油断大敵とはまさにこのこと~西条紫陽の油断~
わたくしは高校を卒業して1年がたったある日、もともと所属していたプロダクションより解雇――正しく言えば、契約解除となっておりました。
もとより子役として活動しておりましたが、12歳を超えて中学生になって以降は仕事も減る一方で、学業のほうに専念していたのも理由と言えましょう。
そのままわたくし、大学に入ることや普通に就職することも多く考えておりましたが、一度はじめたことはなかなかやめる気になれないものですね。まだ芸能界にどうにか残れないかと考え、今話題の《スターライト・アイランド》へと足を運びました。
「ここが、かの有名なエンターテイメント・アイランドですね」
わたくしはその島に足を踏み入れたとき、思わずそうつぶやきます。
それはもちろん、その活気あふれている光景を見たからです。
右を見ても左を見ても、アイドルやアニメ・ドラマ・映画の広告にあふれていて、走っているバスなどの公共機関も言わずもがな広告が大々的になっております。
まさしく一昔前の秋葉原や新宿といえましょう。
しかし、ここにきて何をするかという計画はまったくしておりませんでした。時間も昼を大きく過ぎておりますし――どういたしましょうか。
ここまできて湯を沸かして水にするようなことはしたくありませんが……ひとまずは、観光マップなどを探すといたしましょう。
今考えれば、なぜわたくしはこのときに、事前情報が「アイドルとエンターテイメントの栄える島」というあいまいな情報で足を向けたのでしょうか。それほどまでに道が見えていなかったのかもしれませんね。
観光所は駅の近くにあり、すぐにパンフレットをいただくことがかないました。
ここからわたくしの旅が始まります。
まずはどこに行くことにしましょうか。チケットなしや当日チケットで入れる施設としてはレジャー施設やミュージックパークと呼ばれるダンス&演奏のフィールド、そのほかにも多くのライブハウスなどが見受けられますね。
プロダクションの建物などは、観光街からは少し離れた場所にあるようで、そのほか居住地域などもそちらのようですね。こちらは今は関係ありません。
なにせ、地図を見ている限りでも観光街だけでバスや自転車移動が推奨されそうな広さをほこっております。
わたくしは一先ず――ミュージックパークへと向かいことにしましょう。
***
やはり、アイドルやダンサーの卵がたくさんいるようですね。
演技レッスンに加えて、役に立つと思いダンスレッスンを受けていたわたくしでも苦戦を強いられるよい戦いができました。
「見た目に反して、かなり機敏な動きね。楽しかったわ」
「いえ、わたくしもよい勉強になりました」
昨日の敵は今日の友といいます。わたくしはその日にその場で出会った、偶然の出会いに感謝しながら握手を交わします。
ミュージックパークは、一種のストリートダンスやライブを行える合法的な場所となっているようです。本島だと、騒音の問題や土地の問題でなかなか作るのが難しそうな施設のようですね。
実に興味深く面白い場所でした。
わたくしは日が暮れ始めて、ミュージックパークも人がまばらになったところで、隣接した公園のほうへと移動しました。
「お腹がすきましたね……」
エネルギー効率を考えずに動いてしまうとは、不覚です。
ですが、残念ながら贅沢もできない身なのも事実――わたくしは今はフリーター同然。むしろ、社会的評価ならフリーターなのですから。
「そろそろ、本島へと帰りましょうか」
わたくしは電車の時間も確認せずに、駅へと戻ることにいたします。
ここまでのわたくしの行動はまさに闇夜に鉄砲。そのつけはいつかは回ってくるものなのですね。
『本日の運行は終了いたしました。明日の運行開始は午前5時からとなります』
非常なる放送が駅内に響き渡っております。
「そ、そんな……まさに奇奇怪怪」
わたくしはそんな言葉とともに、ベンチへとへたりこみました。
それからどれほど時間がたったでしょう。恐らく数分程度のはずなのですが、もともと日は沈み始めてたので外は暗く――いえ、街灯でかなり明るいのですが、空は暗くなっています。
お腹もきゅるると景気のいい音を鳴らしております。
「何か食べましょうか……その前に、フェリーも確認しなくてはいけませんね」
さて、どちらを先にするべきなのでしょうか。後悔先に立たずといいますし、まずはフェリーをチェックするべきでしょう。それを逃したら本当に、明日の朝まで帰れなくなっしまいますからね。
わたくしの足は、自然とフェリーの船着場の方へと向かって行きました。
半ば千鳥足気味で、その場所には辿り着くことができます。わたくしは空腹などに負けたりはしないのです。
「あ、お嬢さん。お見送りかい?」
「あ……いえ、その」
「さっき最終便でちゃったよ。今度はもう少し早くきてやんな」
ありがとうございます。親切な船着場スタッフの方、でも、そうではないのです。
なんと奇っ怪な運命でしょう。
本格的にどういたしましょうか。
――思い返してみると、わたくしはものすごいミスばかりしていたようですね。この後に、あの方や彩音に合わなければ餓死していたやもしれません……そちらの内容も書いて置かなければ、この話のオチには辿りつけませんね。
時間を確認してみると、すでに夜の8時を回ってしまいました。
まさか、こんなことになるとは、
「う~ん!! 駄目だ、こりゃ……」
ベンチに座り、行動を考えていると反対側、つまり私にとって背中あわせの位置にあるベンチに男性が座りました。
まあ、公共のベンチなので当たり前なのですが、ベンチはこの周辺にいっぱいあってあいているのですから、ここを選ばなくともよいではないでしょうか。
そんなわたくしの身勝手な考えが伝わることはないのでしょうけれど。
「はぁ~……」
「はぁ……」
……ため息が重なってしまいました。
さらには、それで気が抜けてお腹までなってしまって、恥ずかしい限りです。
わたくしは立ち上がって、ここから退散しようと思います。逃げるが勝ちです。
ドサッ。
「あ、あれ……?」
「えっ? なに、今の音!?」
夜の街灯が照らす駅近くのベンチ。わたくしは空腹で初めて、転ぶという経験をいたしました。良い経験――ではありませんね。
驚かせてしまったようです。
「あ、あの、大丈夫?」
少し慌てて、駆け寄ってきてくれたようですが、とても恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
「だ、大丈夫ですので、お気にな――」
キュルル――という、空気の読まないお腹の悲鳴。
「お気になさらず……」
「あ、いや……あ~。その、ご飯でも食べる? これから、食べに行くんだけど」
「そこまでしていただくわけには行きません」
「いや、ついでに俺の愚痴なんぞを聞いていただけると嬉しいです……もともと1人でいく予定ではなく、予約してた店で行くかどうかも迷ってたので」
「……キャンセル料がかかるということでしょうか?」
「そういうことです」
「…………」
「…………」
無言の間が数分たった後に、わたくしも完全に混乱していたのでしょう。見知らぬ男性と食事にいっていました。
ですが、日誌を書いているわたくしにならわかります。これが運命の出会いであったのだと。
***
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