【5日目】

「よし、出来た」


 早朝。僕は早速、クローゼットにあった布で胸にサラシを巻く。普通に巻くと少し胸のボリュームがやはり出てしまう。


「胸が大きい方なのかなぁ……、キツく巻くか」


 そう考えて僕はギュッギュと力いっぱいに布を巻く。すると、やっと膨らみは目立たなくなったが、

 く、苦しい。大きく息を吸うと、巻いた布が弾け跳びそうな気がする。き、気をつけなきゃ。


「さて、行くか」


 処刑は大体、その地区で一番広い広場で行われるはずだ。ここで一番の広さを誇る広場は、ポイシェン広場。この森からも馬で走らせれば、数十分で着く場所だ。

 この作戦で彼女が惚れなければ、僕はもう成す術がない。彼女にも恐らく打開策は見つからないだろう。


「このまま女性のままで暮らしても……いいや、ダメだ」


 ココまで彼女が頑張ってくれたんだ。それこそ、僕はそれに答えなければ、それこそ、魔女からの更なる呪いを受けるような気がした。

 さぁ、覚悟を決めて行こう。ポイシェン広場へ。



 ポイシェン広場。やはりココでマリーナの処刑が行われるらしく、広場には大勢の野次馬達が処刑の様子を見に来ていた。僕もその人ごみの中に潜り込む。


「おい、今回の処刑人、なんと男に化けていた魔女だってよ」

「なにそれ、コエーじゃん。この中にも、もしかしたら女が居るかもしれないってことじゃねぇか、おっと」

「うっ……」


 驚いてよろけた農夫姿の男は、僕にぶつかる。


「すまねぇなボウズ。痛くなかったか」


 僕は黙って頷く。


「なんだ、黙ってちゃ分からねぇぞ」


 声が出てしまったら、一貫の終わりだ。そこで、僕はジェスチャーで声が出ないことを必死に説明する。


「どうやらこのボウズ、声が出せないらしいぞ」

「お、そうだったのか、すまなかったな」


 農夫姿の男達は僕に会釈をして去っていった。助かった……。

 安堵のため息をついたのも束の間、ドンという太鼓の音が鳴らされた。


「これより、魔女裁判を始める。被告、前へ出ろ」


 裁判員に呼ばれて連れてこられたマリーナの顔には大きな痣が幾つか付けられていた。恐らく、収容される時に何かしらの懲罰を受けたのだろう。


「被告、マリーナ・フーリュ。汝は、魔女なのにも関わらず、男と性別を偽り、この地区の警備全般を掌握。また、仲間を助けるために偽造結婚までした。間違いは無いな?」

「黙秘します」

「黙れ、魔女が!」


 裁判員はマリーナの顔を思いっきり殴る。余りにも勢いが強すぎて、マリーナが倒れると、見ていた民衆の中には、「いいぞ!」「もっとやれ!」などの声が飛び交った。


「間違いはないな?」

「……」

「無言は肯定と見ます。そんな汝に審判を下す。汝を、火あぶりの刑に処す。準備せよ!」


 すると、何処からか男達が数人壇上に上がり、薪を並べる。その真ん中に十字架の形にした丸太を立て、そこにマリーナを縛り付ける。


「どうだ、魔女。火あぶりにされる気分は?」

「いい気分ではないことは確かね? こんなことしか出来ない貴方たちに失望さえしてしまうわ」


 すると、そんな事を言うマリーナに石が飛んできた。恐らく、前列の男達が用意されていた石を投げているのだろう。

 そろそろ、助ける頃合か。僕は少しずつ、マリーナの居る壇上へと近づいていく。


「魔女に火をつけよ!」


 裁判員の合図で、松明に火が灯される。出るなら、今しかない。


「ちょっと、待ったーーーーーー!」


 僕はそう大声を出して、壇上へと駆け込む。そして、松明を持っている男に体当たりをし、松明を落とさせる。

 その隙に、マリーナの方へと駆け寄った。


「マリーナ、お待たせ」

「へぇ、男装するとは考えたじゃない。よく逃げずに、助けに来たわね」

「いや、助けないと、僕、元に戻れないじゃないか」

「あ、それもそうか。ゴメンゴメン」


 彼女はいつも通りの明るさで、振る舞ってくれた。


「魔女め、仲間を呼びやがったな。仲間諸共捕らえろ!」

「そうは問屋が卸さないよ」


 僕が縄を解いて自由になった彼女は、何処に隠し持っていたのか、毒々しいほどに真っ赤な液体が入った試験管を二本取り出した。


「これでも食らいなさい」


 そう言って彼女はその試験管を民衆達に向かって投げ込む。すると、試験管が地面で割れ、液体と同じ色の煙がモクモクと立ち込めたのだ。

 煙は数分で治まり、その後待っていたのは……、

 なんと、女になっている民衆達だった。


「うわっ、お前魔女だったのか」

「いや、お前こそ魔女だったのか」


 民衆達は互いの顔を見合わせ、女になっていることに驚く。


「魔女がこんなにも……、全員捕らえろって、ワシも女になってる!」


 さっきまで偉そうに言っていた裁判員も女になっていて、目を白黒させていた。


「ユウ、このゴタゴタの内に逃げるよ」

「う、うん」


 マリーナに連れられ、僕はこの広場から脱出した。



「マリーナ、あの薬って一体」


 無事家に戻り、僕は例の赤い薬について訊ねる。


「あれは、一時的に染色体に“揺らぎ”を発生させるものだよ。だから、皆、女になって大混乱」


 マリーナは自分用の傷薬を作りながらそう答えた。


「そ、そんな恐ろしい薬まであるの」

「ユウを元に戻せる他の方法が無いかと調べてみた時に発見したんだ。残念ながら、女から男に戻すことは出来ないし、効果も半日しかないらしい」


 でも、半日でも奴らには効果的だろう? と彼女は続ける。


「確かに、最初はビックリするよね。僕がそうだったし」


 最初に胸が膨らみ始めたときは、本当に心臓が飛び出すくらい驚いた。でも、この姿に慣れなきゃいけなくなるのか……。


「はぁ……、結局マリーナを惚れさせることは出来なかったか」


 僕は落胆した、その時である。



 チュッ。



 マリーナがいきなり、僕の口を奪ったのだ。彼女の柔らかな唇の感触で全身に電気が走ったような感じがする。

 すると、見る見るうちに、僕は男の姿へと戻っていくではありませんか。


「フフッ。おめでとう」

「マリーナ。僕、何もしてないのに、何故?」


 僕はいきなりのことで、何が何だか分からず、オロオロする。


「私も昨日まで気づかなかったんだけどね、二日目の夜、ユウが言ってくれた言葉。あの言葉で、実はもう、惚れちゃってたみたい」


 彼女の衝撃発言に、僕は思わず、はぁ? と声が出た。


「いや、だって、私も男の人に惚れるなんて無かったからさ。惚れるっていうのがどういう感情なのか分からなかったんだよ。ゴメン!」


 マリーナは僕に両手を合わせて謝罪してきた。確かに、彼女も男性社会に身を置いてきた人間だ。女性として“惚れる”という感情は今まで無かったのだろう。


「まぁ、引き分けって所だね」


 僕がそういうと、


「そうね、引き分けね」


 彼女はそう笑った。


「さて、ここで、重大なお知らせがあります」


 そして、彼女はいきなり真剣な眼差しに変わった。


「な、何でしょう」


 僕は息を呑んだ。


「これから、夜逃げします」

「え?」

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