第12談『感謝』

A「へい、お待ちっ!」


B「お待ちっ!どころじゃねぇよ、待たせすぎだっての!」


A「まぁまぁ、怒んないの。


  手間暇かけた方が、美味しいのができるって知ってるでしょ?」


B「そりゃ、煮込みハンバーグだとか豚の角煮とかならわかるぜ。


  でもよ、さっき何作るって言った?」


A「うどん」


B「だよな?それだったらどっかのスーパーで適当に具材買うだろうから


  時間はかからねぇって思ってたさ」


A「あら?比較的かかってないはずだけど・・・」


B「そりゃ、手が込んでいないぶん時間はかかんなかったけどさ。


  買ったのが小麦粉って段階で気付きゃよかった。


  まさか、手打ちうどんの生地を作る所からスタートなんて聞いてねぇよ」


A「そりゃそうよ、言ってないもん」


B「そうならそうと、早めに言ってくれよ!」


A「コシの強いうどんにこだわるんなら、やっぱり男手が必要じゃない」


B「踏むだけなら女でもできると思うけどー」


A「それ以上文句言うなら、前にテレビでやってた、


  小麦から米を作る『チネリ』をやらせるわよ」


B「げ、勘弁してよー。休みだったからよかったけど、あれ7時間はかかったんだぜ?」


A「仕方ないじゃない、こっちがカツカツな時に、


  『米が食いたいんだー』ってパリ帰りに言ったからじゃない」


B「旅費だけで貯金使い果たして、あと2000円で1週間生活しなきゃいけねーんだから、


  こりゃ、頼るしかねぇって思ってたもん」


A「大きな買い物でもしたのかなぁって思ったら、


  『JAPAN EURO』でパリ参戦するって、妙な事を言い出した途端に


  本当に行っちゃうなんて」


B「あっちの方が観客との距離が近いってなったら、行くしかないじゃん。


  海を越えるか越えないかの差なんて大したことないよ」


A「英語がちょっと得意だからって、フランスなら意味ないじゃない?」


B「ホテルは英語で何とか押し通せたし、会場は日本語ができる人が結構いたし


  特に不自由に感じる事はなかったなぁ。


  本当に切羽詰まったら、ボディランゲージで何とかなるから不思議だったよ」


A「図太くなったのは認めるけど、本当に文無しで転がり込んでくるとは思わなかったわ。


  そこまで図太くならなくてもいいのに」


B「まぁまぁ、終わった話じゃん」


A「・・・何かイラッとしたから、近いうちに『チネリ』やるわ」


B「げっ!マジで?」


A「カツカツになる頃を見計らってやるからね。それが嫌ならちゃんと節制する事」


B「わーったよ」


A「そういや、もう過ぎちゃったけど、父の日にちゃんと何か送ってるでしょうね?」


B「え?そんな事やってたの?」


A「ちょっと・・・やってないの?」


B「母の日はカーネーションじゃ、すぐにしおれちまうから、


  毎年洗剤の詰め合わせを送るようにはしてるけど」


A「そりゃ『母さんばかりいいなぁ』って、父さんが拗ねるわけだ」


B「何かやってるの?」


A「当たり前じゃない。毎年ウィスキー1本送ってるわ」


B「えぇーっ!それならそうと言ってくれれば、連名で送ってくれればいいじゃないか」


A「自分だけ楽しようと思っちゃダメでしょ?ちゃんと自腹で贈りなさい」


B「けど、父の日は過ぎちゃったからなぁ・・・」


A「腹を括りなさい。足りないなら立て替えといてあげるから」


B「じゃぁ、出世払いでいいの?」


A「立 て 替 え る って言ったでしょ?


  これ以上難癖付けるなら、『10日に1割』の利子まで付けるわよ」


B「わかったよ、やりますよ。けど、何送ったらいいんだろ・・・」


A「それは貴方が自分で考えなさい」


B「親父は酒好きだからって違う銘柄のウィスキーを送ったら、


  親父は凄ぇ喜びそうだけど、母さんがふくれっ面になりそうだよなぁ」


A「『休肝日が台無しになっちゃうから、お酒は禁止ね』だって」


B「嘘?母さんの反応早くね?」


A「あたしのメールを打つ速さを舐めないでもらえる?」


B「そうでした。最新機器を扱わせたら天下一品でした。


  しかもそれについていく母さんも相当だわ。


  どうしてそういうトコ、受け継がなかったんだろ・・・」


A「その代わり父さんのいいトコ、受け継いだじゃん?」


B「そこ何処よ?酒が強いなんてそんなに自慢できる事じゃないぜ」


A「即断即決即行動なんて到底真似できないわ。


  『そうだ、パリに行こう』の数日後にラセーヌ川のほとりにいるなんて、


  普通ならあり得ないでしょう?」


B「それは・・・【霧咲 リフォルきりりん】のためなら・・・」


A「動機は不純でも、それをやるバイタリティは見事の一言よ」


B「いやぁ、そこまで褒められると裏があるとしか思えないけど」


A「後先を考えないバカなトコは、自他共に認めるトコよね」


B「ちょっ・・・『自』はねぇじゃん!」


A「じゃ、パリ帰りに2000円しか入ってない財布を見て一言」


B「あれ?これだけしか残ってない・・・参ったなぁ」


A「それはバカの典型的な一言じゃない」


B「返す言葉がございません」


A「それならそっちだってバカじゃん」


B「うん?何処が?」


A「そのスマホ、何台目だよ?」


B「えっと・・・いち・・・に・・・さん・・・4台目じゃなかったっけ?」


A「違う、6台目」


B「え?そんなに?」


A「スマホの台数が今までの彼氏の人数なんて聞いた事ねぇよ。


  別れ際に勝手に叩き壊して、また買い直してるんだろ?」


B「保険に入ってるから、そんなにお金かかんないわよ」


A「そこは金の話じゃないだろ?何度同じ事を繰り返せばいいのって話?」


B「そうかしら?いつも最新の機種が手に入って楽しいわよ」


A「その度に『電話番号とメアド教えてくんない?』って聞かれる立場になって」


B「Bluetoothでできるんだからいいじゃん」


A「知らない番号から呼び出されて何事かと思ったら、


  妙にカラ元気を繕ってて、見ててイタイんだよ」


B「じゃ、出会う前から大泣きしてたらどう?」


A「話しかけづらいからやめて」


B「でしょ?精一杯の強がりなんだから、付き合いなさい」


A「しょうがねぇとは思うけど、ちょっとは堪え性鍛えた方がいいんじゃない?」


B「まぁ、それは・・・追々ね」


A「直すつもりはねぇな、こりゃ・・・」


B「で、どうするのよ?父の日プレゼント」


A「すっかり忘れたと思ったのに」


B「数分前の事を忘れてどうすんのよ?」


A「こう言うのは現金書留でいいんじゃね?


  ミスマッチなモノでも送って困られるよりも、


  『これでお袋と美味しいモノでも食ってください』ってな感じで」


B「はぁ・・・デリカシーがないというかわかってないわねぇ・・・」


A「何がよ?金よりも嬉しいモノってないだろ?」


B「そういう意味で言ってるんじゃないの。大切なのは時間」


A「は?時間?」


B「そう。その人の立場になってみて、


  何がいいかなぁって真剣に考える時間が大切なのよ。


  例えモノがその人の趣味に合わなくてもね」


A「そんなもんかねぇ・・・


  じゃぁ、汎用性の高いネクタイぐらいでいっか・・・」


B「あ、父さん早期退職アーリーリタイヤしちゃってるから意味ないわよそれ」


A「嘘?そんなの聞いてねぇよ」


B「そりゃそうよ、今言ったもん」


A「そりゃぁ聞いてねぇはずだって、おい!何でこっちにその話が来てないわけ?」


B「だってアンタその頃、ガン無視してたでしょ?


  全然電話に出ねぇってボヤいてわよ。一体何やってたの?」


A「その頃ってどの頃よ?」


B「もう一ヶ月半も前の事よ」


A「一ヵ月半前・・・って、あぁ・・・研究室の配置転換で揉めて、スマホを家に置いたまま


  カンヅメになってた頃だわ」


B「折り返して電話しなかったでしょー?」


A「どうせ、『酒を呑み過ぎるな、お前が呑んだら誰かを潰す』とかの


  説教じみた電話だろうと思ってスルーしたんだったわ。


  で、どうして早期退職を決め込んだの?」


B「そろそろ母さん孝行したいって思ったらしいわ。


  教頭先生を支えるのも結構な激務だったみたいだし、


  過労で母さんが倒れた時に、父さん何もできなかった事に愕然としたみたいよ」


A「で、今何やってるのよ?」


B「『主夫』になるために、先生から色々と教えてもらってるそうよ。


  もちろん先生は母さん」


A「元教頭先生が教えてもらってるってのは画的に滑稽こっけいだなぁ」


B「母さんも父さんから色々教えてもらってるって」


A「元々はそっちが本業だからな。けど何教えてもらってんの?」


B「電球の取り替え方とか、車の運転とか」


A「へぇ~。確かにペーパーのゴールドドライバーだったもんなぁ。


  母さんがハンドルを握った所なんて見た事もないや。


  でもどうして?


  『自分が危害を及ぼす恐れのあるモノは信用しない』主義だっただろ?」


B「終活の一環ですって」


A「しゅうかつ?母さん仕事したがってるの?」


B「その就活じゃない。『終わる活動』略して終活」


A「2人共まだ還暦前だろ?急ぎすぎじゃね?


  まさか、どっか悪い所が見つかったとか?」


B「今の所、定期健診で何かが見つかったって事はないそうよ。


  父さんに脂肪肝のきらいがあるぐらい」


A「じゃぁ、何でまたいきなり?」


B「何時死に別れになっても、


  独りで生きていくための準備を始めたいって決めたらしいの」


A「ふ~ん・・・そんなもんかねぇ」


B「ま、私達がその年頃になったら気付くのかもよ」


A「その前に俺達の相方が見つかるかどうかが問題だな」


B「一言多いから、チネリ決定」


A「マジかよ・・・んでその父さんは『主夫』の他に何かやってんの?」


B「まだ動けるからってボランティアとか、家庭菜園とかに精を出してるみたい」


A「ふーん・・・じゃぁ決まりだな」


B「え?もう決めたの?まともな物でしょうね?」


A「おう。種にする」


B「たねってあの種?」


A「それ意外の種ってどんなもんがあるのか聞いてみたいけど、その種。


  家庭菜園やってるんならうってつけだし、


  上手く育てば帰った時に収穫した野菜とか食えるし、


  仕送りの時にでも送ってくれるかもしれないじゃん」


B「ちゃんと考えてるじゃない、『良』を進呈しよう」


A「その上から目線はちょっとイラッときちまうけど、


  今の時期ならサツマイモなんて、小松菜なんて年中作れるみたいだし、


  まずは簡単な作物の種から凝ってくれればね」


B「でも、既にやってそうじゃない?」


A「だから、その中にちょっと難しいのを混ぜる。


  そうだなぁ・・・スティックセニョールとか」


B「何それ?想像つかないけど」


A「ブロッコリーの仲間だってよ。


  母さん調べるの好きだから、簡単に作れそうな気もするし」


B「なら、ホームセンター行くんでしょ?


  一緒にトイレの洗浄剤と消臭芳香剤買ってきて」


A「それぐらい自分で行けよ!」


B「ごめん!次の彼氏を作るのに忙しくって・・・」


A「また壊すんじゃねぇぞ、そのスマホ!」

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或る二人の会話 摩耶 @wish_to_hope

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