『菓子折り』

「菓子折り」菓子を入れた折り箱。主として贈答に用いる。




 今日狙うのは佐藤さとう商事。

 フレッシュな新人が、紙袋を持って歩いているのが見えた。紙袋には緑葉堂と書かれている。

 ニヤリと笑いつつ、私はマントをはためかせながら急降下した。

 時計を見ながら新人くんはため息を付いている。あれはどうやら先方へ謝りにいく途中のようだ。

 ククク、可哀想に、今から彼の顔が絶望に歪むところが目に浮かぶ。

 降下した私は、背後から紙袋を掠め取っていった。

 気づいた時にはもう遅い、私はすぐに上昇し、空の彼方へと消えていった。

「ジョ、ジョーンズだ! 菓子折り怪盗、闇夜のジョーンズだ!」

 

 私は、今世間を賑わす大怪盗、闇夜のジョーンズ。

 本当は「伊藤いとう小三郎こさぶろう」って名前の日本人だけど、怪盗小三郎とかだとダサいので、好きな映画の主人公の名前にあやかった。 

 私の狙うものはただ一つ、菓子折りだ。

 相手に挨拶をする時、失礼を働いた時の謝罪、いろんな場面で使えるビジネスアイテムだ。

 大抵、中には高級な菓子が入っている。基本的には和菓子だが、洋菓子を使うところもあるという。

 しかし中身は関係ない、菓子折りを持っていく人がそこにいるならば、私はどこへでも参上する。

 私がいつも完璧な犯行をこなせる理由は、庭から発掘したオーパーツにある。

 かつて某有名工科大学を卒業した私は、学んだ技術力を利用して、現在の科学では到底作れない発明を大量的に行った。

 まずはこの反重力セット。グローブ、ブーツ、ベルトの三つに反重力装置を取り付けてある。この三つによって私は、まるで水を泳ぐように空を飛ぶことが出来るのだ。

 続いてこの全身タイツ。見た目は普通のタイツだが、実は防弾性が非常に高い素材が内側に内包されている。

 ちょっと痩せ型な私の体格も、これによってちょっとだけ体格がよく見えるという、嬉しい誤算もあった。

 目には多目的ゴーグル。通常と暗視が使い分けられる他、赤外線まで見ることが出来るのだ。

 そしてこのマント、ただの飾りだ。だが警察に攻撃を受けた時、マントこそ飛翔能力の源だと勘違いさせる効果が後に発揮された。

 正に、私は時代を大きく先取りした大怪盗なのだ。

 そんな私が何故菓子折りを狙うのかって? ああ、よくワイドショーでも盛んに議論されているな。

 そんなの考えるまでもない。菓子折りを奪われた人間の、絶望した顔が見たいからだ!

 ああ、上司になんて報告しよう。

 これじゃあ先方に顔出せない。

 明日クビになるかもしれない。

 新しい菓子折りを急いで買わなくちゃ!

 そんな庶民的な絶望が私は見たいのだ。

 金持ちの渋面なんて、不祥事の謝罪会見で見飽きている。

 何の変哲もない、自分は社会の主役どころか脇役ですって顔の奴がガッカリする顔こそが至高。

 そう、つまり私は、庶民派怪盗なのだ!

 極めつけはこの奪った高級菓子だ。庶民が絶望する顔を見ながら、高い菓子を貪り食えるのもたまらない。しかもタダ。

 何よりも、ライバルが居ないのが最高だ。宝石では怪盗同士が争うことにもなりかねないが、菓子折りを狙うのはこの広い世界において私だけなのだ。

 需要の穴を突いた私の素晴らしい犯行によって、この世界の菓子折りは全て私のものとなるのだ。ハハハハハ!



 そして今回、私が狙ったのはヤマシタカンパニーの菓子折りだ。仕掛けた盗聴器によると、取引先に挨拶代わりの高級和菓子を用意したらしい。

 任されたのは若手のエース。くくく、いかにも未来有望そうな顔をしている。

 私はああいう将来が約束されたって顔をしている輩が大嫌いだ。善人面しやがって、心の裏は真っ黒なんだろう、どうせ。

 そうじゃなくても俺は気に入らん。周囲からチヤホヤされているに違いないからだ。

 言われなくともこれはただの嫉妬だ。自分でも呆れるくらい醜い嫉妬だ。

 だが私は恥じない。どうせテレビでも報道されるくらいなの知れた悪党なのだからな!

 ククク、優等生め、貴様の明るい未来を、私が真っ黒な絶望に塗り替えてくれるわ。

 私はいつものように反重力装置を起動させ、ビルの屋上から飛び降りる。

 相手はまったく警戒していない。私のことを知らないのか? 自分だけは関係ないとでも思っているのか。

 馬鹿にしおってからに、外の世界は裏切りの騙し合いの連続だということを、思い知るがいい。

 そして私は、青年の紙袋に手をかけようとする。

 しかし、その手は突然掴まれた。

「やはり来たな、闇夜のジョーンズ」

「何っ?」

 やはり、だと? まさか、私の襲撃が読まれていた?

 あり得ない、常人が私の襲撃を予見して対策するなど、不可能だ。

 私はいつもこういう人の嫉妬を集める好青年を狙っているわけではない。冴えない奴も、うだつの上がらなそうな中年だって狙っていた。

 誰を狙っているかを勘付かせない。それこそ私の卓越した怪盗戦略なのだ。今までだって読まれたことはない。

 完璧な計画のはずだったのに、どういうことだ?

「お前、何者だ!」

 この男、まるで私のことを待ち構えていたかのようなタイミングだった。

 まんまと罠にハメられたというのか。この私が

 そんなはずはない、私の読みが読まれるなどと……一体どういうことなんだ?

 混乱する私を他所に、好青年はさっきまでのイメージとはとかけ離れたしたり顔で笑った。

「フフフフ、貴様の事件をずっと調べていた。そして、今日はこんな男を狙うんじゃないかと思ってなぁ」

「何だと……この私の狙いを本当に予測して動いていたのいうのか!」

「聞いて驚け!」

 そして、自分の頬をおもむろに掴むと、自分の顔の皮を剥ぎ取るように脱ぎ去った。

 中から現れたのは、白髪交じりの中年男性だった。

「オレは全ての菓子折りを守る男、菓子折り探偵、時田ときた問道もんどうだ!」

 無精髭を生やしたオッサンが、自信に満ち溢れた顔でそう名乗りをあげた。

「菓子折り探偵だと?」

「そうだ、貴様に菓子折りを奪われ、責任をとって辞職に追い込まれた元警察官のオレが、貴様の悪事を止めてみせる!」

「なんということだ、知らないうちに警察関係者まで狙っていたとは……」

 私は見た目ばかり気にして、相手の素性まで調べているわけではなかった。

 どうやら、敵にしてはいけない相手を本気にさせてしまったようだ。

「だが、まだ私にはこれがある。今日は失敗したが次こそは!」

 そして私は反重力装置を作動させる。これさえ使えばどんなピンチであろうと飛んで逃げられる。

 が、どうしたことか、反重力装置は作動しなかった。

「そんな、何故だ!」

「貴様のことは調べ尽くさせてもらった。行動パターンのみならず、そのテクノロジーについてもな!」

 と、菓子折り探偵は胸元から何かの装置を取り出した。これは一体……。

「反重力装置の効果を発揮させないために作った妨害装置だ。某有名工科大学の協力を得てな!」

 なんだと、まさか、我が母校には私以上の技術者が居たというのか?

 いや、確かに私のことをライバル視して、ずっと発明を続けていた男が居たはずだ。

 今は母校で講師をしていると聞いていたが、まさか奴が……。

「さあ、観念しろ!」

 菓子折り探偵は手錠を取り出し、それを私にかけた。

 今まで反重力装置に頼った逃走劇を続けていた私に、逃げる手段などなかった。

 全ては、誰も私のような菓子折りを盗むだけの怪盗など目もくれないと油断した自分のミス。

 完敗だ。



 独房の中で放心していると、刑事が一人やってきた。

「取り調べの時間だ」

 もうそんな時間か、私は力なく立ち上がった。

 今まで散々罪を重ねてきた私だ、甘い償いでお天道様を見られる日はないだろう。

 もしかしたら、無期懲役刑かも……。

 いや、思い返せば私は重い刑罰を受けても仕方のない身だ。

 人の不幸を喜び、嘲笑い、糧にして生きてきたのだから。

「……そういえば、あの探偵、菓子折り探偵はどうなりましたか」

 ふと、あの男のことが気になった。

 己の人生を狂わせた怪盗を追い続け、ついには逮捕するに至った英雄。

 もしかしたら感謝状や賞金を貰っているのだろうか。さぞ皆から賞賛を受けていることだろう。

 私を捕まえたことが、少しでも人生の足しになっていれば、例え少なくとも人生の糧になっていると信じたい。

 刑事はため息をつき、私を引っ張りだしながら言った。

「退職金代わりに手錠をガメてた罪で捕まったよ」

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おかしも 灯宮義流 @himiyayoshiru

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