった。


そんな勇太とネルを一瞥しつつ、一応の審判役である騎士団団長のランドルフ・スマイスが前に出る




「では………始めッ!」




合図と同時にネルが動き始め、あっという間に勇太との距離を詰める


そして、刃を動かない勇太に―――ではなく、彼が持つ剣の刃に向かって力強く走らせる。




「はぁっ!」


「うわぁっ!!」




勇太が持っていた剣は衝撃に耐え切れず手元を離れて2メートルほどの場所に転がる。


弾かれた直後、後ろへと倒れて尻餅をつく勇太。そんな勇太に対し、ネルは立った状態で刃先を眼前に突きつけた。


この場にいる全員の予想通り、試験という名の勝負はネルの圧勝で幕を閉じた。


壇上にいる騎士団団長がチラリとクラント王へと視線を向ける。それに気づいたクラント王は、静かに顔を縦に振った。




「デズモンド、ジュード」




団長が二人の騎士を呼びつける。


二人は呼ばれた意味を察したかのように、一言も喋らず放心状態の勇太を連れて行こうとする。


その時、勇太は心の中でこんなことを思っていた。






(僕は…負けたのか……そうだよ。当然だよ。剣を振るったことがないんだから負けて当然だよ)






勇太自身、敗北したことは当たり前だと思っていた。それ自体は納得していた。


だが、次の瞬間10分前にクラント王が言った言葉を思い出す。






(あれ?でも負けたってことは………処刑されちゃうってことだよね?)






“処刑”という言葉が出てきた瞬間、勇太の脳裏にとある光景が映し出される。


それを見た勇太の心が瞬く間に―――“恐怖”で染まった。






(いやだ………いやだ……いやだ…いやだいやだいやだいやだいやだッ!!よく分からないままよく分からない場所に放り出されて、よく分からないまま戦わされて、よく分からないまま死ぬなんてそんなの絶対にッ!絶対にッ―――)











「絶ッ対に嫌だッ!!!!!」











勇太が大声という形で感情を爆発させた次の瞬間、勇太を連れて行こうとした二人の騎士が突如、3メートルほど何かによって吹き飛ばされた。二人とも重厚な鎧をまとっているにも関わらずだ。


突然のことに場が静まり返る。しかし、訓練場にいる騎士の一人がそれに気づき声を上げた。




「な、なんだあれは………」




そして、場にいる全ての者の視線が勇太へと注がれる。


勇太の体から、青いオーラのようなものが止めどなく溢れ出し、体の周りで揺らめいている。


しかし、それは数秒で霧散するように消えて行き、それを放っていた勇太はバタンッとその場に倒れる。




「グレータ!」




団長が数少ない女性騎士の名を叫んだ。


医術の心得がある彼女はすぐに勇太の元へと駆けつけ状態を診る。




「……意識を失っているだけのようです。問題はありません」




その言葉に場の何人かは安堵した。


しかし、クラント王と大臣は勇太のことを厳しい眼差しで見ていた。




「……陛下」


「うむ」




二人は静かに場を後にした。




「グレータはそのまま彼を医術室へ」


「はっ」


「デズモンドとジュードは無事か?」


「ぶ、ぶっ飛ばされただけなんでなんとか……」


「同じく……」


「お前たちも医術室に行って来い。他の者たちは今日の訓練をこなせ!」




団長の声が飛び、訓練場はいつもの光景を取り戻す。


その場にいた皆がいつも通りの日常に戻っていく中、王女だけはしばらく訓練場を眺めていた。





















試験という名の戦いから数時間後。


空が橙色に染まり始めた頃、気を失っていた勇太が目を覚ました。




「………んんっ……ん…?あれ………」




起き上がり周りを見ると、一人で寝るには大分スペースが余る大きさの高そうなベッドで横になっていたことに気がついた。


ベッド以外にも部屋にあるものすべてが高そうに見えてしまうものばかりだ。




「僕は……あっ!」




勇太は倒れる前までのことを思い出した。


すると、次の瞬間ドアがガチャッと開いて―――




「あらっ。お目覚めになっていたのですね」




王女が入ってきた。


突然の王女の登場に勇太は瞬間的に緊張した。




「こうしてお話するのは初めてですね。改めて自己紹介を。私、クラント王国の第一王女であるエレナ・クラントと申します」


「えっと……鈴木勇太です」


「ユウタ様……素敵なお名前ですね」


「あ、ありがとうございます………」




美少女に名前を褒められて照れる勇太。


王女の登場で意識がそっちに行ったので忘れかけていたが、すぐに思い出す。


気持ちが落ち込んだところで、不安とかがポロっと言葉として口から出てきた。




「あの…王女様。僕、これから死ぬんですよね?」


「えっ?」


「だって、王様があの時………」




一瞬話についていけなかったエレナだったが、すぐに理解した。


そして、不安そうな勇太のそばに近づき、そっと抱きしめる。




「えっ」


「大丈夫ですよ。勇太様は死んだりしません。先ほどお父様が仰っていました。試験は合格だと」


「えっ。でも―――」


「詳しい話はあとでお父様がなさると思いますが、こっそり教えちゃいます。勇太様が合格しましたから。死んだりしませんよ」




抱きしめながら、まるで自分の子を慰めるかのように優しい声色でエレナは言う。


それによって勇太が抱えてた不安がだんだんと消えていった。しばらくそのままでいると―――




「……勇太様?」


「すぅー………すぅー………」




安心しきったのか、寝息を立てながら寝てしまった。


眠る勇太の姿を見たエレナは微笑んだあと、ゆっくりとベッドへ横たわらせてまたも優しい声で呟く。




「おやすみなさいませ。私たちの勇者様……」




そして、エレナは音を立てないように静かに部屋を出て行った。


その後、勇太は次の日の朝まで眠り続けた。


勇太の異世界生活1日目は、彼の理解が全く追いつかないままに終わりを告げた。

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