縁は異なもの、味なもの~西条紫陽の出会い~
辿り着いたのは、完全に、どこからどう見ても肉を焼くあのお店でした。
美味なるものですが、値段は大丈夫なのでしょうか……とはいえ、有無をいわさずに中へと入ることになってしまいましたが。
「好きに頼んでいいよ。食べ放題のコースだったし」
メニューを見ると、十分に種類と量が……その上で、かなりの空腹状態。どうするべきなのでしょうか。
この状況はいろいろとおかしいですが、流れに身を任せるのも選択のひとつなのでしょうか。
「すいません、生ひとつ。あと、このページ全部1人前ずつお願いします」
1ページまるまる!? そんな豪勢な頼み方があるのですか。
いつも自制せざるを得なかった生活をしてたために、ありえませんが。
ものの数分で、テーブルには圧巻の肉が並びます。まさに天国ではありませんか!?
わたくしは驚愕いたしました。
「あぁ~……あ、そういえば、君ってあんなところで何してたの?」
「わたくしですか?」
「そうそう。こんな風に誘っている俺がいうのはまったくもっておかしいけど、警備はしっかりしてても夜の女の子の出歩きは、関心しない」
「わたくし今年で20歳になりますよ?」
「あ、そうなの? ……観光?」
「いえ、いろいろなことがありまして、すこし心の拠り所として訪れました」
「それまた、珍しいことだな。こんなところに」
話を振ってくださるのは嬉しいのですが、至高の作品肉の匂いでそれどころじゃありません!
「まあいいや、とりあえず肉を食いながら話そう! もうね、ここまできたら食べて忘れよう! カロリーとか気にしちゃうかもしれないけど!」
「いえ! そのようなものは些細なことです! ごちそうになります!」
もうよいではありませんか!
よいではありませんか!!
よいではありませんか(強調)!!
肉を口に入れた後には、迷わず米を入れる。これまさに至高のコンボです。
「一応、俺はね。芸能プロダクションで働いてるんだよ。だけど、なんというか最近、プロダクションにアイドルがいなくなってしまってね」
「しょれはまた、難儀なことです。夢破れてという感じでしょうか?」
「いい食べっぷりだな~。ただ、それはちょっと違うんだよね」
ビールをぐいっと飲んで話を続けるようです。
「うちの社長がね。本島ではピンワンと呼ばれる実績を残してる社長なんだよ。ただ、それゆえに嫌がらせ的なあれって言うのかな。うちの子たちも3人しかいなかったんだけど、全員雇用条件とかいろいろで引きぬかれていってね」
「世知辛い現実です。そもそもプロダクションと契約をしたならば、契約期間は簡単にはいどうできないのでは?」
「そこを狙われたのさ。ちょうどこの前の3月が更新時期だった子達だから……結構、詳しいね」
「まあ、一応、わたくしも近くの業界にはいたものですから」
「ほう、通りで美人さんだったわけだ」
――今思い返すと、この時に褒められたのがきっかけでしたね。わたくしも結構、溜まっていたようで褒められただけでころっと、信用してしまったのかもしれません。
「もともと子役としてわたくしは活動していたのですよ。たしかに、仕事はまちまちですが、全く無いわけでもありませんでした。しかし、中学と高校を経て仕事は減ってたのは事実です」
「それで、契約の更新がされなかったとかそういうことかな?」
「そうではありません。そこまできて、プロダクションの路線と違うからと言われたのです。『キュートや可愛い系で売っていく事務所だから』と」
「思ったより、ひどい理由だった!」
わかってくださるのですか。
「そういえば、このお店って誰かと来る予定だったのでは?」
「仕事が上手く行かないのに引っ張られたのか、彼女にも振られてしまって……だったらよかったな! 彼女が浮気してたんだよ。婚約まで秒読みとかあっちが言ってたのに!」
「人生とは世知辛いものですね」
「わかってくれるか。もう、それでひとりで入るのもと思った時に、君がいたから誘ってしまったんだ。すごいお腹の音鳴らして倒れちゃってたし」
「そ、そういうところは、蒸し返さないほうがいいと思いますが」
「そうだな……まあ、歩きなら帰りは送っていくけど、どのへんに住んでるんだい?」
「いえ、その時間などを知らずに帰れなくなっておりました……あっ」
これは言わないほうがよかったですかね。最悪、一晩ならネットカフェなどでも良いと考えていたのですが。
「おおう。昔はよくあったけど、最近もやる人いたのか……うぅん。じゃあ、そうだな。食べ終わったら考えよう!」
「わ、わかりました」
この後、1時間ほど食べました。わたくしは途中で「焼肉屋に来ているのですから、野菜など頼まなくていいのです。焼き野菜は焼き野菜やかバーベキューでやりましょう」などという迷い言を残しましたが、過去のことです。
店を出る頃には午後の10時になっておりました。
「あの、ごちそうさまでした」
「いやいや、いいよ。もともと決まってた出費だったし。キャンセル料に変わらなかっただけな。ちょっと、電話してみるから待ってて」
街灯は未だに明るい中で、少し離れた場所で彼は電話をかけ始めました。わたくしは、特にすることもありませんし、手元のスマホでネットカフェを調べます。
そこまで数はありませんね。むしろ温泉などのほうがあります。温泉の休憩所を開放してる場所もありますし、そちらのほうが良いのでしょうか。
「おまたせ。えっと、泊まる当てないなら一応、場所だけならかせるけどどうする? あ、もちろん俺は帰るというか、知り合いの女の人がひとりいるんだけど」
「えっと、いいのですか?」
「大丈夫。ちゃんと許可もらったし」
ここまでお世話になって良いのでしょうか。
「というか、もし大丈夫なら彼女と一緒にいてあげて欲しいというかな」
「えっと、一体どのような状況なのでしょう」
「いろいろあって、事務所で一晩明かすことになったんだけど、彼女家じゃない暗いところがめっぽう苦手みたいで」
「……そのようなこと言われたら、行くしかないじゃないですか」
「そうしてくれるとありがたい」
まあ、そのような理由でもいくのはおかしいかもしれませんが。上手く理由を作らされてしまった気もしますね。
街灯がまばらになって、夜の闇を認識できるような場所にある建物の前で、彼は止まります。
2階は電気がついているようですね。
「えっと、鍵は……あった」
そして鍵を開けると2階へと案内されます。
1階はシャッターが閉まっていたので、別の方が使っているのでしょうか。
「おーい。鈴原さん、大丈夫か~」
「あ、お、おかえりなさい」
階段を上がった先の扉を開けると、それなりに広い部屋のようです。何故かソファやらテレビなども設置されておりますが、応接間とは少し違うようです。
あと、毛布にくるまっていた女性がいました。今は元気のようですが。
「それじゃあ、俺はこれで」
「えー!? お疲れ様でした」
「西条さん。ここ使っていいから。奥に仮眠室とかもあるので」
「は、はい」
彼はそう言うと、帰って行ってしまいました。
「…………」
「…………」
そして、この状況はどういたしましょうか。
「え、えっと。あなたが例の腹ペコさんですか」
「その呼び名はいささか……西条ともうします」
「西条さんですね。私は鈴原彩音といいます」
「鈴原さんですね……お世話になります?」
「は、はい」
どうすればよいのでしょうか。話題にするものも特に思いつかないのですが、寝るという空気でもないように感じます。
「こんなことぐらいしか話題にだせないのはあれなのですが、西条さんのお年はいくつなんですか?」
「わたくしですか? 今年で20歳になるまだ19の若輩者です」
「へっ!? 同い年!?」
そんなにわたくし年取って見えますかね。
「ほえぇ~……なんというか、いろいろと大きい」
「どういう意味でしょう」
「いや、そのままの意味ですよ。あ、すみません。私も19です」
「それなら、別にそのようにかしこまった態度じゃなくてもよいですよ」
「あ、そう? じゃあ、そうさせてもらうわね」
この方が、そんなに怖がりのようには感じないのですが……
「そういえば、今日は何故事務所の方で」
「借りているアパートが、大規模改修で1日だけね」
「そういうことですか……そんなことあるのですか?」
よく考えたら、住民が1日とはいえ、使えなくなるという状況など。
「安いところで、今は私と数人しか暮らしてないのよ。だから、みんな許可だしたから実行されたわね」
これは完全に、この状況をその時は考えていなかったという空気ですね。
「そういう西条さんは」
「紫陽で構いませんよ」
「……紫陽ちゃんは。なんでこんな状況に巻き込まれることになったの?」
「電車とフェリーを逃しました」
「本当にやる人いるんだ……初めてみた」
――これが、長い付き合いとなる彩音との出会いでしたね。
「まあ、お互い災難だったってことね」
「そうなりますね……ところで、同い年ということですが、ここに就職したのですか?」
「まあね~。大学行くかも悩んだけど、雇ってくれるって言われたからね。というより、私よりも紫陽ちゃんのほうが気になるけど。一応、今日平日よ?」
「今はフリーターに近い人生を送っております」
「あぁ、そういうことね。大学でも入ればもてはやされそうなのに」
「わたくし、そのようなことに興味はありませんので。ここにも良き出会いを求めてきましたので」
「良き出会い? それはラブ的な?」
説明しないとそっちに誤解されてしまうのですね。今度から気をつけましょう。
「いえ、お仕事やそのような形です。これでも、元は芸能界に身をおいていたのですよ」
「なんとまあ、てことはもしかして、プロデューサーにスカウトされたとかですか?」
「いえ、何やら辛いことがあったらしいところを、偶然、意気投合しまして……スカウトしてくださったら嬉しかったのですけれどね」
良い方だとは思いますし。
「それならば、あした私が推薦しちゃうわよ! 社長に」
「えっと、それは悪いかと。それに、多分目に叶っていなかったのだと思いますし」
「そんなことないわよ! 絶対、紫陽ちゃんは芸能界に残るべきだと思う。というか私がそれを見ていたい! 今までのこと詳しく知らないけど!」
鈴原さんはずいっとよって肩を掴んできながら、力説してきました。
「い、いえ、そんな」
「まあ、それに推薦するのはただだし。そこから決めるのは社長とプロデューサーだから」
「は、はぁ……鈴原さんは良い方なのですね」
「彩音でいいわよ」
「彩音は良い方なのですね」
「いや、言い直さなくていいのよ!? というか、そんなこと言われると照れる!」
本当に元気なお方です。でも、そんな風にいってもらえるのは嬉しいですよ。
「それじゃあ、明日のためにも今日は寝よう!」
「そうですね。もうすぐ日付変更になりますし」
「あぁ~。まあ、仮眠室が一番寝やすいと思うから、そっち使おっか」
「わかりました」
彩音に案内されて、そのまま就寝しました。最初の方は、うめき声のようなものが聞こえましたが……触れないで上げるのが良いでしょう。
しかし、たしかここはアイドル事務所でしたね。改めて、考えてもやはり、わたくしのような人間に向いているとは思わないのですが……少し成り行きに任せてみるのも良いのかもしれませんね。
今日はその御蔭で様々な出会いをすることができたのですから。
ふふっ。
***
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