おかしも
灯宮義流
『お決まり』
「お決まり」言動がいつも同じで新鮮味がないこと。また、きまり文句。
魔王は、玉座に座って静かにその時を待っていた。
勇者が、ついに自分を倒そうとするために、あの大きな扉を開ける瞬間がいよいよやってきたのだ。
今日まで、勇者を倒すために様々な部下を送り込み、作戦を企ててきた。しかし勇者は苦難を乗り越えて、自分の目前にまで迫ってきた。
自分も心してかからねばならないだろう。甘く見れば、死ぬのはこちらである。
勇者が、大きな扉をその小さな身で押し開くのが見えた。ついに決戦の時だ。
まずは相手を畏怖させねばならない。魔王は部屋の空気が震えるような高笑いをあげた。
「よく来たな勇者よ、褒めてやるぞ!」
「魔王よ、ついにお前の最後の時だ!」
「グハハハハ、ぬかしおるわ」
剣を構える勇者、玉座から立ち上がる魔王。その巨体は勇者の何倍もある。体格で引けをとることなどない。
紫の肌からは、どす黒い正気が立ち込めている。魔王のおぞましい魔力が滲み出ているのだ。
触れれば人間はただでは済まない。だが、相手は聖なる化身たる勇者、この程度で怯みはしないだろう。
命を賭けた戦いが始まる。魔王は、その大木のような腕を構えて、勇者に吠えた。
「さあ来い勇者! 千切りキャベツのようにしてくれるわ!」
しばしの沈黙が、場を支配した。
そして、すぐに勇者の溜息が、魔王の部屋に響いた。
「な、な、何かいけなかっただろうか?」
「いや、それがわかってない時点でダメじゃないですか」
「な、なんと」
魔王が立ち眩む。彼的には自信のある脅し文句だったのだが、まるで通じなかったようだ。
「料理してやるーっていう悪党は居ますけど、千切りキャベツって言ってみれば添え物じゃないですか。僕を馬鹿にしたいってのはわかるんですけど、なんか緊張感が足りないんですよね」
「す、すまない、こういうのは苦手で……」
ヘコヘコと頭を下げる魔王に、勇者はうーんと唸った。
「もう一回、やってみてください。もっとピリッと刺激のある台詞で」
「お、おう、任せておくがいい」
胸を一叩きした魔王は、勇者へ飛びかかるかのようなポーズを取った。勇者もそれに応じて剣を構える。
「さあ来い勇者よ! トンカツにしてくれるわ!」
「ストップ」
勇者の停止の合図を受けて、魔王は崩れ落ちそうになった。
今のは良く出来た台詞だったのに、と思った矢先、勇者の厳しい指摘が入る。
「そういう問題じゃないです。というか、なんで家庭的なんですか」
「すまん、今日の夕飯何作ろうかと思って……」
「自分で作ってるんですか」
「ああ、妻がずっと働きに出ているから、暇な私が料理を担当しているんだ」
「へぇ、偉いじゃないですか」
「いつも朝から晩まで働いて貰っているからな、これぐらいはしないと」
魔王は少し照れて肩を竦めた。褒められてないので、ついつい嬉しくなってしまうのだ。
「あれ? でも占領した村から税金とか取ってないんですか?」
「重税をかけて反乱でも起こされたら困るじゃないか。ただでさえ君を足止めするのだって大変なんだ」
それもそうか、と勇者は納得した。
「まあそれはいいんです。やっぱもっと魔王らしい台詞を言わなくちゃ、ダメですよ」
「例えば、どんなものだ?」
勇者は剣を鞘に戻し、腕を組みながらしばし考えた。
「もっと残酷な事を言えばいいんです」
「キャベツの千切りを人間にやれば、残酷ではないか」
「想像すればそうですけど、その前に瑞々しいキャベツの千切りシーンが頭に浮かんできて全然怖くならないんですよ」
「そ、そうか、難しいな。ではどう言えば良いのだ」
問われた勇者は、息をすぅーっと肺に取り込むと、無慈悲な目でこう言い放った。
「貴様の内蔵を抉り取ってくれる」
「ちょ……ちょっと怖すぎないか?」
「これくらい魔王なら普通ですよ」
「想像したら気持ち悪くなってしまったぞ……」
口を抑える魔王を見て、勇者はすぐに噛み付いた。
「そんなことでどうするんですか。魔王なんですから気を大きく持って」
「あ、ああ、そうだな、で、他には?」
「目玉を繰り抜いて串刺しにするとか、首を切って城の天辺に突き刺して飾ってやるとか」
「いやいやいや怖い怖い怖い、今日眠れなくなってしまう!」
「我慢してください、魔王でしょう! はい、やってみて」
勇者に叱られつつも、魔王は気を取り直して背筋を伸ばす。そして、目を血走らせながら叫んだ。
「お、お前の首を切り取って城のオブジェにしてくれるわ!」
「いいじゃないですか、その調子ですよ。もっと怖くしていきましょう」
こうして、勇者と魔王は様々な意見を出し合った。
流石に差別的過ぎる用語は魔人権団体がやってきて、厳重注意を受けてしまうそうなので、「ゴブリン」や「スライム」と言った罵倒文句は禁じられた。
何度も話し合った結果、ついに最高の脅し文句が完成した。
勇者が見守る中、魔王はコホンと咳を一つした後、歯茎を剥き出しにしながら怒鳴りつけた。
「貴様のような小僧は、このワシが内蔵を抉り取り! 目玉を繰り抜き! 舌を引き抜き! 脳みそをぶちまけて! 首を切り取った上で城の天辺のオブジェにしてくれる! そして最後には、残った身体を踏み潰して、挽肉のように無残な姿に変えてくれるわぁ!」
「良い感じ! じゃあ略して!」
「小僧! 粉々に砕いてくれるぞ!」
「もう一声!」
「握りつぶしてやる!」
「さらに一声!」
「ぶっ殺してやらぁぁぁぁ!」
魔王の声が轟いた後、勇者は身体を大層寒そうに震わせた。
「物凄く怖かったです、背筋が凍り付きました。ああ、僕はこれから殺されてしまうんだろうかと、ゾクッとしてしまいました」
「そうか」
「あの世が見えたかもしれません、末恐ろしかったです」
「そうかそうか!」
勇者に褒められた魔王は、満面の笑みで喜んだ。
思えば魔王は、妻にもいつも言われていた。威厳がないから、息子達はいつまで経ってもお父さんを甘く見ているんだと。
しかし、ようやく自分にも魔王らしい風格というものが身についた気がした。
おぞましい言葉を使うのには抵抗があるが、やはり悪者として、おどおどしては居られない。
そう、魔王にも、ようやく勇気というものが芽生えたのだ。
「ありがとう、君のおかげで自信が持てるようになったよ」
「そうですか、こんな僕でもお力になれて良かったです」
二人は握手を交した。大きな手と小さな手による固い握手は、どこか眩く見えるようだった。
握手を終えると、二人は再び対峙する形になる。
『で、何でこんな話になったんだっけ』
二人は、顎に手を当てて考えこんでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます