当たって砕けてみなければ~西条紫陽の始まり~
翌日の朝。人工島にも小鳥がさえずるのですねという感想を、心の中でつぶやきながら起床いたしました。
時計を見ると6時を刺しており、普段を考えると少し眠りは浅かったかもしれません。
「うぅん……いてっ!?」
彩音を見ると、小さな時計が落ちて、一風変わった目覚まし時計になっているようです。
「たぁ……あ、おはようございます」
「おはようございます」
「時計が落ちてくるとは。置き場所が悪かったわね」
時計を元の場所に移動させながら、彩音はそういいます。
「今日は朝一で帰る? 昼くらいまでいるなら、案内するわよ」
「お仕事はよいのですか?」
「アイドルがいなくなって、事務作業もほとんど終わっちゃってるのよね。むしろプロデューサーと交代で外でスカウト活動が仕事なの。今日は私が外周りで、プロデューサーが電話番」
「そういうことなのですね。中々、スカウトとは難しそうです」
「この島だと、観光の人か。もともとこの島で活動してる人が多いから、難しいのよね」
「アイドルの島ですからね」
「そういうことよ。だからまあ、観光とか簡単な案内しながら良い子を探すということは合法的に認められるわけよ」
「本当に大丈夫なら、少しだけおすすめの場所などを教えていただければ」
「まっかせて!」
親指を立ててウィンクの彩音。彩音がアイドルやっても良いのではと少し思ってしまいます。わたくしよりも明るく人当たりも良さそうですし。
プロデューサーと呼ばれていた彼が出社してきたところでお礼を言ってわたくしと彩音は島の中でも活気のある地区へと足を運びます。
「ライブやりまーす! ぜひ、見に来てくださーい!」「ハニーたち! 僕達のトークアンドライブショーが今日の夕方から行われるよ。1席どうだい?」「デビューシングル今日発売になりました! よろしくお願いしまーす!」
そこでは様々なアイドルや歌手の子たちが宣伝――つまりは営業を行っております。みな若手の高校生くらいの子に見受けられます。
「若いですね」
「まだ私たちも若いから、悲しいこと言わないでよ……このへんが一番身近にアイドルたちと出会える場所ね。正式名称は《ミュージック・ストリート》なんだけど。ネットとかだと《新人発掘の道》とか《始まりの場所》とかいう愛称もつけられてるみたい」
「何やら懐かしい気持ちになります。子役ながらに厳しい世界で挨拶回りをした日々を」
「小学生頃からだもんね。どちらが辛いかは比較しにくいから触れないでおくけど。どうする? お昼過ぎの便で帰るなら、ひとつくらいはライブ見れると思うわよ」
「それでは、どこかですこし見てから帰るといたしましょうか。わたくしが目指せるかどうかも兼ねて」
「少なくとも、独特な雰囲気があって、私はいけると思うんですけどね。紫陽ちゃん」
「自分で見ないと、決心はできないものなのです。後悔をするならば自分で選んだ後悔です」
「ほら、そういうところとか」
ですが、どの子たちを見ていきましょう。
「初ライブです、ピッカピカに頑張りまーす!」
あの子たちは少し違う気がしますね。
「さぁ、我が狂宴へと誘われるが良い!」
個人的な興味はありますが、アイドルの中ではキャラが濃いタイプでしょうか。
「よろしくおねがいしまーす! よろしくおねがいします!」
その中で、ひときわ大きな声ですが、個性を押し出すような形ではなく、本当にひたすらにお願いする少女が目に入りました。
そして――
「すみません」
「よろしく――は、はい!」
「ふたり分でおいくらでしょうか」
「え、えっと、1人1500円なので3000円です」
「では、これで」
気づけば自然と、その頑張る態度に惹きつけられておりました。
「あ、ありがとうございます!」
「ふふっ、楽しみにしておりますね」
「は、はい!」
さて、彩音のもとにもどりチケットを渡します。
「直感って感じ?」
「そうですね。何か惹きつけるものを感じました」
「また、中々なことを」
「それより、思ったよりもチケット代は安いのですね」
「この辺は、ライブハウスとかのレンタル代が少し安くなってるかも。ホログラムとか最新機器の実験投入などの契約が店とあるようで、ある程度は自治体や研究団体から資金がでてるのよ」
「お互いにwin-winな関係ということですね……まあ、ライブまでもう少し時間をつぶすとしましょう」
「じゃあ、ちょっと朝食をとらない? 私、お腹へっちゃって」
「構いませんよ。わたくしもそろそろ何かお腹に入れたいところでした」
***
時は過ぎて、ステージの時間です。
キャパシティは300人程度でしょうか。そのくらいの大きさのライブハウス会場のようです。
とはいえ、残念ながらガラガラではありますが。わたくしたちも隅のほうになりますが、立ち位置を確保いたします。
「まあ、私たち抜きにしても0にならないなら嬉しい物と思うわよ。アイドル業界に半年もいると、0人ライブなんてことも本当に見ることあるからね」
「まあ、楽しむとしましょう。オリジナル曲とカバーソングらしいですし。わたくしが知っている曲もあるかもしれません」
「ですね」
時間ピッタリでステージは始まります。
正式デビュー直前のユニット3つがでてくるらしいですね。先ほどの子はその中の『honey』というユニットの新人のようです。
honeyの出番は最後のようでライブは円滑に進んでいきます。そう、とても円滑に。
「アンコールも何もなく進んでしまいますね」
「ここまでの二組の感想はある?」
「わたくしからみたら、どのユニットもすごいとは感じますよ……ただ、何か引っ掛かりは覚えますね」
「目が肥えてるのか、芸能界にいたからかしらね。まあ、悪くないんだけど良くもないって評価になっちゃうんだと思うのよ」
「ただそれが何かはわたくしにはいまいちわかりません」
「多分、あれよ……ここより上にいく意識がこっちに伝わってこないっていうのかしら」
「煌めき……のようなものですか?」
「間違いじゃないわね。アイドルとしてライブができるところまできたってことで、アイドルになることが夢だった子がたまに満足しちゃうのよ……アイドルが過多の時代だから、ここまできた私がすごいって感じにね」
「アイドルでなくとも、よく聞く事例ですね……ですが。なんとなくしっくりきますね」
「最期のグループはどうかしらね」
「少なくとも、1人は煌めきをもっておりますよ」
そうしているうちにステージにhoneyが現れました。
「みなさーん! こんにちは、honeyです! よろしくおねがいしましゅ!」
「ちょっと、未来。そこで噛まないでよ!」
「ご、ごめん!」
「ふふっ」
思わず笑ってしまいました。ステージに聞こえてないと良いのですが。
「え、えっと、それじゃあ最初の曲、いきまっす!!」
「MCもろくになしかい!」
「あ、あはは」
少し失敗なども多いかもしれませんが、客席のほうの雰囲気は良いですよ。
その後、ステージはドンドン進んでいきます。前の2つのグループと比べると、やはり煌めきを感じる気がします。
「ふぅ、ありがとうございます!」
「この後はカバーソングやけど、ちょっと自己紹介をいれんとな~」
「そうそう。私たちのこと知ってもらわないとね」
「そ、そうだね! 改めまして、honeyの大空未来です!」
「うちはhoneyのスタイリッシュ担当、紀伊凜花や」
「honeyで一番しっかりものの園田香織です」
「なんか、わたしだけすごい滑ってるみたいになってない!?」
「気のせいやって」
「気のせいよ」
「えぇ~!」
やはり、輝いています。それにお客さんも数が少ないなど関係なく、みなさんに思いを届けております。
ライブも終盤になって、残りは一曲となったところです。
人生とは苦の連続。トラブルが起きることは仕方のない試練なのです。
曲のサビに入るところで、音と照明にトラブルが起きたようです。
「彩音、こういうことは?」
「この規模のライブハウスだと。研究機材に馴染んでないとたまにあるわね~。ちょっと、裏方が慣れてなかったりの可能性もあるから、行ってみるわね」
「よろしくお願いいたします」
さて、お客様の中にはおそらく慣れてるといった反応の方もいますが、やはり戸惑いを隠せない方もいるようです――それにアイドルの3人も対応しきれておりませんね。
このカバーソングなら――少し出張っても怒られないでしょうか。子役時代の視聴者の顔が見えない状態での撮影よりは、気も楽な感じましますね。
為せば成ります。この状況で音楽や照明が戻っても、空気が悪いでしょう。それなら――
「――――」
「えっ?」
わたくしは少しばかり、サビを歌うといたしましょう。それで、場面が変わるのならば、役としては美味しいじゃないではありませんか。
わたくしが歌い出せば、お客様の一部の方も歌い始めてくださいました。
音は止まってもマイクは動いているようなのですから、アイドルならば歌っても良いでしょう。
「……うん!」
お三方はお互いの顔を見て、再び歌い始めました。裏に曲のないアカペラで、ですが観客のみなさんとのセッションができあがり、これはこれでよいのではないでしょうか。
少し出すぎた真似をした、わたくしはそう思います。
***
ステージが終わり、未来さんが手を振ってお辞儀してきたので、手を振り返しながらこの場を後にします。
時間もちょうど電車の時間です。
「どうだった? ここにいる新人たちは」
「挑戦することは良いことですね。昔を思い出しました」
「ふふっ、世知辛く厳しい業界だけどね」
「それはわかっておりますよ」
彩音と歩いて話しているうちに、駅にはすぐにたどり着いてしまいます。
さて、本島に戻って――少し頑張ってみましょう。
「それでは、またね」
「ええ、またいつかお会いしましょう」
改札を通り、この島を別れを告げようとしました。
夢へと向かう煌めきの精神を思い出せる良い旅だった。今はそれで良いでしょう。
その時でした。後ろから声をかけられたのは、
「あぁ! 待ってください!」
「あれ? プロデューサー!?」
「西条さんまった!!」
そんな風に呼ばれては、つい足と止めて振り返ってしまいます。
「なんでしょうか?」
首を傾げて、そんな反応を返します。
「あの、今、プロダクションとかに所属してないんだよね」
「まあ、そのとおりですが?」
「それなら、うちのプロダクションにはいらないか! 今、社長にも連絡とれて、それで、その西条さんさえ良ければ」
突発的な提案でした。いえ、もとより昨日から誘われてはいたことです。
「少し、考えてからでもよろしいでしょうか?」
「……もちろん!」
「先ほど、今の時代を生きるアイドルの姿を見ました。わたくしがあのように慣れるか、あのようになることを志ざせるか考えてみます」
「え、えっと……あの、名刺! 連絡先も書いてあるから」
「ありがたく、受け取らせていただきます……また会えることを」
「会える! 俺はそう確信してる!」
わたくしはそれを最期に改札を通って、島を出ました。
その後の顛末は予想できる方も多いと思いますが、ここに記しておきましょう。
本島に戻ったわたくしは、思いの外早く決断をすることができました。
それはひとえにあのライブを見て、わたくし自身がなぜ、この業界に残り、ライブを見てあのような気持ちになったかを考えなおしてみれば、必然とも言えましょう。
やはり、わたくしは人の笑顔を見ることが好きで、感動を与えたいと思うのですから。
「突然のお電話失礼致します。西条紫陽ともうします」
『あ、紫陽? どうしたのよ、またこっちにくる? それとももしかして――』
「ええ、そのもしかしてです」
『わお! それじゃあ、プロデューサーとちょっと変わるわね。プロデューサー! アロハシャツでだらけてないで、紫陽ちゃんから電話ですよ!』
そんな声が電話の先から聞こえてきます。何やらドタバタとした音も聞こえてきましたが、
『で、電話変わりました。えっと、西条紫陽さんでいいんですよね?』
「はい、あなた様にスカウトの言葉をかけられた。西条紫陽と申します……あの時のスカウトの返事はまだ受け付けているでしょうか?」
『もちろん!』
「いろいろと考えました結果――ぜひ、そのスカウトを受けたいと思います」
人生には当たって砕けてみるべきこともあるでしょう。砕けた先に、新たな道があるのですから。
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