1-9.仕事明けのコーヒー
「いやー。それにしても、解決してよかったねえ!!」
役所まで戻る途中、やっぱり照子はしゃべりっぱなしだった。
ソクラの前を大きな歩幅で、ずんずん歩いている。
あまりにコロコロとコケるので、頭のチョウチンアンコウみたいな触覚を光らせるよう、さっきアドバイスしたばかり。
それで多少は足元が見えるようになったせいか、足どりが軽い。
ご機嫌すぎて、スキップでもしそうな勢いだ。
「すっごい大事件だったけど、私たちがいればこんなもんよね!」
「事件とか、人聞きの悪い言いかたやめろ。そんなたいしたことじゃない」
ソクラがぶっきらぼうな声を出す。
照子は、やっぱり気にしていないようだった。
「そっか!! でも、事件が解決して、夜明けのコーヒーがうまいぜ、みたいな!」
「ここ夜明けとか、こないし」
「しまったー!! そしてもうひとつ、ダブルしまったぁぁぁぁっ!」
照子が頭をかかえて、大騒ぎする。
すごくどうでもいい気分で、ソクラは聞いてみた。
「二回目のしまったは、何だよ」
「マンガ喫酒場で、コーヒーもらってくればよかった!」
「そこらで買え」
「そうだね!! でも、このへんはお店がないねえ」
あたりをキョロキョロ見回す照子。
目の前には城が見える。
二人が立っている場所から、少し進んだ先。
そこには眠らずの女王が住む、漆黒の城がある。
ヨナカヘイムで、もっとも大きな建物にして、妖精王族の権威を象徴する建造物だ。
城のあちこちにある窓からのぞく、ほのかな明かり。
女王の名が示すとおり、城内に眠りは訪れない。
お城は二十四時間営業なので、中では常に誰かが働いている。
そのため、誰からともなく『不夜城』と、そんな名前で呼ばれるようになっていた。
その中に、ソクラが役所として使っている部屋もある。
城内の一室を女王から貸し与えられているのだ。
いつもは外回りが終われば、その部屋で書類を書く。
(今日は……そうか。もう……何も手配する必要がないから……書かなくてもいいのか……)
いつもと段取りの違う仕事ぶり。
そのことを思うと、少しだけ不思議な気分になってきた。
「それにしても、ソクラちゃんはすごいね!! あっというまに事件解決だよ!」
考え込んでいるところで、照子が騒ぎたてる。
「いや……そういうわけでも……」
「私、仕事の先輩がこういう妖精でよかった!! 理想の上司って感じ!」
「そ、そうか……」
「へっへーん。でも、抱かれたい妖精ナンバーワンの座は譲らないぜ!!」
「いらねえ」
ソクラは苦い表情になった。
(よく考えたら……今回……こいつがいなかったら……というか、私……何もしてないような……いや、でも……いや。やっぱ、何もしてないか……)
最初にバンシーから話を聞けばよかった。
たったそれだけ。
そして、そのあとのことは言うまでもない。
照子がいなければ、何も解決しなかったはずだ。
(あ……私、本当に……何もしてないや……)
ソクラは、ちょぴりうしろめたい気分になった。
「まあ……まあ、アレだ。今夜はおまえも、よく……がんばった」
そんな気持ちがあったせいか、出てくる声も途切れがちになる。
照子の触覚が、ピコンと音をたててはね上がった。
「えっ!! マジすか! 私、グレート!? ホメられた!」
「近い。まぶしい」
照子が目と触覚の先をきらめかせながら、グイグイと顔を寄せてくる。
なかなか離れてくれない。
しょうがないので、ソクラは照子の頭を撫でてやった。
「エーヘーヘー」
照子が、にぱーと笑顔になる。
「今日は、これが一番うれしい!」
まぶしいくらいにイイ笑顔を浮かべて、ほがらかに笑う。
ソクラは、ちょっと照れくさくなった。
「そ、そうか。まあ、これからも……」
がんばれ、と言おうとしてちょっと考える。
(まあ……他のやつと組みたいなんて言って……まわりに迷惑かけるのも悪いし……しばらくは……こいつで我慢するか……)
頭の中にあったコンビ解消案にバツ印をつけて、ソクラはふうと息を吐く。
「これからも、がん……」
「ああっ!! あそこにキノコンビニがあるよ!」
照子がビシッと指した先。
そこには、テツヤキノコそっくりの建物がある。
ヨナカヘイムにある、唯一の商店と言えば、これだけだろうか。
テツヤキノコを加工して作った、さまざまな商品を売っている。
食べ物、飲み物、お菓子、衣類、雑誌、調理器具、クリケットのラケット、ゴルフ用品───なんでも揃う。
ようするに、田舎の雑貨屋。
「ナイスタイミング!! コーヒー買って帰ろう!」
「行って来いよ。私は先に帰るから」
はしゃいでいる照子に、ソクラは背をむけた。
ところが、手をつかまれて引っぱられる。
「一緒に行こうよ!! ソクラちゃん!」
「一人で行けばいいだろ……」
などと言いつつ、ズルズル引きずられていくソクラであった。
「ソクラちゃんは、何味のコーヒー飲むの? ピーチ? バナナ? ハンペン?」
「コーヒーはコーヒー味しかねえよ」
「フレーバーだよ、ソクラちゃん!! 今ね、トロロコンブのフレーバーとかあるらしいよ! ドキワクもんだぁ!!」
「飲みたくねえ」
「あっ!! でも、コーヒー飲んだら眠れなくて、寝不足になっちゃうね!」
「飲んでも飲まなくても寝不足なんだよ」
ソクラは仏頂面になる。
ヨナカヘイムの平和は、今夜も無事に守られた。
妖精さんは眠れない タカハシヤマダ @magicalelec
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